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01そういう生き方しかできない奴はそういう死に方をする

 俺、ブライ・スワロウはギルド本部基礎武術教官だ。


 元々は冒険者……いや、元はチンピラか。


 公都の東側の裏町、まあスラムで生まれて育った。

 もちろん親なんかいねえ、気づいた時には一人だった。

 何故か生まれて、勝手に育った。


 周りの奴らは盗みやら騙しやら脅しやらで食ってたが、俺はそんなに器用じゃなかった。


 だから気に入らねえ奴を畳んだついでに金を奪って食ってきた。

 畳んで、やり返されて、畳みに行って返り討ちにされて、もっかい行って畳んで、やり返されたのを返り討ちにして。

 何だかんだやられるより、ぶっ畳んだ方が多かったので生きてこれた。


 俺のスキルは『双剣士』だ。

 木剣だろうがナマクラだろうが剣と認識できるものを二本握りゃあ動きやら筋力やらに補正が入る。

 まあよくある近接戦闘系の職モノスキルだけども……、剣を二本握らねえと効果がないのはやや使いづらい。『重戦士』だとか『忍者』『盗賊』みたいな特定の武器に依存しないでも効果がある方が使いやすいとは思う。


 片腕潰されただけで使えなくなるんだから、使いやすい部類には入らんだろう。

 まあ、俺はそんな『双剣士』を使ったり使わなかったりしながら暴れ回っていた。


 それ以外に生き方を知らなかった。

 それしか出来なかった。


 だが、結局スラムやらを仕切るマフィア連中に目をつけられて俺はこっぴどくやられた。


 十四、五くらいの時か。

 このちょっと前に霊体系の魔物の住処だった廃教会の魔物が何故か消し飛んだので、しばらくねぐらにしていた。

 人も寄ってこねえし丁度良かったんだけど、油断してぐーすか寝てたらぐるぐる巻きでさらわれてボッコボコにされててられた。


 まあ大暴れして、何人か指や耳を食いちぎったり、首も噛みちぎってやったりしたので多分何人かくたばったと思う。


 だが流石に剣どころか両手も使えねえ状態じゃあボッコボコにされて、動けなくなったところをえっこら担がれて公都の外に投げ捨てられたが。

 運んだ奴が糞雑魚チキン野郎で、ビビって俺の生死を確認せずに棄てたおかげで生き延びた。


 そっから流石に公都に帰るのは厳しいと判断して、やっとこさ俺は近くの町に辿り着いたが。

 なんか町は魔物に襲われていてその町の冒険者とかが戦っていた。


 割とボロボロな俺は関わりたかなかったが、魔物からみたら突きゃあくたばるようなボロのガキ一人さぞかし美味そうに見えただろう。


 丁度よく、倒れた冒険者が二人。

 転がっていたのは剣が二本。


 暴れた。

 イラついてたし、多少の憂さを晴らしてやろうと暴れてやった。

 しかして、それなりに暴れ回ったが流石に疲労でぶっ倒れた。


 ぶっ倒れたところを俺は、冒険者に助けられた。

 冒険者からの話を聞く限り、憂さ晴らしで暴れただけだったが、どうにもコレは金になるようだった。


 だから俺は冒険者になった。


 魔物だけじゃなく、野盗やらゴロツキを叩いても金になるのでそっちばっかやってた。

 対人の方が熱くなれる、魔物相手はイマイチ乗り切らねえ。


 しかし、今でも足りてねえのに当時の俺に社会性があるわけもなく。

 他の冒険者やらと揉めに揉めて、ギルドから追い出された。

 そんなことが続いて二年ほど、俺は色んなギルドを転々として。


 東の果て、トーンの町へと流れ着いた。

 どうにもこの町は、近くの山脈から強い魔物が下りてくるとかで冒険者の中でも不人気スポットらしい。


 ここで俺は、やっと本当に冒険者になった。


 しばらく同期のセツナ、バリィ、リコーと共にパーティを組んで活動していたが新人の寄せ集めじゃあ上手くいくわけもなかった。

 そこにお節介を掛けてきたのが、新人ギルド職員のクロウだった。


 クロウの第一印象は。


 穏やかで優しそうとか。

 線が細くて弱そうとか。

 真面目で勤勉そうだとか。

 垂れ目で間抜け面だなとか。


 そんな風には、


 俺は育ちが悪いせいか、やべえ奴かどうかが、何となくわかる。

 つーかある程度これが出来ないと、スラムじゃすぐに死ぬ。むしろ俺は下手な方だ、油断して攫われてボッコボコにされてるくらいだから。


 そんな俺でもわかった。


 優しげにへらへら笑う目の奥に渦巻く真っ黒な……、心の闇というか、燃えすぎて黒焦げになった怒りや殺意がぐちゃぐちゃに混ざった、黒。

 異常な密度を押し込んだ筋量を、的確な重心移動や身体操作で動かし。

 何かに取りかれたように、やり過ぎなほど働き詰める。

 あの眠そうな垂れ目も、慢性的に殴り合いをして常に顔を腫らし続けて皮が伸び目の上を何度も切ったりしてきた奴特有の顔つきだ。


 ゾッとした。

 俺は初めて会った時から、クロウが怖かった。

 人間の形をした怪物を俺は見た。


 だからクロウには関わりたくなかった。

 関わりたくなかったから、クロウの開いた初級者講習とやらには行かなかった。

 多分絶大な効果があるんだろうけど、気持ち悪くて行きたくなかった。


 だがクロウに教わった三人の連携と、短気でブチ切れやすい大概イカれたガキだった俺とじゃ上手くいくはずもなかった。


 上手くいかねえなら、喧嘩だ。

 魔物討伐やら対人制圧よりも、単純な喧嘩は得意だし楽しい。

 生きていることを実感出来る。


 俺にとって、生きるということはこれだ。

 ずっとそうだった。

 そうだったから俺は今まで生きてこれた。


 小賢しいバリィの魔法と策略に翻弄されるが、勘で躱して殺す気で木剣を振る。

 いーや面白え! こいつぁつえーわ! 気に入らねえし、腹立つ! ぜってえ畳む!


 さらにそこからベテラン勢も乱入してきて大乱闘になり、熱くなってきたところで。クロウによって全員畳まれた。


 腹も立たねえ、完全敗北だ。


 負けた俺は流石にクロウに従うことにした。

 実際クロウの教える技術は凄まじかった。

 俺が戦いの中で幾度か経験したベストパフォーマンスを上手いこと言語化して理合だの術理だのを持って再現性を持たせてくる。

 身体操作を用いた基本動作を染み込ませることにより、技がえた。


 常に流れる水のように、居着かず、あらゆる力の流れの終着点を狩る。

 全ての動作を繋げて、流れに沿って刃筋を通す。

 自分の力の流れだけでなく、相手も含めた全ての力の流れを掌握する。


 俺の剣はそうやって出来上がった。

 そして出来上がる過程で俺は、気づいちまった。


 クロウは怪物だ。

 怪物なんて人間と違う行動原理を持つ生物に、いちいち腹を立てたりはしない。

 虫が鳴くのはうるせえがそうやってしか生きられねえし、鳥が飛ぶのも人の頭の上またぎやがってとは思うがそうしなきゃ生きられねえから仕方ない。


 だからクロウに腹を立ててこなかったが。

 この俺が、腹を立てないことに、腹が立ってきていることに気づいちまったんだ。

 気づいちまった瞬間に、一秒前までバリィとセツナとリコーと談笑して囲んでいた食卓を蹴り飛ばして剣を抜き、クロウに襲いかかった。


 人生最大のブチ切れだった。


 まあ一秒で畳まれたが、俺はこの日からほぼ毎日クロウにいどんだ。

 千回挑んで勝ったのは九回。

 魔法なしとか、武器なしとか、スキル未使用とか、色々と勝手に縛って手加減とか馬鹿みてえなことしてやっとこさ拾った勝ちだ。


 しかもクロウの『加速』が『超加速』になってからは勝負にもなってなかった。極限まで集中して、戦闘という流れに溶けて、全てを掌握できた時もかすらせるのが精一杯。


 ああいらつく腹立つ虫唾が走る。


 そんな日々の中、月日は経ち。


 後輩のアカカゲやキャミィも一人前になってきて、さらに若手がやってきた。

 馬鹿悪童馬鹿のメリッサと馬鹿筋肉馬鹿のブラキスだった。


 この二人の育成は中堅になりつつあった俺らでやることになった。


 クロウを含めて話し合った結果、俺らはパーティを分けて一人ずつ面倒を見ることにした。

 バリィとリコーは出来てたから、俺とセツナが組むことになった。まあ、前衛後衛のバランス的にも俺とリコーが組むのは前衛過多だし、好き勝手に動いて状況という流れに自分を溶かす俺と状況という流れを緻密に組み立てたがるバリィとじゃ相性も悪かった。


 新人の選抜については、バリィが強くブラキスを欲しがった。


 まあ、これはメリッサやブラキスには言わねえし言えねえがどう考えてもブラキスは期待の新人過ぎたしぶっちゃけ俺もブラキスと組んでみたかった。

 バリィとリコーじゃあ火力不足ってこともあり、ブラキスはバリィんとこに。俺らんとこにはメリッサが入った。

 メリッサは癇癪持ちでクソ生意気で馬鹿で雑魚だったが、イカれてはなかった。俺のように暴れる以外の生き方を知らない生き物ではなかった。


 俺らはおもに対人戦の依頼をこなした。


 単純に俺が魔物とやり合うより人間をぶっ飛ばす方が得意だったのもあるが、意外なところで言うとセツナが野盗やらゴロツキやらを殺すことに抵抗がなかったことが大きい。

 育ちが悪く似たような境遇の奴ら同士で潰し合うことでしか生きられない俺とは違い、まともな家でまともな教育を受けてきた育ちの良いセツナはまともな正義感の下、その処遇に生死を問わないような奴を見逃せないらしい。


 まあ酒類を他の街におろしたりすんのの護衛も、襲撃された近くの町やら村からの依頼で来るのは盗んで騙して殺して攫って犯して奪って、頭が悪いからそれで優越感にひたるような馬鹿野郎を相手にするものばかりだ。


 殺されても仕方がない奴らを、後で誰かが殺すために捕まえるかその場で殺すかだ。


 しかし、そいつらもそういう生き方しか出来ない生き物だったということは、セツナはいまいち理解出来てない感はいなめなかった。別に庇うつもりもねえが、そう生まれちまっただけってことはままあるんだ。


 メリッサは流石に人を殺すのに抵抗があったが、捕まえきれなかったりそうせざるを得ない時にはそうすることが出来た。正義感や自分の生命いのちを天秤にかけて正しい方を選ぶ、まあこれが正常なんだろう。

 俺みたいな毎秒ブチ切れマンや、アカカゲみたいにそもそも人を殺すことを何とも思わないように育てられてきたり、クロウみたいな壊れてる奴じゃない限り、自分の中でちゃんとした理由というか大義を見出さないと難しいことだ。


 そんなこんなで俺らは公国内で比較的軍の監視が|薄い町の産業を裏から牛耳ったり麻薬の製造拠点にしようとしたり人を攫ったりするこの国の、マフィアを基本的に相手取って。最終的に壊滅に追い込んだり。


 気に入らねえ奴らを片っ端からぶっ潰して金も貰える暮らしを続けていたが。

 西の大討伐にミラルドンだとかシードッグのパーティが駆り出されて、忙しくなった。


 人手不足の為、久しぶりに魔物討伐を請け負ったら引き際をミスった。


 まあ単純に相性の悪い魔物だった。

 対人戦は究極的なことを言うならば、駆け引きだ。

 状況自体の動きの流れを掌握して、誘導や騙しや強行で主導権を奪い合う。

 感情の起伏、誘発するミス、焦り、油断……、様々な流れが途切れる瞬間を狙い合う。


 だが魔物にはそれがない、あるのは膨大な数の対応パターンだ。

 こう来たらこう返す、こうしているからこうする。魔物にはこれしかない。

 様々に分岐する戦況の中で、コンマにも満たない一瞬で最適なパターンを選択する。

 しかも狡猾に、わざと駆け引きが成立したようなパターンも混ぜてきやがる。


 そのパターンをひたすら覚えるバリィのような変態や、パターン選択時のラグを狙えるクロウのような怪物なら引っかかることはないんだが。


 俺らはどうしても、習性として駆け引きを挑んでしまった。


 その結果。

 俺は右腕を食いちぎられ。

 その右腕を取り戻すためにセツナが無茶をして、目を潰された。

 メリッサの『盗賊』で逃げに補正がついてなきゃ死んでいた。

 ガキの頃から悪さをして、冒険者を出し抜いてクロウを駆り出させるほどの逃げ足に助けられた。


 クロウの超高速多重回復魔法で腕は繋がり、セツナの左眼球は辛うじて光を取り戻した。


 だが、クロウは回復魔法が得意じゃなかった。


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