なんて考えている間に、さらに崩された兵士と入れ替わるように複数人から斬り込まれるがそれもまとめて弾いて、流れの中で盾裏の短剣を抜く。
うう……盾が重い……。
完全に運動不足で
鎧も残してあるから装備したいところだけど……、多分…………恐らくだけど、入らない……かもしれない。
ライラを産んでから……その……、妊娠中にライラ分の重量が加算されたのはわかるけど、産まれてからもライラ分の重量が残るという怪奇現象が起こり、それに留まらずどんどん胸だけじゃなくて……お尻もお腹も豊満になってしまい。今の私は既に鎧分の重量を纏っている状態なのだ。
くぅぅ……、元々むっちり気味ではあったけどフィジカル的に筋肉も必要だったしおっぱい大きいから体重とか気にしたこともなかったんだけど。引退して出産してからどうにもむっちりではなくぽってりというか……、ぽっちゃりというか……、まあバリィにはかなり好評で、第二子が出来るのも時間の問題だと思われる。
閑話休題。
私は帝国兵からの波状攻撃の六波目を、盾で弾き返して崩れた帝国兵の一人にチェストプレートの可動を逃がす脇腹に
だんだん慣れてきた。だいぶ動くようになってきた。
ただブラをしてるとはいえチェストプレートなしで動くとおっぱいが暴れて煩わしいけど、どうにかなるが……。
どうにも波状攻撃が私に集中してきている気がする。
脅威判定されてしまったのかなんかのか、ただの主婦にこんな徹底した集中狙いなんて……、だんだん腹立ってきた。なんだこいつら勝手に跳んできて無茶苦茶しやがってムカつくわぁ。
でもこいつら魔法は使ってこない。
なんだ? 無闇に一般市民を巻き込むような攻撃を
一斉に攻めるというより、三、四人ずつ波状攻撃を仕掛けてきて最低限の戦闘で済ませようとしている感もある。
あー…………、バリィならこういう違和感とかから攻略法とか策をすぐに組み立てるんだけど……。
私には無理だ。
弾いて崩す。私には何も通らないと、わからせて帰らせる。
それしか出来ないのなら、それしかやらない。
そして九波目に、装備をハンマーや斧などの重装備に変えた兵たちが迫ってくる。盾ごと私を吹っ飛ばすつもりらしい。
「……身体強化」
私は身体強化の詠唱をして、盾で武器を弾いてぶっ壊す。
舐めるなよ。
私の盾はミラルドンやブライの連撃を捌き、アカカゲやメリッサのフェイントにも対応し、ブラキスの一撃をも耐えるまで鍛えたんだ。
「――炎槍撃ぃ!」
弾いた帝国兵に後ろから魔法が飛ぶ。
ちゃんと冒険者たちも頑張って食い下がっているようだ。
「…………っ!」
であるの帝国兵が、流石に苦い顔をしてハンドシグナルで別の人員を前に出してけしかける。
今度は両手剣の兵装……、なんだ? 私を潰すのは諦めて一旦私を釘付けにしようってことか……? そ、それはそれで的確な気がするけど、私を釘付けに出来るくらいの技量を持つ剣士を私一人で複数枚抑えられるのは悪くないのかもしれな――――。
なんて考えながら、刃に合わせて盾を被せたところで。
刃が抵抗もなく盾にめり込むように、盾を切断しようとする。
微かに腕に熱気――、これって
私は咄嗟に盾を離して捨てると、同時に盾が三枚に溶断される。
気づけてよかった。
昔、セツナが似たような魔道具を作っていたのを見ていなかったら腕ごと持っていかれてた。
確か『超加熱式溶断機』だっけ……、魔力を介して融点が鉄よりもすごい高い素材で作った刃の部分を加熱して、高温で鉄を焼き切るみたいな。
高温で刃の部分が使い捨てになるし、魔力消費が凄まじいし、持続時間が短いから実戦では使い物にならないって話だったと思うけど。
まさか帝国軍が似たようなものを作って、実戦配備しているとは思わなかった。
まあでも、盾を斬り刻まれてまだ攻撃が続いているので依然として大ピンチではあるのだけれど。
刃を弾かなきゃ良いと解れば対応はできる。
「――武具召喚」
私は
その流れのまま、踏み込んで盾で体当たりをしながらもう一人の腕をへし折り、短剣を最後の一人の握り手に突き刺して三日月蹴りで飛ばす。
そして二枚目の盾から短剣抜いて構える。
私はパーティを守る前衛盾役、盾が破壊されることも想定して武具召喚で呼び出せるように複数枚の盾を所持している。
ブラキス程じゃあないけど私も前衛、人相手であれば十分な火力はある。
「――――こちら第二十強襲制圧部隊ディアール、緊急事態。冒険者から予想以上の抵抗により制圧が難航しているのである。脅威は盾持ちの女、恐らく『鉄壁』や『完全防御』などの高位スキルを持つ、大盾短剣装備、盾を破壊しても召喚魔法で盾を出す。魔法での殲滅の許可か、援軍を――――」
であるの帝国兵が『通信結晶』を使って何やら連絡をとっているのがチラリと見える。
高位のスキル……過大評価の誇大報告されている『鉄壁』やら『完全防御』なんてもの持っていたら私は今頃騎士団か勇者パーティにいる。
しかしてここから魔法が来るのか……、正直このくらいの武器格闘が続くならあと二日は守り切れるとは思ったけど魔法防御は魔法使いの協力がないと厳しい。
私はセツナやテラと模擬戦では勝てたことがない。動ける魔法使いからの多角的な魔法はわりとどうしようもない。逆にバリィが居れば、負けたことはないけど……。
私は意を決して、冒険者たちの方に振り返る。
「ここから魔法攻撃が来る! 魔法防御出来る奴は私にありったけの防御魔法をかけ続けろ!」
私は冒険者に向けて指示を出すと。
「アイアイマムっす! おらあ気張るぞ野郎共! 喧嘩は全買い! ブライ教官の教えを思い出せ!」
「しゃっあ! やったるぞ! 冒険者の底力見せてやれ!」
「最近覚えた泥沼ハメ魔法コンボを見せてやる!」
と、冒険者たちに活気が出る。
そうかブライから教わっ……いや何を教えてんだあの馬鹿は。
しかし悪くない、こういうノリは嫌いじゃない。
やってみるか。
何が来ても全部捌いてみせる。
私は盾を強く握り締め、腰を落として
「さあ! かかって来ぉい‼」
私は勇ましく声を上げる。
と、同時。
転移魔法で、それは現れた。
「……はあ、やっぱリコーか。公都にそんな手練の前衛盾役がいるわけないと思ったけど」
ため息混じりにこちらに向けてそういうのは。
真っ黒な髪。
真っ黒な瞳。
真っ黒なコート。
シャツの白さが異常に際立つ。
バリィ曰く世界最速、時間を
最強のギルド職員、クロウ・クロスだった。
く、クロウ? なんで……。
「まさかとも思ったけど、まあ通り道だから寄ってみて良かった。確かにこの部隊じゃ辛いというか、ジャンポール君が居ても無理だと思うけど」
つらつらとクロウは述べる。
おいおい……なんだ? なんでこいつ、まるで帝国兵側のような立ち位置でものを語ってるんだ?
いや、確かにトーンの町を帝国に譲ったとか、繋がりはあるけど……。
「なんでリコーが公都にいるのかは知らないけど、この公都攻略作戦は僕の差し金だ。もう止めないし止まらない、この国は落とす。悪いようにはしないから、今すぐ抵抗を止めて帰れ。バリィによろしく」
クロウは穏やかな、いつもと変わらない口調で言う。
「
「俺の泥沼重力コンボ魔法で
「あんなトロそうな垂れ目野郎、俺の超高速三連斬りで三枚おろしにしてやりますよ!」
冒険者たちはそんな様子を見てさらに活気づいたので、私は右手を開いて制止し。
「参った、降参。あんた相手に私が勝てるわけないでしょ、帰らせてくれるんなら帰るわよ。武具返還」
私はそう言って盾と短剣を返す。
「んな! 姐さん⁉ なんで――」
「姐さん姐さんっておまえは私のなんなんだ馬鹿。私の弟分になりたかったら後三十キロ筋肉を増やせ」
驚く冒険者にそう言って続ける。
「あんたらも投降しなさい。アレはその気になれば一秒以内に私を含めた全員の頭を捻じ切って殺すことのできるやばーい奴なの。でも優しいから、言うこと聞けば本当に悪いようにはしない。優しいうちに引く以外に選択肢はないの」
私は丁寧に冒険者たちに今の状況を説明する。
ブライがここで彼らに何を吹き込んでるのか知らないけど、引き際も教えなきゃダメでしょ。ここはブライでも引く場面…………いや、引くよね? 流石に。
私が降参したことにより、冒険者たちも戦意を失って投降した。
「ああクロウ、ちょっと待って」
しれっと居なくなろうとしていたクロウを引き止めて。
「あんたが何をしたいのかは私にはわからないけどさ、多分簡単にはいかないよ」
私は一応忠告をしておくことにする。
昔馴染みのよしみでこのくらいのヒントは出しておこう。
勇者パーティは強くなった。
怪我を治したブライを相手に近接戦闘訓練を積み。
一撃必殺のブラキスを相手に間違えれば即死という緊張感をえ。
ぽっちゃり好きのバリィを相手に搦手や策略や分析や攻略を学んだ。
無論、バリィの考える『超加速』対策とクロウ・クロスという人間における弱点も伝えている。
まあ、それが通るのか勇者パーティが再現出来るのかはわからないけど。
私が公都に居ることを知らなかったということは、クロウはトーンギルド有志による勇者パーティ強化講習も当然知らない。
女や子供に異常な程に甘いクロウは、メリッサに微塵も脅威を感じていない。
クロウの中ではずっと、あの悪さをしては捕まってギルドの応接室で説教されてぶうたれる悪ガキのままなのだ。
「んー……、まあ何とかするよ。僕は何とかしなくちゃならないことを何とか出来なかったことがない」
私の話に軽く笑みを浮かべて返し、残像を置いてクロウは去っていった。
まあ、それもそうなんだろう。
確かに一人でギルド業務を請け負って、二つのパーティに別の役割として参加して、一パーティどころか最終的にはたった一人で町をひとつ守り続け、帝国軍を畳んで町を守るように動かしたり。
クロウは大抵のことは何とかしてきた。
でも、あの子は怖いよクロウ。
あの子はもうそこそこ大人になって、クロウが公都に現れて姿を消した際に。
セツナだけを連れて行った意味に、気づいてしまっている。
多分頭の中で、色んな「そういえばあの二人」が駆け巡って、ずっと前からそうだったことにも気づいている。
恋やら愛やらは、人を弱くも強くもする。
私もバリィもそれを実感している。
でもそれは、叶った場合の作用だ。
叶わない場合にもそれは作用する、しかも苛烈に、人を変える。
たかだか小娘がただの失恋をしただけの話だと、
私はそんなことを考えながら、特に変わりのない街並みを見て帰宅する。どうやら本当に民間人を巻き込んだり狙ったりするようなことはしていないようだ。
しかし。
「たーだーいーま~…………あれ? バリィーっ! ライラーっ! 帰ったわよ~…………ん?」
私はバリィとライラに帰宅を知らせるも返事がないことを不審に思い見渡すと、一枚の置き手紙。
一言だけ、そう書かれていた。
「……あんの、馬鹿っ!」
私は慌てて家の周りを見回すけど姿は見えなかった。
なんであいつクロウが来てることを……、何を手がかりに…………あ。
私は部屋の壁に掛けていた盾がないことに気づく。
そっか、武具召喚で私が盾を喚び出したことで何か起こってることに気づいて。
二枚目を呼び出したことで、わりとのっぴきならないことだと確信し。
二枚目が返ってきたことで、私の無事はわかったと。
んで、そこから何が起こってるのかを推測した……?
いや確かにうちの夫は気持ちの悪いくらいに状況を把握することには長けているけども……、こんな些細なことから……というかそもそもクロウをどうやって見つけるの?
「………………んー、わからん。なので仕方なし!」
私は一人、切り替えて二人が帰ってきた時の為にご飯を作っておくことにする。
考えてもわからない、考えるのは私の役割じゃない。
だったら私は私が出来ることをやるまでだ。
バリィはライラを連れて行ったが。
絶対に、何があっても、この世界に何が起ころうとも、ライラを危険に晒すことだけはしない。
例え相手がクロウだろうとも、それだけが私たちにおいての、絶対。
私たちは何より、ライラを愛している。
見た感じおむつの替えも、タオルや水筒や離乳食やブランケットなども持って出ている。
むしろライラがいることによってバリィは無理に危険へと飛び込むこもないということだ。
なら良し。
私はバリィに恋をしてライラを愛することで、こういう強さを手に入れた。
さあ、メリッサはどんな強さを手に入れたのか。
クロウには悪いけど、メリッサには一泡吹かせてもらいたいと思ってしまう。
国の一大事に、小娘の色恋沙汰に熱を上げてしまう私もまた冒険者上がりの大馬鹿者なのだ。