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04世界は透明なひび割れに気づけない

 三日後。


 彼らと父は魔動結社デイドリームでの魔道具の検証や量産体制を整えたところでリーライ辺境伯領へと戻っていった。


 そこから何度か帝都にて第三騎兵団全体での公国侵攻に関する協議や、デイドリームで量産された魔道具などを叩き台に具体的な作戦と部隊編成が練られ。

 その間にクロウさんは第三騎兵団の兵士たちと魔族兵たちに、自身が持つ魔法に対する知識や対人戦での使い方を教え。

 私はその間、衛生治療班の手伝いとして訓練に参加していた。


 そんな中で私は、もうどうしようもなくなってクロウさんに一つお願いをすることにした。


「うん、ダメだね。君を戦線に出すわけにはいかない。協力したいという気持ちはありがたいけど君に頼めるのはリーライ辺境伯領転移拠点での衛生治療だ。前線から離脱してきた兵士のトリアージや治療を行って兵士たちの前線復帰を手伝ってほしい」


 クロウさんは私に即答する。


 へ、返事が早い……、やっと残像じゃなくて本体に話しかけることに成功したというのに……。


 スキルを消すという思想に、私は強く引かれた。

 スキル至上主義の公国には思うところは一つや二つじゃあ収まらない。

 今でもあの国でスキルによって不遇な扱いを受ける人がいることが、嫌だ。


 だから私は、この侵攻に出来る限りの協力をしたい。

 私が出来る協力といえば『無効化』を使うこと以外にない。


 こういった大規模な戦いなら『無効化』の起用は非常に重要になる。

 特に、公国には『勇者』などの優秀なスキルを持つ人がいるという。そういう人を抑えるのに『無効化』は必要になる。

 そして公国側の『無効化』に対しても『無効化』は有用だ。互いに『無効化』を切り合うなら、後出しした方が強い。


 私はまだ、食い下がる。


「ですが……私は『無効化』です。それも『無効化』を使う為の訓練を受けた――」


「君は単なる研修医だ。『無効化』のスキルを持っていて幼少期に対人兵器であることを強制されたことのあるだけのね。まあ…………、気持ちはわかるよ。僕は君の記憶を読んでいるし、公国のスキル主義には僕も振り回された幼少期をごした。でも君はもう対人兵器でもなければ兵士や冒険者でもない」


 私の食い下がりに被せるようにクロウさんは語る。


「君が前線に出て『無効化』を発揮すれば、まず相手は何も出来ずに死ぬだろう。つまり、君が殺すんだ」


 真摯に、私の目を見ながら語りは続く。


「自我を持たず、受動的に命じられたまま人殺しに加担するのとは違って、能動的に人を殺すことになる。人の命を救う医師を志す人間がやることじゃあない」


 淡々と、しかし力強く語る。


「確かに先んじて相手の脅威を排除することによって、結果的に人々の命を救うという考え方もある。でも、そんなことをしなくても医者は多くの命を救えるだろう」


 少し優しくさとすように言い。


「それに前提としてこれは侵攻だ。帝国民の君にこんなことを言うのはあれだけど、曲がりなりにも正常に動いているセブン公国というコミュニティを土足で踏み荒らしに行くのは帝国だということも忘れないでほしい」


 続けて、今度は大局から見た話をする。


「現状において、悪は帝国だよ。まあこの後に起こる、スキルや魔物の消失による混乱を統治出来るのは帝国にしか出来ないからのちの世では最適解だったと言われてほしいけどね」


 大局観における帝国の立ち位置と、希望を語り。


「まあそれと、あんまりガクラたちを舐めるな。彼らは優秀で世界最強の軍隊だ。自分の娘を危険に晒さなくちゃならないほどに、彼らは弱くはないよ」


 今度は私にしか響かない言葉で諭した。


 まあ正直、ぐうの音も出ないほどの回答だ。


 私は『無効化』を持つけど、もう対人兵器ではない医師を志すただの小娘だ。

 人の命の重さやとうとさを知り、愛や道徳や倫理に迷う私に、確かにそんな覚悟はない。

 私からしたら公国の邪悪なスキル主義を終わらせることは大義あることだと思えるけど、結局それも簡単に善悪や正誤をはかれないことだ。

 それに父の話、これもその通りだ。私ごときの手助けが必要になるようなやわな鍛え方をしていない。


 これ以上ない回答だ。


 でも、それ故にとてつもなく気になる点が出てきてしまった。


「…………おっしゃりたいことは十二分にわかりました。でも、それじゃあ貴方は…………どうしてこんなことが出来るのですか?」


 私は、浮かんだ疑問を投げかける。


「貴方が行っていることは、帝国の勝利に大きく加担する行為です。公国の人々を少なからず死に至らすことをしています。軍人でも、冒険者でもない、一介のギルド職員だった貴方はどうしてそんなことができるのですか……?」


 浮かんだ疑問をなるべく言語化して伝える。


 だって、私が戦線に参加出来ない納得の理由はそのままクロウさん自身にも当てはまることだから。


 クロウさんもジョージ・クロス氏から様々なことを学んだとはいえ、クロウさんは幼少期に父親に殺されかけるというとんでもない過去を持つだけのギルド職員でしかない。


 人を殺めたり、人の死に加担したり。

 普通に生きていたら直面しないような出来事への覚悟が出来る理由。

 どういう精神構造なのか、それを聞きたくなった。


「あー……、少し違うかな。ギルド職員が外患誘致罪なんてとんでもない凶悪犯罪を犯したんじゃなくて、僕は昔っから単なる凶悪犯罪者で、凶悪犯罪者が正体を隠してギルド職員に成っただけだから」


 少し困ったように、クロウさんはそんな衝撃的な告白をらす。


「あの後……、クロス先生に君が帝国へ跳ばされた後。僕はトーンの町へ跳ばされてね、何が起こったのかわからなかったけど目覚めた僕が最初に覚えたのは、脳を焦がして目から炎があふれ出るほどの…………、怒り」


 私でも感じられる殺意の残りを纏いながら、クロウさんは語る。


「僕は未熟ながらに索敵魔法と気配隠匿の魔法を使って『加速』をぶん回して、討伐隊の面子を探して回り。見つけ次第、消滅魔法でぶっ殺した」


 淡々と、表情も変えずに犯行を語り続ける。


 というか索敵魔法に気配隠匿……、そんな魔法があるの? それに消滅魔法って攻撃魔法の到達点のようなものなはずなのに、何を持って未熟なんだ……?


「会話中、睡眠中、食事中、移動中、無警戒なところを頭だけ消し飛ばして殺した。死んだことにすら気づいていない、死ぬとも思ってなかっただろうね。家族と一緒に外食をしている奴も居たよ。基本は暗殺。この頃の僕は『無効化』対策が出来ていなかったからね、また『無効化』を出されても困るから戦闘はける必要があった」


 陳腐な推理小説で探偵に追い詰められた犯人のように、犯行手口をつらつらと語る。


「んで、あらかた討伐隊参加者たちをぶっ殺して、やっとこさちょっと冷静になってね。あの日、何で僕が助かったのかを知りたくなったんだけどまだ殺してなかったのがもう父親くらいしか居なくてね。会ってもあの人とは会話にはならないし、その頃はまだ記憶読取の魔法は習得してなかったからまだ殺してないだけ」


 あっけらかんと異常な家族観を語る。


 そうか、あの討伐隊に参加していた面々はほとんど皆殺しにされているのか……。

 何の情もないけど、ショック……いや何か変な感情だ。嬉しくも悲しくもないのに、心がざらつく。


「やっと暇が出来て、公都に父親をぶっ殺しに行ったんだけど姉に腹が立ってぶっ飛ばしてたら会えなかった。ちなみに、君も公国に居たらもちろん殺していた。今なら『無効化』対策も出来ているし」


 崩壊した家族観と死生観に続いて、私への殺意についても語る。


 そうか、何の情もないけれど他人事ではなかったんだ。それは心がざらつく。


「あのね。僕は正義の味方でも善人でもヒーローでもない。そもそもが激情で人を殺す凶悪犯なんだ。だから僕はこんなことが出来るんだよ」


 凶悪犯は自身をそう語ることで、私に対する回答を終える。


「あ、これ、あんまり言ってないことだから内緒にしてね。正直君くらいしか共感も理解も出来ない話だと思うからさ」


 あからさまな作り笑顔で、私に向けてそう付け加えた。


 ああ、私には理解出来てしまう。

 この人は、一人のヒーローにしか出会えなかった私なんだ。


 私も彼も、ジョージ・クロス氏によって人生が一変した。救われた子供だった。

 でも彼の人生には、ガクラ・クラックとエバー・クラックが現れなかったんだ。

 スキル主義に振り回され、大人たちから虐げられ、心に恐怖で出来た傷から怒りが噴き出して。


 壊れてしまったんだ。


 私は奇跡的に、家族が出来た。

 だから傷はゆっくりだけど塞がって、怒りは次第に収まって鎮火した。


 でも彼には家族は居なかった。

 燃え上がる怒りをかたちに出来る力もあった。

 もし私が父や母と出会えず、『無効化』だけでなく様々な魔法や色々な武術を使えたら。


 …………間違いなく、私も医師を志すようなことにはならなかっただろう。


 だから私は引かざるを得ない。

 家族に出会えて、幸せを手にした私は引っ込んでいるべきなんだ。

 悲しいほどに、彼という存在が理解出来てしまった。


 私は納得して、少し頭を下げてその場を後にする。

 少し残念だが仕方ない思いつつ、軍の訓練所から帰路に着こうとしたところで。


「クリアちゃん、ちょっといい?」


 私はクロウさんの恋人で凄腕魔道具技師のセツナさんに声をかけられる。


「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、公都落としに参加したいならこれ使って」


 そう言ってセツナさんは私に魔道具を渡す。


「これって……」


「『小型長距離転移結晶・改』転移先を任意で決められて転移から二分間、物理障壁と魔法障壁を展開するので転移先の障害を気にしなくて良い。わりとこのサイズに収めるの大変だったのよ」


 戸惑う私にニコニコしながらセツナさんは説明する。


「…………でも先程、クロウさんには完膚なきまでに止められてしまっているので……ありがたいのですがこれは――」


「クロウ君は止めただけでしょう? 行くか行かないかは貴女が決めることよ。クリアちゃん」


 私が魔道具を返そうとしたところで、セツナさんは受け取らずに、当たり前のようにそう言った。


「確かにクロウ君の言うことは道理だし貴女の身を案じたものだけど、そもそもが女と子供に甘過ぎるほどに優しいから何がどうあれ絶対に止める。対人戦を主軸にしてるパーティの後衛魔法使いだった私ですら、やれ目があれだとか、やれ魔道具整備も戦闘のかなめだとか言って止めようとしてくるくらいに、


 そのままセツナはクロウさんについて語る。


 病的な優しさ。

 言いたいことはわかる。


 クロウさんはジョージ・クロス氏に強く憧れている。

 自身が触れた優しさと同じように、子供……、弱者に対して優しくあろうと努めている。

 なんなら髪色や髪型とか服装とかも似せている気がする。

 クロウ・クロスという人間が最も影響を受けたジョージ・クロスという人間を理想像としているのだと思う。


 子供の頃の恩人に憧れて、模倣する。


 これは別によくあることだし悪いことじゃあない、というか私もジョージ・クロス氏の回復魔法に憧れて医師を志したのだから、これに関しても全然他人事じゃあない。


 脳裏に焼き付いて離れないほど、強烈な影響力があった。


 でも私はその後に、父と母、帝国での日々など、様々な影響を受けて今の私は出来上がった。

 色んなものに影響され、混ざりあって出来ている。まあそれが普通というか、人は多かれ少なかれ色々な影響を受けて出来上がっていく。


 でもクロウさんは違う。

 ジョージ・クロス氏からの影響だけで完成してしまっている。


 だから無条件に、


 中身のない条件反射のような優しいさ……、確かにこれはやまいと言える。ジョージ・クロスびょうだ。


「そんなものをありがたがって、自分がそうしたいと思ったことを曲げる必要はないのよ。貴女は大人で自由で選択の権利を持つ人間なの」


 真摯な眼差しでセツナさんは私に語る。


「クロウ君の納得感の高い説得を聞いてなお、それでもって思ったのならそれを使うといい。身勝手に、ただ暴れたいでも、誰かを守りたいでも、好きにやっちゃいなさいな」


 柔らかい口調で言いながら、手渡した魔道具を見てから。


「私は冒険者として元々そういうパーティにいたし、そうやって生きてきた。ま、もちろんおすすめはしないけどね」


 にかっと笑いながら、自身の眼帯を指さしてそう言って去っていった。


 後押しをしたと思えば、これ以上ないほどの教訓を見せて去る。

 本当に選択肢を与えたかっただけだったのかもしれない。


「…………とりあえず、出来ることをやりますか」


 私は頂いた魔道具をカバンにしまって呟く。


 何をやりたいか迷った時には、まずは自分が出来ることをひとつずつ行う。

 大抵のことはその延長線上に、答えがある。

 こつこつと鍛えて、目の前の問題を解決していくことで父は山脈を越える屈強な大隊を作り上げた。

 問題の先延ばしのような気もしなくも無いけど、案外こういう方が近道だったりもする。


 そんなこんなで。


 ここから第三騎兵団はデイドリーム製量産魔道具を用いて転移や通信網を絡めた演習や、陣形や各小隊、公都内の主要貴族や軍施設の情報収集、クロウさんによる『無効化』対策の共有など。


 作戦の成功確率を、日々上げ続け。

 さらに数ヶ月が過ぎた頃、万全を期した第三騎兵団は。


 まんして、公都落とし作戦を決行に移したのだった。


 ちなみに私は、リーライ辺境伯領拠点での衛生治療班補佐をしながら通信網より入る戦況を聞いて把握していたが。


 父の率いる小隊が、勇者パーティと交戦し善戦するも『無効化』によって苦戦を強いられたところで。


 私は身勝手に、好き勝手に、公都へと跳び。

 私はそこで五人目……いや、であるところの。


 神官クライス・カイルと、出会うことになるのだった。


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