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03世界は透明なひび割れに気づけない

 記憶を読み取られた……?

 そんな魔法があるかはわからないけど、あの人の関係者なら多分そのくらいのことは出来そうだ。


「クリア! ……説明を求める! 回答次第では、刺し違えてでも貴様を殺すっ‼」


 父はすぐに私に駆け寄り、無事を確認してクロウ・クロスさんを怒鳴りつける。


「落ち着いてくれガクラ、僕は――」


「おまえが落ち着けえ――――い‼」


 クロウ・クロスさんが語り出そうとした所に、セツナ・スリーさんが魔道具を展開させて拘束し、思いっ切りビンタをする。


「何やってんの! 女の子脅かして……、ちゃんと誠意を持って謝んなさい!」


 セツナさんはガチガチに拘束されたクロウさんに詰めよる。


「…………本当に申し訳ございませんでした。クリアさん、ガクラ、取り乱してすみません。あとジャンポール君も……いやジャンポール、おまえは『超加速』が使えない状態の僕なんかにおくれを取る方が悪い、鍛え直せ大馬鹿者」


 クロウさんは素直に謝罪しつつ、ジャンポールさんにのみ辛辣な言葉を投げつける。


「取り乱した理由は……、その昔お宅のご息女にぶっ殺されかけてね。敵意を向けざるを得なかったんだよ。ジャンポール君は邪魔だったから畳んだ」


 穏やかに淡々とクロウさんは父に告げる。


 父は驚いた顔を私に向ける。


「…………」


 私は少し考えて、静かにうなずいて返す。


 事実だ。


 確かに私は公国で、非人道的な扱いを受けていた。

 討伐隊への参加も私に拒否権も無かったし、反抗しようものなら殺処分をされてしまっていた。

 能動的に、やりたいと思ったことは一度足りともない。


 善悪や倫理や道徳の判断能力が欠落していたとしても、私が討伐隊の対人兵器として彼に『無効化』を使い続け、殺害しようとしたのは事実でしかない。


 そして、私の罪である。

 この件について私は、被害者づらすることは出来ない。しようとも思わない。


「いーや本当に、僕が今生きているのは奇跡でしかない。そのくらいボッコボコのメッタメタにやられていた。何かしらの奇跡が起こって僕は生き延びた、僕はずっとその奇跡が何かを知りたかったんだ」


 少し眉をひそめてクロウさんは続ける。


 奇跡……、そうか。

 あの時のあれは私だけじゃなくて彼にとっても奇跡だったんだ。


「今彼女から記憶を読み取って、僕はやっとこさ想像通りの奇跡を確認することが出来た」


 少し柔らかい口調でそう言って。


「まあ、僕を殺そうとしたことは…………、あまり気にしなくて良いよ。先生が君を生かしたのであれば僕がどうこうすることは出来ないし、しないよ」


 あの謎のヒーローのような優しい顔で、クロウさんは私に向けて言う。


「…………怖い思いをさせて済まなかった。君たちの、この幸せな暮らしを脅かすことはしないから安心して欲しい」


 拘束され動けない中で、目を伏せて改めて謝罪を述べる。


 怖い思いって……、そんなの子供の身で大人に囲まれて酷い目に合わされた方が怖かったに決まっている。


 そんな経験をして、目の前にその内の一人が現れたら誰だって取り乱す。


「で、どういたします? 彼は真面目で誠実ではあるけれど、それ故に戦いの中ではあらゆる偽装や騙し討ちを使うから、この反省がブラフで拘束を解いた瞬間に畳みにかかる可能性は多分にありますよ」


 クロウさんを魔道具で拘束したセツナさんが私と父に問いかける。


 た、確かに…………あの日も物凄く卑怯な手というか手段を選ばないことをやりまくっていた気がする……。


 でも、これはきっと本心だと思う。


「……大丈夫です。解いてあげてください」


 私はセツナさんにそう返して『無効化』を解除する。


「…………事情はわかりました。私が視る限り嘘はないように思う、クリアも良いと言うのなら問題ない」


 父もセツナさんへそう返す。


 その言葉を聞いて、セツナさんはクロウさんの拘束をく。


 張り詰めた空気も解ける。

 良かった、父が無茶をして怪我をしたり大事にならなくて良かった。


 ほっと胸を撫で下ろしたところで。


「…………と、りあえ……ず、下ろ……し、て、貰え……ま、すか……?」


 天井に埋まったジャンポールさんが、うつろな目でそう言った。


 ジャンポールさんを天井から剥がし、私とクロウさんで改めて回復魔法をかける。

 クロウさんは回復魔法自体の治癒力や回復速度は凄まじいが、医学的な知識はあまりないようだ。

 ギルド職員をしていたということで、実戦の中での応急処置や死に至らないようにするのに長けているのかもしれない。


 私が医師を志していることを知ると。


「素晴らしい。僕が死んだら全身解剖して標本にでもして医学の足しにしてくれ、なるべく綺麗に死ぬようにするから」


 と、クロウさんは変な大絶賛をしていた。


 そこから、私たちは食卓を囲んだ。


 その際に私は謎のヒーローの正体を知った。

 あのヒーローはジョージ・クロスというモグリで貴族向けに家庭教師していた者らしい。さらに、この世界の発展に関わった異世界転生者たちの最終組であるとのこと。


 か、家庭教師で異世界転生……? なんか、秘密特殊部隊出身の伝説の冒険者とかだと思っていたけど……、そもそも異世界転生って……でもあのヒーローの凄まじさを考えればそんな荒唐無稽な背景があってもおかしくないのかもしれない。


 さらに驚いたのが、あの討伐隊をひきいていたクローバー侯爵はクロウさんの実の父だったことだ。


 つまりこの人はあの日、父親に殺されようとしていた。

 …………そんな異常な場は連れ出されていたのか、私は。


「やっぱり先生が助けに来てくれていたんだね……。それしかないとは思っていたけど、そうか……」


 噛み締めるように、クロウさんはあの日の出来事について感想を述べる。


 とても嬉しそうに語るが。

 どうにもクロウさんは、あの状況でジョージ・クロス氏が生き延びたと考えている節が見受けられた。


 ……いや…………、私見を述べる必要はない。

 私としてもその方が絶対に良い、希望があるなら私もそちらを信じたい。


 さらに、このクロウさんは現在帝国の公国侵攻を手伝ってくれているらしい。

 内通者というより協力者だという。

 先程見たようなセツナさんの制作した魔道具や、クロウさんの対『無効化』用の魔法を用いて侵攻を加速するようだ。

 確かに。あのクロウさんを完全拘束した魔道具の性能や、私の『無効化』でパフォーマンスが落ちないところ見ると、確かに帝国軍ではかなり重宝されると思う。


 そして。


 クロウさんは最終的にこの世界から魔物やスキルやステータスなどの異世界転生者たちが持ち込んだものを消すことを目的にしているのだとか。

 セブン公国中心部の地下奥深くに、この星の魔力を吸って魔物やスキルやステータスを発生させ続けている装置があるらしい。

 それらを破壊か解除する為に、公都を落としたいらしい。


 荒唐無稽だけど私はあのヒーロー、ジョージ・クロス氏を知っている。


 歴史を知り、魔法を学び、世の理を把握すればするほど解るようになったけど。

 あれはもう、人の域を明らかに超えている。

 高位の回復系スキル無しで欠損部位を復活させるような回復魔法。

 連続した転移魔法や素手で鋼の剣を砕くほどの身体強化魔法。

 それらを全てスキル補正が無く魔族でもないにも関わらず無詠唱で使っていた。


 何らか高位のスキル、例えば『勇者』や『大魔道士』などを持っているのならまだわかる。それでも卓越し過ぎているとは思うけど。


 でもあの時、あの人は私の『無効化』でスキルのない状態にあった。


 魔法とは魔力に想像力と知識を練り込んで発生させる。

 例えば回復魔法は基本的に対象の治癒力を魔力で強制的に高めて傷口や骨折箇所を埋めるものだが医学的な皮膚組織や骨の構成物質や形状などの知識があればより適切に傷跡を残さないようにしたり骨を歪めないように、かつ迅速に治すことが出来るようになる。


 その他の魔法は私はあまり明るくはないけど、火系統であれば可燃物質や発火点などについての知識があればあるほど具体的な想像が出来るようになり、魔法の威力や精度が飛躍的に向上する。


 だけど。

 私が知る限りスキルに依存しない汎用的なもので損失部位を復活させるような回復魔法は存在しない。


 そもそも資料では『復元』や『聖域』などのスキルで補正を受けていないと欠損部位を戻すような回復魔法は使えないとされている。

 この世界にそんなものは存在しないのだ。

 世界の外から得た知識でもない限り、不可能。

 だから私は異世界転生者という荒唐無稽な存在と、異世界転生者によって歴史が作られたという与太話を信用せずにはいられない。


 それに何より。

 魔物とスキルを消し去るという狂気的な思想に私は心を奪われた。


 言わずもがな『無効化』に生まれた私が、スキルに好意的な印象を持っているはずもなく。

 幼少時に現れた山脈の魔物はとてつもないトラウマとして私の脳裏に刻まれている。


 それらがこの世界から消える。

 魔物討伐や自身のスキルで生計を立ている人々には大変申し訳ないけど、心躍らずにはいられない。


 私はスキルに人生を振り回されてきた。

 スキルによる補正もなく、ただ地道に勉強をして医師を目指している。


 だから、世の中からスキルがなくなっても何とかなる。

 それよりスキルやステータスによって、人生を強制され矯正されてしまうことが、私にとって何よりの悪だ。


 どうしようもない世界の理が、消える。


 私には、彼が四人目のヒーローに見えた。


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