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01世界は透明なひび割れに気づけない

 私、クリア・クラックは医師を志す、ただの小娘です。


 父のガクラ・クラックは帝国軍人で現在は山岳攻略部隊の隊長を務めていて、母のエバー・クラックは教師をしている。


 私は魔法に関しての才能もなく、身体も小さいので、かろうじて使える回復系統の魔法を活かすべく医学を専攻して医師になることにしました。


 回復魔法は医学を学べば学ぶほど、理解すればするほどに的確に効果を発揮出来る。

 魔力の出力で無理やり治すことも出来なくはないが、私は勉強によって学んだ用法用量や適切な順序を守ることで効力の変わる回復魔法がとても気に入った。


 父のように武を持って民を守ったり、母のように育むことで人を救うような。

 医師として、人を守り救いたい。

 私はそういうヒーローを、知っている。


 怪我は痛い、でも治れば人は立ち上がれる。

 私は、これで出来ている。


 今日も私は、大学にて講義を受けてから軍病院で勉強がてら雑務などのお手伝いをして家路につく。


 今日は少し遅くなってしまった。

 軍関連の人だけでなく、軍の人が救出してきた民間人の方々も急患として多く運ばれてきた。

 でも幸い命に別状のある人はおらず、全員障害なども残らずに回復できるだろうから良かった。かなりトリアージなどについても勉強になった。


 帰宅すると、久しぶりに父が戻ってきていた。

 えー、帰ってくるなら先に言ってくれればもっと早く帰宅したのに。あの何事もきっちりとしたがる父にしては珍しい。


 上着をお手伝いさんに預けて食事の席へ向かうと。


「遅くなりまし……、あ、お客様もいらっしゃったのですね」


 私は食事の席につく両親に声をかけようとしたところで来客に気づく。


「おお、帰ったか。こちらはクロウ・クロスさんとセツナ・スリーさん、軍の仕事を手伝って頂いている。そちらはうちの隊の副隊長のジャンポールだ。ご挨拶を」


 父は笑顔で私に来客を紹介する。


 ジャンポールさんに関しては前に話を聞いたことがあった。今まで見てきた中で最も努力と根性があると、嬉々として話していた。

 他のお二人は失礼ながら、存じ上げない……。軍関連の方々だろうか。


 でも、このクロウ・クロスさん? はどこかで……、いや、うーん?


 なんて違和感が頭に過ぎりながらも、私は父に促されるままに自己紹介をする。


「どうもごきげんよう。ガクラ・クラックの娘、クリア・クラックで――」


「がっふ……っ!」


 自己紹介中の私は、クロウ・クロスさんに顔を壁に押さえつけられて、同時に凄まじい勢いでジャンポールさんが天井に打ちつけられる。


 何が起こったのか全くわからない。

 何で私は、いきなり初対面の人に乱暴を?

 しかも軍人の家で、二人も軍人がいる前でこんな凶行を。

 理不尽が過ぎる。

 それに

 パニックだ、怖い、何もわからない。


「十六年前……、クローバー侯爵の集めた討伐隊に参加していた『無効化』持ちだな……?」


 鬼のような形相でクロウ・クロスさんは私に問う。


 ああ、そうか。

 私は全てがに落ちて、冷静さを取り戻す。


 十六年前、それと私のスキルを知っているということ。

 そして、見覚えのある顔。


「な……っ! クロウさん何を――」


「黙ってろおっ‼ 僕はこの『無効化』に話があるんだ!」


 父は困惑しつつ慌てて静止を促すが、クロウ・クロスさんは怒鳴って返す。


 怒りが滲んでいる。

 それはそうだ。


 私は彼を殺そうとしたことがあるのだから。


「……あの日、討伐隊が山脈で僕を追い詰めて、僕が気を失ってから何があった……? 誰が来て、何処に行った…………答えろ‼」


 乱暴な体勢なまま声を震わせて、私の目を見て再び問う。


 あの日。十六年前のあの日。

 覚えている、忘れるわけがない。

 私がヒーローに救われて、人間になった日なのだから。


 私はかつて、セブン公国のとある施設で育った。

 生まれはわからない、生みの親の顔も私は知らない。

 世の中とも切り離されて育った。


 毎日殴られ蹴られ焼かれ、言葉や魔法の詠唱を発せられないように舌を短く切られ、指も何本か切り落とされた。

 死なないように最低限の食事と、回復を施されて、絶対に逆らわないように逆らえないように徹底的に調整されていた。


 理由は私のスキルが『無効化』だったからだ。


 『無効化』は文字通りあらゆるスキルの効果を無効化するものだ。

 どんな超人的な効果や補正を持っていたとしても、ただの人にしてしまう。

 例え『勇者』であろうと『魔王』であろうと、何だって本来の状態、人としての素の状態にしてしまう。

 対人戦においては最強とされるスキルだが。

 スキル絶対主義のセブン公国においてはみ嫌われ、恐怖の対象だった。


 だから公国における『無効化』持ちは国家による徹底的な管理の下で、対人用兵器として強制され矯正されることになる。


 まあ当時の私はそんなこともわからないくらい、世の中から隔絶されていたし。

 指示を聞く為に最低限の言葉は理解出来ていたけど、舌が切られて喋れなかったし、文字の読み書きも出来なかったし、ただ叩かれたくなくてご飯を食べたいから言うことを必死に聞くことしか出来なかった。


 まだ人じゃなかったから。

 私は私が、私というか人間とか動物とか命とかそういうアイデンティティが曖昧なまま何も知らない、ただ生存にするだけの兵器でした。


 自分が苦しいとか、何が嫌とか、辛いとか、そういうのすらわからなかった。

 比較対象もない、共感もない、全て私の中で完結していたから何もわからなかったのです。


 そんな、日々というにはあまりにも中身のない時間の中。

 私は外へと連れ出された。


 話を聞いていたところ、クローバー侯爵という人が集めた討伐隊で逃亡犯を倒すというものでした。

 鎖に繋がれ、引きずられるように荷台へ載せられ、知らない町へとたどり着いた。


 まあ正直この辺りの記憶はもう、町でんで飲んだ水が綺麗で冷たくて美味しかったということしかない。

 そこから更に山に移動し、その山の中で逃亡犯を見つけた。


 だった。

 私よりは大きいけど、囲まれた大人たちよりは頭一つくらいは小さな男の子。

 今となっては、こんな子供相手に大人が寄ってたかって追い詰めるということが異常なことだと思うけれど。この時の私に、そんなまともな感性があるわけもない。


 男の子は強かった。

 まあこれも今思うとって話なんだけど。

 多彩な魔法を無詠唱で使っていて武器も使わず、大人たちを圧倒していた。


 凄い速さで大人たちを叩いたり、魔法で吹き飛ばしたり、時には両手を挙げて謝って近づいてきた大人を捕まえて盾にしたり、大声で罵詈雑言を吐き捨てて怒らせたり、気絶した大人の耳をかじって食べる様子を見せたり、山に火を放って消火に回った大人を後ろから火に突き飛ばしたり。


 無茶苦茶だった。

 これは今思うとではなくて、その時も思った。


 思った以上の苦戦に業を煮やした討伐隊は、私を使うことにした。

 多分、私は保険だったんだと思う。

 基本的にはたわむれがてら男の子を追い詰めて殺すつもりだったのだろう。

 ただ、失敗も許されない為に私を用意した。

 いやもしかしたら私の性能を試す意図もあったのかもしれない。

 要するに討伐隊は男の子を侮っていたのです。


 私は鎖を乱暴に引かれて、視界が通る位置まで移動され。

 男の子を目標に『無効化』を使う。


 かなり感覚的な話になるので説明が難しいが『無効化』の効果範囲は数とか距離とかよりによるものだと思う。


 姿が見えなくても、相手の存在自体が認識に出来ていれば『無効化』は効果を発揮する。

 ただし例えば、隣の部屋に居ると思っていたら居なかったとか、十人だと思ったら十一人いたとか私の認識と現実がずれていると効果から外れることもあるけど。


 基本的に対面さえ出来ていれば絶対に発動する。

 まあ私がこの感覚を誰かに語れたことはない。というかこの時点での私は舌を短く切られているので話すことが出来なかった。


 とにかく私の『無効化』は発揮された。


 男の子は突然動きが悪くなり、驚きの表情を見せた。

 私は自分の役割を果たせて安堵した。これで叩かれたり、殺されたりすることはないんだと。そう思った。そうとしか思えなかったのです。


 ここから男の子は一気に劣勢となった。

 今までかすりもしなかった攻撃魔法や剣撃が当たり始めたのです。

 やはりスキルの補正や効果を失うというのはかなり影響が大きいようです。


 男の子は突然のことに少し混乱していたけど、すぐに迎撃から逃走へと切り替えて逃げ出した。

 それでも必死な大人たちをくことは出来ずに、木々が途切れて岩肌が多く見られる山の中腹辺りの崖下で。


 男の子は完全に追い詰められた。

 追い詰められつつも男の子は、懸命に戦いました。


 様々な魔法を駆使して、騙し討ちを騙し討ちに使ったり。

 よくありそうな女性の名前を羅列して、それらの女性は殺す、と脅しの言葉を吐き反応して前に出てきた大人を殴って気絶させたり。

 口では別の系統の詠唱をしながら無詠唱で別の魔法を放ったり。

 大人の剣を奪って壊したり。


 ボロボロで血だらけになりながら、耐えしのいでいました。


 でも、なかなか倒れず汚い手もいとわず何でも仕掛けてくる男の子に苛立った大人が大人気なく投げたこぶし大の石が頭に当たって倒れてしまった。


 凄まじかった。

 スキルがない状態でここまで動いて戦い続けた人を初めて見た。


 今まで何度かの処刑決闘で犯罪者のスキルを無効化してきたけれど、ほぼ何も出来ずに首を跳ねられるかスキルが使えないことに気づいた時点で諦めるかのどちらかだったから。

 今ならこの男の子がどれだけ人を超えていたのかということがわかるし、もっと驚いて良いのかもしれないけど。

 この時は、ちゃんと役割を果たせて良かったという安心感しかなかった。


 崩れるように倒れた男の子に、大人たちは剣を振り上げてとどめを刺す。

 これでおしまい。


 ではなかった。


「そろそろ畳むか」


 突然、大人の剣を掴んで砕きながらそう言って男の人が現れた。


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