魔法族にとっての利、帝国の利、公国のその後にとっての利。
色々と宣っているが、こいつ自身の利というか動機……いや、
魔物とスキルやらを消したいってのがどこから来たのかがわからない。
そのジョージ・クロスというビリーバーに話を聞いて、どうしてそうしようと思ったのかが不明なままなのだ。
公国に強い恨みがあって私怨で混乱に
というか、もっと具体的にこいつを虐げていた者などがいるのなら、そいつらに各個報復すば良いだけの話だ。透明になって寝首を掻くなり不可視の速度で攫うなり畳むなり殺すなり好きにすればいい。
正義から来るものかと思えば、平気で国を売って戦争を提案する。
魔物に困っているわけもない、これだけ強ければ魔物相手に
公国で評価されないスキルにコンプレックスがあるということもない『超加速』は世界の理に反した現象を起こすに至ったスキルだ。
魔力の親和率に関しても、どうやったのか知らないがこいつは魔法族よりも遥かに高い。
じゃあ、魔物やスキルを消してこいつに何の利があるんだ?
こいつは何が故に、こんなに狂っているんだ?
それが見えてこない。
まだ陛下やジョージ・クロスとやらが異世界人として責任を負って世の中から後付けの理を消し去ると言い出すのなら納得が出来る。
もしこの異世界人云々の話を聞いたのが魔法族であれば魔力の親和率の為に行動に出る者もいるかもしれない。
しかし、こいつがこんなことをする理由が今のところ一つも語られていない。
何を最大目標としているんだ?
こんなことをしてこいつは何を得る?
気味が悪くて気持ちが悪い。
こいつの行動に何一つ共感が出来ない……いやさせないようにしているのか……?
「帝国はスキルにそれほど依存していない、まあスキルも含めた全てを鍛えるというのが帝国流らしい。無いなら無いでなんとかやるだろう」
俺の疑念や嫌悪もつゆ知らず、クロウ・クロスは淡々と帝国の評価を語る。
……色々と語るが、失敗した場合のリスクには触れないのか。
百……、いや一千万歩譲ってこいつが時速四十キロで地下二万メートルにたどり着いて一日以内に四十八億の四乗通りのパターンからパスコードを解除出来るとしよう。
その時間を稼ぐ為に護衛が必要で、それを『無効化』が効きづらい魔法族に頼みたいのもわかる。
だが、護衛を失敗した場合。
公国は完全にダウンの敵に回る。
それに一億歩譲って、帝国が思惑通りに乗ってきたとしても我々を後ろから撃たないとは限らない。
我々からしたら帝国も公国も同じ角なしの集まりだ。信用も信頼も皆無だ。
公国と帝国が、この魔法国家ダウンを狙って来ることも考えられる。
帝国だって、本格的に公国とやり合う気は今のところないだろう。
せめて『勇者』が現れる前だったら一方的な兵力差で押し切れただろうが『無効化』『勇者』だけでなく『勇者』に準ずる強力なスキル持ちを集めた勇者パーティがいる今の公国に手を出すのは無茶だ。
帝国がいくら兵力があろうと『勇者』は戦略級魔法を使う。
都市を丸々ひとつ消し飛ばす規模の魔法だ。
本来戦略級魔法は何人もの優秀な同系統魔法使いが魔力を練りに練って束ねて、何日もかけて魔力回復薬を投与しながらようやく展開される。
寝ずに、ほぼ休憩無しで何日もぶっ通しで行われる為に疲労で倒れる者や最悪命に関わることもある程に発動するのも困難で使用する側も使い所を考えなくてはならないし、妨害がされないようにかなり厳重に護らないとならない。
それを個人で、しかも即時発動させることが出来るのが『勇者』だ。
歩く大量殺戮兵器、それが『勇者』なのだ。
さらにそんな『勇者』に
まあ流石に戦略級の撃ち合いが起こる戦争はなかなか起こらない、そんなことしていたら魔物が押し寄せてくるから――。
ああそうか。
こういう面から見たら魔物は大きな戦争の抑止力にはなっているのか。
そう考えるとこいつがやろうとしているのは、本格的に世界そのものにある均衡をぶっ壊すことになる。
悪寒が走る。
単純に、純粋に、生粋の、恐怖が身体を駆け巡る。
失敗のリスクも大きいが、成功した後の世界に対するリスクの方が大きい。
本当に何がしたいんだこいつは。
ああ頼む、誰かこいつを殺してくれ。
誰か止めてくれ。
今、俺の目の前で世界の崩壊が進んでいる。
目眩がする。吐き気もしてきた。
陛下。そうだ陛下は、こいつの危険性を理解しているはずだ。
流石に乗るわけがない、世界の崩壊に加担するわけがない。
確かに悲願である魔力との親和率向上が達成されるかもしれないが……。
頼みます陛下、どうか懸命な判断を――。
「……面白い、やってみるか公国落とし」
俺の願いは
「だが、私は王を
陛下は続けてそう語る。
意識が遠のくほどに衝撃的だったが、いやはや、なるほど。
あくまでも国家的な動きではなくて個人として最低限の協力に留めるのか。
公国落としが失敗して、俺の考える流れになったとしても国家の意思ではなくて前国王の暴走として最悪上王陛下の首を公国に差し出せば、ダウンとしての被害は最小限に抑えられる。
ギリギリのリスクマネジメントだが、非常に重要だ。
さらに、しれっと秘密部隊って言ったけど……本当に存在していたのか……?
軍内部でも噂というか都市伝説で表沙汰に出来ないような特殊任務専門の部隊が存在しているって話は聞いたことがあるが……、まさかこんなところで実在することを知るとは思わなかった……。
なんてことを巡らせていると。
「それと…………申し訳ないが、私自身が『第二種管理者権限』で出来ることはエネミーシステム区域の扉を開けるところまでとさせて貰いたい」
陛下はやや苦い顔をしながらそうつけ加える。
「装置の停止や破壊、つまり直接私がシステムに干渉することはしない。理解されるとは思わない、上手く説明も出来ない。そもそもあまり語りたくもない。不可能ではあるが察してもらいたい」
続けて口を
なんだその線引き……、確かに理解不能だがこの
「あくまでも、とんでもない思想犯に踊らされて暴挙に出た前国王であり、ビリーバーとして世界に直接干渉するのは
クロウ・クロスは簡単な推測を返す。
まあ確かにそれであれば……、わからなくもないというか前半は理解に及ぶ。
思想犯に踊らされて暴挙に出たということなら、失敗の際に国内での裁判も
これもギリギリのリスクマネジメントの一環と言える。
「…………まあそう思ってくれて構わない。それも間違いではない」
陛下はクロウ・クロスに対し、曖昧気味に返す。
「とりあえず、僕はこれから帝国の知人にコンタクトを取るよ。万が一、帝国が動かなかった時は僕一人でなんとかするつもりではいるけど……」
クロウ・クロスは陛下の曖昧さを追求することはなく、そのまま話を切り上げるように切り替え。
「あんまり時間をかけ過ぎると、次の勇者イベントが発生してしまう。その前には終わらせたいとは思ってる」
ぽつりと、そう漏らす。
「ああ、まあこの国としてはそれほど影響はないだろうが勇者イベントの回避に繋がるのなら越したことはないが……あれは『未来予知』持ちからの告知がないと正確な時期が掴めないからな」
その言葉に陛下も共感を示す。
勇者イベント……? ここにきて、またよくわからない単語が出てきた。
字面からスキル主義の公国が抱える、最強のスキルである『勇者』にまつわる何かなのはわかるが……。
ニュアンス的には良くないことのように聞こえるが、これが一般的に良くないとされることなのか、この特殊な二人にだけ刺さる良くないことなのか判断が出来ない。
まあ正直俺には関係ない。
一兵卒も一兵卒な俺には関係がない。
陛下の私兵でもないし、そもそも巻き込まれただけで、話の概要を何となく掴んだところでキャパオーバーだ。
とりあえず軍人、いや魔法国家ダウンに住む者として。この超弩級凶悪犯罪者が国から去ってくれるだけで満足だ。
ああ、マジで良かった。
陛下の私兵やら、公国やら、ちゃっかり頭数に入れられている帝国は気の毒ではあるが。
正直知ったこっちゃあない。
基本的に外国で起こる外国人同士の諍いだ。
勿論、この国の上王陛下が一枚噛んでいるし、この国へ影響が全くないわけではないが。
この国は良くも悪くも、閉鎖的だ。
角なしとの外見や魔力の親和率や信仰などの違いや、大昔に角なしたちとの大戦もあったしそもそも単一民族国家なので積極的な外交を行っていない。
以前は魔法族全体の繁栄のために、もっと外交をして云々みたいな意見もあったが。
タヌー・マッケンジィ陛下が王となってからの発展で、食料自給率もあらゆる産業においての生産性が向上し各地域にインフラも張り巡らされ医療や福祉も充実して疫病や餓死などの被害はなくなり魔法国家ダウンが始まって以来、最も安定している。
故に、大雑把に見れば対岸の火事だ。
知ったこっちゃない。
とにかくさっさとこのとんでも思想犯を帰らせて――。
「じゃあ善は急げだ。
「………………は?」
突然、俺の名前が出てきてマヌケな声を出してしまう。
え、なんか俺話を聞き飛ばしたか? なんでこんなタイミングで俺の名前が……、行くよ? え? 何故俺が何処に何で? 全然理解が追いつかねえ。
「いや君、こんな話聞いて無事に帰れるわけないだろう」
困惑する俺に呆れるようにクロウ・クロスは言う。
え……………………? え、いや……、まあ……。
それはそうだわ。
全部を理解出来ているわけじゃあないが、こんな国家転覆やら世界の成り立ちに触れるような極秘事項を聞いた奴を生きて帰す理由が一つもない。
そして、俺はこの男どころか陛下にすら勝てる見込みはない。
基本的に俺は『超再生』によってかなり不死身ではあるが、流石に一撃で脳を含めて肉片一つ残さず消滅魔法で消し飛ばされたら流石に死ぬ。
嘘だろ……、今日なのか? これが俺の命日だったのか? 流石に任務外で死ぬとは思ってなかったから来週の予定を組んでしまっていた。
……一矢だけ
「ここまで協力してもらって、殺すなんて三流以下のことはしないさ。でもこのままほっとくこともできないから、君にはこの作戦に参加してもらいたいんだよね。人手不足だし、説明する手間も省けるし」
俺が無謀な
おいおいこいつ、すげえ穏やかに脅してくるじゃないか。
今こいつは俺に、ここで死ぬか、協力するかという選択肢を与えている。
舐めるなよ、俺はこの国を守る軍人だ。
これでも火系統使いで『超再生』を持つことから不死鳥のグリオンと呼ばれたり呼ばれなかったりする男。
俺はしぶといぞ、刺し違える好機が通常の百倍はあるんだよ。
決意が心に火を点し、目から炎が溢れ出る。
「でも、もし僕のような賊に協力するのが死んでも嫌だって言うんなら――――」
「協力しよう、このグリオン・ガーラ、粉骨砕身公国の角なし共を消し炭にしてくれる」
クロウ・クロスが放つ
いやはや無理なものは無理だ。
こんな話に巻き込まれるのはそれはもうとてつもなく嫌だが、死ぬほどかと言われれば死ぬ方が嫌だ。
そもそも生きることに執着しまくって来たから『再生』が『超再生』に覚醒したのだ。
死ぬのが怖くてたまらない、これが生物として間違っているとは全く思わないが不死鳥ではなくチキンだとは思う。
この後俺は、上王陛下が手を回して軍務局陸上戦闘部第五強襲部隊から表向き存在していない秘密部隊に知らない間に異動となっており階級も軍曹から准尉になっていた。
まあ表向き俺は軍から名前を消されているので殉職での二階級特進に近い。
まさか出世は望めないと思っていた俺がわけのわからんタイミングで二階級も出世してしまうとは……。
しかも秘密部隊は数年後に、佐官相当扱いの親衛隊への入隊が内定されているらしい。
思った以上の高待遇に、なんか悪くない気がしてしまう。
さらに、クロウ・クロスに同行を余儀なくされて超長距離転移魔法にて公国の東の果てにある帝国領のトーンという町に跳んだ後。
クロウ・クロスは自身のスキルである『超加速』と俺の『超再生』と山脈から湧く濃い魔力を用いた、成長加速なるもので。
あっという間に俺の魔力の親和率を飛躍的に向上させた。
全系統の魔法を詠唱なしで一人で戦術級魔法も展開可能となり、得意だった火系統であれば戦略級も撃てるかもしれないほどに俺は魔力で満たされた。
そして、クロウ・クロスが『無効化』対策に考案した魔法である疑似加速を習得した。
ああ、最悪だが最高だ。
俺は今、魔法族の悲願を体現している。
魔法族全体がこうなれば、国防どころかこちらから角なし共を蹂躙して世界を征服をするのも夢じゃあない。
最強の種族である我々が、世界を取る。
まあ、そんな全能感に酔いしれた夢見がちな世迷いごとは、クロウ・クロスや帝国軍人のジャンポールなんちゃらや魔動兵器を使う魔道具技師セツナとの模擬戦にて。
たった数分で打ち砕かれておけたところも含めて、最悪で、最高だった。