行方不明なのか。
まあ、ジョージ・クロスという名は聞いたことがない。
陛下と同じくというか、陛下よりもこちらの世界への干渉を
「…………そうか。ならば現状、難しいとしか言えんな。現実的な問題で言うなら、二万メートルを掘る人員と時間。そんな大規模な工事を、勝手に堂々と一国の中心地で行えるわけがない。掘った土砂の処理だけで何年もかかる」
クロウ・クロスの答えに陛下は現実を返す。
そりゃそうだ。
この国でも地下道や地下水道、地下鉄道計画なんてのもあるが、かなりの人手と時間を
完成予定はまだ十年以上は先だ。
二万メートル……、しかも水平方向ではなく垂直方向に掘る……? そういう工事関係にも地質学にも明るいわけじゃないが、様々な地層や岩盤を突破して、都度土砂を地表まで運びながら、地下水脈などを
十年じゃあ効かない大工事だろう。
不可能だ。
「いやそれは僕が消滅魔法で土砂ごと消し飛ばして掘り抜いて、土魔法で固めながら風魔法で換気していくから問題ない。多分こう……斜めに下っていけば三十分くらいで着くんじゃないかな」
あっけらかんと、クロウ・クロスは非現実的な解決策を返す。
え、ええ……。
まず消滅魔法なんてやべえものを使えるのもそうだけど、当たり前のように複数の魔法を同時に使うことを前提にしている……。
そんな複雑に複数の魔法を使いっぱなしで、二万メートルを三十分? 時速四十キロを維持して進むのか? 馬よりも速く……?
……いや、でもこいつなら出来そうではあるけど。納得いかねえ……。
「問題はそのセキュリティ、パスコードが厄介過ぎる。四十八億の四乗通りのパターン……僕が『超加速』をフルに使って入力をしても一日仕事だ。しかもその間僕はそれ以外の行動が出来ないから、公国軍やら騎士団やら冒険者からタコ殴りにされる」
やや眉をひそめて、クロウ・クロスはそう続けた。
いや一日仕事で四十八億の四乗通りのパターンって……、実質無限だろそんなのある程度予想のできる文章が答えなわけもないんだろ? 総当たりでかたっぱしから試していくつもりなのか? 運が絡むにしても一生をかけて正解引き当てて奇跡の域だろ……。
こいつは不可能を一日仕事にまで加速させて短縮させるってのか……? 何でもありすぎるだろ。
確かに覚醒したスキルというのは想像を超える、世の
俺の『超再生』も『再生』から覚醒したことによって、ある種の不死身と言える効果を得た。
脳が吹き飛ばされようと心臓を撃ち抜かれようと、即座に再生する。
ちなみに痛みはそのままなので、文字通り死ぬほど痛いしこんな不名誉なもの気に入ってはいない。
覚醒したスキルというのは世界の理に触れている。不自然で不可思議で不気味なものなのだ。
「……一日くらいなら虚偽の工事申請などをして誤魔化せないのか? 君は公国の人間なのだろう」
とんでもない解決策に対して落ち着いた様子で陛下は返す。
まあ確かに、一日くらいなら強行策を取るより偽装工作をした方がリスクも少ないし確実だ。
「あー……実は先週、帝国に町ひとつ渡したのがバレて軍施設ぶっ壊して騎士団隊長を半殺しにしちゃったから、外患誘致と国家施設襲撃と殺人未遂で指名手配中なんだよね。だから僕が公都をうろついてたら警告無しで魔法を撃たれるから面倒なんだよ――」
陛下の提案にクロウ・クロスは、淡々ととんでもない犯罪歴を語る。
え、ええええ……。
こいつ……っ、ええ? 無茶苦茶が過ぎるだろう。
この国での悪事が可愛く思える。
外患誘致って、この国じゃ……いやどの国でも死刑一択の大罪だ。
それに加えて軍の施設を破壊して、騎士を半殺し……?
え、今ここに座ってるのって悪魔か何かなのか? 凶悪犯も凶悪犯過ぎて……、それを俺は上王陛下に会わせているのか?
今からでも戦力を集めてこいつをどうにか…………出来るわけないか……。
まあ……、とりあえず上王陛下と話して必要な情報を持ってさっさと出ていってもらうのが最善か。
幸い、こいつはこの国でことを荒立てる気はないように思える。まあ既に地下牢で暴れ倒してはいるが、こいつがその気になればその程度じゃあすまない。
イカれていて常軌を逸した力を持つ凶悪犯ではあるが、最低限の良識は持ち合わせているのかもしれない。
なんて、楽観的な評価をしたところで。
「――だからあの国、
淡々と、さもありなんと言わんばかりにクロウ・クロスはそう言った。
ああ、やっぱり駄目だこいつ。
誰でもいいからさっさとこいつを殺すべきだ。
一個人が国家転覆を目論むなんて、まともな倫理観を持ち合わせちゃあいない。
こいつは存在していちゃいけない、行動に一つも善悪の意識がない。自身の中にある正義に従っているわけでもなく、悪意を持っているわけじゃない。
完全に純粋な狂人。
革命家でもない、世の中に混乱をもたらすだけの迷惑野郎だ。
何があったら人はここまで壊れられるんだ?
強大な力を手にしたことによって全能感に酔っているのか?
だとしたら確かにスキルなんてものはこの世から消すべきだ。
そしてさっさとこいつを殺すべきだ。
「なるほど……まあ確かに国防を戦闘系スキルを持つ者に頼る公国がスキルを失えば遅かれ早かれ落ちる。だが、それ故に面倒だぞ」
怪訝な顔で陛下はクロウ・クロスのとんでも発言に返す。
「我々の知りうる限りの情報でも公国には少なくとも『無効化』持ちが二枚は存在している。対して魔法国家ダウンには『無効化』持ちはいない。対人戦において『無効化』の枚数はかなり勝敗に影響がある、魔法族はスキルに頼らず魔法の技量によって戦う為に『無効化』の影響を受けづらいが、それでも戦力は落ちることになる。これでも私はこの国の王だった者だ。君が前線に出るならまだしも君を守る戦いは分が悪い、分が悪い戦いに国民を向かわせることは出来ん」
続けて、陛下は堂々とクロウ・クロスへと語る。
陛下はちゃんとビリーバーという根幹と、王という立場の両方の視点から語っている。
確かに我々が何故この魔法国家ダウンを繁栄してきたのかといえば、魔法主義による徹底した『無効化』対策にある。
スキルに頼った行動は『無効化』一枚で破綻する。
対人戦最強スキルとして各国が切り札扱いする中で、それが効かない我々の国を落とすのは容易ではないのだ。
だが、それはあくまでも本土決戦を想定した防衛に限ったことだ。
こちらから『無効化』を持つ国家を攻め落とすのは、難しいどころの話じゃあない。
「帝国を巻き込むよ。ライト帝国は公国に侵攻をかけているし、それなりに知人もいる。大陸一の大国なら『無効化』持ちの一人や二人いるだろう」
悪びれる様子もなく、クロウ・クロスはさらっと返す。
てっ、帝国を巻き込み出したぞこの男……っ。
外患誘致が留まることを知らない……、いやもうこいつがダウンの人間じゃなくて良かったまである。本当に心からこいつが外国人で良かった。
「帝国は統治も上手い、民を人道的に扱うし無茶な統治や隷属したりもしない。内政も安定している。どこかに落とされるなら帝国が良いのさ」
売国奴は続けて語る。
いや怖いわこいつ、正直軍務に
……いや違う。
確かに気持ちも悪いし気分も悪いが、そこじゃあない。
正直公国とは外交関係にあるわけでもないし、完全に他所の話だ。俺がどうこう思ったとしても結局それほど関係もない。
だがなんだこの違和感は……、こいつはイカれているし壊れている凶悪犯ではあるが……、この嫌悪感というか気持ちの悪さはなんだ?
「単一民族国家であるダウンが公国を抱えることにはリスクがあるし、面倒なことは帝国に任せてしまってエネミーシステムとサポートシステムを停止することにより魔法族全体が魔力の親和率が上がることになる」
凶悪犯は続けて我々にとってのメリットを語る。
確かに……。
公国落とし=魔物とスキルとステータスウインドウが無くなる=魔力の親和率が上がる。
と、いうことであれば魔法族にとってはかなり良い話ではある。
信憑性に関しても、上王陛下のお墨付き。
だが……。
「帝国は領地を拡大出来る、魔法族は親和率が上がる、公国の民はスキルを失った後の混乱する内政を帝国に丸投げすることが出来る、世界は魔物という脅威が無くなる。結構ウィンウィンな感じじゃないかい?」
眉を上げてクロウ・クロスは全体の利益を語る。
……ああ、
こいつの何が気持ち悪いのかが、わかった。