相手が前国王で、極秘裏の謁見であることを伝えると。
「じゃあ消えとくよ。近くには居るから案内してくれ」
クロウ・クロスはそう言うと景色に溶けるように姿を消した。
「なっ⁉ はあ⁉」
「光学迷彩と気配遮断と認識阻害をかけた。極秘裏なんだろう? ちゃんと隠れとくから安心しとけ」
慌てる俺にどこからともなく
こんなに忽然と消えられるのか……? ああそうか。どうやってこの国に入ってきたかよくわかった。
そして、本来こんな透明な不届き者を王城に入れるなんて有り得ないが。
こいつがもし要人暗殺やらを目論んでいたのなら、もう既にこの国の要人はみんな死んでいる。
その気になれば地下牢からも何時でも出れた。
無茶苦茶だが、敵意はない…………と、しよう。
どちらにせよ俺に、というか現状この国に、こいつをどうにかする
黙って上王陛下の待つ部屋へと向かう。
「軍務局陸上戦闘部第五強襲部隊、グリオン・ガーラ軍曹! 上王陛下より召喚を
「…………話は聞いている、通れ」
王家の親衛隊員に所属と名前を伝え、部屋へと通される。
ちなみにこの親衛隊員も軍務局の階級で言うなら佐官相当なので、こんなかたちで俺みたいな一兵卒の相手をするのは初めてだろう。
いや本当に……、俺は何に巻き込まれているんだ……。
来客用に使用する部屋のソファに座る上王陛下が一人で待つ。
「グリオン・ガーラ軍曹、例の人間をお連れ――」
「僕はクロウ・クロス。サポートシステムとエネミーシステムをぶっ壊す為にビリーバーを探している。あんた場所知ってるか?」
俺の紹介を遮るように光学迷彩を解いたクロウ・クロスは不敬で不適で不敵に、陛下の対面のソファに足を広げて座りながら単刀直入に言った。
こいつ……っ! 流石に不敬が過ぎるだろ! イカれてんの……いやイカれてたか。イカれてたわ、知ってたわ。
一周回って落ち着いてしまう。
いや、でもこれ俺怒られてもしらねえぞ……。
恐る恐る俺は陛下の顔色を
「……知ってるよ。私は知っている。私は、旧デイドリームのビリーバー、田沼健司だ」
タヌー・マッケンジィ陛下は、涙を浮かべて震えながら笑顔で、そう返した。
ここからはこの二人の話を聞いた俺が、何とか読み取った情報を繋げて解釈したものだ。
まず、どうにも我々の住むこの星というか世界とは別の魔力や魔法のない異世界というのがあるらしい。
いやなんか大真面目に上王陛下と超弩級テロリストがそう言ってるんだ。まあ前提として異世界はある、そうしないと話が進まない。
その異世界でデイドリームという組織が、まだギリ人が生まれたくらいの頃のこちらの世界を見つけて、何だかんだでこっちに来れるようになったらしい。
向こうで死ぬことでこちらに記憶を持ったまま生まれ変わるという、狂気の片道切符を使って、何人もの異世界人がこちらに渡って来たという。
んで、人類に知恵やらを授けて時間を加速させて経過観察してきた。
その間も度々異世界からビリーバーと呼ばれる者がこちらに来ては、我々に紛れて魔力や魔法を研究したり魔力を用いて文明水準を上げる案を出したりしていたらしい。
決して虐げることや悪戯に混乱を生むようなことはせず。
自主的な発展に対する手助けをして、友好を示す。
そんなことをモットーに活動してきた。
だが、デイドリームという組織がなんか色々あって潰れてサプライズモアという組織に研究が移った。
サプライズモアは、この世界を異世界人たちの遊技場にすることにした。
異世界人たちが、魔法で化け物を倒して遊ぶ遊技場。
そのために、ビリーバーたちは魔物と、その魔物と戦う為のスキルやステータスウインドウをこの世界に放った。
が、サプライズモアは空中分解し、遊技場計画は頓挫。
異世界研究という夢を失った旧デイドリームの残党は、研究施設を爆破して自害。
これにより異世界からこの世界に繋がる
結果、この世界に魔物とスキルとステータスウインドウだけが残ったという。
残党の中には自害方法として、こちらの世界への片道切符を使った者がいた。
それがこの。
魔法国家ダウンが上王、タヌー・マッケンジィ陛下。
クロウ・クロスの師であるところの、ジョージ・クロス。
陛下は憧れた魔法を研鑽し、様々な技術的な発展や福祉制度の提案、農業や医療に至るまで様々な貢献をして王になった。
まあ確かに陛下の功績は常軌を逸していた。
ひと世代で百年以上は文明が進んだと言われている。
ただの天才より、実は異世界人や宇宙人でしたって方がまだ現実味がある。これには妙に納得してしまう。
しかし、この最後のビリーバーたちは、魔物やスキルやステータスウインドウやらにはノータッチだった。
世界の加速は組織の空中分解後に起きた爆破自殺の時点で異世界側の観測装置が壊されて止まったが、それまでは加速が続いていた。
つまり最後のビリーバーが来る頃には魔物やスキルやステータスウインドウは、既にこの世界へ根付いてしまっていた。
これらを維持する為に星の魔力を使いまくって、人類の魔力との親和率は下がって魔法は衰退し魔物の被害によって発展は停滞したが。
それでも、お節介な隣人を自称するビリーバーは、これらに手をつけることをしなかった。
外から身勝手に無茶苦茶な改変を行って、さらにそれを身勝手に外の人間が戻すのは過干渉だと判断したらしい。
まあその辺の判断は正直、俺には共感は出来ない。
育成して遊ぶのは良くて、迷惑かけて遊ぶのは駄目……、わからなくもない気もするが。
どちらも身勝手でこの世界を引っ掻き回しただけな気もする。
もちろんこのお方は前国王で、魔法族全体の発展に多大な貢献をしたお方なのは変わらないので口が裂けてもそんなことは言わないし、言えないが。
そんな中で、この世界の住人であるクロウ・クロスが能動的に自分たちが不本意で改変してしまった世界を正したいと言い出した。
自分がやりたくても、出来なかったことを。
いつかこの世界の住人が自分たちでどうにかするのを待つしかない状況で。
この、クロウ・クロスは現れた。
待ち望んで、自分の生きている間には起こり得ないと思っていたことが、起こった。
飛びつくように嬉々として、全面的に協力をする気な様子だ。
魔物はともかくとして、スキルとステータスウインドウをこの世から消す……か。
まあ魔法族の我々からすると、そこまで大事ではない。
我々の価値観としては、あまり重要視していない部分ではある。
もちろん、ステータスを目安とすることもあるしスキルによる補正や効果に頼ることもあるが、重要なのは魔法の練度、もっと言うなら魔力との親和率である。
ああそうか、親和率……、なるほど。
魔力の親和率上昇は、我々魔法族の悲願である。
その為に公国で開発された『賢者の石』が必要だった……、まあ目の前のこの怪物クロウ・クロスと優秀な角なしバリィ・バルーンに阻止されたわけだが。
様々な魔法を思いのままに使えることが出来れば、そもそもスキルなど必要がないとは思う。
俺の『超再生』も、回復魔法が自由自在に使えれば必要がないしそもそも防御魔法や身体強化が出来ていれば怪我すらしないのだ。
だが角なしの価値観は違う。
角なしの多くは、スキルに依存した強さを求める。
どうにも角なしが信仰する教えに、スキルは神が与えたものだとあるらしい。
いや、神をビリーバーとするならあながち間違いでもないのだろうが。
故にこれはとんでもないテロ行為。
世界への挑戦と考えていい。
しかし魔物やらスキルやステータスウインドウが、この星の魔力を使い込んでいるのなら、それを無くせばこの星は魔力に満ちることになる。
そうなれば魔力との親和率が上がる。
魔道具のような魔動機械の類いも今まででは考えられない出力のものを作れるし、『転移結晶』や『通信結晶』を用いた交通網や通信網を構築することが出来るだろう。
経緯や真偽はどうあれ、話自体は魔法族には美味しいように聞こえる。
「――つまり」
陛下から話を聞いて、クロウ・クロスは口を開く。
「エネミーシステムとサポートシステムの設備は、セブン公国は公都の地下二万メートル地点にあるシステム用施設にあると」
目当ての物がある場所を、確認するように口にする。
「さらに地表に繋がる通路はなし、二万メートルを掘るしかなくて掘った先には各設備区域ごとに四十八億の四乗通りのパターンのパスコードでロックされた扉があり、壁も扉も無尽蔵の魔力からなる一万二千枚の魔法障壁と物理障壁に守られている……」
続けて、その目当ての物の状態を咀嚼するように語る。
いや……地下二万メートル、四十八億の四乗通りのパターン、一万二千枚って。
まるで子供が考えたような、僕の考えた最強のセキュリティみたいな……。流石に馬鹿げ過ぎているというか、過剰だ。そもそも二万メートルって地下二十キロメートルも穴掘る奴が居てたまるか。
凄まじい技術力を遺憾無く発揮した馬鹿が作ったとしか思えない。
「そもそも私の『第二種管理者権限』のようなビリーバー専用スキルや、ビリーバーに共有された転移コードを用いた転移魔法での出入りを想定しているからな……。それに私はビリーバーとしてこちらに来る予定がなく勝手にGISを使ったビリーバーが故に転移コードを知らないのだ」
陛下はさらに過剰なセキュリティについての補足をする。
「君が出会ったビリーバー……恐らく相互GIS部門の黒洲チーフだと思うのだが、黒洲チーフは何処にいるんだ? そこまで付き合いがあるわけではないが、黒洲チーフは旧デイドリーム勢の中では古参だったのでもしかしたら転移コードも把握しているかもしれんぞ」
続けて陛下は問う。
確かに、そもそもこいつはなんでこの国までビリーバーとやらを探しに来たんだ? 自分の師に聞けばいいだろうに。
「…………さあね、僕も探したけど見つからなかった。どっかで酒でも飲みながら行きずりの女を口説いてるんじゃないかな」
平坦な口調でクロウ・クロスは答える。