俺のようなただの魔法使いモドキで魔法学校の教員でしかないようなやつが公国最強の勇者様たちに物を教えるにあたって、おこがましいが少々現在の評価をまとめておこうと思う。
誰に提出するわけでもない。
後で成長した時に過去の評価と見比べて、にやつくためだけのものだ。教員の一番いいところをやりたいがためだけの落書きでしかない。
メリッサ・ブロッサム。
スキルに『勇者』を持つ、公国指定の勇者だ。
この『勇者』というスキルは、公国のスキル評価の中で最上位とされる。
全ステータスの上昇補正量が非常に高く、あらゆる職モノスキルや様々な万能モノスキルの要素を内包している。
その時点で確かに最上位と
特筆すべきは学習能力と成長性。
戦えば戦うほど経験値として蓄積していき、ステータス補正量に上乗せされていく。
さらにこれらの成長限界はないものとされている。
魔法モノスキルも内包している為、あらゆる系統の魔法を完全な無詠唱で使うことも出来るし、魔力の量も個人で戦略級魔法をぶっぱなしても余裕なくらいに増えている。
まさに最強のスキルにふさわしい、正直俺は公国のスキル評価には懐疑的ではあるが……。まあ『加速』についてはイレギュラーなものって考えた方がいいんだろう。
問題があるのはメリッサ自身についてだ。
メリッサはトーンの町で生まれ、早くに両親を亡くして放任主義なガラス職人の叔父の下で見事なクソガキとして育った……まあその辺のことはいいか。
元々メリッサは『盗賊』のスキル持ちでブライパーティでは、前衛回避盾と回避力や手癖の悪さを活かした撹乱を得意としていた。
魔法攻撃力に乏しく、近接火力も魔法使いモドキの俺と変わらない程度な為にそれを埋める機動力による奇襲や奇策を駆使する戦法を得意とした。
アカカゲの戦い方も隠れて参考にして、たどり着いた戦法だ。
悪くないどころか、あの悪童メリッサが工夫と連携による活躍をするのは高評価と言わざるを得んが。
それはあくまでも『盗賊』で、ブライやセツナと組んでいた時の話だ。
どうにもメリッサは『盗賊』の癖が抜け切ってないのもあるが、自身が考える理想の最強像をクロウに設定してしまっている。
気持ちはわからんでもないが、あれはクロウが『加速』や自分の持つ強みをコツコツと伸ばしていった先にある強さだ。
メリッサにはメリッサの、そして勇者パーティとしての強みを伸ばしていく必要がある。
そして何より、あいつはブライの下で戦況に応じた臨機応変な連携を得意としていた。メリッサにとっての連携はそれだった。
だが、臨機応変な連携……悪く言えば行き当たりばったりの戦い方というのはパーティリーダーであるブライの異常な戦況掌握能力に依存したものだ。
だからメリッサは勘違いしていた。
自身の基礎はしっかりと固まっていて、連携の正解を知っていて、目指すべき最強とはクロウ・クロスであると。
わかったつもりで、自分の未熟さを棚に上げて、最強スキル『勇者』の強みを自分で塞いでしまっていた。
理想にしていたことに近いことができるようになり、転移魔法やクロウを真似して開発したという擬似加速を使えるようになって。
本来の『勇者』としての強さ、勇者パーティとしての強みから遠ざかっていった。
まだ若く、ティーンエイジャーで思い込みも激しい時期であるし、もっとガキの頃からクロウに憧れてたから仕方なくもあるが。
そこをなあなあにするのは甘さだ。
トーンの町にそんなものはない。酒も辛口、キレが売りだ。
勇者パーティの一番大きな問題は、パーティリーダーがパーティの完成系が見えていないことにある。
しかもクロウを畳むことを目標にしている。
別にそれ自体をどうこう言うつもりはないが、致命的なほどに抜けている。
クロウがメリッサのことを知っているということが、致命的に抜けている。
クロウを倒してえんなら情報アドバンテージを与えている時点で、勝ち目はない。
つーか、クロウはメリッサを育てた一人だ。
手の内は知り尽くしているし、もっと言うなら自分の戦い方についても勿論誰より知り尽くしている。
だからクロウの模倣をしたり、ブライのノリで戦ったりなんてのは通りようがない。
つまり、勇者パーティ最大の課題は。
このメリッサが冒険者でも悪童でもなく、勇者になれるのかどうかだ。
そして俺が、メリッサを勇者にしてやることが出来るかどうか。
いんっ…………や! めんどくせえええええっ!
メリッサはクソ生意気だしペチャパイだし馬鹿だが、可愛い……くはねえが後輩だ。
やれるだけのことはしてやろう。
ダイル・アルター。
勇者パーティの前衛盾役兼火力の戦士。
スキルに『万能武装』を持つ。
この『万能武装』ってのも『勇者』に引けを取らない高位スキルだ。
あらゆる武器や武装を初見でも使いこなせるほどの補正が入り、ステータスも武器に応じて最適な状態へと補正がかかる。
技や動きに至るまで、自身の技量とは関係のなく補正されて最適な動きを行う。
あらゆる戦闘系職モノスキルの上位互換になり得る。
リコーの『重戦士』やらブライの『双剣士』やら、会ったことはねえが『剣豪』やら『剣聖』なんかも内包している。
武器格闘に限って言えば『勇者』よりも高性能だと言える。
だが、それだけだ。
ダイル君に関しては近接特化のブライが面倒を見ているので俺がそこまで口を出すことじゃあないし、実際俺が会った時にはかなりマシになっていたからこれより酷い状態だったらしいが。
基礎的な身体操作はまあまあ身につけつつあって、スキルによってかかる補正が矯正ではく向上に繋がっているのは見ていてもわかる。
でも、受動的な面が目立つ。
単純に経験値の差だとは思うが、ミクロ的な展開での押し引きや駆け引きは出来ているもののマクロ的な展開でのそれらが出来ていない。
前衛に求められるのは、勿論鉄壁な守りや必殺の火力だったりもあるが、一番は戦闘継続能力だ。
特に勇者パーティは優秀な後衛がいる。
メリッサも、今や魔法使いとしても凄腕の域にある。
戦闘環境下における終着点や、そこに向かうまでの温存と発揮を感じ取れる嗅覚が足りていない。
だからミクロ的な展開に引っ張られて無茶をするし、マクロ的に見たら無茶をすべきところで引いてしまう。
戦闘というのは勝ち負けという結果論でしか語れない、その結果論からの逆算を言語化出来なくてもいいから感じられなくては前衛は務まらない。
ブライはこれが異常に上手かったし、リコーもかなりそれを意識して戦っていた。
落とされてはいけない、しかし、自身を捨てることも出来なくてはならない。
ほとんどの連携は前衛が敵からの攻撃を阻害し、後衛が自由に選択を行える状況によって発揮される。
単純にその思考が足りていないというか、まだ未熟すぎる。
ミクロの積み重ねの延長線上にマクロ的な結果が存在するのは分かりやすいが、逆もまた
ただ、非常に難しいのはこれを指摘された時にマクロ的な展開を意識しすぎてしまう。
それはミクロ的な展開に固執してしまうよりも、ダメな話だ。
戦いの最中に、終わりを見てしまうことは流れを断ってしまう。
非常に言語化は難しいし、俺自身後衛で終わりを見据えてそこを目指して状況を組み立てていくタイプなのたが。
終わりはいつか来るということを理解したまま、気づいたら終わっているくらいの感覚で、ミクロとマクロをぐるぐると双方向で感じ取れなくてはならない。
まあぶっちゃけ、前衛に関しちゃブライに任せるのがベストだ。ブライは馬鹿だが能動的な前衛としての働きは群を抜いている。
むしろそういう、戦況に対する勘が鋭い前衛の動きから後衛は終わりを導き出せなくてはならないが…………、まあこれはまたメリッサの課題か。
ダイル君は根性もあるし、負けず嫌い。
貴族家出身でやや傲慢さはあったがしっかりブライにへし折られて自分を見つめ直してもいる。
俺なんかが心配せずとも立派な勇者パーティの前衛として成長するだろう。
ただまあ……、クロウとやり合うまでに間に合うかはわからねえけど。