「私たちトーンの冒険者は回復役の強さを知っているの。別のパーティにキャミィって回復役が居て、正直私たちはキャミィが回復役の基準になってしまっている。この基準からすると、回復魔法の効果はクライスの方が少し強力だけど立ち回りや格闘戦能力においては雲泥の差があった。奴らから見るとクライスは格闘戦の出来ないキャミィ、つまり相当美味しい相手だと思われている」
私の客観的な評価を教えてくれる。
「でもクライスの
今度はメリッサの主観的な評価を教えてくれる。
「でも多分、奴らはまだそう思っていない。キャミィはトーンのギルドにおいてトップアイドルだった。一番綺麗だったし、貴重な回復役だったし、喧嘩も強かった。奴らは野郎集団、思い出補正がかかりまくっていると思う。多分バリィの奥さんのリコーとか後衛魔法使いのセツナとかの女性陣が一人でもいたなら私と同じように考えたはずなんだけど、冒険者の男は根っこが馬鹿だから」
呆れた口調でそう続ける。
まあ、ティーンエイジャーの小娘が男を語るのに十年は早いことに目を
「キャミィは確かに優秀だった。でも、二十年以上教会の中で人を救い続けて生きてきたクライスが、二十歳そこそこの小娘に回復役としての根性が負けているわけがない。毎日手から血が吹き出して足の爪が剥がれようとも回復してひたすら
言葉に力を込めて、私の目を見て私への期待を語る。
よく見ているし、調べてもいる。
小娘なりに勇者としての役割を果たそうとしているようだ。
「頼むよクライス、今日はあんたの日だよ」
にやりと口角を上げつつも力の入った口調で、メリッサは真摯に私へ告げる。
私はその言葉で私の心に火が
心の熱がじりじりと心臓を焦がして血液を沸かし。
「……ああ、任せろ……‼」
珍しく声量を強めて、私は答えた。
「もーいーい……みたいね」
バリィ氏は構えるこちらを見て、構えて返す。
仮想クロウ・クロスパーティへのリベンジマッチが始まった。
前回とは違い初手はポピーの魔法光線を弾幕にして撃ち出すところからはじまった。
魔法光線はバリィ氏が全員に掛けていた魔法防御で弾かれるが、これで魔法防御の有無を確認が出来た。
光線で視界が奪われた一瞬を狙ってダイルがブライ氏に突っ込む。
食い止めるというより、完全にブライ氏を殺す動きで食らいつく。
ダイルが横から落とされぬようにポピーがブラキス氏に魔法光線を撃ち込むが、初手の弾幕で魔法防御が貼られていることが分かっているので、より貫通性能を高めるために螺旋状の魔法光線を高速回転をさせながら撃ち出す。
これは魔力導線という魔法防御を対策する為に生み出したものらしい。
それを一瞬で察した分析の悪魔であるバリィ氏はブラキス氏を守る為に別のかたちの魔法防御を展開する。
その瞬間にメリッサがバリィ氏へと跳ぶ。
今回メリッサが使う武器はナイフ。薙刀じゃあ強度が怪しいので構造上強度が取れるナイフにした。
そして今回は酸素中毒対策に風魔法を身体に纏って高濃度の酸素を掻き消す。
そのまま一直線にバリィ氏の喉元にナイフを振るが、ナイフが
幻覚魔法……? いや、違う屈折率か。
風と水で光を屈折させて数センチだけ距離感を誤魔化してズラした……?
どれだけ対人戦を研究すればこの数センチが生まれるんだ?
そしてこの数センチは、致命的。
私はほぼ同時にメリッサへと駆け出す。
メリッサへの回復優先度は最後ということは理解している。
これは囮だ。
メリッサという
無防備に駆け出した私に、バリィ氏は厳しく水の魔法を撃ち出すが。
私に接触する前に魔法障壁と物理障壁によって弾かれる。
勇者パーティの後衛は賢者だ。本来魔法戦で私たちが
だが、弾かれてばら撒かれた水で訓練場の地面の土がぬかるんで足を取られる。
ここまで狙って……、だが動ける!
水溜まりを跳ねかし足を滑らしながらも進もうとしたこの停滞中。
ブライ氏と死闘を演じるダイルをブラキス氏が打ち抜く。
前回と同じく飛ばされたダイルが空気の壁に跳ね返り私に迫ったところで。
「――武具召喚」
私は
復帰したダイルはそのまま着地をして私と共にまっすぐ、ブラキス氏へと迫る。
同時にポピーが、カバーに入ろうとしたブライ氏の地面を泥に変えて重力魔法で埋めようとするが、寸前のところで逃げられる。
だが、体勢が崩れ流れが止まる。
これ以上ないこのタイミングで、急旋回で標的を変えてダイルはブライ氏を徹底的に打ちのめす。
一枚落とした喜びを感じる間もなく。
ほぼ同時にブラキス氏の一撃が、私に当たる。
身体の中で骨が粉になり、潰れた肉が液体に変わる。
でも、これも囮の仕事だ。
こんな超絶必殺怪力を、無策で受けられるわけがない。
接触点から最大出力で自身を回復し続ける。
こんな爆発的な破壊に対して、同時に回復が追い付くわけがない。
床に落ちた花瓶を、床に付いてから割れる前に直すようなものだ。摂理に反している。
しかし、この私を舐めるなよ。
心の熱が目から炎として吹き出す。
自分の血管、筋繊維、神経、細胞のひとつひとつに至るまでに『聖域』にて回復させる。
元の形に戻すのではなく、より強く、壊れたと同時に。
痛みは根性で耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐え耐えろ耐えろろろろろろろろろろろ。
「……だぇっ、ぼおおおおおおおおおおおおああああああ――――ッ」
吐血なのか融解した臓器なのかわからない液体を口から吹き出しながら叫ぶ。
一瞬が永遠に感じるほどの一撃だったが、殴り抜けられたところで。
私の回復が間に合う。
殴り抜けて、必殺の手応えがあったにも関わらず対峙する私にブラキス氏は驚愕した表情を見せる。
驚いたか? これがこの国の信仰が作り出した怪物だよ。
私はそのまま、何百回も反復した動きでブラキス氏の喉を深く突いた。
「ッ⁉ ブラキ――――」
驚愕したバリィ氏を思わず声を上げる。
想定外だろう。
バリィ氏が一番ブラキス氏の近接火力を信頼している。
故に反応が遅れたし、反応し過ぎた。
バリィ氏がブラキス氏の名を呼び終わる前に。
メリッサの擬似加速を用いた超高速の蹴りでもって、バリィ氏は訓練場の高い天井に突き刺さった。
開始前からメリッサには遅効性の回復魔法をかけておいた。これは回復力はそれほどでもないが『勇者』の回復補整があれば十分動けるようになる。
私が
それを見たブラキス氏は武器を置いて両手を上げた。
ダイルに打ちのめされたブライ氏も崩れるように、地に伏せ。
「――――状況終了………………私たちの……、勝ちだああああああああああああああああああああああああ」
メリッサからの勝利宣言に、全員が雄叫びで応えて。
対仮想クロウ・クロスパーティへのリベンジマッチは幕を閉じた。
「はーい、反省会やるわよー」
メリッサは手を叩きながら上機嫌に全員を集める。
回復を終えた面々がメリッサの前に集まる。
「まあ色々講釈垂れたいけど、とりあえず一個」
したり顔でメリッサは仮想クロウ・クロスパーティに向け。
「勇者パーティ舐めすぎ、馬鹿でしょあんたたち」
堂々と煽る。
「ダイルは迫撃戦最強、田舎でゴロツキ叩いてたブライがいつまでも余裕で抑えられるわけがない。
ダイルについて捲し立てるようにブライ氏に語る。
「ポピーは魔法戦最強、賢者の称号を持つのよ? 実戦から離れて子供にお勉強教えてる教員ごときが出し抜こうとするのは流石に恥ずかしいわ……、え? なんか子供相手に教えてる内に勘違いしちゃったわけ?」
ポピーについてにやにやしながらバリィ氏に語る。
「クライスは回復役最強、年間何千人の命を救って来たと思ってんの? その為に自分の腹かっ捌いて内蔵の位置見るなんてことキャミィはやってた? 回復において世界で一番だからここにいんのよ。たかが田舎者の筋肉ヘボダルマの一撃を回復し切るくらい余裕に決まってんでしょ」
私についてやや熱くなりながらブラキス氏に語る。
いやはや高評価は有難い限りではあるのだが、それより思うのは。
溜まってたんだなあ……鬱憤。
そうだよな。
煮え湯を飲まされ続けてきたもんな。
この勝利は正直、私も嬉しい。
「私は我慢が出来なくて、わがままで、乱暴で、生意気で可愛いだけのクソガキだけど」
「あとペチャパイな――ぶごッ」
メリッサの語りに口を挟んだブライ氏の
私は黙ってそっと回復をしておく。
「可愛いだけの美少女だけど」
しれっとランクを上げて言い直し。
「最強の仲間たちがいんのよ。勇者パーティ舐めんじゃねーぞ馬鹿野郎共ぉっ‼」
最高のドヤ顔で、堂々と宣った。
「…………はあ、ぐうの音も出ないね。確かにクライス君を舐めていたことが最大の敗因だしな。模擬戦出力とは言えブラキスの一撃を食らってすぐに復帰させたり復帰してくることを想定してなかった。勇者パーティ舐めていた、ぎゃふんだよ」
眉をひそめて困り顔で
「じゃあもう手加減はいらねえな。死んでも文句言うなよクソガキ共」
ゆっくりと顔を上げながら、凄まじい圧力を発しながらそう続けた。
それに対し。
「だから舐めんなって。死ねないけど泣き言垂れんなよ馬鹿野郎共」
メリッサは歪んだ笑みで返す。
ああ、楽しい。
私は今、憧れた外の世界で仲間が出来た。
この血の気の多い会話を心から楽しめる。
手前勝手な好奇心で教会から出たが、彼らに出会えて本当に良かった。
こういう時はとりあえず神に感謝しておけば間違いはない。
あの本に一文を残したビリーバーとやらが神であれ人であれ、私は今幸せなのだから。
なんて神に出会いを感謝しているが。
この後巻き起こる、魔族と帝国の連合軍率いて公都に現れたクロウ・クロスを相手にした時には。
流石の私も、神を