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03人の生命を救うのは結局のところ最後は根性

 それは私たちが暗唱出来るほどに読み込んだとされるものだった。


 私たちの教えでは、神々の世界から現れた神によって人は知恵を与えられた。

 そこから文明が栄えてきた頃、魔物が出現して人々は困り果てていた。

 故に神は人々へ、魔物と戦う力であるスキルを与えた。


 そう教わって来たし、信じてきたというか疑うということすら過ぎったことがない。

 だが、その本に記されていたのは少々様子が違っていた。


 要約すると神とはこの世界と異なる遥かに進んだ文明を持つ魔力の無い世界から来た異世界の人類だという。

 元々、異世界にある株式会社デイドリームという機関がこの世界を異世界から観測したことから始まり。


 偶然にも干渉が可能となり、この世界の時間を加速させながら文明の発展を手助けをした。

 その発展の直接手助けをしたのが異世界からこの世界にやってきたビリーバーと呼ばれる者たち、つまりその者たちが神であるとのことだ。


 しかし神々の世界で、どうやらいさかいがあったようで株式会社デイドリームは解散に追い込まれた。

 そこから株式会社デイドリームの活動はこの本の著者でもあるサプライズモア株式会社という機関が引き継いだ。


 ここから神の活動は、この世界の発展ではなくこの世界を神々たちの遊技場にすることにしたようだ。

 神々がこの世界に来て遊べるように魔物という敵を世界に放ち、スキルという武器をいたという。


 かなり掻い摘んでいる。何より知らない単語やこの国というかこの世界の文化ではない難解な言葉も多く、全容は把握しきれない。故にこれは概要である。


 確かにこれは禁書だ。

 神が異世界人類で私たちの世界に魔物を放ったなんて、神を冒涜するのもはなはだしい。


 だが説得力が凄まじい。

 そもそもこの本の装丁が美しすぎる。

 紙も薄すぎるし密度が凄まじい、字も判子のように正確に並んでいる。

 ここにあるものは下手したら数百年は前の物だらけで、実際この本も古くはあるが綺麗すぎる。


 異質すぎるのだ。


 この禁書の概要を元に伝承が始まって、抜け落ちたのか普及しやすいよう意図的に改変したかで今の教典のかたちになった……?


 この本は判子のように正確な字体で書かれていたが、最後の一文だけは手書きで記されていた。


『我々の勝手で混乱を招いて、本当に申し訳ない。我々ビリーバーは君たちの繁栄と発展、そして安寧を心から願う。手前勝手な好奇心だったけど君たちと出会えて本当に良かった。私は愛するこの世界に生きたことに感謝する』


 贖罪と感謝だった。


 何者か……、いやビリーバー、つまり神が付け加えた一文か。

 正誤や真偽はわからない。

 でもこれが神の言葉であろうとなかろうと。


 私の心を動かした。


 好奇心で世界を超えて、世界を愛するほどの情熱。

 人は、そういう感情を持って行動をするということを私は知ってしまったのだ。


 私の体の中で好奇心は憧れに代わり、憧れは希望と切望、そして渇望に成り。

 燃え上がる思いと想いは重く、厚く、熱く心をがれて。


 目からゆらりと炎として漏れだした。


 そこから私はより回復魔法や医学について学んだ。

 何故私が教会から出られないのかと言えば、スキルの『聖域』が神の威光をアピールして教会への寄付を集める広告塔とされているからだ。

 スキルは神が与えたもの、信仰によって教会はこんな優秀なスキルを獲ましたよ~的なことを言いたいのだろう。

 だから私を囲って表には出さずに、保護し続ける。


 まあ実際守られている一面もあるのだろうが、要はこの広告塔を取られないように必死なのだ。

 私はそれを利用することにした。


 より信仰の素晴らしさをアピール出来るように、さらに『聖域』を高めたいと教会関係者に触れて回った。

 それにより外から医学書を取り寄せたり、治療の機会を増やすことが出来た。


 自分の腕を切り開いて血管や腱を確認し、傷口を治療したり。毒物を服用して診察魔法で内臓の異常箇所を確認したり。

 自分の身ですら教材として。

 徹底的に私は人を癒すすべを鍛えた。

 部位欠損、内臓疾患、形成外科、視力や聴力障害、精神疾患に至るまでありとあらゆるものを癒すすべを身につけ。

 さらに窓から窓の外に歩く人々を診察魔法で診て、窓から遠隔回復で治療を行った。


 やがて、私の回復魔法は公都内で知らない者がいないほどに話題となった。


 すると生まれるのが、教会は『聖域』を独占しているのでは? という


 人々の為と宣うが私欲の為に『聖域』持ちで優秀なヒーラーを幽閉している。もっと世界のために使うべきだと。

 私を使えば使うほど、逆に教会の評判は落ちていった。


 そして転機。

 スキルに『未来予知』を持つ国家指定予言者が『勇者』の覚醒を匂わせた。


 それによって国家は勇者パーティの結成の為に、国内の優秀なスキル持ちを精査し始めた。

 優秀な魔法使いや戦士が挙げられて行く中、国内最高峰のヒーラーとして名前が挙がったのは勿論この私であった。

 国家は私への勇者パーティ参加要請を教会に送った。


 本来であれば、国家の指示であれど神官として教会で暮らす私を勇者パーティという戦闘部隊に参加させることを教会が良しとすることはないのだが。

 私がこつこつ積み上げてきた教会への不信感を払拭する為に、教会は私を勇者パーティへ参加させざるを得なかった。


「馬車を付けているので、こちらへどうぞ」


 軍からの使いの方が私を外に停めてある馬車へ案内をする。


 私はその後ろについて行く。

 入口でしかなかった扉を出口として使い。

 教会の床から外の石畳を踏む。


 想像より滑りにくく、硬かった。


「…………だから私は、今が楽しくて仕方ないのさ」


 私はバリィ氏のこんによって肋骨を砕かれ、叩き伏せられた体勢で呟く。


 同時に回復魔法で肋骨を治す。

 現在私は、バリィによって後衛サポートとしての弱点克服の為に最低限の近接格闘を学んでいる。


 日中はひたすら走り込みを行って、筋繊維がズタズタになり炎症反応を回復魔法で治しを繰り返して体力作りをして。

 今はバリィ氏からじょうじゅつの基礎を学び、本日のまとめとして模擬戦を行っていた。


「今日の授業はここまで。俺は残業しないんだ」


 そう言ってバリィ氏は訓練場から去っていった。


 自身を回復をさせて、今日習った基礎的な身体操作と診察魔法の観点から見たバリィ氏の動きを思い返しながらこんを振る。


 違う。

 こんなに上腕にも指の筋力を使ってなかった。

 肩甲骨周りの筋肉が動いていたような、こんの軌道は円運動のようだった。

 むしろ筋力で言うなら足の指、踏み込みの際に足の親指の負荷がぐっと強まっていた。


 体重がその一点に落ちているような……、こうか? いや違う。これは……、いやただ前につんのめってしまうだけだ、違う。じゃあこれは……。

 ぶつぶつと呟きながら、バリィ氏の動きを自分なりに分析してただひたすら真似をする。


 ああ、楽しい。

 私は今、真剣に大真面目に、ただただ木の棒を振っている。


 こんなこと、私はやったことがない。

 教会を出てから色んなことがあった。


 酒を飲んだ。

 畑を見た。山や川を見た。

 神を信じない人にも会った。

 女も買った。

 見知らぬ子供に悪口を言われた。

 魔物の討伐に参加した。

 人を怒らせて氷漬けにされた。

 瞬きの間に気絶させられた。


 そして、仲間が出来た。


 でも私は現在、このパーティの穴だ。

 メリッサはどんどん『勇者』を使いこなすべく様々な戦い方を模索している。

 ダイルはブライ氏に叩きのめされながら『万能武装』に頼らない戦い方を身につけつつある。

 ポピーは『大魔道士』と持ち前の魔法知識を存分に用いて様々な魔法を駆使して戦っている。

 だが私は、そんな彼らの怪我を後遺症も傷跡も残さずに癒してやることくらいのことしか出来ないし、出来ていない。


 自由は手にした、次は強くなる。


 手のひらから血が吹き出して、足の親指の爪が割れたところで空がややしらんできたので今日は切り上げることにした。


 ここから私の日々は、走って、叩き伏せられて、こんを振って、泥のように眠る。


 たまにダイルと酒を飲みに行ったり。

 ポピーからは教会での結婚式について聞かれたり。

 夜中にこんを振っていたら度々腕がちぎれたり脇腹が欠けたメリッサが訓練場に現れたので治したり。


 手の皮が分厚くなり、手のひらから血が出なくなり。

 足の親指が少し幅広に変形してきた頃。


「おお……っ、おいおい、クライス君すっげえな。割とマジでこかされたぞ」


 バリィ氏は驚いた様子で、そう言いながら受け身をとって立ち上がる。


 コツを掴んだ。


 ダイルからも身体操作について話を聞いて、とにかくバリィ氏を真似た。

 さらにひとつひとつの動作の意味、なんの為の行動なのかを意識した。


 私がじょうじゅつを覚えたのは、回復役として落とされづらくする為。

 今の稽古も、転ばすことさえ出来ればポピーの魔法が確実に当たるので足掛けを狙った。


 私がダイルやメリッサのように前に出て行くことは出来ない。

 かといってポピーのように後ろから厳しく詰めていくことも出来ない。


 私に出来るのは仲間を回復させること、その為に生き延びることである。


「てめっ、麺の日に、つるつるの箸出してんじゃねえええええぞコラァァアアアッ‼」


 昼食を取っていた際にブライ氏がいつものように声を荒げる。


 確かにどう考えてもこの箸は麺を食べるのには向いていないが、まさかここまで怒るとは……。こればっかりは予想がつかない。


「…………まあ確かに、これは腹立つね。なあブラキス」


 静かにバリィはブライ氏に同意を示す。


 いつもならブライ氏の理不尽な怒りをたしなめるところだが、まさかの同調だった。


「……え? 俺は別に……あ……っ、そうだそうだ! つるつるの箸でつるつるの麺を掴めるかってんだよな!」


 器用に麺を食べていたブラキス氏も同意する。


「それ、私が用意したんだけど……。文句あんの?」


 一部始終を見て、メリッサが仮想クロウ・クロスパーティたちに返す。


 その言葉に。


「「「あるに決まってんだろ馬鹿」」」


 仮想クロウ・クロスパーティはそう返した。


 なるほど、こういう始め方もあるのか。

 やはり私は知らないことが多いな。

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