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01馬鹿なガキに微笑むのは勿体ない

 俺、ジョージ・クロスはしがない家庭教師だ。


 貴族だのなんやらの金持ちの馬鹿なガキを相手に、適当に本を読めばわかることをそれっぽく教えて金を貰って暮らしている。


 趣味は飲む買う打つ。


 で楽しみといえばそのくらいしかない。まあ博打は大した面白みもないが、酒と女は悪くない。


 そう、

 俺はいわゆる異世界転生者ってやつだ。


 まあ別にこんなものは昨今の創作物では珍しくもない、つーか恥ずかしいレベルの設定だ。まだやってんの? 異世界? ってなもんだ。


 しかも現代倫理観無双もしなけりゃ大義もない。

 優しくもねえしスローライフもしちゃいねえ。

 動物もガキも嫌いだし。

 女は好きだが面倒なのは嫌い。

 同じ志しを持つ仲間もいなけりゃ作る気もねえ。

 そもそも意地が悪くて性格も悪い。


 日銭を稼いできずりの女を抱いて、最近ハマってる東の日本酒みたいな酒を飲み、つまんねー博打で勝ったり負けたり。


 俺の人生に見どころは無い。

 まあ強いていうならっていうくらいの話があるのなら、それは俺の死に様だろう。


 これならまあまあ自信がある。

 俺にしちゃあ上出来な死に方だ、ろくな死に方をしないと言われたし俺もそう思ってたが、悪くない。


 傍から見たらクソみてえな犬死にかもしれねぇけどな。


「以前はハヴィーラ伯爵家でも家庭教師をされていたと……ふむ……、まあいいでしょう採用です」


 お貴族様の面接担当は値踏みするように俺に言う。


「ありがとうございます。クローバー侯爵家で働けること、大変光栄に思います」


 俺は心にもないことを返す。


 この仕事は割がいい。

 どの世界も権力は人を腐らせる、こいつらが俺に求めているのは上流階級で教育を受けたというアリバイなのだ。

 最低限の読み書きさえ出来れば、あとはどうにでもなる。


 最悪、何か教養関連で恥をかく場面があったとしても俺のせいにしてしまえばいい。


 したらば俺は他所の国にでも飛んじまえばいいだけだ。


「ではご案内いたします」


 クローバー家の使用人が俺を貴族のガキ……、ご子息の元へと案内する。


 やたらに広い屋敷だ。

 文明水準的にこんなデカイ建築するのには相当なマンパワーを要することになる。


 そんなところより、領地内の産業に人を回した方が結果的に良い暮らしが出来そうなもんだが……、まあ俺が口を出すことでも出せることでもねえ。


 本館からさらに外れにある離れの前で足を止める。


「……貴族との付き合い方をよくご存知かと思いますが、くれぐれもこちら側に干渉せず役割にてっして頂きますよう願います」


 使用人はそう告げて離れに俺を通すと、足早に去っていった。


 貴族との付き合い方ねぇ。

 そりゃわかっている。


 前に受け持ったクソガキは、一番最初の授業以来顔を合わせることもなく女の元へ遊びに行っていたので俺は誰もいない部屋で空気相手に教科書を朗読していたし。


 その前のとこでは三回目辺りから女子会会場と化してしまい。邪魔だということで授業時間中廊下で待たされたりもしていた。


 それでも、金払いがいいしこれ以上に楽に稼ぐ方法もない。


 ガキは嫌いなので、教育の機会をのがすのを目の当たりにしても心は痛まない。

 身内から馬鹿を製造して国の品位を下げている自覚はあるようで、口止め料も含めて報酬は破格だ。

 教育を受けたというアリバイ工作なら任せとけ。


 内心でそんなこと思いながら離れの中へ進むと。


「………………っ?」


 目に飛び込んできた光景に、思わず俺は驚愕の言葉を漏らす。


 そこに居たのは女にだらしなく、遊び呆けている馬鹿ガキではなく。

 友達のたまり場として離れを使っている馬鹿ガキ共でもなく。


 不衛生な、机と椅子だけの部屋に。

 顔面をボコボコに腫らして、流れ出た血が乾いてシャツが真っ黒で、手脚が指までへし折られた。


 子供が、床に転がされていた。


「…………おいおいおいおい、いやいやいやいや……」


 俺は平静をたもてずに呟きながら早足で子供に近づく。


 鑑定と診察の魔法で、まず生きてるのかを確認する。


 …………一応、息はあるが何もしなかったら死んじまう程度には瀕死だ。


 思念共有と記憶開示の魔法を使って、何があったかを読み取る。


 ………………ああー……なるほど。


 この惨状は外部からのぞくの襲撃などではなく。


 犯人は家族。

 主に父親と姉、俺の前任者というか姉の教師役に武術訓練と称してボコボコにされたらしい。


 騎士の家系であるクローバー家は、厳しい訓練を行い優秀なステータスだとかスキルだとかをステイタスに思っちゃってる意識高い系の集まりらしい。まあこの国におけるスタンダードな貴族だ。


 どうにもこの、クロウ・クローバーってガキはクローバー家が要求する基準値を下回っていたようでより厳しく執拗に訓練とやらを受けて、こうなった。


 今も回復魔法を鍛えるために、瀕死の状態で放置されている真っ最中らしい。

 まあ顎も砕けてるので魔法を唱えることも出来ないのだが。


 とりあえず背景はわかった。

 さて、じゃあ俺はどうするかって話だ。


 これが外部の犯行だったなら、一瞬で治して謝礼金をかっさらって女を買いに行くのだが。

 身内からの虐待とあれば話は別だ。


 この世界……いや主語がデカいな。少なくともこの国には児童相談所はないし、警察組織的な役割も担っている軍も貴族の犬だ。


 故にこれは教育のはんちゅうでしかない。


 で、俺は現在クローバー侯爵家に雇われた家庭教師だ。

 貴族の教育方針に口を出すなんて面倒なことは出来ないし、やるつもりもねえ。


 ここで俺がこのガキを治しちまうのは、家庭の問題に手を出しちまうことになる。


 それに俺はガキが嫌いだし、面倒も嫌いだ。

 別にこのガキがこのままどうなろうが、俺は授業時間を潰しておけば報酬を受け取れる。


 本質的には今までと変わらない。


「………………はあ……、ったく畜生が……」


 俺は頭を抱えて心から声を呟き。


 ガキに完全治癒魔法をかける。


 授業時間に死なれて、その責任を俺のせいにされた方が面倒なのだ。

 それだけだ。

 気まぐれですらない。


 怪我は治したが気を失ったままだったので、乾いた血で床に貼り付いたガキの首根っこを掴んでベリベリとがす。


 離れの中を軽く見て回ると、簡易的な寝室のような部屋があったのでベッドに放り投げておく。


 軽い。

 十二歳だったか? 小学六年生くらいか。

 こんなもんだったか? もう思い出せねぇな。


 まあ二十一世紀以降の日本で生まれ育った俺からすれば有り得ないようなことだけど、ここはせいぜい十五世紀くらいの中世程度の文明発展度だ。


 まだヨーロッパでは魔女狩りのようなモラルパニックが大義として行われているような時代の頃だ、そんな文明レベルのこの世界に民度を求めても仕方ない。


 魔法での治療やスキルでの回復サポートのあるこの世界では暴力へのハードルは低いし、全てを魔物という巨悪のせいにして義とすることが出来てしまう。


 これを悪だと思えるのは、俺が異世界から来たイレギュラーだからだ。

 この世界の住人には関係ない。


 だってそうだろ? じゃあ令和以降の日本に住んでいて突然異世界から来た謎の男に「地面を歩くなんて惑星を踏み付ける行為は、惑星を侮辱しているからやめろ」とか言われたら、意味不明だしおまえに関係ないだろって思う。


 もしかすると令和より遥か先の未来世界では地球環境保護の意識が極まりに極まって、そんな価値観が生まれることがあるのかもしれないけれど。


 少なくとも今、その時代に生きる人間には不要な価値観でしかない。


 ガキを放り投げて、特に寄りうこともなく学習室に戻って時間を潰す。


 回復させちまったがどう言い訳するか……。

 可哀想でとか、思わず善意でとか、そういうのは良くない。じゃあクローバー侯爵家が悪だということか? って話になるとダルい。

 賊の可能性……いや騎士の家系であるクローバー侯爵家が賊の侵入を許すと思っていることが舐めていると捉えられる。


 実際舐めてるし微塵も尊敬していないので、この辺りはボロが出るな。

 あー……、飛んじまうかぁ? まだこの国の馬鹿貴族カモって稼ぎたかったけど仕方ねえか。


「……あの、どなた、でしょうか……?」


 そんな弱い声を出しながら先程まで死んでいたガキが、ふらふらと学習室へとやってきた。


「……俺はジョージ・クロス。おまえの家庭教師だ」


 色々考えたが、ぶっきらぼうに名乗る。


 貴族のガキ相手なら下手に出とくのが定石だが、こいつはどうにもこの家で発言力を有していない。

 それに、俺は既に七対三くらいでこの仕事を飛ぶ方にかたむいている。


 今までの仕事と同じ。

 こいつらがどうなろうが知ったこっちゃねえのだ。


「ああそうです……か。クロス先生……、僕はクロウ・クローバー……です。どうぞ、よし……な……に」


 そう名乗り返し、貴族のガキはふらついて転んだ。


 あ? 今度はなんだ。どうしたんだこれ。


 ……ああ、そう。なるほどね。


 あらためて診察魔法で見てみると、栄養失調気味で水分も足りてない。

 簡単に言えば、腹ペコだ。


「……はあ、仕方ねえな」


 なんて呟きつつ俺はガキの首根っこをつか掴んで起こして椅子に座らせる。


 空間魔法で昼飯に食おうと思っていたパンと水筒に入れたスープ。晩酌で摘もうと思っていた鮭みたいな魚の切り身の燻製とカップを取り出し、机に並べて水の魔法でカップに白湯くらいの温度の水を注ぐ。


「スープか白湯からゆっくりすすって、固形物はよく噛んで飲み込め」


 魚の燻製をちぎって摘みながら、ガキに食を促す。


 相変わらずこれも死なれたら困るからってだけの理由だ。

 あんまり言うとツンデレおじさんっぽく写ってしまうかもしれないのであんまりいうのもアレだが。

 ガキは嫌いだが、面倒ごとはもっと嫌いなだけだ。


 目の前でガキは言われた通りに白湯をゆっくりすすりパンを小さくちぎって口へと運ぶ。

 慢性的に殴られて目の上が腫れ続けて垂れた目をキラキラさせて、美味そうに飯を食らう。


 ふと。

 その言われた通りに、従順に遵守しようとする真面目な姿勢を見て頭に過ぎる。


 いやあ……? 普通に授業して自分で回復出来る程度に教えちまえばいいだけか?

 そもそもそれが俺の仕事なわけだ。

 まともに授業を聞いていた奴がいなかっただけで、本来俺はガキ共に四則演算やら魔法の基礎やらを教えるのが仕事だ。


 そうすりゃ報酬も貰えるし、面倒ごとも起こらない。


「おい、ガキ。それ食って一服したら始めんぞ、楽しい楽しいお勉強の時間だ」


 魚の燻製に夢中なガキに、俺は仕事の開始を告げる。


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