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01家族の問題における一番の解決策は離別

 私、スノウ・クローバーは騎士である。


 騎士の家系であるクローバー侯爵家に生まれ、私も例に漏れず幼少より英才教育を受け騎士となった。


 現在は騎士団二番隊の隊長である。

 騎士団とはセブン公国軍の特殊部隊だ。


 有能なスキルや優秀なステータスを持ち、生まれながらの強者に魔法や対魔物、対人における英才教育を受けたエリートたちの中から選ばれた者で構成されている。


 この国最強の部隊であり、国防の要である。


 はぐれ者から出てきた、単なる天才の集まりでしかない勇者パーティやら。

 劣等者や落伍者の集まりでしかない、寄せ集めの冒険者とやらとも違う。

 誇り高き私たちとは比べることも出来ない、生物としての格が違うのだ。


 さきの西の大討伐も、勇者どもが出張らずとも我々のみで計算上は問題なかった。冒険者が多少減る程度であの問題は片付いたのだ。

 この間もこの公都に戦略級の魔法を展開するという暴挙に出たり、奴らは問題だらけだ。


 そういえばあの勇者の小娘も元々は冒険者上がりだったか、たまたま凄まじい力を得ただけの低俗な人間だ。ならば仕方ないか、我々と同じ有能さを求めるのはこくというものだ。


 そんな、血統と誇りに裏打ちされた完璧な私にもたった一つだけが存在する。


「スノウ隊長、こちらでございます」


 本部の兵士が小汚い扉を開けて、私を通す。


 そこで待つ、私の


「ああ、姉さん。久しぶり……なんか老けたね」


 そう軽口を叩くのは、私の、いやクローバー侯爵家の汚点。


 血縁上、である、であった。


 いや、こいつがクローバーを名乗ることはないのだったな。

 既に家からは追放されている。


 血の繋がり以外にこいつを弟としておく理由は一つもないのだ。


「貴様……、ライト帝国からいくら掴まされたんだ! 売国奴がぁっ‼ 恥を知れ‼」


 取調室の机を叩きながら、私はクロウに詰め寄る。


 そう、こいつは勤めていた冒険者ギルドを放棄し町の防衛から逃げた上に、町を帝国に売り渡して占領させたうたがいがかかっている。


 ぞくぶつ


 浅ましく愚かしい、そして卑怯者だ。

 同じ血が流れているとはとてもじゃないが信じられない。


「……声が大きいよ姉さん。これだけ部屋が小さいんだからそんな声量要らないだろ、そんなに頭が悪かったのかい? それとも糞貴族様は無駄にでかい家に住みすぎると声量の調整まで馬鹿になるのかい? 野営なら死ぬぞそれ。他の皆さんに迷惑かける前に気をつけた方がいい」


 全くひるむ様子もなく、クロウは淡々と返す。


「自分の立場がわかっているのか? 他国との共謀の疑いがかかっているのだぞ? 貴様はこのままだと死罪だ。みっともなく許しをい、弁明をして、無罪だと心に訴えかけてみろ」


 私はクロウに証言を促す。


「……あの、そもそも無実を信じる気のない姉さんに事情を説明するのは無駄でしょう。そんな頭の悪いことをする為に姉さんを呼んだわけじゃないよ。それとも暇なのか? 騎士団……だっけ? 権力者の血縁者ってだけで税金を食い潰すボンクラ共が集まる無能集団の名前って」


 クロウは気怠そうに返す。


 そう、こいつがこの私を呼び出した。

 取り調べ中に、騎士団にいる家族を呼べと言い出しクローバーの血筋であることを匂わせた為に困った軍が私を連れてきたのだ。


 まあそれは一旦いい。

 それより――。


「……さっきから、誰を相手に、調子乗ってるんだ貴様はぁっ‼」


 流石にそろそろ一度分からせるために、そう怒鳴り裏拳で頬を打とうと腕を振る。


 れっとうしゃで欠陥のあるこいつの下劣な戯言を気にするほど、私の品性は低くない。

 しかし、こいつがこの私に反抗的な態度をとるのは、流石にむしが走る。


 こいつは本来生きてちゃいけない欠陥のある人間だ。それが今のうのうと、こうやって戯言を吐けているのはクローバー侯爵家の恩赦によるものだ。


 そんなこいつが、この私に向かって……。

 顔の形が変わるまで叩いて分からせる。


 だが。

 私の放った裏拳は、憎たらしい顔には当たらずに空を切る。


 外した? この距離で私が? 適当ではあったが口の中をズタズタにして歯を何本かへし折るつもりで振ったのだが。


「はあ……、姉さんもう三十でしょう。そのヒステリックはティーンエイジャーでギリ許されるものだよ。ババアがヒスってんのはしんどいからやめろ、だからいつまでも婿むこが来ねえんだよ」


 クロウの言葉に、頭の中でプツリと切れる音がした。


 目の前の机を叩き壊し、クロウを滅多打ちにするべく連撃を放つ。

 急所や骨や関節を、壊すこともいとわずに突きや蹴りを連続で放つが。


 一発足りとも、かすりもしない。

 何が起きている? 縛られている人間に、何故当たらない……?


 こいつ……、いい加減に。


「ちょこまかと、けるんじゃあないッ‼」


 私が手を止めて、声を荒げると。


「じゃあけられないように殴れよ、遅すぎ……くぁ……ふー」


 背後からクロウはあくび混じりにそう返した。


 何をした?

 拘束具は破壊され、後ろを取られたことにも気づけなかった。


 こいつのスキルは『加速』という、私の『能力向上』のの劣等スキルだ。


 私の『能力向上』が魔力や筋力や知力や俊敏性や気力や魔法適正や武具適正などの補整を含めた全てのステータスを劇的に向上させるものに対し、こいつの『加速』は速さに関連するステータスのみを多少上げるだけの完全な下位互換だ。


 ステータスもある程度は把握している。

 魔法適正もそれほどない。使えるのは四系統、無と水と風と回復で、どれも高位なものは使えないし魔力量も大したことない。


 この距離で私をあざむくことの出来るような高位の幻影魔法を使うことも、そもそも無詠唱で魔法を使うことも出来るはずもない。


 それに軍の拘束具には『魔力停止結晶』が埋め込まれているので、魔力を魔法に変換できないはずだ。

 魔法じゃないなら、なんなんだこの現象は。


 避けた……? 残像を見せるほどの速さで……、速さ?

 いや有り得ない『加速』はこんな現象を起こせるようなスキルじゃあない。


 そもそもこのせまい部屋で、そんな速さで動いたのなら空気の抵抗で凄まじい風が発生するだろうし下手したら空気との摩擦で発火する。

 単純な移動速度だけじゃ説明がつかない。

 世界の理そのものに干渉し、因果律を捻じ曲げて特異な速さを実現しているような……。


 いや、

 これは『能力向上』で知力が上がりすぎた弊害だな。無駄な方向に思考が伸びてしまう。

 しかしこの現象に説明が――。


「とりあえず、ゆっくり話したいんで一旦姉さん畳むわ」


 混乱する私にクロウはそう言って、消えた。


 同時に腹部へ凄まじい衝撃を受け、壁を何枚も砕いて、そのまま外へと飛ばされた。

 取り調べ室は三階に位置し、そこからしばらく飛ばされて、いくつかの建物に跳ね返り、失速した後にどこかの地面に叩きつけられて転がる。


 なんだこれは。何をされた。


 血反吐を吐きながら無詠唱で回復魔法を自分にかける。今の私は『能力向上』によって魔法適正は『大魔道士』や『賢者』に匹敵している。このくらいは造作もない。


 落ち着け、冷静にな――。


「はいダメ、もっと心をへし折るよ」


 そう聞こえたのと同時に、今度は顔を打ち抜かれる。


 なんて威力……『能力向上』で忍耐力を上げていなかったら気を失っている。

 頚椎が悲鳴をあげているのを、無理矢理回復魔法で治しながら観察力や動体視力を上げて捉えようとするがまるで意味がない。


 速すぎるし重すぎる。

 速さは確かに重さに変わるが、もうこれは人の域にない。


 この私がこんな……、騎士として生きていれば苦戦もあるだろう。


 しかし、私がこいつに、クロウにやられている。

 こいつはクローバー侯爵家での英才教育についてこれなかったらくしゃだ。



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