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02家族の問題における一番の解決策は離別

 私より二つ下のクロウは、私の出した二年前の成果をことごとく下回った。ステータスの伸びも、見込みも、才能もなかった。


 稽古の為に教師役や父上などから毎日手酷くやられていた。

 回復魔法を覚えさせるために、手当すらしなかった。

 私も何度もクロウを打ちのめした。


 飯を食いたければ強くなれ。

 眠りたければ強くなれ。

 人として扱ってほしければ強くなれ。


 クローバー家の厳しい訓練の日々が続いたが。

 私が十四、クロウが十二の時に、父はクロウを諦めた。


 見限ったのだ。

 こいつは騎士にはなれない、クローバー侯爵家の恥だと。


 それでもあの時まで、父はクロウを追い出すことはしなかった。

 適当な家庭教師をつけて、最低限の教育は行った。


 そんな落伍者であるクロウが。

 この完璧で誇り高き騎士であるこの私を。

 圧倒的に上回り、何もさせずに。

 徹底して執拗に、かつてしいたげ続けたクローバー家へのさを晴らすかのごとく。


 私はズタボロに、体中の骨を折られて、伏せられた。


 魔力も尽きて回復も出来ない。

 治癒力が損傷に追いつかない。


 私が取調室から飛ばされて、たった三十秒ほどの出来事だった。


「さて、そろそろいいか。結構耐えたね、最強のババアだわ。他の方々が来るまで少し話そうか」


 倒れる私の背に雑に座りながら、クロウは全く疲れた様子もなく語り出す。


「ぎざっ、ゲブ……ッ、貴様、何を……、どうすれば、こんな……」


 私は血反吐を吐きながら、クロウに問いかける。


 こいつに気持ちよく話をさせたくないのもあるが、回復までの時間を稼ぎたい。


「ああ、どうして僕みたいな雑魚が誇り高きクローバー侯爵家の姉さんをボコボコに出来たかってのは、スキルやステータスってシステムの理解度が姉さんよりも上なだけだよ。僕らは人間なんだ。数値には反映されない見えない強さや技術に目を向けずにわかりやすい耳障りの良いことだけにとらわれた姉さんじゃあ多分理解すらできないんじゃないかな」


 淡々とクロウは答える。


 答える気はないが、それなりに返事はするのか。

 本当に話をしにきたってことか、その割には暴れすぎだこいつ。


「……目的、は……何だ。町を帝国に売り……、冒険者ギルドを……捨て、貴様は、町民と冒険者を犠牲に――ぎあ……っ!」


 話を引き出そうと語るも回復を悟られ、途中で脚をへし折られる。


「だから売ってねえって、任せたんだよ。あの町には軍も冒険者一人も居なかったんだから。姉さんたちが馬鹿みたいに西の大討伐で人を死なせたせいで、あの町はどんどん困窮していって僕一人で町を守ってたんだから」


 脚をへし折ったことをまるで気に止めることもなく、淡々とクロウは語る。


 いや、待て、今なんて言った? 町に軍も冒険者もいない……?

 確かに軍は帝国が山脈を越えてくるとは考えておらず、あの辺には兵を多くは置いていなかったが……。

 冒険者も不足はしたと聞いていた、だがギルドが上手く調整して問題はないと報告を受けていた。


 こいつの与太話通りであるなら軍やギルドの報告に齟齬がある……? いやあるのは虚偽か、人が人を動かす以上愚か者が挟まれば起こりうることだ。私のように気高い生まれでもない限り、誰もが自分の手元で時間を使いたがる、そのしわ寄せは優秀な者が片付けるか劣等者を殺すだけだ。


 そして一人で防衛……、いやこいつのこの力量なら可能か……。


「もう限界だったけど、丁度よく山脈を越えられられる技量を持った彼らが来てくれたので軽く畳んだら要求飲んでくれたんで町を譲ったんだ。本当に限界だったんだよ。毎日毎日魔物だなんだって、わずらわしい。人が相手ならこうやって話し合うことも出来るのに、魔物の相手は不毛が過ぎる。全てを魔物のせいにするこの世界が我慢ならない。……限界だった、いやマジに」


 クロウの続く語りで、ようやく感情が滲む。


 ああ、やはりこいつは変わっていない。

 どれだけ人の域から外れた存在になろうとも、そのはそのままか。


「かなり前倒しになってしまったけれど、僕はこの世界からこの不毛なシステムを消すことにした。今日は姉さんにそれを言いに来たんだ」


 そう言ってクロウは私の右肩を外す。


「があ……っ‼ ぎ、貴様……、まだそんなことを ……、イカれているのか貴様はあああッ‼」


 私は肩の痛みをこらえて、私は叫ぶ。


 私はこの国を守る騎士である、こいつの言っている不毛なシステムが魔物の発生はっせいを指しているのなら声を荒げたりはしない。


 魔物の打倒は人類の悲願ではある。

 だが、こいつが言う不毛なシステムはそれだけじゃあない。

 こいつの狂った思想はこんなものじゃあない。


 十六年前、クロウが完全に父上から見限られた後の話だ。


 ある日、食事の際に突然クロウが語り出した。


 魔物は世界の発展を阻害している。

 魔物を相手にしている限り人類に進歩はない。

 何でも魔物のせいにしてしまうのは良くない。


 そんな話をベラベラと語った。


 その時点で、クロウはクローバー家の中ではいないものとして扱われていたので誰も返事をすることもなく「そりゃそうだろ」って話だったので聞き流していたが。


 それだけに留まらず、クロウは。


 を持ち出したのだった。


 対魔物の為に神よりスキルやステータスウインドウが与えられたのであれば、魔物を消すのなら共に消えるべきだと唱えだした。


 紛うことなき、神への冒涜である。


 並びに、これは優秀なスキルによって地位を築き上げたクローバー侯爵家への侮辱と捉えられてしかりだった。


 この世にスキルやステータスは必要だ。

 人を測る方法にこれ以上のものはない。

 この世界における絶対的な価値観だ。


 それを消し去るというのは、危険思想極まりない。

 しかも自身が外れのスキルでステータス的にも才覚がないことによる浅ましいひがみで危険思想を口に出すほど狂ってしまったのだ。


 父上は憤慨し、クロウをクローバー家から除名して追い出した。

 殺さなかったのは最後の情けだ。

 そこからは風の噂で、冒険者のギルド職員をやっているとは聞いていたが気にも止めていなかった。


 それがこんな……。


「はあ……、じゃあ間違っていてイカれている僕に正しくて気高い姉さんが手も足も出ないで畳まれてんのはどういうこと?」


 呆れたようにクロウは口を開く。


「ステータスだとかスキルで測れてたらこんなことになってねぇだろ。姉さんの頭の悪さもステータスからじゃわからないように、人間はそんなに浅くない。ちょっとした数値なんてのは目安程度にしかならないし、スキルも結局自分の力じゃなくて単なるサポートシステムでしかない。魔物という脅威がないのなら、無用だろ」


 戯言を続ける……いや、事実私はこれ以上なく打ちのめされている。戯言とは言えないか。


「そもそもこの世界には無かったんだ。元に戻すだけだ――」


 と、続けて語ろうとした時、厳しく魔法光線がクロウの残像を貫く。


 当然のように回避をして、クロウは射線の先に目を向ける。私も何とか目線を向けて確認をする。


「よ、けられっ、うっそでしょお⁉」


「ポピー油断するな! 鬼神のスノウ・クローバーがズタボロにされてんだ! 舐めてると死ぬぞ!」


 騒々しく現れたのは、この騒ぎで呼び出された勇者パーティだった。


 魔法を撃ったのは『大魔道士』を持つ賢者のポピー・ミーシア。

 他にも『万能武装』のダイル・アルターと『聖域』のクライス・カイル。

 それに『勇者』のメリッサ・ブロッサム。


 強力なスキルは持つがはぐれ者の天才たちが、駆けつけた。


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