「……クロウ、さん……?」
「ああメリッサか! 元気だったかい? 魚の燻製を持って来たんだ。皆さんで食べるといい」
驚く勇者にクロウは親しげに、空間魔法で魚の燻製を取り出して見せる。
「なんだぁ? 知り合い……かぁ?」
「何でもいいけどさっさと片付けるよ! ここの立ち回り次第でメリッサの裁判での心象も良くなるでしょ!」
「軍施設の破壊に騎士への暴行傷害か。一旦殺して、私が蘇生するのが良いだろう。一度死ねば死罪は逃れられるかもしれん」
そんなクロウに対して勇者パーティは戦闘態勢整える。
だが。
「……む、無理だ! 私たち程度じゃクロウさんは止まらな――」
「その通り、欲張らずに遠くから僕と姉さんごと広域魔法で消し飛ばしてしまうのが最善だったかもね」
勇者がクロウの危険度を共有する前に、クロウが返事をして、言い終わる前に三名は膝から崩れ落ちた。
「ああ安心して、何か後遺症が残ったりする感じじゃないよ。回復魔法で十分治る範囲だ」
眉を上げながらクロウは勇者に説明する。
「クロウさん、なんで……、いや確かに今
勇者は戦慄しながら、クロウに語りかける。
そうか勇者メリッサ・ブロッサムは冒険者上がりだ。
クロウのいたギルドに所属していたのか……。
つまりクロウに故郷を売られた……いや、そういう様子でもないか?
だがこの暴挙に関しては戸惑っているところから、共謀しているわけではないようだ。
「ああ彼らに会ったんだったね、連絡来てたよ。優秀だろう彼らは、あの町はもう大丈夫だよ」
クロウは笑顔で勇者へ返す。
「……いやっ、待って、待ってよクロウさん! 何があったのかは知らないけど、軍で暴れんのはダメだ! トーンの町を帝国に渡したのは別に責める気もないしむしろ感謝してる! それは取られるこの国がマヌケを晒しただけだから、それはいい! でもこれは……、一旦ちゃんと話をしようよ。気に入らないからって暴れるのは良くないことなんだろう? 私もそれでいっぱい痛い目見てきた、だから――」
必死に語りかける勇者だが。
「別に僕は正義を語るつもりはないし、こんなのは単なる姉弟喧嘩でしかない、気にしなくていいよ。それでも気になるなら…………久しぶりにやり合うかい? メリッサ」
被せるようにクロウは語り、圧力をかける。
一気に空気が
なんなんだこいつは……、本当に人間なのか?
「なんで…………、私は……、だって私はっ! ずっとクロウさんのことが――――」
と、勇者が何か答えようとしたところで。
私は回復したぞ、クロウ。
思考力向上。
隠密力向上。
敏捷性向上。
反射神経向上。
視力向上。
筋力向上。
胆力向上。
防御力向上。
生命力向上。
魔法抵抗力向上。
魔力向上。
魔力変換速度向上。
気合いが魔力を燃やして、目から炎が
完全な
これ以上ない、完璧なタイミング。
クロウの心が、意識や興味や注意力、関心、好意、罪悪感が勇者メリッサ・ブロッサムに向けられているこの一瞬、いや一点。
今後二度と起こり得ることはない、嫌いな言葉だが、奇跡的に。
私はクロウを後ろからい羽交い締めにすることに成功した。
同時。
最短最速で、私の出来る最強の防御魔法である完全硬化を使った。
これは発動さえしてしまえば速さだの筋力だのでどうにか出来るものじゃあない。
発動中はあらゆる武器も、どんな魔物の牙も通らない。
戦術級魔法で集中放火されても無傷だ。
絶対防御。
例えこの最速の怪物だろうとも、どうにもできない。
デメリットとしては、発動中に私は完全に指一本動かせなくなってしまうことだが羽交い締めにして固まってしまえば究極の拘束となる。
発動と同時に燃ゆる瞳を勇者に送る。
今だ、やれ。
これは今後起こりえない快挙だ。
この
ラストアタックは譲ってやる。
この怪物はここで仕留めるぞ。
私の視線で送った
勇者は、ほぼ同時に腰からナイフを抜いた。
だが、しかし。
「…………でき、ないよ。クロウさんを、刺すなんて……できない……っ」
両目にいっぱいの涙を浮かべて、勇者、いやただの恋する乙女は、答えた。
馬鹿が……っ、こいつ正気なのか?
このタイミングで、この怪物を殺せる唯一無二のこの状況で……、
戦闘状況下においては、性別も人種も年齢も関係はない。
どんな生き物も、役割を与えられた戦闘単位でしかない。
たかが粘膜接触への憧れが生んだ精神疾患で、この好機を捨てるなど……、騎士団なら即切腹だ。
有り得ない、想像を絶する愚かさだ。
怒りを通り越して呆れてしまうが、それでも怒りが収まらない。
ああ、もういい。
この小娘は諦めた。
完全硬化は魔力が尽きるまで効力が続く。
魔力量も向上されている為、回復力と合わせて目算で三十分はこの状態を維持できる。
それだけあれば、そろそろ現場に駆けつけるであろう兵士たちが状況を察してクロウを殺すだろう。
この怪物は回避に特化している。
兵士たちでも十分殺せるはずだ。
詰んでるん――――。
なんて思考中、突然凄まじい速度で魔力が消費され。
魔力が底を尽いて、完全硬化が解けた。
何が起こったのか理解が追いつかない。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
魔力枯渇の虚脱感と、勝ちを確信した瞬間の喪失感で心が折れそうだ。
「魔力消費を加速させた。今のはいい線いってたよ」
そんな簡単な種明かしと、総評が聞こえたところで。
再び、瞬きよりも速いその時間の中で。
私は
意識を失うその瞬間まで、思考力と知力と観察力と洞察力を向上させて考えた。
向上させた視力に写る、クロウからひとつの仮説が生まれた。
しかし有り得るのか? そんなことが。
本当にそうなのだとしたら、確かにスキルとは自分の力ではない。
そんな、世界そのものに。
時間や空間にまで作用するものを、人間が掌握出来るものじゃなあい。
もしかすると、スキルやステータスは、こいつの言う通りこの世界に混入した異物なのかもしれない。
そんな有り得ないことを考えさせられる程度には、心をへし折られて。
私は気を失い。
クロウはそこから、姿を消したのだった。