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02筋肉は全ての悩みを解決してはくれないが半分以上は解決できる

 二足歩行の狼のような魔物。

 聞いていたよりもやや小さい、だが爪や牙の鋭さと、袈裟に伸びた傷痕から親父を襲った魔物と同一と判断出来る。


 緊張感が身体を縛る。

 落ち着け、落ち着くんだ。


 まだだ、慌てるな……。


 木から垂れた鳥に近づいたところで、罠が作動する。

 そしたら盾を構えて一気に詰める。


 何回も頭の中で、動きをイメージする。

 その度に心拍数が跳ね上がる。

 無理やり息をひそめて、魔物へ注視していると。


 罠を踏んだ音がした。


 同時に盾を構えて穴から飛び出す。

 俺は足が遅い、しかしリーチはある。

 数秒稼げれば、驚いて硬直してくれさえすれば。


 届く。

 これ以上なく、作戦通りに振り下ろされた必殺の一撃は。


 空を切って、地面を叩き割った。


 避けられた、作戦は失敗だ。

 雪の重みで罠が上手く機能しなかった。

 この袈裟への一撃は、親父が見せたものと同じだったので学習されていた。

 そもそもバレていたのかもしれない。

 魔物は狡猾だ。俺なんかじゃバリィの兄貴のように裏をかくことは出来なかったんだ。


 一瞬で頭の中から溢れ出た原因が、一気に胸を刺して思考を阻害する。


「グワァヲオオオオォオォオオオオオオオ――――ンッ‼」


 魔物は雄叫びを上げて、鋭い爪をぶん回して俺を狙う。


 何とか盾で防いで斧を振るがかわされる。

 ああ速い、俺の技量ではリコーの姉貴のようには盾を扱えない。付け焼き刃が過ぎた。


 不味い不味い不味い不味い不味い不味い。

 頭が真っ白だ。

 浮き足立って重心が上がる。

 踏ん張りが効かない。


 必死に斧を振り回すが、野生の勘なのか、魔物は間合いに入ってこない。

 ああ俺はなんてダメなんだ。

 俺は一人じゃ何も出来ない。

 図体だけの臆病者だ。


 こんな、多少すばしっこいだけの雑魚に何も出来ない。

 こいつは俺より速いだけでクロウさんはもちろん、メリッサよりも遅い。

 当たればこんな魔物、一撃で真っ二つに出来る。

 でも、こんな雑魚に一撃当てることすら俺には出来ない。

 こんな、パーティだったら瞬殺だったような魔物も俺一人じゃ手も足も出ない。


 ああ情けない、もう俺は戦えていない。

 怖くてパニックで取り乱して斧を振り回しているだけだ。


 間合いや俺が適当に動いていることを悟った魔物は、木々を利用して立体的に跳ね回り、より混乱をさせるように爪を振る。


 何とか盾を遮蔽にするように構えるが弾くことは出来ずに、踏ん張りも効かない俺は崩される。


 立て続けに鋭く攻められ続け。

 盾が粉々に砕け、胸筋を切り裂きながら吹っ飛ばされた。


 ついに食らった……痛い……、もしこれが首だったら死んでいた。


 上手く踏ん張れなくて吹き飛ばされた。

 重量差はそこまでないはずなのに、俺はダメダメだ。


 魔物は木々を跳び回り、混乱して集中ができない俺にはもう目に追えない。

 ここで『潜在解放』を使っても当たらないのなら意味が無い、無駄打ちしてしまえば効果終了後のインターバルで殺される。


 ああ、死ぬ。

 臆病者として、弱虫として、死んでしま――――。


「――ぃ今あっ‼」


 死を感じたその時、馴染みのある声が森にひびき渡る。


 魔物は氷結魔法で足元を凍らされ、動きが止まってた。


 一気に勇気が湧いてくる。

 心が熱をびて、身体中を熱くする。

 目から炎が揺れて、対照的に頭の中は冷静になる。


 身体に自由と、重さが戻り、斧が軽くなる。


 使い所だ。

 ここで『潜在解放』を使う。


 斧を両手で握り、一歩で距離を詰める。

 魔物は両腕に力を入れて身体を固めて防御態勢に入るが。


 無駄だよ。これは一撃だ。


 俺はこれ以上なく、身体中の筋肉や地面からの抗力、斧と体重などの重さ。

 全ての力を総動員して斧を振り抜く。

 最早斬った手応えも、叩き潰した手応えも無く。


 振り抜いた後には、氷結魔法で固定された足だけと、薄く積もった雪が弾け飛んだ魔物の血と肉片で赤く染まった景色が残った。


「ひゃー、相変わらず凄まじいね……、国内最高峰の近接火力なんじゃねえかな……」


 しゃくしゃくと雪を踏みながら、この国最高峰の速さを誇るクロウ・クロスギルド長はそう言って。


「まあ、元気そうで何よりだ。さみいから家に入れてくれ、僕は寒いのが苦手なんだ」


 空間魔法で取り出した東の酒を俺に見せながら、笑顔でそう言った。


 とりあえず、親父のかたきをとった俺は自宅に戻ってクロウさんのやたら治りの早い回復魔法で治療を受けた。

 そこからクロウさんは親父の墓に手を合わせてくれたり、俺が居なくなった後にメリッサが勇者になって、帝国に町を譲ってギルドを辞めて町を去ったみんなに会ってきた話をしてくれた。


 驚いた。


 メリッサが勇者になったことより、クロウさん一人で町を守り抜いていたことに驚いた。

 一人で魔物と戦い続けてきた勇気に、驚愕した。

 情けなくて涙が出る。止まらない。


「おいおいどうした! 何で泣くんだ! おまえそんなに酒弱かったのか?」


 慌てるクロウさんに俺は自分の弱さを語る。


 俺には無理だった。

 あのままだったら死んでいた。

 一人じゃ何も出来ない臆病者だ。


「……親父は、強くなったと言ってくれたけど…………、行かせてくれるとわかっていてクロウさんに相談をした……俺は弱虫だ。ごめんなさい」


 俺はクロウさんに自分の弱さをさらけ出して謝る。


「……あ? おまえが気にすることじゃないっていうか、相談じゃなくて報告で良かったんだぞ? そもそもバリィとリコーが抜けた時におまえのパーティは解散になっちまってんだから、そのタイミングで抜けても良かったんだ」


 本当に気にも留めていない様子でクロウさんは語り出す。


「もちろん僕や町のみんなとしては、本当に、ほんっとぉぉぉ…………に助かったけど、おまえの人生なんだ。文句は言わねえし言わせねえよ」 


 酒をコップに注ぎながら、続く。 


「それに一人じゃ戦えないってのは……、まあ一人で戦えるに越したことはないんだろうけど冒険者として本質的には意味をなさない。教えたろ、連携こそが戦いの核だって。お互いをカバーしつつパーティや小隊という、一つの戦闘単位になることが大切なんだよ」


 かつてギルドで何度も聞いた冒険者としての基礎を語り。


「逆をいえばおまえは、誰かと組めば相手を確実に一撃で消し飛ばすほどの力を発揮出来る。誰かと一緒なら強くなれる」


 そう言って、注いだ酒を飲み込んでから。


「そういう勇気もある。おまえは勇敢だ」


 笑顔で俺が言われて一番嬉しいことを、さらりと言ってのけた。


 そこから朝日が昇るまで、みんなの近況を聞いた。


 バリィの兄貴とリコーの姉貴は南の街で産まれてきた子供と幸せに暮らしているとか。

 西に行ったジスタさんたちやシードッグさんたちは、キャミィを守って散っていたこと。

 次は公都で治療中のブライさんとセツナさんに会って、会えたら勇者になったメリッサにも顔を見せるらしい。


 俺も冬を越したら南に行ってみようか。

 バリィの兄貴たちにも心配かけているみたいだし、兄貴たちの子にも挨拶をしておきたい。


 そんなことを思いながら、クロウさんと酒を飲みわして、一人ぼっちの魔物討伐は俺には無理という結論を持って成功に終わった。



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