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01職人の朝は早いが寝るのが遅いのは自己責任

 私、セツナ・スリーは公都で工房を持つ魔道具技師だ。


 まあ元々は東の果てで冒険者をやっていた。

 後衛魔法使いとしてパーティに属して、おもに野盗の捕縛や町の治安維持やたまーに魔物を討伐したり山から薬の原料となる野草やらを採取したりして暮らしていた。


 しかし、私たちはしくじった。


 私の属するパーティはリーダーで前衛盾役のブライと前衛回避盾のメリッサが相手の動きを止めて私の魔法火力でとどめを刺すパターンと、私の魔法による後衛サポートで動きを止めてブライとメリッサの物理的な前衛火力で落とす。


 戦闘パターンを複数持ち、かなりバランスの取れた良いパーティだったのだけど。

 油断もあったし、コンディションもタイミングも悪かった。

 バランスも取れているし連携も取れていたけれど、私たちは対人戦特化パーティで魔物討伐の練度はそれほど高くなかった。

 いつもならジスタさんやシードッグさんのパーティがやるような相手だったけど、ジスタさんたちは西の大討伐に招集されて不在だった。

 言い訳というか、理由はいくらでもあったけどつまるところ結論を言えば。


 私は両眼を、ブライは利き腕をやられた。


 絶体絶命の危機には、音よりも速くクロウ君が駆けつけてそれはもうかっこよく魔物をやっつけてくれたらしい。

 まあ私はもちろん見えてないし、メリッサから聞いた話なんだけど。


 クロウ君お得意の自称高速詠唱と高速発動による回復魔法の重ね掛けを加速した魔力の回復速度を上回る速度で、魔力枯渇によって倒れるまで治療をしてくれた。

 クロウ君の献身的な看護によって辛うじて私は左目の視力を失わずに済み、ブライは利き腕を失わずに済んだ。

 でも、私の右目は完全に光を失い顔にも傷痕が残ったし、ブライも剣はおろかスプーンを握るのも困難なほど握力が弱まった。


 私たちが町に残って冒険者を続けると言ってもクロウ君は認めなかった。


 東の果ての魔物は甘くない。

 怪我人がどうにか出来るような奴らじゃあない。


 クロウ君はギルド本部や役所を相手に『通信結晶』を使って「殺す」「潰す」「知るか」「お前の親の家を燃やす」「子供は犬に食わせる」など、珍しく素敵な語彙を並べて。

 ギルドから申請できるあらゆる制度と自身のコネクションを駆使して、私たちに公都でも腕利きのヒーラーへの斡旋と補助金を獲得して送り出してくれた。


 公都から抜けた私たちの補充人員も来ると祈りつつ、町を出た。


 まあでも結局、私たちは完治しなかった。

 公都のヒーラーによって顔の傷は消えたけど右目は見えないままで、左目の視力もやや落ちたまま。ブライもだいぶ握力は戻ったけれど剣を握れるほどには戻らなかった。


 つまり完全に引退をした。


 その後は事前にクロウ君が申請していた職業斡旋にのっとり、私は魔道具工房に技師として勤めることなった。ちなみにブライもブライで就職をした。

 まあ元々、私はこっちの畑の人間だったしスキルの『魔力操作』も活かせる。

 仕事の出来すぎるクロウ君の采配通り、わりとすぐに仕事はこなせるようになった。


 しかーし。


 まさかの工房自体が経営難により倒産した。

 これには参ったけど、仕方ないので今まで貯めてたお金やクロウ君に習って色々な制度や助成金を使って新たに工房を立ち上げることにした。


 魔法学校の学生時代に作った『予備魔力結晶』の量産して販売することにした。

 倒産した工房から何人か技師を引っ張ってきて、工房自体もそのまま居抜きのようなかたちで使うことができた。

 何だかんだで『予備魔力結晶』は軍の空挺魔法部隊での試験運用が決まって、お気にしたらかなりの大口取り引きとなる。


 それなりに忙しいけど、悪くない。

 朝は早いが夜は深くない、優秀な技師は徹夜をしないのよ。まあ、目にも悪いしね。

 今は『予備魔力結晶』に貯蓄できる魔力量をサイズや重さを変えずに増やせないかを研究中だ。


 そんなある日。


「おお……、まさかこの短期間で工房を乗っ取るに至っているとは思わなかったよ……いやはや恐ろしい……」


 なんて驚きながら現れたのは影を置き去りにするギルド職員、クロウ・クロス君だった。


 思わぬ再会に、驚いたとか、嬉しいとか、何で? とか、そういうことより先に。

 仕事場来るならアポくれよ、私ほぼノーメイクなんだけどって感想が頭を駆け巡り。

 さっさと応接室で待たせて、化粧を直した。


 化粧室の鏡に写る、私の顔で存在感を放つ眼帯と野暮ったい眼鏡を触る。


 ………………取らなくてもいいか、義眼を入れてはあるけどさっき眼帯姿も眼鏡も見られてしまっているし。

 本当に来るなら来るって事前に教えとけよ……こいつマジに。髪ももう少しどうにかしたってのに。

 まあ、そういうのを気にする奴じゃないことも知っているのだけど。


 リップと眉とアイラインだけ簡単にととのえて、クロウ君の待つ応接室へと向かった。


「…………ええ……、そんなことになってたの……?」


 私はクロウ君から、私が公都に来てからの話を聞いて驚愕する。


 バリィとリコーは、ちゃんとくっついて子供が出来て町を出て、サウシスで魔法学校の教員をしながら家族で暮らしているとのこと。

 キャミィたち西の大討伐へ行ったパーティは、キャミィを残して全滅し心が壊れかけていたが、何とか今はみんなの願い通りに幸せになるために旅に出たとのこと。

 ブラキスは、田舎に帰って父親の仇である魔物を粉微塵にして木こりとしてやっているとのこと。


 メリッサは、スキルの『盗賊』が『勇者』に覚醒したので公都にて勇者パーティとして国に属しているとのこと。

 まあバリィとリコーのことは元々知ってたし、それは良い。子供が出来て家庭を持ったのなら何よりだ。

 ジスタさんやシードッグさんたちも、もしもの時にはキャミィを生かすということは聞いていたので本懐を遂げたのだろう。後はキャミィが幸せになってくれたら、きっとあの人たちは本望だと思う。機会を見て私も西の慰霊碑に花を手向けに行こう。

 ブラキスも心配ではあったけど、なんとかやっているのなら良かった。彼はもう少し自分に自信を持っていいと思うけど、スキルや武器を過信せず仲間を信じるその姿勢は尊敬が出来る子だ。


 いやしかしあの長い棒を見つけたらとりあえず窓を割る悪童のメリッサが勇者……、西の大討伐を終わらせて今や国防のかなめと言われているなんて……。いやでも最近、勇者が公都に戦略級の魔法を展開して裁判にかけられているみたいな話をきいたけどメリッサが勇者なら納得だわ……。


 正直これにも驚いたけど、何より。


 ギルド本部や軍から補充要員が一切送られてこないで、たった一人であの山脈で発生した屈強な魔物からトーンの町を守っていたことに、驚いた。


 嘘でしょ……、何やってんのよこの国は。

 事実上、この国はトーンの町を見捨てたんだ。

 それを一人で……、ライト帝国軍が来なかったら流石のクロウ君でも限界は近かっただろう。

 というか本来私たちが抜けた段階でギルド職員が冒険者の仕事をしなくてはならない時点で破綻している。

 もしかして、怪我した私とブライに色々な手を尽くした時にギルド本部と揉めたのが原因……?


 ……いや、全くない話じゃないとは思うけど流石にそんなことで町ひとつ見捨てるようなことをギルドや軍がするなんて……ええ……。


 困惑する私をよそに、クロウ君は左手をそっと伸ばして。


「……消えて良かった、。治しきれなくて、ごめん」


 私の右頬を撫でながら、申し訳なさそうにそう言った。


 ああ、もう。

 本当に相変わらずだ。


 私たちは付き合っていたことがある。

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