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02職人の朝は早いが寝るのが遅いのは自己責任

 お互いに駆け出しの頃。

 クロウ君がギルド職員歴二年目くらいで私がまだブライ、リコー、バリィの同期たちと組んでいた一年目くらいの頃から。


 アカカゲが前衛回避盾としてキャミィがベテラン組の回復役として板についてきて、ブラキスとメリッサが入って中堅になってきた私たちでパーティを分けて私とブライとメリッサのパーティが結成された頃くらいまで。


 わりとがっつり、お互い触ったことがない場所がない程度には愛し合っていた。


 まあ、付き合ってた期間の中でもギルド職員は異動や退職でガンガン減ってクロウ君の忙しさと速さは加速度的に跳ね上がった。

 西の大討伐でベテラン組たちが抜けて、私の方も忙しくなり。

 単純に二人の時間が作れなくなり遠慮していくうちに、なんとなーく関係はふんわりと終わった。


 でも、まあその、全く嫌いになったわけでもないし喧嘩したわけでもなんなら別れ話をされたわけでもない。


 私がさっさと次の恋をできていれば、また話が変わったのかもしれないのだけれど。

 こういう再会で、胸がときめいてしまう程度には、まだ思い出になり切れていない感情ではあったりもする。


 でも私も大人だし、彼も大人だ。


 どれだけ私の窮地に駆けつけて、泣きながら倒れるまで傷を治そうと回復魔法をかけてくれたり、傷ついた私たちに道を用意してくれたり。

 そんな彼の、常軌を逸した優しい狂気は、私が特別だからじゃあないことはどうしようもなくわかってしまう。


 彼は私じゃなくても、きっとそうした。

 そうして欲しくないということじゃない、怪我をしたのが私じゃなくても私はきっと彼に惚れ直したと思う。


 でも彼は違う。

 抱かれることくらいでしか特別を感じることができなかった、あさましくてはしたない私とは違う。


 ちょっと二人の時間が作れないだけで。

 加速度的にどんどん人を超えて行くクロウ君に置いていかれてしまうことが怖くなって。

 普段相手にしないような魔物を相手に無茶をして。

 パーティを危機に晒しただけでなく、右目を失い結局クロウ君に大迷惑をかけた私とは、違う。


 こんな私を彼が、好きになることなんてことはもうないのだろう。


「…………あ、そういえばブライが愚痴ってたわよ。公都の冒険者ギルドはダルい奴が多くて腹が立つって」


 私は顔が熱くなる前に、クロウ君の手から離れるように話を変える。


「あー、冒険者への武術指南はかなりブライ向きだと思ったけど。公都は色んな人がいるからなぁ……」


 眉をひそめてクロウ君はそう漏らす。


 ブライは『双剣士』のスキルを持ち、その名の通り刀剣を二振り使って戦う前衛だ。

 片手で弾いて斬りつける、いなしもあり、二振りを使った連撃で火力も出せる。メリッサのからめ手や奇襲と合わせて前衛を張っていた近接戦闘のエキスパートだ。前衛過多でなければベテラン組と一緒に西に行っていたとしてもおかしくないくらいの腕前だった。


 でも利き手で剣が握れなくなり『双剣士』のスキルを活かせなくなった。


「口だけは達者なジャリ共相手にぶん殴るのを我慢するのが大変みたいよ」


 私はブライから聞いた近況を伝える。


「でも我慢出来てるなら偉いじゃないか。あの沸点が低過ぎて怒ると口より先に手が出るブライが殴らないのは凄いよ」


 クロウ君はブライの近況に笑顔で感想を述べる。


「三回に一回は木剣で叩き伏せてるらしいけどね」


「さ、三割以上……。ま、まあ五割を超えなきゃ大丈夫……かなぁ……うん多分」


 そんな積もる話をして。


 最近の公都の話とか。

 魔道具の話もしたり、クロウ君からこんなん作って欲しいみたいな話も出たり。


 内容としてはかなり面白かった。クロウ君はやはり生まれが良いからなのか、魔法もそうだけど機械工学的なところや技術的な部分に関しても博識だ。公都生まれは伊達ではない。

 まあ本人としては複雑な過去だと思うので口が裂けても言えないけれど、この超人を作り上げた一旦はそこにもあると私は思っている。


「さて、んじゃそろそろ行くよ。仕事中に悪かったね。しばらく公都にいるつもりだから、機会があったらまた会おう。とりあえず、ブライの顔見て……、メリッサには会えるのかわからないけど、とりあえず試してみて……、気は進まないけど、ちょっとだけ実家にも顔を出してみようかなって思ってる」


 クロウ君は立ち上がり別れの挨拶をする。


「うん。ブライもメリッサも喜ぶと思うよ。私も大体工房にこもってると思うけど、全然時間作れるから連絡ちょうだい。次は、絶対に、ね?」


 私は寂しさと、触れられた頬から離れた手の喪失感を顔に出さないように笑顔で返す。


 多分今日は眠れないだろうから、夜中まで研究をしてしまおう。

 久しぶりの徹夜だ、優秀な技師の夜は深くないけどダメな女の夜は深い。

 でも、こういう感傷の対処法は忙しさで紛らわせるに限る。これは間違いない。


「……あー、いや、


 クロウ君はそう呟くと。


 あっという間に、唇を重ねて私を抱き寄せる。


 やや長めに。

 今まで作れなかった二人の時間を、ちょっとでも埋めるように私も応える。


 そして。


「……僕には色々とまだやることがあるけれど。落ち着いたら一緒に住もう、セツナ。今日はそれを言いたかったんだ」


 クロウ君は真摯に私の髪を撫でながら、言う。


 どうやら、私たちは終わってなかったらしい。

 思いもよらない申し出に、私は頭の中で色んな思いが駆け巡ったのだけれど。

 結局どれも幸せにしか繋がらなかったので、間抜けな顔で気の利いた返しも出来ないまま。


 私は強くうなずいた。 


 クロウ君の色々とやることがあるというのが何なのかはわからないけど、彼が本気を出せば大抵のことは瞬殺で終わらせてしまう。


 出来ればちょっとゆっくりぐらいが良い。


 冒険者を辞めて運動不足でやや体重が増えてしまったし、油断で色々とお見せできる状態じゃないので早急に様々な処理をしなくては……。


 なんてところで。

 彼との再会がここで終われたのならば最高のタイミングだったのだけれど。


 この最高のタイミングを台無しにする、無粋な輩というのはいるようで。


「クロウ・クロスだな! 極東支部トーンギルドの放棄、並びにライト帝国と内通し侵攻を幇助したがいかんゆうざいの容疑もかかっている! 拘束するぞ!」


 軍人が工房に押し寄せて怒鳴りつけながらクロウ君を包囲する。


「……あら、まあこっちの方が話が早いか。捕まってあげるよ」


 そう言ってクロウ君は拘束され、軍本部へと連行されてしまったのだった。


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