私、キャミィ・マーリィはとある教会に属する修道女である。
セブン公国は公都から西に
ここよりさらに西で起こった大型魔物の氾濫により、大討伐が行われた。
公国軍や騎士団から、国中の冒険者を集めて行われた大討伐。
レイド攻略必須の災害級大型魔物が大量に押し寄せ、攻略のために地形を変えて、一体ごとに攻略作戦を立てて戦い続けた。
端的にいって、地獄だった。
一体ごとに分断するだけでも凄まじい労力で、戦闘に入っても過去のデータを照らし合わせて有効な戦略を立てて、全力で討伐を行う。
これを何度も繰り返し、何ヶ月もかけて少しづつ前線を下げながら数を減らしていく。
補給を受けながら、何個も村や町をも飲み込みながら、魔物の波を
そんなものが、無事に行えるわけがない。
討伐に参加した軍人や騎士、冒険者たちから毎回必ず犠牲者が出た。
予想外は必ず起こる、想定内であることがそもそも想定されていない。
それでも、この地獄をこの国が西と定義できているうちに食い止めなければこの波は公都を飲み込んでこの国を滅ぼす。
やるしかなかった。
でも、十二回目の討伐作戦。
ここまでも、被害や犠牲者は出ていたがこの十二回目には大きな被害が出た。
この討伐で参加していた者の三分の一は死んだ。
私の仲間と同郷のパーティも死んだ。
そう、私も参加していたのだ。
元々東の果ての町で冒険者をしていた私たちも、招集を受けた。
田舎の町だったが、山脈から湧く魔物はかなり脅威でなかなかに鍛えられる場所だった。
町も好きだった。
離れるのは惜しかったけど、実力を認めれて招集されたのもまた光栄なことだった。
あの町を出なければと、後悔しない日はない。
十二回目の魔物は、ちょっとした丘くらいに大きなカエルのような魔物だった。
歩行速度は遅く、毒や酸に対策をして跳ばないように土魔法などで地面に釘付けにすれば問題はないとされていた。
実際想定通りに討伐は進んだが、突然カエルは卵を飛ばした。
生まれたのはオタマジャクシではなく、小型の同じくカエルの魔物。
小型と言っても人間と同じか少し大きいくらいのサイズ、それを大量に発生させた。子供というより分身体というべきだったろう。
混乱に
この小型カエルは、危機に陥ると、
地獄絵図だった。
私はとにかく、魔力と精神が続く限り回復魔法をかけて回った。
でも、間に合わないし追いつかないほどに苛烈で狡猾に、魔物は私たちを弾け飛ばした。
やがて魔物たちは回復役を狙い始めた。
仲間たちはそれを察して私を守る動きを始めた。
私のスキルは『復元』という回復特化なスキルだ。
回復魔法に限っては魔力消費量が低くなり、効力も上がる。
私は毒自体の浄化や、毒による反応までも治すことが出来て部位欠損も部位が残っていれば繋げることが出来る程度には回復が出来る。
しかし、単純な戦闘における技量には乏しい。
簡単な魔物くらいなら相手に出来るくらい多少の心得はあるが、この状況を打破出来るほどの技量はない。
それを知るパーティの仲間や、同じ東の町から来たパーティは私を庇うように戦った。
「おまえの回復は戦いの要だ! 生き残れ‼」
とか。
「キャミィが残ればなんとかなる! 運良く俺が残ってたら治してくれよ!」
とか。
「明日を生きるならおまえだよ。まだ若いし、女だ。早死には男の美学だ。任せとけよ」
とか。
「大丈夫! まだ戦える! 安心しろ、おまえの番は回ってこないよ!」
とか。
「おまえのことがずっと好きだった」
とか。
そんな、遺言を、最期の言葉を
そう何度も。
私はみんなが弾け飛んで、生命が消える寸前に全力の回復魔法で復活させた。
でも、みんなは復活され次第、迷いもなく再び敵に向かっていった。
私はみんなを止めたかった。
けれど、無詠唱で魔法を使えない私は回復魔法の詠唱を繰り返し叫ぶことしか出来ず。
死に続けるみんなを、泣きながら回復させることしか出来なかった。
逃げて欲しかった。
私を見捨てて欲しかった。
もうこれ以上死にゆく彼らを見たくなかった。
せめて一緒に死にたかった。
やがて、魔力が尽きて、声が枯れて。
血反吐と涙が止まらない中で。
仲間たちは
赤い水溜まりに溶けて消えた。
魔力枯渇と心が折れたことによって、私はその場で気を失った。
仲間たちの尽力もあり、私は別パーティの冒険者に拾われて生き延びた。生き残ってしまった。
パーティを失った私は、後方で回復に専念することになった。
生き残ってしまったからには、一人でも多くを救う。
ひたすら、ただひたすら、私は傷を癒し続けた。
そして。
回復が間に合わずに、生命が尽きる瞬間を目の当たりにすることに慣れてしまった頃。
この国で覚醒した勇者が現れ、氾濫した大型魔物を賢者と共に戦略級魔法で消し飛ばし。
西の大討伐に、終止符を打った。
八十七回目の討伐作戦会議中のことだった。
私は勇者パーティを直接見ることはなかったけれど、本当に感謝している。
まあ、心のどこかでもっと早く来てくれていればみんなが死なずに済んだのにと、思わないわけでもない。
「……けど、私がもっと強ければみんなと一緒に死んであげられたのにね」
私は大討伐で戦死した英霊たちが眠る慰霊碑に刻まれた仲間たちの名前をなぞりながら呟く。
大討伐が終わった後、戦後処理の為に私は西に残った。
どうしても仲間たちを
負傷者の治療や、亡くなった方々の埋葬などを地元の教会と協力して行った。
精神的に完全に壊れかけていた私自身も、教会の方々にとてもお世話になった。
その流れのまま、私は修道女となって教会に残った。
ここは魔物の氾濫によって滅んだ、かつて街だった場所。
今は、復興のために帰ってきた元々街に住んでいた人たちと、教会の人々、軍の方々や冒険者たちが集う簡単な集落となっている。
「キャミィか……?」
慰霊碑の前で煙草を吹かす私の後ろから呼ぶ声に、振り返る。
「久しぶりだな、良かったよ。生きていてくれて」
片手に花束を持って複雑そうな笑顔で声をかけてきたのは東の果ての町の
「ジスタ……、ミラルドン……、テラ……、シードッグ……、アカカゲ……」
クロウは慰霊碑に刻まれた、かつてトーンの町で活動していた冒険者たちの名前を噛み締めるように読む。
花束とほぼ無詠唱と遜色ない高速詠唱とやらの空間魔法で取り出したトーンの酒を慰霊碑の前に置いて目を
そのままの体勢で、ゆっくりと積もる思いを胸中で語る。
そうか、そういえばあのクロウ・クロスがこんなにゆっくりと穏やかにしているところを初めて見た。
忙しなさの化身、話しかけたら大体が残像だったくらい同じ場所に留まることをしない男だった。
そんな彼が、膝を折り目を伏せている後ろ姿は、何より真摯に仲間の冥福を祈っているのだと察することができた。
「…………うっし、こんなとこかな」
そう言って、立ち上がって振り返る彼の垂れた目はまだ涙を溜めたまま少し赤く
「さあ、久しぶりの再会だ。少し飲もうぜ、僕は前から君を口説いてみたかったんだ」
彼はおどけるようにまた空間魔法で酒を取りだして、私を誘った。