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02どんな強者も墓に入れば花が似合う

「…………そうか」


 仲間たちの最期について、私が生かされたことについて、彼はゆっくり酒と一緒に落とし込むように呟く。


「それで? おまえはこれからどうするんだ? 故郷に戻るのか、トーンの町に戻るのか、公都に出ても良いし、外国を回るのもいいね」


 彼は私のコップに酒を注ぎながら、優しくこれからのことを問いかける。


 これから。

 私は考えるまでもなく、答える。


「ここで死ぬわ。事後処理が終わったら、そのままここで、回復装置として壊れるまで生きて死ぬ」


 私は私の人生を彼に告げる。


 当然のことだ。

 私はここでみんなと一緒に死ぬはずだった。

 でも回復役だから生き残ってしまった。


 教会の人からどんどん治療が必要な人が私に回されてくるし、回復役として生かされたのなら全力でそれを務めあげて回復役として死ぬだけだ。


 それが私だけ生き残ってしまった意味だ。

 それだけが私を死なせなかった仲間たちの思いなんだ。


「…………そうか、やっぱそうなるよな…………はあ」


 眉をひそめて受け取り。ため息をひとつ。


 そして。


「ダメだ。さっさと出るぞこんなところ、おまえの戦いは終わったんだ。おまえは絶対確実完全に、幸せにならなくちゃならねえ。聞きわけ悪いとさらうぞ」


 凄まじいプレッシャーを放ちながら、クロウ・クロスは宣った。


 ……え?


 急にどうしたんだ? 別に酒癖が悪い男でもなかったはずだ。


「どうしてジスタやアカガケたちが、キャミィ・マーリィを生かしたのかわからないのか? いい加減にしねえと、三日でここの瓦礫を片付けて二日で人が住める場所にしちまうぞ。一週間後には復興祭で人が押し寄せて、テメーの感傷も慰霊碑も土足で踏みにじらせるぞ」


 クロウは、とんでもない角度からの脅しをかけてくる。


 この忙しなさの化身が本気を出したら確かに一週間で、この街は自然公園として復興をげて、遠くの安全な場所から我関せずに舐め腐っていた貴族やらなんやらがこの地に踏み入れて、英霊たちをたたえ出すだろう。


 ………………的確だ。それは私に効く。


 怒りで燃え上がり、爆発してしまうかもしれない。


 それより。


「…………じゃあおまえにはわかるのかクロウ……っ、あの地獄を見ていない、おまえに…………っ、のうのうと田舎で暮らしてきたおまえに! 彼らの何がわかるんだあああっ‼」


 今この瞬間、怒りで燃え上がり、私は怒鳴り散らしながらクロウを殴る。


 思いっきり、これ以上なく。

 私の右拳はクロウの左頬にめりこんで、内頬と歯がこすれて口の中を切り裂きながら、殴り抜けた。


 驚いた。


 ミラルドンの剣でもかすりもしなかった、あのクロウが私ごときの攻撃をけられないわけがない。


 一瞬の動揺。

 心の隙、そこにクロウは的確に漬け込む。


「聞かされてたんだよ……っ‼ トーンを出る前に! アカカゲや、テラたちから! 危機にはおまえを生かすって、聞いてたんだよ! ずっとなぁっ‼」


 熱意を持って、捲し立てるように、私の肩を掴んで、目を燃やしながらクロウは語る。


「ジスタはっ‼ 娘がいた! 生きていりゃあおまえと同い年だった! 魔物にやられた傷が癒せずに死んだ! 回復魔法が使えたら死ななかった!」


 熱量は加速する。


「ミラルドンは妹がいた! おまえと同じ髪の色をしていた‼ 病気で死んだ! ガキで金がなかったから医者にかかれなかったんだ‼」


 肩を掴む手に力が入り、語りは続く。


「テラは若手を育てるのが苦手だった! 不器用だったんだ! でも甘さと優しさとの違いがわかる根性のあるおまえに救われていたんだ!」


 目がうるんでいきつつも、続く。


「シードッグは元軍人で親友を自分で殺した! 親友は敵国のスパイだった! 正義が何かわからなくなったが、一人でも多く人を救うことを自分の正義としたんだ‼」


 涙がこぼれながらも、続く。


「アカカゲはおまえを好いていた! 愛していたんだ‼ 未熟で何度も死にかけた時には、おまえが治してくれた! その優しさに、心を奪われていたんだ‼」


 肩を掴む手から力が抜けて。


「だから……、だから総意で、何かあったらおまえを生かすことにしたんだ。おまえが幸せに生きられるように、それだけを願って死んだんだ」


 消え去るような声で、クロウはそう言って話を終えた。


 ああ。


 止まらない。


 枯れたはずなのに。

 涙なんてもう、あれ以上の悲しみなんてもう。


「ぁぁああああああああぁぁぁあああ…………、うわぁぁあああ――――――――――ああっ――――ううぅ」


 私はそこから、一晩中クロウの胸の中で泣き続けた。


 子供のように、何の解決にもならないのに、ただ泣き続けた。

 私は見事に彼に口説き落とされ、一夜を彼の胸の中で過ごしてしまったのであった。


 その後。

 まあ一応、事後の話だ。


 思い出話でひたすら盛り上がって、私たちは別れた。


 久しぶりに誰かに仲間の話をした。

 聞いてもらえることがこんなにも心を軽くするとは思わなかった。


 私は最後に、いやまた必ず来るんだけど。

 慰霊碑に眠る仲間たちへ、感謝と決意を告げてかつて街だった場所を出た。


 行くあても特になかったので、クロウが来た道を辿るようにトーンの町へと向かうことにした。


 彼の移動時間の千倍以上の時間をかけてサウシスの街に着くと、そこで会ったのは魔法学校で教師をしているバリィだった。

 なんと、リコーと結婚して子供も産まれたという。


 そこから私が西に居た間のトーンの町について聞いた。

 まさか私たちが大討伐に向かってから、ギルド職員の補充も大討伐に参加しなかった公都の冒険者が補填されることもなかったなんて。


 そしてブライとセツナが怪我で離脱し。

 抜けた穴をクロウが一人で埋めて。

 リコーに子供が出来てバリィと一緒に抜けて。

 ブラキスが田舎に帰り。

 メリッサが『盗賊』から『勇者』に覚醒して公都へ行き。

 クロウ一人で町を守り続け。

 一人でライト帝国の部隊を打倒して。

 その部隊を鍛え直して町をゆずり渡し。

 ギルドを辞めて町を出たらしい。


 驚きの連続だ。


 ギルド職員が一人で……、それにメリッサが勇者……?


 私が地獄を見ていた時、彼らも決して楽をしていた訳じゃなかった。


 過酷な激務の日々と、クロウがメリッサを育て上げて『勇者』へと覚醒させた。

 そして、そのメリッサが西の大討伐を終わらせてこの国を救った。


 いやまったく。

 惚れてしまいそうだ。


 本当に抱かれておけばよかったとは思うが、セツナに悪いので抱かれなくて良かった。絶対に怒らせたくない。


 私はそんなことを思いながら旅をした。

 幸せになるために、みんなが願いを胸に。


 そして私はトーンの町で、となる帝国軍人ジャンポール・アランドル=バスグラムと出会ったのだった。

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