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03魔法の詠唱はない方が強いとかじゃなくて有るのが弱すぎる

 俺は角あり男の腕を目掛けて、斬撃風を放つ。


 風の系統は空気を圧縮して放つ為に基本的に|不可視、速度もまあまあ。ただ空気という形のないものを無理やり固めて打ち出している為に有効範囲がそれほど遠くないのと、貫通性能にとぼしい。


 しかしこの距離なら、角あり男の腕を斬り落とすくらいの威力は出せる。


「――ッ⁉ がぁ……っ!」


 角あり男の左腕が皮一枚を残して、切断されてだらんと垂れ下がり血が吹き出す。


 同じ色の血だ。

 魔族も俺らもそれほど変わらないのかもしれない。


 こうなれば、精神性に依存する無詠唱での魔法は使えない。

 そもそも出力するための手も向けられない。


 捕らえて軍にでも突き出す。なんで『賢者の石』を狙ってんのか吐かせねえとならねえしミーシア先生の研究拠点も動かしたり護衛をつけて貰わねえと――――――。


「……ぐ、ぁぁ……、ふっ! 俺のぉ……、スキルはぁ…………っ『超再生』ッ‼」


 角あり男は脂汗をにじませながら、ちぎれかけた腕を無理やり繋げて走り出す。


 なっ、マジかこいつ!


 俺は咄嗟に速射で脚や腕に何発も斬撃風を当てるが、斬られたところから即座に傷が塞がって繋がる。


 血を吹き出しては再生しながら、ぐるぐる巻きで拘束された角あり女を抱えて奪い。


「グリオン・ガーラ、俺の名前だ」


 手のひらを俺に向けながら、角あり男、グリオンは名乗った。


「…………バリィ・バルーン、教師だ」


 異質な圧を感じながら、俺も名乗り返す。


「舐めていた、角なしは魔法の扱いが下手だと踏んでいたがおまえの技量は誤算だった……」


 グリオンは汗を垂らしながら、そう言い。


「次は油断もない、万全で潰す! 覚えたぞバリィ・バルーンっ!」


 声を強めて俺を睨んで捨て台詞を吐きながら、ふところから『転移結晶』を取り出して使用する。


 そうか、そりゃ『賢者の石』を入手してかついでえっこら歩いて帰るわけがない。離脱方法もあるに決まってる。


 くっそ、次を作っちまった。

 家族のいるこの街が魔族の標的にされるなんて最悪だ。


 こりゃあ俺も鍛え直して、この街の警備に参加するしかないか。


 グリオン・ガーラ……、次は必ず畳んでやるぞ。


「はいダメ、ちゃんと捕まりなさい」


 クロウがそう言った時には、グリオンは運動場に頭から埋まっていた。


 いや……うん。


 多分、俺が決意を固めた一瞬の間にクロウはグリオンの『転移結晶』を弾き飛ばして、ボコボコにして沈めたんだろう。


 そうね『超加速』ってそんな理不尽な速さだったわ。


「…………おまえ、そういうとこあるよね」


 俺はクロウに呆れながらそう言った。


 その後、クロウによって完全に拘束された二人組は軍に引き渡された。

 捕虜として留置しつつ取り調べをして、国家経由で魔族領へ今回の襲撃に政治的な思惑があるのかを追及するらしい。


 んで、俺らも色々と聴取されてからクロウを我が家へと招いてを積もる話をすることにした。


「ブラキスが田舎に帰って…………メリッサが『勇者』……? んでトーンの町をライト帝国に任せてギルドを辞めた……?」


 俺はクロウからの近況報告を驚愕しながら復唱する。


「ああ、多分『勇者』ってどんな職モノスキルでもなんかしらの条件を満たせば覚醒するっぽいね。単純な討伐数とかだけじゃなくて、なんか精神的なところとか本来触れようのない領域に鍵がありそうだけど、まあ無理だろうな」


 クロウはライラをあやしながら淡々とそう答える。


「いやいやいや別に『盗賊』が『勇者』になったことに驚いてんじゃなくて、あのトーンが誇る悪童のメリッサが『勇者』なんて国家的な要人になってるってことに……っていうか、トーンの町は大丈夫なのかよ」


 ややあせりながらクロウへ返すと。


「大丈夫なんじゃないかしら、ほらトーンのお酒も持ってきてるってことは町の人たちが悪い扱いを受けていることは考えにくいでしょ。んー……やっぱ美味しぃ……、この街にはあんまり流通してないのよねぇ東のお酒って」


 リコーはクロウが持ってきた酒に舌鼓しながら、あっけらかんと言う。


 いやまあ確かにそりゃそうか……、でもあの辺って山脈から結構強い魔物が降りてくるけど帝国の軍人さんで守りきれんのか?


「山岳攻略部隊は強いよ。連携の練度も高いし、個々の技量や胆力もあなどれない。僕が町を出る前にギルドでまとめてた、あの辺に出る魔物の攻略や実際に使ってた対人用の連携とか、それ用の訓練法とかをしっかり講習して引き継いできたから大抵のことならなんとかなる。気のいい奴らで町にもかなり馴染んでるよ」


 超高速で空中で右手左手とコインをシャッフルさせるのをライラに見せながら、俺の不安に答える。


 なるほど、まあ山脈を超えてくるんなら相当な実力のある隊なんだろうし、なによりクロウが稽古つけたんなら相当以上になっているだろう。


 こいつは成長させるのも速い、俺はメリッサが『勇者』になったのもこいつが成長を加速させたことも要因の一つだと睨んでいる……って。


「いや待て、メリッサとかが故郷を占領されたって聞きつけてその軍人たち相手に大暴れかましたらヤバくねーか。あの悪童に『勇者』なんて力与えたら何しでかすかわからねぇぞ」


 俺は簡単に予想出来る話をする。


「あーまあ、大丈夫だと思うよ。山岳攻略部隊の隊長は『観察』のスキル持ちだからメリッサが『勇者』って、変に触ったら国家規模のいさかいになりそうなの察して穏便に済ませるだろうし。メリッサが仲間と一緒に乗り込んできたら相当厳しいとは思うけど、メリッサ一人相手なら……広域殲滅魔法とか余程の無茶をしない限り、副隊長のジャンポール君には疑似加速を教えておいたし多分何とかなるとは思うよ。メリッサもまだ『勇者』の力を持て余しているだろうし」


 コインをキャッチし損ねてわたわたしながら、山岳攻略部隊の力量を語る。


 そ、そんなに強いの? じゃあ町は大丈夫そうだな……。


 なんつーかちょっとだけ、心残りがとれた。

 クロウとブラキスとメリッサに無理はさせてしまっていたのだけれど。


「それで? 自由になったわけだけど次は何するの? クロウなら何でも出来そうだけど」


 ほろ酔いのリコーがクロウに問いかける。


 確かに、どうすんだろ。


「まあ今までの依頼達成報酬も貯めてたのと退職金代わりにギルド資金根こそぎ持ってきたから金には困ってないし、とりあえずは昔馴染みの顔見て回ってから故郷に顔出そうと思ってる。そこからは……、その時に考えようかな」


 ライラに再びコインを握った手を差し出しながら、クロウはこれからを語る。


 つーかライラと遊びすぎじゃねーか、こいつ。

 俺より強い奴にしか嫁がせる気はないが、こいつ俺より強いからたち悪ぃ……。


 まあそれは置いといて。


「次じゃなくてもいいから、ブラキスの様子も見ておいてくれ。親が倒れたってのはちょっと心配だ、あいつの身体は鋼だけどメンタルはわりと紙だからな。なんかあったら俺たち夫婦は味方するからって伝えといてくれ」


 俺はかつての仲間に伝言を頼む。


「任された。まあ先に西へ向かうけど、西回りで北にも行くつもりだよ。僕もブラキスは心配だからね」


 クロウも当然のようにそう答える。


 つーか西ねえ……。

 西は大討伐の傷跡がまだ多く残る。

 このサウシスの街でも疎開してきた人たちや難民の受け入れが行われている。


 そうかあいつらか。

 西の大討伐に招集されたトーンの町で主力だった二つのパーティ。

 実際馬鹿強かった。

 技量も練度も高かったし、俺とリコーとブラキスのパーティやメリッサと怪我で抜けたブライとセツナのパーティより先輩でかなり世話にもなった。

 酒の飲み方や女の口説き方、まあどれも結局役には立たなかったし、殴り合いの喧嘩もしてクロウに両成敗されたりとかもあったけど。嫌いじゃあなかった。


 でも。

 まだ帰ってきていないということは、そういうことなんだろう。


「……そっちも頼むわ」


「任せろ」


 そんな会話をして。


 馬鹿話やら、ギルド本部の悪口やら、東の酒と魚の燻製で大いに盛り上がった。

 んで、次の日には俺らバルーン一家に見送られてクロウはサクッと街を出た。


 ここからは余談だが。


 魔族を相手に無詠唱魔法で戦いをり広げ、制圧をしたという噂が広まり次の授業は普段見ない生徒まで授業に参加してきた。


 まさかのミーシア先生まで見に来ていたのは驚いた。

 そして何故かちょっといつもにもましてオリガ女史が得意げだったのもおかしかった。


 なんて、そんな平和な日常は多少続くのだけれど。

 わりと近しい未来、セブン公国どころか世界を巻き込む面倒事が起こるんだが。


 まあ、それは基本的に騎士団だとか勇者様一行がどうにかする話だ。

 俺には基本的に関係がない。


 関係のない俺は今日も定時で上がれて、愛する家族が出迎えてくれる幸せを噛みめて暮らしていくのだった。


 結局巻き込まれることになるその日まで、ね。



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