私、クライス・カイルは勇者パーティ所属のヒーラーである。
元々は教会で神官として、神に仕えて教えの下、人々を導くことを生業にしてきた。
いや勇者パーティに属していても神官であることは変わらない、神に仕えていることは前提である。
私は神より『聖域』という回復系最高峰のスキルを
回復関連の魔法に対する詠唱が不要で魔力消費が非常に少なくなる上に、効力が通常の十二倍以上になり手を触れずとも目視ができる範囲であれば回復魔法を遠隔でかけることが出来たり、複数人を同時に回復させることも出来る。
部位欠損や内臓疾患、毒反応や麻痺などに関しても効果を発揮し、さらに医療的な技術や薬学や解剖学の知識を併せて診察魔法を用いれば血管や神経、腹腔内の損傷等もただ繋げるだけでなく正常に繋ぐことが出来る。
私はこのスキルを用いて教会にて、人々を治療し続けてきた。
本当に毎日、それしかしていなかった。
私は…………、いや。
その話は一旦置いておいて、今の話をしよう。
つまりポピーが連れてきた筋骨隆々のブラキス氏がブライ氏を吹き飛ばして、ポピーとブラキス氏がサウシスに跳び。
ブライ氏のリクエストであるところの後衛魔法使いを呼んできて、メリッサやブライ氏が事情を説明し終わった。
今の話だ。
「……クロウはそんなことになってたのか、そんで勇者パーティがクロウを打倒する流れになったと……まあ妥当な戦力か。それで俺ら三人で仮想クロウをやれと……なるほどな」
バリィ・バルーンはブライ氏とメリッサから聞いた話を咀嚼するように飲み込む。
現在、勇者パーティは外患誘致と軍施設破壊、並びに騎士団隊長への殺人未遂と勇者パーティへの暴行障害で逃亡中の凶悪犯であるところのクロウ・クロスを捕らえる為に日々訓練を行っている。
このクロウ・クロスは、端的に言ってしまえば怪物だ。
不可視の速さで動き、全系統無詠唱で魔法を使い、複数の武器を使いこなし戦士職級の格闘戦闘を行う。
それだけでなく、スキルの『超加速』によって回復速度まで加速させており疲労や魔力消費を回復速度が上回る為、無尽蔵に動き続ける。思考速度も上がっている為、凄まじい分析と判断力で的確に攻略をしてくる。
そんな怪物をどうにかする為に、メリッサがかつてのパーティメンバーだったブライ・スワロウを呼び出し。
ブライ氏を攻略する為にポピーが偶然出会ったメリッサのかつての仲間ブラキス・ポートマンという怪力男を連れてきて。
ブライ氏のリクエストでブラキス氏のパーティメンバーだった魔法使いのバリィ・バルーンを呼び出した。
「クロウさんが……まさかそんな、そもそもトーンの町に関しては増援を送らなかったギルドやこの国が悪かったんじゃないか……、なんでクロウさんが……っ」
ブラキス氏は聞かされたクロウ・クロスの現状に憤りを現すが。
「ちげーよブラキス。全部が全部ギルドや国のせいじゃあない、俺らが抜けたのも原因の一旦だろ」
バリィ氏は憤るブラキス氏に淡白に返す。
「俺らは全員甘えてたんだ。クロウなら大丈夫だって、でも大丈夫じゃあなかった。他人事みてえに心配だけすんのはやめろ、当事者意識を持て」
続けてバリィ氏は厳しめの言葉を向け。
「クロウを畳むんなら勇者パーティくらいじゃないと無理だ。あいつが何をしたいのかはわからんけど、あいつを止めてやれるんのが勇者パーティで力になれんのが俺らなんだったら協力してやるのが道理だろ。俺も一緒にやるからさ、クロウの野郎をとっ捕まえて貰おうぜ」
力強く、しかして優しげにバリィ氏はブラキス氏へと語った。
「まあ別になんでもよかねーか、三人で勇者パーティボコって金貰って、ついでにメリッサがあのクロウを畳めたら熱いじゃねえかよ」
「おまえは暴れられりゃあなんでもいいだけだろ! 腕だけじゃなくて脳みそも治して貰えや良かったんだ、馬鹿がマシになったかもしれねーだろ」
なんてギャーギャーとブライ氏とバリィ氏が口論を始めたところで。
「……で、でも兄貴……俺……」
何か言いづらそうにブラキス氏が口を開いたところで、バリィ氏は何かを察して手招きで顔を近づけさせ。
「…………賢者のお嬢さんに惚れたのか。でも甘さと優しさは違うし、優しいだけじゃ本当に大切なものは守れない。素敵なお嬢さんじゃないか、上手くいったらリコーと俺に報告しろよ」
角度と距離的にギリギリ私に聞こえる位の声で、バリィ氏はブラキス氏にささやいて軽く胸を叩く。
そこから仮想クロウ・クロスパーティは情報共有や作戦会議と連携の打ち合わせを行う。
その間に我々もメリッサから情報共有と方針を聞く。
「バリィから落とさないと
メリッサは真面目に、力強く言う。
「そんなにやべえのか? 舐めてるわけじゃあねえが、魔法戦でポピーを超えてくることは流石にないだろうし。それよりあのブライさんに一撃必殺マンが追加されて火力が上がる方がやばくねえか」
「うーん、見たところ魔力量や系統資質は平均的な魔法使いよりやや下くらい……。やっぱり目下の脅威はブラキスさんの近接火力なんじゃないの?」
メリッサの言葉にダイルとポピーが疑問を返す。
確かに、戦闘に明るくない私から見てもブライ氏とブラキス氏が並ぶのは凄まじい圧力だ。
一撃必殺の怪力を持つブラキス氏と、難攻不落の双剣使いのブライ氏が並ぶとなるとこれ以上に厄介なことはないだろう。
まずはブラキス氏を狙って火力を落とすのか、盾役に徹するブライ氏を剥がすのかって流れになるものかと思ったのだが。
「確かにバリィのスキルは『狙撃』で魔法に対する補正は命中率が上がる程度、魔法も水と風と無の三つの系統しか使えないし魔力量も戦士のダイルとそれほど変わらない。ステータスだけで言うなら並以下の魔法使い」
「でもバリィは全ての魔法を偽無詠唱で使えるのと、近接でも
続けて補足情報を話す。
偽無詠唱……、あのブライ氏が武器を呼び出す魔法を無詠唱化させていたあれか。
私も真似してみたがかなり難しかった。
あれを実戦でしかもあらゆる魔法で使えて、さらに魔法使いでありながら近接格闘もこなせる。
十分なくらいに手練の魔法使いだと思うが。
「バリィのヤバいところは分析からの攻略、それらを共有しながら魔法でサポートして連携を活かす力」
やや低く、真面目な声色で言う。
「足りていないところを埋めて、一人一人の力を高めることに長けすぎている」
ここからバリィ・バルーンの恐ろしさについて語る。
「ブラキスは指示通りに斧を振るだけで必中必殺になれるし、ブライも攻めを捨てて捌きに専念できる。その裏から魔法防御したり遠距離からの援護、設置式の魔法罠も使って仲間の動きを良くする」
端的に、そりゃあ恐ろしいとわかることを話す。
「何だかんだ私たちはブライにはそろそろ勝てると思ってるし、ブラキス自体も当たらなきゃどうにでも出来ると思ってる。でもバリィが裏に控えた状態のブライとブラキスをまともに相手するのは無理だと思っている」
冷静に驕らず、公平な分析を述べる。
「バリィの分析や思考力はクロウさんに匹敵するし、捌きに集中したブライも攻撃が通らないという点でいえばクロウさんに並ぶし、必中となったブラキスの一撃必殺はクロウさんのそれと遜色ない。仮想クロウさんとしては、申し分ないね。いやマジに」
メリッサは苦笑いしながら相手の戦力について語り。
「とりあえずダイルはブライを釘付けにして互いに前衛一枚ずつで押さえる。ポピーは魔法でブラキスを牽制。バリィがブラキスに魔法防御を貼ってブラキスがダイルを落としに来るから、その隙に私がバリィに跳んで畳む。クライスはバリィが落とされないように回復。あとバリィが使う魔法の種類は――」
作戦と具体的なバリィ氏の情報を共有し、私たちも気が引き締まったところで。
「もーういーいかあーい」
バリィ氏が気の抜けた問いかけを投げかける。
私たちは、特に言葉はなく。
構えを取って返事とする。