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05筋肉は嘘をつかないが勘違いはさせてしまう

 さて。

 私のお願いがこれ以上ないほど下品でふしだらなものになってしまったところから。


 次の日。


「……ふざけっ、先割れスプーンでスープが飲めるか馬鹿野郎ッ‼ ぶっ殺すぞテメーこらあ!」


 いつものように訓練場にブライさんの怒号が響き渡る。


 今回の怒りポイントは、メリッサが差し入れで持ってきたスープのスプーンが先割れだったことだ。

 まあ私も、え何で先割れ……? とは思ったけども怒るほどのことじゃあない。やはりあの人は少し頭がおかしい。


 怒号を皮切りに私たちは即座に戦闘態勢に入る。


「みんな、今日私やりたいことあるから合わせてくれない?」


 構える仲間たちに私は提案を出す。


「全然オッケー、前衛で固める。ここぞってとこでやってみて」


 メリッサは笑顔で私に答える。


「期待させんじゃねえか。だがそんな何度もここぞなんて作れねえぞお……、決めるんなら一回で決めろ」


 ダイルは苦笑いしながら私を鼓舞する。


「何がどうなっても私が生き返らせてやる。神は挑戦するものを見捨てない、やってやれ」


 クライスはやや口角を上げて楽しげに返す。


「大丈夫、一撃だから」


 私はみんなに、不敵に宣った。


 まずはダイルが飛び込んで、私が広域武具召喚で訓練場にばらまいた色んな武器を次々と使った近接戦闘で張り付いてブライさんの双剣を捌く。

 捌いている中で私とメリッサが遠距離でちょっかいを出して、メリッサが奇襲をかける隙を作り。

 張り付くダイルや跳んだところで打ち落とされたメリッサをクライスが遠隔で回復させる。


 ここ数ヶ月で出来上がった連携だ。


 最終的には私の魔法火力かメリッサの奇襲からの近接火力で決めることを目標としたものだが、今のところ一度も決まったことがない。


 大体、回復に時間がかかるくらいにダイルが畳まれ。

 クライスを狙って突っ込んでくるのを守ろうと動いたメリッサがいなされてクライスが畳まれ。

 回復を失ったところでメリッサへトドメを刺して、一人になった時点で私が降参をする。


 まあメリッサと私の順番が前後することもあるけど本当に大体こんな感じでやられる、ちなみに最近はメリッサを残すと降参しないので私が残されるようになった。


 でも今回はいつものパターンに、一つだけ先を用意した。


 思念伝達で、状況を伝える。

 隙は必ず生まれる、私はそこに通す。


 流れはダイルに意識が向き、その隙にメリッサに跳んで、打ち落とされた。

 その時だ。


 でも私にダイルやメリッサが動くブライさんの隙なんて見極めることなんかできるわけがない。


 魔力の流れを感じろ。

 メリッサが目視転移を使う、その魔力を感じ取れ。


 牽制の光線魔法を撃ち続けながら。

 思念伝達を繋いで。

 メリッサの魔力変動の機微を追う。

 機微を感じた瞬間に指示を送る。


 造作もない、私からしたら素敵な男の子とデートをする方が何百倍も大変だ。


 


 メリッサから魔力の機微を感じ取る。

 私は思念伝達の魔法で合図を送る。


 ――レディ。


 牽制の魔法を次々と撃ち込む中、メリッサが迎撃されるその瞬間に。


 ――ゴーッ‼


 私は彼を転移魔法で呼び寄せる。


 名付けて、


 原理としては武具召喚と同じだが、触れてもおらず目視もしていない遠方の人間を任意の場所に跳ばす私の新魔法だ。

 さらに思念伝達により、彼には演習用の重武器を跳ぶのと同時に本気で振って貰っている。


 つまり。


 ブライさんは何の前触れもなく突然現れた想定もしていない第三者から、一撃必殺の強襲を避ける間もないほど出会い頭で受けることになる。


 今日はひと泡吹いてもらいましょうか。

 昨日いかがわしいお願いの後に行った作戦会議通りに、彼は対人用の出力よりちょい強めに振っているところで。


 現れた。


「⁉ ブラキィイィ――――………………」


 流石のブライさんは超反応を見せて、双剣で彼の一撃を受けるが。


 とんでもない出力で木剣を二本とも砕かれながら、訓練場の壁を突き破って。

 何かを叫びながら、吹き飛んでいった。


 やはり筋肉は、大抵のことは解決できるのだ。


「…………あれ……? 今の……って、わ!」


 演習用の重武器を振り抜いた体勢のまま、何か呟いていた彼に抱きつく。


「凄い! 最高よ! 本当にかっこいい! キャー! 筋肉かたーい!」


「いや、ちょっと! おっぱ、胸! 胸が、すんげえ! やばいやばい免疫ないから! 鼻血で死んでしまう‼」


 はしゃぐ私に彼は戸惑いながら大慌てする。


 そんな私たちをダイルとクライスがぽかんとした顔で見ていたところで。


「いっつつ…………え? ブラキス?」


 打ち落とされたメリッサが『勇者』の回復力で、起き上がって彼の名を呼ぶ。


「メリッサぁ⁉ ……ってことはさっきのってやっぱり……、え、じゃあ対人用の出力じゃ足りて――」


 彼もまたメリッサの名を呼んで返し、何か説明しようとしたところで。


「……ブぅううううううラぁああキぃぃいいいいい――――――スぅッ‼」


 壁を突き破り、恐らく外で何バウンドもして来たであろうボロボロのブライさんが現れ、そのまま彼の腹に飛び膝蹴りをかます。


 嘘でしょ……⁉ まさかこんなに早く戻って来るなんて!


 私は咄嗟にブライさんへ魔法を放とうと構えたが。


「なんだテメー! 元気にしてたのか⁉ 来るなら言えよ馬鹿野郎! メリッサから親が倒れたって聞いて心配してたんだぞ! なんだよおまえ、お? またデカくなったんじゃねえか? コノヤロー、おい」


 ブライさんは機嫌が良さそうに彼の首に手を回して腹を叩きながら、悪気ないんだろうけどめっちゃダル絡みしてくるやっかいな先輩のように話す。


「いやっ、俺もっ、ブライさんにっ、会いにっ、冒険者っ、ギルドにっ、顔を出しっ、たんだっ、けどっ、いなかっ、たんだっ、よっ」


 腹を叩かれながら彼もしっかりと答える。


 まあ、つまりこのブラキス・ポートマンはクロウ・クロスやメリッサ、ブライさんが居た東の果ての町で冒険者をやっていたのだ。

 後半はメリッサともパーティを組んでいたこともあるらしい。

 サウシスにいる元パーティメンバーの夫妻に会いに行く道すがら、顔を見せたかったのはブライパーティの面々だったとのこと。


 まあブライさんは現在勇者パーティへギルド本部から極秘任務扱いで武術指南をしているし。

 勇者になったメリッサは国の要人として中々謁見の機会を得るのが難しい。

 もう一人のセツナという魔道具技師は数ヶ月前に公都を出ている。


 とりあえず彼とメリッサとブライさんの三人で、温め直した差し入れのスープを先割れスプーンで飲みづらそうにすすりながら積もる話で盛り上がる。


 聞いている感じ、彼は先輩方からかなり可愛がられていた後輩というか弟分だったようだ。

 わかる、可愛い。


「というか俺の方が驚いたよ……、ポピーさんが賢者なんて、確かに卓越し過ぎているとは思ったんだ。すごいなぁ」


 スープをすすりながらしみじみと語る。


 もーマジで耳が熱い。


「つーかメリッサ、ブラキスをこっちによこせ。そろそろテメーらの相手すんの俺一人じゃ手に余るようになってきた」


 ブライさんが流れの中でぶっきらぼうにそういう。


「いや俺、バリィの兄貴たちに会い行くのに公都を通っただけだからぼちぼちもう出るよ」


「テメー俺はついでだったのか⁉ コノヤローおいおい!」


 彼の淡白な答えにブライさんケラケラ笑いながら脇腹を突く。


 そっか。

 彼はそろそろ公都を出ちゃうのか。


 着いてくわけにもいかないし、彼にも彼の用事があるので仕方ない……。

 『通信結晶』を渡しておくし、まあどうしようもなくなったら筋肉召喚を使おう。

 でも公都を出る前にもうちょっと距離を……、うーん。


「つーかバリィも連れてこいよ。賢者のねーちゃんならサウシスくらい転移魔法で一瞬だろ。北からサウシス往復旅ってことはそれなりに日程とってんだろ? 移動時間が消滅すりゃ滞在日数増えんじゃねえか」


 というブライさんの素敵な提案に。


「今すぐ跳ぶわよ!」


 私は彼の手を掴んでサウシスの街へと跳んだ。


 この後、超高待遇でバルーン一家を公都に招集し。


 前衛盾役に暴力狂人双剣士ブライ・スワロウ。

 前衛火力にハイパー筋肉斧使いブラキス・ポートマン。

 後衛魔法使いに分析の悪魔バリィ・バルーン。


 その三名によるパーティを仮想クロウ・クロスとして私たちは訓練を行った。

 信じられないほどの連携で、手も足も出ないほどにボッコボコにされつつも。


 訓練終わりには彼とデートを重ねた。


 十七歳という若さに驚いたけれど、私もまあ若い。

 六年程度なら諦めたりするほどの絶望的な差ではいだろう。


 今、この時に会えたので良い。


 十歳差だったら彼は私を綺麗だと思わなかったかもしれない。

 三十歳差だったら私は恋に落ちてなかったかもしれない。

 百年だったら出会えてもなかった。


 たった六歳差で、今この時に出会えて良かった。


 何だかんだで手を繋ぐことにも慣れ、仮想クロウ・クロスパーティにも慣れてきたところで。

 帝国と魔族の連合軍の襲来により。

 順調な日々は、粉々に砕かれてしまうのだけれど。


 それまで私は彼の胸筋に抱かれて、夢を見るのだった。


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