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04筋肉は嘘をつかないが勘違いはさせてしまう

 一瞬で彼は上空の魔物の前へと跳ぶ。


 魔物は依然私を狙って魔力の塊をぶつけて来ている。

 突然現れた、ハイパーマッスル伊達男に魔物は反応を見せるが。


 人の域を超えた密度で構築された、全ての筋肉を総動員して風を切る轟音がこちらに届くほど過剰な力で振り抜かれた斧が直撃し。


 魔物は破裂した。


 叩き斬られるとか、潰されるとか、弾き飛ばすとかではなく。

 玉子を思い切り踏み潰したみたいに。

 破裂音と共に、魔物の血肉は雨となって辺りを赤くめあげて。

 遅れて、地面を砕いて揺らすほどの衝撃で、彼は着地した。


「……武具返還」


 彼は着地したところで、詠唱し大斧を元の場所へと戻す。


 一撃必殺。


 私は言葉を失う。

 この転移で跳ばしてから攻撃するって戦法は、何度か行って消耗させていくものだと思っていた。


 空を飛ぶ大型の魔物を……一撃?

 ダイルが『万能武装』で大斧を使っても、おそらくこうはならない。


 彼の大斧より小さいけど、それでも大きなハンマーをダイルが魔物相手に使っているのを見たことがあって確かに一撃で叩き潰してはいたけれど……こんな原型を留めないような状態にはならなかった。


 過剰だ。

 魔法が効かない大型魔物、しかも上空から強力な魔法モドキを放つのはかなりの脅威だった。


 それを……。


 そうか、私はこう見えていたんだ。

 魔法が効く相手なら、私は一撃でほうむってきた。


 クロウ・クロスのようにそもそも当たらないとか、ブライ・スワロウのように殺気や視線で発生前に潰してくるとか、そういう怪物じみた相手じゃなきゃ『大魔道士』によって補正された私の魔法は全て必殺だった。


 姉も魔法使いだった。

 スキルに『魔力操作』を持つ姉は私が物心がつく頃には、様々な魔法を使えた。


 魔法学校の入学試験にも首席で合格して、将来は騎士団か国家魔道具技師だと言われていたし、私もそう思っていた。


 頭も良くて、難しい本を沢山熟読して独学で複雑な魔法や魔道具を構築していた。

 才能もあり、努力も惜しまない勤勉で、賢き者。


 魔法学校で優秀な成績と国に表彰されるような実績を持つ者に与えられる称号である賢者を得るのは、姉だと言う人も居たし、私もそれを疑っていなかった。


 でも、そうならなかった。

 私が魔法百科を見てしまったからだ。


 私は一読で、魔法百科に記載のあった魔法は全て、無詠唱で使えるようになってしまった。

 元々私が見えていた魔力の流れや変化も、実は周りの人には見えていなかったらしい。

 圧倒的な才覚に喜んだ大人たちは、様々な魔法に関する教材を見せて。

 魔法学校の入学試験を歴代最高評価をたたき出し。

 『通信結晶』と『転移結晶』の魔力回路を効率化して小型化と生産性を向上して。


 私は入学から一年、十三歳にして賢者の称号を得た。

 気を良くした私は、さらに様々な魔法を覚え、とりあえず思いついたのをやってみた。


 次第に私は、天才から怪物という扱いに変わっていった。

 姉も、私から遠ざかるようになった。


 それはそうだ。

 本気で研鑽して努力してきた賢者への道を、私に絶たれたのだから。

 姉は今、魔法学校で研究室を持ち教員をやっているらしいが、しばらく会っていない。


 特異で驚異で脅威、尊敬よりもちょっとだけ恐怖が勝る。

 私はそんな風に、見られていたんだとあらためて彼を見て思う。


 でも、良かった。

 私が怪物で良かった。

 だって私は彼に対して、微塵も恐れがない。

 むしろ共感して、より一層ときめいている。


 未だに『大魔道士』というスキルを好きにはなれないし、自分を賢者だなんて思うこともないけど。

 彼と同じ怪物になれたこと、彼と並んでも良いのかと思えることは。

 やや、感謝しておくことにしよう。


「いやー、すごいね転移。魔法防御も完璧だし……、思っている以上の手練だった……ひゃー、バリィの兄貴もこんなことは出来ないよ」


 圧巻の一撃必殺に惚ける私に飄々と、さも当然のようにそんな言葉を向ける。


「いーや誰がどの口で……、あなたの腕力の方がとんでもないでしょうに」


 一周回って冷静になった私はさも当然のことを返す。


「とんでもない、俺は……その、恥ずかしい話だけど臆病者で……、一人じゃ怖くて戦えないんだ。ポピーさんが凄い魔法使いじゃなかったら、俺は死んでたよ。ありがとうございます」


 彼はバツが悪そうに苦く笑いながら頭を下げる。


「…………え? 一人で戦えないなんて、当然じゃない? 戦いは連携なんだから、そんな一騎当千な怪物は…………まあ、ごく稀にいるけど基本は連携を前提にして役割ごとに互いを補い合って戦うんだから」


 あまりに変な恐縮の仕方をするので、最近私たちがブライさんに一日五回は言われることを返してしまう。


 まあ、そのブライさんは一人で私たち相手に大暴れしてるしクロウ・クロスは一人で私たちを瞬殺したのだけれど。

 逆を言えば、誰かと一緒にならどんな相手も一撃必殺というのは連携前提の現代戦において最強な気もするけど。


 まあとにかく。


「そんなことより! デートの続き! 行くわよ!」


 私は心のままに思いを伝える。


 冒険者やら魔物やら、おじゃま虫のオンパレードに流されて終わりそうな雰囲気だったけど。

 これが私の本編、


 まだ間に合う、絶対に軌道修正させる。

 私は恐る恐る彼の反応を見るために、ゆっくり顔を見上げると。


「……こ、これは、デートだったのか……?」


 魔物と対峙した時よりも驚愕しながら、彼はそう呟いた。


 どうにも、彼は本気で今日のこれをデートと認識していなかったようだ。

 冒険者ギルド本部への道を知っていそうな魔法使いっぽい人に声をかけ。

 都会の人は怖いと思っていたけど、やたらに親切でとても助かってお礼をしたかったが旅の道中の為特に何か贈れるようなものを持ち合わせていなかった。


 だから私が、「また会おう」と提案してきた時に「ああ、そうだここで変なもの渡されても困るよな。明日何か彼女の欲しいものを聞いて買いにいったり、公都の美味しいものでもご馳走しよう」くらいの感じでいたという。


 そして、衝撃の事実。


「…………じゅっ……、じゅうななさいぃぃぃいい――――っ⁉」


 私はあまりの衝撃で、目を見開いて声を荒げる。


 いやっ、え? 若いっていうか、え、メリッサと同い年……?

 ええ……、いや、確かに肌ツヤが良すぎる。

 十七……ティーンエイジャーってこと?


「だ、だから、ごめん! 俺みたいな小僧がデートなんて……、経験がまるでない! 怖い怖い怖い! こんなお綺麗なお姉さんが俺を……いや、ない! 間違えてるよ! 多分俺じゃないよ! 道案内のお礼は払いますから見逃して!」


 慌てふためきながら、しどろもどろの化身が如く彼は色々と宣うが。


 その様子を見て私は冷静になる。

 だって可愛いじゃん。


「はあ……落ち着いて、間違ってない。私は間違いなくあなたに好意を持って誘ったから。とりあえず食事に行きましょう」 


 なんというか力が抜けた私は、そう言って年下の男の子と共に転移魔法で公都内へと跳んだ。


 そこから私は彼を下調べしておいた店に押し込んで、色々と話した。というか聞いた。


「筋トレ? 鍛錬は……一応毎日丸太と岩を持ち上げたり投げたり振り回したり……仕事で斧も毎日振ってて丸太を運んだりとかもしてるかなぁ」


 なんてことだったり。


「魚が多い、特に白身魚。食べ方は基本蒸し焼きにしてるかな。子供の頃から牛乳が好きでよく飲んでた」


 そんなことも。


「あの斧は冒険者になってからギルド職員の人が『一番でっけえの頼んだらこれが来た』って渡してくれた。金棒とかハンマーも使ってたこともあるよ」


 こんなことも。


「冒険者の頃は盾持ち重戦士の姉貴と、後衛魔法使いの兄貴に挟まれるかたちで前衛火力をやってた。二人とも超優秀でリコーの姉貴はパリィが上手すぎてどんな不規則な攻撃も弾いて崩していたし、バリィの兄貴はベテラン勢たちにも引けを取らないくらいに卓越した後衛魔法使いだった」


 なんてことも。


「冒険者は…………、うーん、まあ今のところは村も人手不足だし木こりを続けるつもりかな。前のパーティは完全に解散しちゃってるし、ソロじゃなんにも出来ないから」


 みたいな話だったり。


「ああ冒険者ギルドで働いてるのは別パーティの先輩だよ。まあなんか長期出張任務中とかで会えなかったけど……会えたら会えたで絶対に殴られるから会えなきゃ会えないで良かったよ。他の魔道具技師になった先輩も尋ねたけど、少し前に辞めて公都を出ちゃったみたいだし、もう一人の同期は、なんか会うのに手続きとかあって難しいし……、まあサウシス行った帰りも公都は通るからその時にまた探そうかな」


 そんな話も。


「こ、恋人ぉ……? いないいない! 俺みたいな図体だけの臆病者はモテない! なんか勘違いしているけど俺はマジでモテない! リコーの姉貴にはいっつも心配されてたくらいにはモテない! 全然伊達男でも色男でもない! 臆病者で田舎者の筋肉ダルマだ!」


 なんてことまで。


 開き直った私はたわいもない疑問から、ド本命の聞きたかったことまで、前のめりに話を聞いた。


 今までモテて来なかったというのは衝撃的な事実だった。

 こんなに優しくて素晴らしい筋肉を持つ男性がモテない……? 世の評価基準はおかしい。


 脚が長くて顔が良いなんてのは親から受け継いだだけの特徴に過ぎない。

 骨格や筋肉の着きやすさは確かに遺伝による部分もあるが、この筋量や絞り方は勤勉に自分の弱さと向き合ってこないとこうはならない。


 そして、あんな過剰な戦闘火力を有しながらも驕らないで謙虚にいられる。

 まだまだ木材には需要があるので、若くして木こりという職に就いて生計を立てられている彼に非の打ち所がない。

 真摯の権化のような彼がモテない世界が絶対に間違っているのだけれど。

 私は世界が間違っていることに感謝しなくちゃならないわね。


「そ、そんな俺なんかのことより、ポピーさんは何者なんだい? もしかして公都だと凄い著名な冒険者……いやだったら他の冒険者がナンパするのは蛮勇が過ぎるか……軍とか騎士団の人?」


 彼は質問責めで少し動揺しながら、今度は私に問う。


「あー……まあそんな感じね。国に属してパーティを組んでいて後衛魔法使いをやってる」


 私はぼんやりと私について語る。

 やっぱり勇者パーティだとか賢者だとかの話を彼に今伝えるのは、何となく勇気が出ない。


「って言っても今はあんまり実戦はしてなくて……、とんでもなく強い凶悪犯を捕らえるために、これまたとんでもなく強い上に異常な程にキレやすくて暴力的な指南役にボコボコにされてる」


 続けてこれまたぼんやりと、近況について語る。


「いやあ……居るよね、何言っても怒る人……しかも馬鹿強いっていう恐ろしい人……。冒険者には一斉に囲んでから一回畳んで氷漬けにしないと止まらない人もいたもの」


「そこまでやるの? 冒険者は」


 思いがけない彼からの共感からの共感出来ない行動に素直に返す。


「対人戦は専門じゃないからあれだけど、人は魔物より頭が良いし想定していることが百倍多い。それに強い人は想定外が起こることを想定して何が起こっても大丈夫なようにしてるから」


 置かれた骨付き肉を食べながら彼は言う。


 確かに、これは想定してなかっただろ! って虚をついた戦法をとっても対応してくる。

 全てが見透かされているかのように、当然の対応を見せる。

 だが人は人だ。怪物じみていようと狂気じみていようと、本質的に人間が準備できることには限りがある。


 何が起きても何とかする応用力は、実戦の中でアドリブから経験値に代わり技術として収められる域まで鍛え抜いてきた証拠なのだ。


 一朝一夕で私たちのような単なる天才の寄せ集めが、百戦錬磨のクロウ・クロスやブライ・スワロウに一矢報いるなんてことは…………。


 いや?

 待て、ここにいる鍛え過ぎた動く一撃必殺。ハイパー筋肉美少年であるところのブラキス・ポートマンだ。


 彼ならあの暴力狂気怪人ブライ・スワロウに泡を吹かすことが出来るんじゃないか?

 メモがないので細かな分析は出来ていないけど、そんなことをせずとも確信が持てる。

 私は、これ以上なく落ち着いて上品に協力をあおごう。


「…………ねえ、私と一回……、やってみない?」


 彼の大きな手に、私は手を重ねて顔を近づけて耳元でささやいた。


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