私、ポピー・ミーシアは勇者パーティに属する賢者ってやつだ。
スキルに『大魔道士』を持つ。
魔力が沢山あって、魔力回復も早くて、色んな系統の魔法を無詠唱で使えて、威力や効果にも補正が乗るみたいな。
魔法系最強とされているスキルだけど。
実はあまり気に入っていなかったりする。
理由は単純明確。
私は魔法やらスキルが云々というものより、凄まじく憧れているものがあるからだ。
それは、
子供の頃、姉に読んでもらった童話の中の英雄の挿絵がムキムキでかっこよかったことから私は筋肉に憧れをもつようになった。
私自身は筋肉が付きづらくて、油断すると一瞬で膨らんでしまうほどだらしない身体をしている。
私は一分のプランクとか三十回くらいのスクワットとか一応簡単な筋トレを日課にしているけれど、無理して少しでも数を上げると直ぐに体が悲鳴を上げてしまう。
学生時代はよく「強化魔法で腕力を上げられるのに筋トレする意味あるの?」と、奇異な目を向けられることも多かった。
まあサウシスの街にある魔法学校は、体育会系が皆無でそりゃ魔法が好きだったり得意な人が集まるから仕方ないけど。
そもそも筋力があれば魔法で力を強くする必要もなければ、後衛から魔法を撃たなくても思い切り石を投げればいいのだ。
筋量が多ければ代謝も上がって、脂肪が落ちやすくなるし。
それに、確かに私はこの『大魔道士』のおかげで魔法学校を首席で卒業出来たし、私の人生を形作ってきたものの中で魔法というのは大きなものだったけれど。
この、賢者という呼び名は本当に気に入っていない。
私は別に全然賢き者ではない。
全然余裕で知らないことも多いし、豆腐は良く食べるのに元になる大豆は最近になって初めて見た。思ってたより白くなかった、豆腐は白いのに。
そんなことも知らないのに賢者は恥ずかしい。
というより私より全然賢い人を私は知っている。
少なくとも私の姉は私より全然賢いし、知識を得たり学ぶということに関して勤勉だ。
最近、パーティの戦士であるダイルが指南役のブライさんの元で毎日ごりごりにスキルに頼らない基礎的な部分を鍛えられている。
町をひとつ帝国に売り渡し、侵略の手助けをした上に軍施設を破壊して騎士団の隊長の一人に対する殺人未遂をして勇者パーティ、まあ私たちを一瞬で無力化して九ヶ月以上姿を消している超凶悪犯であるところのクロウ・クロスを捕らえるために、日々私たちはブライさんに鍛え上げられている。
少しずつだけど実際ダイルは身体操作を身につけつつあり、必要な筋肉もついてきた。
単純に羨ましい。
まあ好きなものと得意なものは違うということでしかないのだけれど。
結局ないものねだりなんだろう。
なんて、ちょっと落ち込みながら私は一人訓練をサボって公都の街を歩く。
あの瞬殺製造機クロウ・クロス相手を想定するような訓練は行えていないのが現状だ。
磨くなら連携や戦術的なところなんだけど。
あんなに速く動いて体術に長けていて、ちぎれた腕を繋げられるほどの回復魔法を使える、無詠唱で全系統の魔法を使う個人。
一人で勇者パーティ全員分の働きが出来る怪物を相手に……、有効な訓練……まあでも。
クライスは数時間に一回は人の形を留めないほどボコボコにされるダイルを回復させる役割があるし。
メリッサも『勇者』を使いこなす為に色んなことを試している。
私の魔法の出力や種類や発生に関する技量はもう頭打ちだし、訓練では部位欠損必須の消滅魔法などの致死率の高い魔法は使えない。
つまり、私は暇なのである。
「……あのーすみません、冒険者ギルド本部はどちらにあるのでしょうか?」
と、暇を持て余し街を歩く私の後ろから声。
何の気なしに振り向くと。
突然出現した壁に一瞬理解出来ず、一歩引くとそれは壁ではなく。
見上げるほどの長身。
鉄球が乗っているのかと思うほど発達した両肩。
山のように
シャツを弾けさせるんじゃないかと思うくらいに魔法百科を重ねたような分厚い胸板。
積まれた岩のようにシャツの上からでもわかるくらいに凹凸が浮き出た腹筋。
束ねて
美しい筋肉を纏った大男が、自信がなさそうにそこに立っていた。
私は目を奪われる。
なにこれえ……美しすぎる……、うええ……? こんな理想的な……、かっこいい……。
広背筋も見たい……、もも裏からおしりにかけてのラインも気になる……。
ええ、触りたい……、すごい密度……え、待って、その腹斜筋ってどうやったらそんなに段差が出るの?
何を食べてどう鍛えれば……、ええ……、もう無理なんですけど……。
「……? あの……」
惚ける私に大男は、不安そうに再び声をかける。
ああ、いけないいけない。
なんだっけ、なんで私こんな美しい男の人に話しかけられてるんだっけ。
え、あ、とにかく答えなきゃ!
「……えっ、あ! け、
テンパった私は心の一番取りやすい位置まで上がってきた素直な言葉を口に出してしまう。
これが後に、私が子を産むことになる相手である。
ブラキス・ポートマンとの出会いだった。
決まり手は、完全に私の一目惚れだった。
「すみません……、身体大きいから驚いちゃいましたよね。俺田舎者で公都には慣れてなくて……」
私と並んで歩く彼は申し訳なさそうにそう言う。
先程の邂逅五秒での求婚の
お互いに大慌てで混乱し一旦落ち着くために近くの喫茶店でお茶をしてゆっくりと互いに簡単な自己紹介をした。
何とか落ち着いて彼が冒険者ギルド本部に行きたいという
「いえいえこちらこそ取り乱してごめんなさいね」
なんて返して私は冷静を装うが、少し歩みを緩めて背中を見る。
背筋……っ、すごっ。
大きすぎるし
肩から担いだ鞄で全体が見えないけど、筋肉で鞄が浮いている……、凄すぎ……。
おしりも……セクシーが過ぎる。
太めのパンツなのにもも周りはわりとぴったり、私の胴と同じくらいあるかもしれない。
ふくらはぎは見えないけれど、これだけの太ももを支えるのに膝下が貧弱なわけがないだろう。
やば……、鼻血でちゃうかも。
私が身体を反るように彼の背面を覗き込んでいると、流石にこの奇行に気づいた彼が頭に疑問符を浮かべながらこちらを見ていた。
「……ん、んんっ! ブラキスさんはどうして冒険者ギルドへ? やっぱり冒険者を成されているんですか?」
私は奇行を誤魔化すべく、咳払いをして彼へと話を振る。
「あ、いいえ知人を
彼は特に不審がることもなく、答える。
元冒険者で木こり……っ!
それでこの筋肉を
冒険者は確かに良い筋肉を持つ人はいる。
元冒険者の勇者パーティ指南役のブライ・スワロウさんなんかも良く締まっていて無駄がないし、メリッサもかなり締まっていて健康的なスレンダーで羨ましい限りだ。
さらに斧やハンマーで何かを叩きつける運動は全身を使うし、特に背中に効く。
丸太を担いだり持ち上げたりするのも、かなりのウエイトトレーニングになるはずだ。
重い斧という負荷をかけながら身体を
なるほどぉ……、この立体的な陰影はそれで……。
「本当はサウシスの街に俺の兄貴分と姉貴分が住んでて、娘が生まれたらしいからお祝いしたくて出てきたんですが途中の公都にも知人が何人かいるので顔を出そうと思って」
さらに付け加えるように話を続ける。
この彼の兄貴分って、一体どんな筋肉を作り上げているのだろうか……。想像も出来ない。
「へえサウシス! 私もサウシスに居たことがあるんですよ! あ、そうだ! サウシスも私が案内しましょうか!」
私は思いついたままに素敵な提案を返す。
サウシスの魔法学校に通っていた私はもちろんサウシスに住んでいたので色々案内出来る。
あの街はそこそこ栄えているので、それなりのデートが出来るはずだ。
ふふふ……、我ながらナイスな提案でしょう。
「ば、馬車で十日以上の距離を……? 親切が過ぎますって、ただでさえ冒険者ギルドまで案内してくれて助かっているのに……」
彼は完全に顔を引き
こ、怖がらせてしまった……。
確かに街でたまたま道を聞いた人が十日間も同行するのは怖すぎる。
いや私としてはサウシスの街くらいなら転移魔法で一秒の距離なので、感覚に齟齬があった……。
まあそんな感じで、彼から怖いくらいに親切な人だと思われつつ冒険者ギルド本部に到着した。
「いやーありがとうございます。公都の道の多さと複雑さに心が折れていたんですが、本当に助かりました」
「いえいえ、そんな全然。運動は好きな方なので丁度良い散歩でした」
申し訳なさそうにいう彼に、私は笑顔で返す。
「何かお礼を……、何か持っていたかな……こういう時の為にいつも魚の燻製やお酒を持ち歩けていればいいんだけど俺は空間魔法が使えないから……」
彼は鞄を
いや本当に、こんな凄まじい筋肉を間近に見られてかなり目の保養になった。
お礼ならこちらが言いたいところだけど、なにか貰えるならシャツとズボンを脱いで欲しいくらい……、いやむしろ脱がなくていいから胸筋……いや上腕二頭筋とかを触らせて欲しい……。
流石にそれを口にすると世の中にある色々なハラスメントに抵触しそうだから言えないけども。
「……あの、だったらまた会ってくれませんか? 私と」
私は意を決して、お願いを口に出す。
正直、こんな出会いは私の人生でそうそう起こらないことだと思う。
だから私は、これ以上ないほどに大胆に不敵に、彼を誘う。
私は美人で可愛く、それなりに性格も良いので自己評価でも過不足なくモテてきた。
でも『大魔道士』によって天才半分怪物半分みたいな評価をされ、筋トレするという奇行もあり、今のところお付き合いに至った相手はいない。
まあ私が人を尊敬する際の価値観が、筋量をベースに考えてしまうところも大きな要因ではある。
スキルとか魔法とか、そういうのはもう困ったことがないので全く魅力的に思わない。
筋肉は日々の努力でしか作れない。
努力の出来る人間を、私は尊敬する。
もちろん筋量の多い悪人もいるだろうし、日々の努力を怠らない意地の悪い人間もいるだろうけど。
たった数分話しただけで、透けてしまうほどに。
彼はおそらく心優しい。
まあこの辺は勘でしかないけれど。
好きにならない理由を探す方が難しいほどに、私は今、運命を感じてしまっている。
「…………あ! そうですよね! 失礼しました。じゃあどうしようかな……、俺公都全然わからないので……あ、明日とかって時間ありますか?」
私の一世一代の誘惑に対してあっさり受け入れる。
嬉しさ半分、なんだろうこのあっさりさは……。
こんなデートの誘いくらいは日常茶飯事というのだろうか……。
いや、確かにこんな美しい筋肉を持つ男性がモテないはずがない。今までも沢山のアプローチを受けて、引く手数多だったはずだ。
かなり女慣れしていると見て、まず間違いない。
私はアプローチ自体はまあまあ受けてきたけど、転移魔法や消滅魔法、戦略級の範囲魔法を使えると知ると苦笑いで去っていってしまうのでそれほど男性に免疫がある訳じゃない。
このウルトラマジカル処女がハイパーマッスル伊達男に対して、どれだけ平静を保ってボロを出さずに立ち向かえるのか……。
とりあえず動揺を悟られないように、魔力を
「え、ええ? ええ、も、ももちろん私は暇だすけど? 明日も、私は? はい」
これ以上なく、しどろもどろの化身が如く、私は耳に熱を帯びながらそう答えた。