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02筋肉は嘘をつかないが勘違いはさせてしまう

 何とか浮き足立ちすぎて浮遊魔法が発動しないようにしながら受け答えをして。

 明日の正午にギルド本部前で待ち合わせという約束をして別れた。


 彼がギルドの中に入って姿が見えなくなった瞬間に転移魔法で自宅のベッドにダイブする。


「もぉぉぉぉぉぉ――――――っ! かっこよすぎぃぃぃぃぃぃ……」


 私は遮音魔法を使いつつ枕に顔を埋めて、足をバタバタさせながら叫ぶ。


 デートの約束をしてしまった。

 デートの約束をしてしまった。

 デートの約束を………………。


「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ‼」


 再び叫んで足をバタつかせる。


 やっばいどうしよ。

 想像以上に私はこういうことに免疫がないようだ。

 舞い上がってしまっている。


 いやあ……、結構な貴族子息たちからのアプローチを余裕で袖にしてきたけど。

 あれは政略的な思惑を感じずにはいられなかったからだし能動的にこちらから打って出るのは初めてだからか……。

 まさか勇者パーティに入ってから、こんなティーンエイジャーみたいなときめき方をするとは思わなかった。


 いやー…………流石に一旦落ち着こう。


 無策で明日を迎えてはならない。

 私はベッドから跳ね起きて、机にノートを広げる。


 状況整理、私の置かれている状況や目的。

 必要なもの、足りていないもの、今観測出来ている事象から傾向を推測していく。


 これは魔法を魔道具に落とし込む際に行う。


 魔法の効果や現象、魔力の流れや変化の仕方を分解して構築を理解することでそれをより効率的に魔力回路として書き込みを行って魔道具へと落とし込む。

 さらに魔法自体を分解して構造を知ることで、魔法をより効率化して効果を強めたり簡易的に発生出来るように調整したりする。


 まあこんなことをしなくても頭の中で分解して、理解出来てしまう姉のような天才には必要ないんだけど賢くない私はこれをやらなきゃ物事の理解が出来ないのだ。


 さて、まずテーマ。

 ブラキス・ポートマンとのデートについて。


 目的。

 ブラキス・ポートマンと親密な関係になること。


 親密の定義。

 まずは友人、あわよくば私に異性としての魅力を意識してもらうこと。


 対象。

 氏名、ブラキス・ポートマン。

 元冒険者の木こり。

 私の琴線にこれ以上なく触れる、筋肉を持ち、見上げるほどの巨躯。

 北の田舎で暮らしている。

 現状観測しうる範囲での性格は温厚。

 少し自信がなさげに見えるほどに謙虚。

 サウシスの街にいる兄弟分たちに会い行こうとしている。

 公都にも冒険者時代の知人が複数存在、こちらにも会おうとしている。

 内一人は公都の冒険者、またはギルド職員関係。


 推測。

 年齢は不明、二十代半ばより上だとは思うが身体が大きい為実年齢より大人っぽく見えていることも考慮すると、もう少し若い可能性有り。

 冒険者時代は、おそらく前衛職。魔力の漏れをあまり感じないところから後衛魔法使いではなく、見える場所に大きな傷跡や後遺症などで身体のブレが無いことから傷を負いやすい盾役ではなく火力専門、筋肉の付き方的に斧やハンマーや大剣などの近接重武器使い。

 北の田舎といえば海手前の森林付近。ダイルの実家というかアルター男爵家領あたり。

 兄弟分たちは冒険者時代の同僚、目的にしている為パーティメンバーだと思われる。

 あの肉体美でモテないわけもなく、私からの誘いを受けた際の余裕を見るにかなり女性に慣れている。

 特定の相手がいるかは不明、しかし私の誘いは受け入れているところから全くみゃくがないわけではないだろう。


 推測からの具体的な方策。

 魔物討伐の話などを質問したら話題として広がる?

 そこから流れで冒険者時代の話に推移出来れば、彼の女性関係や特定の相手がいるかを確認できるかもしれない。

 北から来たのなら普段は海産物を食べる機会が多い? つまり食事に行くなら肉料理か、それとも親しみのある魚料理か。

 親密になる為に私も魔物の討伐などを行っているという話をする。

 しかし『大魔道士』や勇者パーティについては一旦伏せる。引かれないとわかるまでは言わない方向で。

 女性としての魅力………………、鏡で全身を目視確認。後ほど脱毛魔法で処理要。

 髪は三日前に切ったばかりなので、前日のトリートメントと当日のセット。

 今日は塩分をひかえて当日むくまないように調整。

 服は気合いを入れないようにとか、決めすぎて痛くならないようにとかを考えても女性経験豊富な彼なら看破してしまい、その考え自体が浅ましく映る可能性が有る。

 で、あれば最初から真摯に、意識してもらいたいと思っていると伝わる程度の気合いを入れたお洒落をした方が良い。


 などなど。


 私はひたすら、自身の持つ情報や推測できる点や現状の懸念や問題点を洗い出して整理していく。

 魔法畑の人間はこういう理解分解構築みたいなことを行う者が多い。


 魔道具作りなどの技術職や研究職もそうだけど、戦闘系の魔法使いもこうやって分析を行って戦術や戦略を組み立てる。

 まあ流石にこんな分析や共有を実戦の中で行いながら魔法を使えるような魔法使いはそうそういるもんじゃあない。

 私もそれなりに時間を使ってノートに書き出さないとまとめられない。


 こうして書き出したものをさらにリストにまとめて、ひとつずつ準備を行っていく。

 迅速に効率良くリストのチェックボックスを埋めていったが、早く寝てしっかり睡眠を取るだけは上手く行かなかった。


 当日。


 私は朝からも様々な準備を行い、待ち合わせ時間の十五分前にギルド本部前に到着する。

 まあ家から直で転移してきたのだけれど。


 彼はまだ来ていなかった。

 想定通り。


 私が先に着いておくことで、今日のデートが楽しみだったと行動として伝える。

 本当は楽しみすぎて一時間前には到着しようと思ったけど、流石にギルド本部の前で一時間も女一人で立っているのは奇行が過ぎる。


 なんて考えながら待っていると。


「お、お姉さん凄まじい魔力量だけど……うちのパーティ入らない? とりあえず一回の依頼でいいから! ね!」


 冒険者パーティから声をかけられる。


 これは想定外。

 彼のことで頭がいっぱいで第三者の介入については考えていなかった。

 そりゃ冒険者ギルドの前に『大魔道士』持ちの人間が立っていたら、ある程度魔力を感知出来る人に声をかけられてしかりだ。


「ごめんね、私冒険者じゃないの。待ち合わせ中だから」


 笑顔でとりあえず私はお断りする。


「えええ! じゃあ今すぐ冒険者登録しよう! 絶対した方がいい! お姉さんなら上級の依頼総ナメに出来るよ!」


 まさかの冒険者は食い下がりを見せる。


 いやあ、ミスったこうなるかぁ。

 でも私が勇者パーティの賢者であることを明かすと、それはそれで面倒すぎる。それなりに公都では名前が通ってしまっている有名人だ。


 変に騒ぎになるのは避けたい……、どうしようか……。


 私がえ切らない答えをしていると、押し切れると思われたのかまだまだ食い下がってくる。

 まあそりゃあ私の魔力量は戦略級魔法を全系統分ぶっぱなしても少しお釣りが出るくらいはあるから、血眼になって勧誘する気持ちもわかる。実際そうやって勇者パーティに誘われたわけだし。


 普段ならもう、転移魔法で消えてしまうのだけれど今はタイミングが悪い。私は動けない。

 えーっと、どうしよう。逆に彼らを適当な場所に転移させちゃおうか。


 …………いや流石にダメか。

 ただでさえ勇者パーティは現在、メリッサが公都に展開した戦略級魔法の件とかクロウ・クロスを取り逃した事とかで旗色が悪い。

 善良な市民に魔法を使うのは良くない。


「お待たせしちゃいま…………あれ、お知り合いですか?」


 困り果てていた絶妙なタイミングで彼は現れた。


「でえかっ……、な、なんだあんた。俺らが先に話してたんだぞ?」


 冒険者の方は彼の美しすぎる筋肉に驚きながら、彼へと凄む。


「ああ、すみません……。彼女と待ち合わせをしておりまして……、御用が終わるまで待つのでお話を続けてもらっていいですけど」


 謙虚な彼は紳士な返答をする。


「いやあんたの番こないから! 下がってろよ筋肉ダルマ!」


 と、冒険者の方が語気を荒げて彼を突き飛ばそうと手を突き出す。


 その手が彼の身体に触れる寸前。


 私は地面を材質変化魔法で泥にして、重力魔法で埋めてしまう。


 ふざけんな。

 こいつは今、私が触りたくて堪らない胸筋に無断で触れようなんてまかり通るわけが無い。

 良いわけがないだろう大馬鹿者。


 あ……。

 やっちゃった。


 いや本当に緊急措置、咄嗟にやっちゃった。

 咄嗟の割に出したのは対クロウ・クロス用にあみだ出した重力埋葬コンボだったけど。

 ちなみにこれは疑似加速の魔法を使ったメリッサに攻略されてしまったことや、前衛のダイルが対象に取り付いている際には巻き込んでしまうことから却下となっている。


 まずいまずいまずい。

 どうしよう、悪さをしてしまった。

 そうだメリッサが言っていた、悪さをしたら逃げるまでがセットだと。


 トンズラぶっこくしかない。


「跳ぶよ!」


 私はそう言いながら咄嗟に彼の大きな手を掴んで、転移魔法で公都の外へと跳んだ。

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