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03いつだって大事な話を知らされるのは終わり間際

 そして。


「テメ……っ、いや、もういい。今日はぶっ殺す!」


 いつものようにブライさんはき詰められた地雷を踏まれ低すぎる沸点に到達してブチ切れる。


 来た。


 結局、何を契機にブライさんがブチ切れんのかわからなかったが一日稽古してれば絶対にどこかしらでブチ切れるということはわかった。


 そして怒りに反して、戦い中はこれ以上なく冷静で集中している。

 殺気や怒気などを、わかりやすい気配は全て自分の中に押し込んでこちらに反応をさせてはくれない。

 だいぶ解るようになってきた。


 よし……。

 今日こそは、一撃叩き込む。


 木剣を握ったブライさんは、いつものように左手で剣を握りこちらに向けて刺すようなプレッシャーを放ちながら半身に構える。


 俺は木剣を両手で握り、半身気味で構える。

 じりじりと前足から距離を詰める。


 ブライさんは必ず先手を俺に譲る。

 こういうのは格下から動くものだからだ。


 互いの制空権が重なるまでに、刃筋を見極める。


 通りそうな場所は全て誘いでしかない。

 ほぼ確実にいなされるか弾かれるか避けられて、戻りを狙われるか次の動作にせんを合わせられる。


 通らないであろうところに力技で行こうとしても、ちゃんと通らない。

 つまり俺が狙うべきは、その後の展開が読み切れる一点。


 崩しに徹する。

 先手から主導権を持ち続けることだ。


 じりじりと様々な想定をして互いに視線や呼吸や切先の動きなどで、反応を誘い出し、反応から力の流れを生み出そうと画策しつつ。


 制空権が重なった。


 その瞬間、俺はこの時点で最善と思われる刃筋に剣を振る。

 脱力や運足、意識を通わせることや重心移動などの基礎的な身体操作は学んだが技はひとつたりとも教えて貰ってはいない。

 つまり教える必要がないと判断された。


 何故なら技自体は『万能武装』に頼って放つ方が手っ取り早いし強力だからだ。


 しかし今までとは違い、ここまでの駆け引きや刃筋の見極めや、筋力ではなく様々な力の流れを合わせて振ることを前提として『万能武装』がより良い方へと補正をかける。

 スキルが俺を動かすのではなく、俺がスキルを使っている状態になった。


 俺の中で正解と思えるこの軌道も、ブライさんは当然のように前手の剣でいなし、そのまま俺の喉を狙って突きを放つ。


 想定通りのその突きを紙一重で躱しながら、突きで伸びたブライさんの左腕を狙う。

 だがブライさんは反応を見せ、伸びたところから木剣を離して、木剣に乗った慣性と重さを切り離して腕だけを引いて躱す。


 この執着しない判断力は異常だ。


 ブライさんはきを異様に嫌う。

 居着くことは流れを止める、流れが止ればそこが死に直結する。

 何かに執着すれば、囚われてしまえば居着きを生む。

 だから自身の怒りや殺意や武器にすら、執着をしない。


 そして武器を離したということは――。


 俺は振った剣を円の軌道で戻しながら、一歩距離を離す。

 引きたくはないが、俺も攻めたい思いに執着をせずに視野を広げるべく一歩離れる。


 ブライさんは、左手を振った先で武具召喚によって木剣をび出す。


 無詠唱ではなく、これは偽無詠唱と呼ばれるものらしい。直感的な魔法発生じゃなくて発声を用いない詠唱方法というのだろうか。真似してみたら意外と出来なくもない気はしたけど俺にはまだ実戦で咄嗟に使えるようなものじゃない。


 ブライさんは魔法はからっきしらしくなんとか武具召喚をだけを偽無詠唱で使えるようにして実戦に組み込んだらしい。

 こんなものを多種多様な魔法で実戦の中で使いこなす魔法使いが居たら、相当な手練というか割と怪物だ。


 そんなブライさんは偽無詠唱で喚び出した木剣を流れの中で握り、踏み込みと共に厳しく胴を狙って来る。

 だが視野を広くとったことで刃筋の出処が解り、反応が間に合い剣で受ける。


 弾かれた勢いのまま、落下するブライさんから手放された方の木剣を蹴り飛ばして戦闘状況下から排除する。

 戦闘状況下に情報量が増えるのを嫌った。

 この浮いた木剣をブライさんはなんかしらに利用してくるだろうし、俺も大したことは出来ないくせに脳裏にこの木剣がチラついてしまう。

 俺からしたら邪魔でしかない情報は、戦闘状況下からなるべく減らしたいのだ。


 蹴りに使った足をそのままはすに運んで踏み込み、構えをブライさんの正中線に合わせようとするが。

 ピタリと踏み込みに合わせるように動かれて、踏み込みで重心が乗った脚のふくらはぎを痛打される。


 痛え……っ、脚を潰された。

 俺は股関節からの脱力で膝を抜き、前受け身で転がって距離を取る。


 もちろん起き上がりの隙を狙われるので木剣で受ける。


 衝突や鍔迫り合いのような力が居着くのを嫌うブライさんも、脚を痛めて踏ん張りの効かないと睨んで畳み掛けにきた。


 だがこれは俺の一世一代の


 俺はクライスの遠隔回復にて、脚を回復し踏ん張りを効かせて弾き返す。


 ブライさんが何を契機に何処でキレるかはわからないが、確定事項として必ず何処かでブチ切れる。

 物事の解決に暴力を用いることしかしないブライさんだ。必ずこうなる。

 なので事前にクライスに頼んでおいたのだ。


 二対一のようなことを思われるかもしれないが、そもそも俺が戦うのは勇者パーティでの連携が前提だ。

 パーティ内で連携をして卑怯も何も無いだろう。


 回復系最強を誇る『聖域』は、その回復力や回復速度に目が行きがちだが特筆すべきはその回復範囲と距離だ。

 この訓練場なら全域に回復魔法をかけられるし、目視出来ていれば端から俺を回復させることも造作もない。

 クライスとは相当仲良くなった。毎晩のように酒を飲み交わし、今やあいつの女の趣味まで知っている。


 戦闘状況下だ。やれることは何でもやる。


 思いがけない回復からの弾きで、ブライさんは軸が崩れる。

 百回以上叩きのめされて、初の好機。


 だがたかぶるな、おごるな、躊躇ためらうな。


 力の流れの終着点に、相手はその道中に居ただけ。

 斬るのではなく、斬れている。


 これ以上なく冷静に、心のおもむくままに右袈裟へと斬り込――。


「――ッ‼」


 ブライさんは崩れながら、剣を握らない右手をこちらに突き出して詠唱を叫ぶ。


 魔法――っ⁉

 完全に予想外の出来事で、頭の中にとんでもない量の思考が飛び交う。


 魔法?

 このタイミング……っ。

 いや無い!

 魔法防御。

 無いよ!

 魔法抵抗値でしのぐしか。

 いや絶対無い!

 雷系統は意識が。

 ブラフだ!

 爆雷ってメリッサも使うが。

 絶対ハッタリだ!

 この人が魔法を使うなら偽無詠唱に仕上げて来る!

 引くな!

 ぶちかませッ‼


 俺はぐちゃぐちゃに巡る思考を、無理矢理束ねて迷いをき消して剣を振り抜く。

 だが、この思考での瞬きにも満たないほどの硬直を見逃してくれるほどブライ・スワロウは甘くない。


 その一瞬、いや一点の隙の間に辛うじて重心を安定させて。


 肌一枚、髪一本、文字通りの紙一重で剣を躱し。

 こちらの体感としては木剣が身体をすり抜けたように感じるくらいギリギリでけながら。

 突き出した右手を引く力でそのままスイッチするように左から突きを放ち。


 見事に俺の鳩尾に木剣がめり込む。

 呼吸が止まり、激痛で筋肉が硬直し。

 流れが止まる。


 終わった。

 ここから怒涛の畳み掛けが始ま――。


‼」

‼」


 同時に声を上げたのは、クライスと勇者パーティ後衛である賢者のポピー・ミーシアだった。


 声と同時に空気の塊が俺を押し、鳩尾を貫いた痛みが抜けていく。

 ポピーが風系統の魔法で俺に力の流れを生み、クライスがダメージを抜いた。

 クライスはともかくポピーは意外と思ったが、よく考えなくてもポピーもまた仲間だ。

 どうにも見てたら熱くなっちまったらしい。


 俺たちはパーティだ、これが俺たちの連携だ。

 心が燃えて、目から溢れて炎を上げる。


 心は熱く、頭は冷静に。

 仲間たちからの力で、流れのままに剣を振る。


 俺の顎を狙ったブライさんの剣が当たる前に、俺の剣はブライさんの逆胴に当たり肋骨を砕く感覚が手に伝わる。


 が、同時にその程度じゃあ止まらないブライさんの剣が俺の顎を砕いて。


 満足感の中、俺は気を失った。


「……おい、治ったから起きろ」


 いい気分で寝ていたところをクライスが頬を叩いて起こす。


「……ああ、サンキューだあ。いつも悪いな」


 俺がそう言って起き上がると。


「やりやがったなテメー、久しぶりに怪我をした。百万倍で返してやるから覚悟しろ」


 既に回復を受けたブライさんが睨みをきかせてそう言った。


 ええ……、全っ然気持ちよくないこの人……、まあスポーツマンシップも騎士道精神もない……まあそりゃそうだ。この人は元冒険者で喧嘩屋だった。


「あんた最高だったわよ! ブライのあばら砕くなんて、マジでスカッとしたよ! ざまあないわね!」


 そこに嬉々としてメリッサが現れて労ってくれる。


「ダイル、あんたは強くなったよ…………良かった。よしじゃあクライス! ブライを治してあげて」


 メリッサはしみじみ呟いて、クライスに向けて言う。


 あれ? ブライさんまだ回復受けてないのか?


「いいのか?」


「いいわよ。報酬はちゃんと払わないとね」


 そんなメリッサとの会話の後にクライスは立ち上がり。


「右手を」


 ブライさんに右手を出すようにうながして、回復魔法をほどこす。


「…………よし、完了した。腱と神経系がずたずたで変形して繋がっていたが、正常以上に治しておいた。後は慣れと鍛えてしまえば感覚を取り戻せるはずだ」


 クライスはブライさんに向けて結果を報告する。


 右手? ブライさんは右手を痛めていたのか……?


「剣を……」


「はいよ」


 右手を握って開いて感覚を確かめながら、剣をご所望したブライさんにメリッサが適当に木剣を二本投げる。


 それを身体に当たる寸前で、まるで木剣が突然意志を持ってちゅうを舞い出したかのように受け取って。

 そのままキレッキレの演武のように両手の剣を振って、いつもの左手前の半身構えの隙を完膚なきまでに消すように右手で剣を構える。


 その様子を見て、絶対に正解だけど認めたくない答えが浮かぶ。

 いや……、でもこれって……。


「やっぱブライは双剣のが似合うよ。流石に『双剣士』持ちは違うねえ……」


 しみじみと頷きながらメリッサは衝撃発言を漏らす。


 ここでブライ・スワロウについてようやく俺は正確に知ることになる。


 元々、双剣士として前衛で盾役と火力を兼ねながらリーダーも担っていた。

 ブライパーティはトーンの町ギルドでは野盗や敵国兵士などの対人戦をメインに請け負っており対魔物討伐もやっていたがある程度のライン以上の魔物相手の依頼は受けて居なかった。


 ちなみに対人戦では他の街から町を乗っ取ろうとしたマフィアやらマフィアが雇った野盗、計八十六人を、ブライパーティだけで畳んだくらいに実績があった。


 しかし、西の大討伐で人員が欠け普段受けないような魔物討伐を受けることになり。

 駆け引きが通用しない上に、狡猾で強力な魔物の群れを相手にして不覚を取った。


 後衛魔法使いの目が潰され、ブライさんは右腕を食いちぎられた。


 死に至るレベルの傷だったが、あの速すぎる怪物クロウ・クロスが爆速で回復魔法をかけ続けて生命どころか腕まで繋ぎ止めた。


 しかしあの怪物も、ヒーラーが専門でもなく後遺症が残った。

 右手の握力が極端に落ちて、剣を握れなくなった。


 スキル『双剣士』は両手に剣を握らなくては補正が起こらない。効力がないのだ。

 冒険者として致命的な怪我により、ブライ・スワロウは引退を余儀なくされた。


 そこからクロウ・クロスの手引きによって公都のヒーラーに治療を受けたがあまり良くならず。公都の冒険者ギルドで武術指南を行うことになった。


 報酬は、その治らなかった右手の治療。


 回復系最強スキル『聖域』を持ち、神の名のもとに人々を救うため医療や回復魔法について真摯に学び続けて、その力を発揮してきた「三秒までなら死んでもいい」なんて三秒ルールを作るに至ったクライス・カイルなら右手の握力を戻せる。


 まあ、つまり。


 この怪物は『万能武装』をフルに使う勇者パーティの戦士を、スキルなしの利き手じゃない片手剣で自身が培った身体操作と経験のみで。


 百回殺したのだ。


 驚き過ぎて頭が回らない。

 どんだけ強いんだ? この人。

 スキルが発動していない人間が……、嘘だろ。


 驚愕、恐怖、尊敬、様々な思いが巡るが、とりあえず一つ。


「つーかおまえらあ……最初に言ええええええええええええええええええええええ――――っ‼」


 俺はメリッサとブライさんに心から思いっきり叫んだ。


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