俺、ダイル・アルターは勇者パーティ所属の戦士だ。
スキルは『万能武装』って、まあどんな武器でも使えば達人級に使いこなせるという。一応この国では近接最強スキルと
近接最強と言われるだけあって、模擬戦では無敗の成績を誇ってきたが。
「ごめん、あんた弱すぎ……。今のままじゃ話になんないわ」
と、脇腹に痛恨の一撃を貰って倒れる俺に勇者様は木剣を肩に担ぎながら淡白に言ってのける。
あの速すぎる怪物、クロウ・クロスに敗れてから
勇者メリッサは、変わった。
全国指名手配犯となったクロウ・クロスを捕らえるためにさらに強くなることに決めたのだ。
メリッサは徹底的に訓練を行った。
今まで使っていたナイフだけではなく、長剣や鉤爪、槍や弓矢、斧やハンマーなど様々な武器を使い動きを洗練させた。
まあメリッサのスキルである『勇者』は、あらゆる戦闘系職モノスキルを内包した紛れもなく最強のスキルだ。
元々は『盗賊』だったらしいが、今や『勇者』に合わせた戦い方をマスターしつつある。
魔法も無詠唱で使えるようになり、無詠唱の転移魔法を絡めた戦法はほぼ必殺の域ある。
さらに、今までパーティメンバーからは一歩引いていてあまり馴れ合うつもりがないような感じだったが積極的にコミュニケーションを取り、出来る限り俺たちと信頼関係を築こうと努めている。
そんなメリッサに俺は、今や完全に抜かされてしまい。全く勝てなくなってしまった。
模擬戦無敗はもう、過去の栄光でしかない。
「スキルに動かされ過ぎてて根本的に戦術とか戦法とかの組み立てが甘い。あとステータスの筋力とかじゃなくて、もっと身体操作的な重心移動とか自分の筋肉を使えているかとか脱力とか末端まで意識が通ってるかとかの武術的な基礎を鍛え直さないとダメね。『万能武装』はあくまでも使えるようにはしてくれるけど、勝てるようにしてくれているわけじゃない。勝ち方や、ここぞという判断は自分で見つけなきゃダメなのよ」
クライスに脇腹を治療される俺に、メリッサは具体的に俺の弱いところ告げる。
「このままじゃダイルと連携を取るんじゃなくて『万能武装』と連携を取ることになる。戦いは連携の練度が大切なの、私たちはパーティという一つの戦闘単位として全員でカバーし合いながら一人じゃ出せない力を出す。今の状態のダイルには連携を求められない」
さらに続けて淡々と厳しく俺の心を抉ってくる。
クライスの回復魔法でも心は癒えないんだぞ畜生。
言っていることが的確すぎんだよ。
いやマジに俺は、ほんの数ヶ月前まで武器戦闘における訓練とか修練とか一度足りともやって来なかった。
そりゃ俺だって他のことは勉強したり練習したりしてきたさ。
そうしなきゃ出来なかったし不便だったから、馬の乗り方だったり四則演算だったり基礎魔法だったりはやってきた。
でも武器戦闘では不便を感じるということが一度、いや一瞬もなかった。
無敗だったし、武器と認識できるものなら触るだけで何でも使いこなせたし最適解であろう動きをすることが出来た。
だが、ここに来て急にその必要性に迫られてもそもそも鍛え方すらわからないんだ。
こりゃあ……、クビか?
流石にここ一ヶ月ほど、ボコられ続けたら心も折れるし認めざるを得ない。
俺は優秀なたまたまスキルを持っているだけの雑魚だ。
メリッサともクライスともポピーとも違う。
俺は覚悟を決めて、メリッサからの勧告を待つが。
「だから、ダイルには
メリッサは笑顔で、そんな肩透かしなことを俺に告げた。
俺はメリッサが見た方に視線を向けると。
「……いやーメリッサは普段こんなところで稽古してんのか? やっぱ勇者様はちげえなぁ」
きょろきょろと訓練場を見渡しながらそんなことをしみじみ漏らしつつ、一人の男が入ってくる。
「あーどうもはじめまして。冒険者ギルド基礎武術講習担当のブライ・スワロウだ」
そのまま
一見すると引き締まってはいるが線は細く、背は低くないが力強さを感じない。
武器も携行していないし、だらしなく白いシャツを着ていて。
まあ端的に言うと弱そうだった。
「ダイルにはブライから近接戦闘の基礎を学んでもらう。ブライは私が冒険者だったころのパーティリーダーで、私が知る限り一番強い前衛火力兼盾役だよ」
そんな俺、いや俺たちの視線に気づいたのかドヤ顔でメリッサが付け加える。
「まあ田舎町でちょっとはしゃいでいただけだ。それよりメリッサ、報酬はマジなんだろうな?」
ブライはメリッサにやや低めな声で問う。
「マジもマジ、大マジよ。あんた騙くらかしても後が怖いし、もうあんたに怒られたくないからね」
メリッサは不敵な笑みを浮かべて答える。
「別に疑っちゃあいないが……、まあわかった。俺のような田舎者の冒険者崩れが勇者様の仲間に教えられることがあるかはわからんが、やってやるよ」
軽く肩を回しながら、ブライは答えた。
しかしメリッサは全幅の信頼を置いているが……。
一番強い前衛ってのは『勇者』覚醒前の『盗賊』だった頃のことだろう……?
でもあの速すぎる怪物や勇者を排出したトーンの町で冒険者をしていたならもしかするとこの人も……。
いや、ねえか。
あんな例外的な奴がそうぽんぽん出てくるわけがない。
そんなこんなで、ブライ氏からの武術指南が始まった。
だが。
「ゆっくり、そうだ! 力まないで木剣の重さを自分のものとしろ! 剣の先まで意識を通わせる! 小指から巻き込んで握りすぎんな! 脇を閉めるのではなく肘を
ブライ氏が最初に俺に教えたのは、剣の握り方と素振りだった。
嘘だろ……、なんかこう、俺の現状を打破出来る奥義のような技とか技術的なことじゃねえのか?
こんな子供が通う剣術道場のような稽古……、まさかこいつ。
「……おい、何だこれ。あんた俺を舐めてんのかあ?」
流石に動きを止めて、文句を口に出す。
素振りを始めて十分ちょっと、耐えたほうだろ。
俺もメリッサほどじゃあねえが気は短い方だ。
「舐めて……、いや一番最初だし基礎の基礎からやった方がいいだろう。実際出来てないし」
少し驚いた様子でブライ氏は返す。
俺はその返しに対して『万能武装』を全開にして、演武のように高速で木剣を振り。
最速で喉元寸前に切先を止める。
「これで出来てないだあ? ああ? あんたもしかして適当に教えたって実績だけ作ってメリッサから報酬貰って帰ろうって腹じゃねえだろうなあ?」
俺は全く反応出来ずにぼっ立ちのブライに、これ以上なく吹っかける。
俺も茶番に付き合っている余裕はねえんだ。
はっきりさせておきたい。こいつが俺を強くするに足り得る奴なのかどうかを。
「…………畳むか」
ブライは小さくそう呟くと。
「じゃあ一回模擬戦をやっとくか。確かにちゃんと戦いの中で動きを洗練させるのも大事だしな」
飄々とそう言って、訓練場の端に置いてある木剣を取りに離れる。
そこで入れ替わるように。
「うわぁ、さっそく怒らせたね。でも十分は持った方か」
近くで徒手空拳の訓練を行っていたメリッサが声をかけてくる。
「流石に舐められすぎてたから……つい」
せっかく紹介してくれたメリッサに申し訳なさそうにそう言うと。
「違う違う、ブライがだよ。ブライは私より短気でしかも物事の解決に暴力しか用いない程の喧嘩屋、ギルド内で他のパーティと揉めすぎて魔法で氷漬けにされて一週間頭を冷やされたこともあるくらいの、私が引くくらいに超社会不適合者なの」
メリッサは嬉々としてブライについての補足情報を話す。
いや最初に言っとけというかそんなヤバいやつを呼ぶなよ。東の治安はどうなってるんだ……?
「あと、ブライは近接武器限定の模擬戦というか喧嘩だったら
さらにメリッサはそう言って、俺の背中を叩いて去って行った。
う、嘘だろ……? あの速すぎる怪物を相手に……?
「さ、やろうか」
剣を左手に握り、半身に構えるブライは言葉の淡白さとは裏腹に歪んだ笑みを浮かべていた。
対峙して理解する。
舐めていたのは俺の方だ。
プレッシャーがえげつねえ、流石の俺でもこいつが強いことはわかる。
舐めていた。認めた、反省した、後悔した。
よし、切り替えた。
俺も『万能武装』を持つ勇者パーティの前衛戦士だ。
逃げらんねえ、引いてらんねえ。
まずは見ろ。
ブライの構えを見るにスキルは職モノなら『軽剣士』や『刺突剣士』などの片手剣特化。
万能モノなら『直進』『斬撃』『連撃』『回避』……相性が良さそうなのはそんな系統か。
だが、あの速すぎる怪物に勝つのならもっと特異な何かなのか……?
いや、わかんねえ。
とりあえず出方を伺って――。
「おい、こういうのは格下から動くもんだろ。いいから来いよ」
そんなブライの煽りに、俺は『万能武装』を全開にして突っ込む。