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02いつだって大事な話を知らされるのは終わり間際

 俺の筋力と俊敏性はメリッサにも負けていない。

 後は適当に剣を振れば『万能武装』が当ててくれる。


 メリッサには酷評される戦い方だが。

 実際、これが強いことには変わりない。


 俺は『万能武装』が導く通りに袈裟へ力強く斬り込む。


 が、容易く片手剣でいなされる。


 当たらずに身体が少し前のめりになったところで、右肩の付け根を突かれて切先がめり込む。

 堪らずにスイッチするように右足を下げて、後ろに下がろうとしたところをピタリとついてこられ厳しく打ち下ろされる。


 辛うじて剣で弾こうと防御するも、剣に重みがまるでない。


 ブライは剣と剣がぶつかる寸前で手を離し、手だけを振り下ろして。

 振り下ろした先で、無詠唱の武具召喚魔法を使って新たな木剣を握り。


 突き上げるように俺の顎を打ち抜いた。


 脳が揺れる……っ、無詠唱? 剣士じゃないのか?

 混乱と疑問の中、膝がかくんと落ちたところを今度は先程手放した方の木剣が地面に落ちる前に蹴り上げるようにして俺の鳩尾みぞおちを突き上げて倒れることすら許さない。


 無理やり剣を振るが、崩れた体勢から大した太刀筋を描ける訳もなく容易く躱され。

 がら空きの胴にカウンターのかたちで木剣が肋骨を砕きながらめり込む。


 反射で身体がくの字に折れたところに膝蹴りが迫るので、なんとか顔を守るために腕を挟むが腕をへし折られる。

 衝撃で後ろに飛ばされ、少し距離が出来たところでブライが俺に背を向けるくらいに大きく木剣を回して。

 フルスイングで俺が初撃で狙おうとした袈裟に叩き込まれ。

 肩から背骨を通じて足首までの骨が折れていく音が頭に駆け巡ったところで。


 俺は完全に気を失った。


「……目が覚めたか。何をされたらこれだけ骨折出来るんだ。私の『聖域』でなければ身体が歪んだままで治されて身長が十センチは低くなっていたぞ。まあ完全に治した、安心しろ」


 目が覚めると眉をひそめたクライスが、そんな言葉で出迎えてくれた。


 負けた。

 完膚なきまでに、マジで何もさせて貰えなかった。


 勇者に負けるのはどっかで諦めがついた。

 そりゃ『勇者』は『万能武装』の効果も内包する上位互換のスキルだ。


 でも、あのブライは……。


「クライス、俺あ、弱いのか……?」


 俺はクライスに問う。


「……少なくとも弱ってはいるな。私は神官だぞ、戦いについてのことが戦士のおまえよりわかるわけがないだろう。そんなことを私に聞いてしまう時点で、弱ってはいる」


 ぐうの音も出ないほどの正論を返される。


「そもそも人の強さとはなんだ? 何かを打倒することだけが強さなのだろうか。守ることや癒すこと、生み出すことや作ること、愛することや育てること、健康でいること、病いを克服すること、これらは皆強さではないのだろうか」


 珍しくクライスは長々と考えを語る。


「もし強さというのが、それら万物に当てはまる相対的な視点からの評価でしかないのなら、人は皆等しくどこかしらで弱い。求め続ける限り、人は弱い」


 さらに続けて。


「あるのは強くあろうとする向上心、つまりは心の問題だ。これはスキルやステータスで測れない。人は弱いが、浅くはない」


 真摯に、少し力を込めてそう言って。


「おまえが気にするべきことは自分が今、強いかどうかではなく、強くあろうとし続けているかどうか、心を強くもっているかどうかだよ」


 少し柔らかく、そう続き。


「つまり、私たちは心に従って動くことしかできない。ダイル、おまえの心は今どうしたいんだ?」


 クライスはいつものムカつく高飛車な顔で俺に問いかけた。


 その問いに俺の心は。 


 強くなりたい。


 真っ先にそう答えた。


「……、クライスてめえ、そんなに相談に乗るのが上手かったのかよ」


 俺は立ち上がった際に一応クライスにそんな感想を述べる。


 不本意だがこいつの言葉で腹が決まっちまった。

 心、そうだな。そこに従うのが一番だ。

 高飛車で人を小馬鹿にしたような態度が腹立つ奴だと思っていたが、案外頼りがいのある仲間なのかもしれない。


「私は教会で生まれ育って神の名のもとに迷える人々の話を聞いてきたのだぞ……、まあコツは何でもオチで心に繋げてしまえばそれっぽくできる。女を口説く時にでも使うといい」


 さらりとクライスは俺の感動を叩き潰すネタばらしをする。


 こいつ思った以上に俗っぽいじゃねえか、ふざけんな。

 まあ、それはそれで仲良くなれそうなので感謝したまま俺は訓練場へと戻った。


「舐めてました! 本当にすみませんしたあっ‼」


 俺はブライさんを見つけるや否や、開口一番頭を下げて謝った。


 これでも俺は貴族の出だ。

 まあ威張れるほど大した家でもない、爵位も下から一番目の男爵家だ。

 しかもめかけの子で、まあ飢えたこともないが遊び呆けられるほどには余裕もないし、そんな身分でもない。


 北の田舎の一角に領地を持ち、俺は普通に町で育った。

 貴族の子ということで、同年代の平民たちからやっかみを受けたし。

 貴族の子たちからは男爵家で妾の子ということで相手にもされてこなかった。


 だが『万能武装』が俺の人生を変えた。


 特異なスキルということで国家から声がかかり、貴族扱いで公都へと向かい入れられた。

 軍の訓練に混ざったりもしたが、話にならねえ雑魚だらけ。倒しゃあ褒められて、持てはやされた。

 俺の今を作った『万能武装』に頼りっぱなし、いや依存していた。

 でも俺は、そんな『万能武装』で獲た名声や地位や富よりも。


 メリッサに強いと言われてえ。

 惚れた女に格好つけてえ、強くなるための理由にはそれで十分だ。


「もう動けんのか…………なるほどな。木剣取ってこい、握り方から教えてやるよ」


 ブライさんは少し柔らかくそう言って。


 地獄の修行が始まった。


「力むな! だけど意識を絶やすな! 基本動作をスキルに修正されるのは恥だと思え!」


 とか。


「剣は身体の延長だ! 剣の重さは自分の重さであり、自分の重さもまた剣の重さになる! 剣の先まで自分であると意識をしろ!」


 なんて。


「何回言えばわかんだテメーはよおおおおおおお‼ 畳むぞコラァっ‼」


 とかも。


「軸で立て! 重心位置を意識しろ! 筋力で動くな! 抗力や反力や重力、そこに在る力と動作から生まれた力を身体の中に通せ! 膝を曲げるのではなく腰を落とせ! 股関節を抜いて、結果として膝が曲がるんだ!」


 っていうのとか。


「押し込むな! 相手を斬るのではなく、刃筋の途中に相手が居るだけだ! 斬るのではなく斬れているんだ! 刃筋が通る感覚を知れ!」


 とかも。


「雑になるな! 常に考えて、意識しろ! それを歩いたり息を吸うくらい当たり前になるまで続けろ! 身に付くとは、徹底的な反復の先にある! 寝ている時まで意識しろ!」


 みたいなね。


「自分に流れる力のベクトル、合わせ方がわかったら戦闘状況下で相手を含めた流れを掴め! よく見て、感じろ! ふざっ、テメー表出ろ畳んでやらあ!」


 だったり。


「おまえは今日だけで真剣だったら五十回死んでいた! 物質が動く限り必ず慣性があり、力の流れには終着点が存在する! それを戦いの中で感じ取れ! 流れが切れたところに、刃筋が通るんだ」


 とか。


「剣を振った力の流れで、足を運ぶ。足を運んだ流れで剣を振れ、躱したり受けたりした力の流れも別の動作に繋げろ! 流れを止めるな! 動き続けるのではなく、流れを感じ続けろ!」


 こういうのだったり。


「相手の流れも合わせた、戦闘という状況自体の力の流れを把握して掌握出来れば技自体は状況にそくした行動でしかない! 視野を広く、肌で空気を感じて状況自体を自分の延長として捉えろ!」


 なんて。


 そんな稽古を、みっちり数ヶ月ほど受け。


 数ヶ月の間に百回ほど。

 平均して一日二回以上、叩きのめされながら身体操作の基礎について学んだ。


 おかげでとりあえず、クライスとはめちゃくちゃ仲良くなった。そりゃそうだ、百回俺を回復させてれば話す機会も増える。


 百回に渡る臨死体験によってわかったのは、ブライさんと俺の間には信じられないくらいの差があったということだ。

 ブライさんの動きや、流れを感じる能力は、ステータス上には一切表記されていないものだった。

 ステータスにないものは基本的にスキルで補正を受けられない。

 ブライさんのスキルはわからないけど、補正値では確実に『万能武装』の方が上、それでも全くちぢまらない。

 見えるステータスの数値以上に、圧倒的な技量と練度の差があるんだ。


 そんな、見えないものを鍛え続けた数ヶ月だった。

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