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05馬鹿なガキに微笑むのは勿体ない

 この俺がこれだけ過剰に反応してしまう程度に『無効化』というスキルは


 対人戦最強としてデザインされたこのスキルは、ビリーバーたちのテストプレイ時にパーティ内に一人『無効化』持ちを入れているだけで対人模擬戦勝率が九割まで跳ね上がるという結果を出してしまうほどの壊れスキルだった。


 対峙しただけで相手のスキルを自動的に無効化させてしまい、システム的な補正を無くしてしまう。

 バランス崩壊が著しく、サービス開始時には実装しないだろうとされていたスキルだった。


 だが結局、ゲーム化どころか研究施設すらも消し飛んだ為に『無効化』は修正されることなく現在も残り続けている。


 あのガキはまだ『加速』を無効化されても地力でどうにか出来るほどの技量はない。


 話していた男から根こそぎ情報を吸ったが『無効化』所有者についてはわからなかった。

 仕方ないので、そのまま話をしていた野郎共の意識を飛ばして転移の魔法で公都の上空に跳んで浮遊の魔法で公都を見下ろす。


 とりあえず公都全域に捜索魔法をかけるが反応がない。

 今度はセブン公国全土に範囲を広げる。


 ……見つけた。


 場所は東の果て、旧エイト王国……まあ現ライト帝国との国境線を兼ねている山脈の手前。


 米と酒と川魚が名産である、


 転移の魔法でトーンの町上空に跳ぶ。

 認識阻害と気配遮断、光学迷彩と浮遊の魔法をかけて町を見下ろすと既に討伐隊は町の中でガキの捜索を始めていた。


 ガキ自体は『加速』を用いて山脈へと向かっていた。

 馬鹿なわりにまあまあ賢い判断だ。

 あの山脈はかなり濃いめに設定された魔物の湧きポイントである。普通は追いたくなくなるだろう。

 そのまま山脈を越えてライト帝国に亡命しちまっても良いくらいだ。


 だが、どうにも討伐隊はそれじゃあ引かないようで町にガキがいねえとわかると山脈に向かった。

 山脈で討伐隊は魔物と交戦したが、中々の練度だ。この中に『無効化』持ちもいるとなると……。


 まあまだ様子を見よう。

 勝手に逃げ切れるんならそれが一番良い。


 山脈の麓の森にて捜索が始まる。

 捜索範囲が的確だ。

 討伐隊の中に探し物が得意なやつが混ざってんな。

 ガキもそれなりに気配は消せるが、スキルのシステム的な補正がかかると厳しいだろう。


 思ったよりねばったが、結局ガキは討伐隊に見つかった。

 褒めたかねえし、褒めるべき点も特にねえが、ガキはまあまあ良く動いた。


 視界の悪い森の中で、上手く隠れながら高速移動で顎を砕いて各個撃破。

 ヒーラーに圧をかけつつ、たまにデカい魔法を撃ったりしたり、人質をとったり、嘘の降伏宣言で騙し討ちをしたり。

 教えた通りの悪くない動きだ。何でも使ってる。


 だが、ここで『無効化』が発動する。


 本当にガクンと音が聞こえてくるようなくらいに、ガキの動きは悪くなった。

 異常を感じ、身体強化やら気配遮断やらを駆使して逃亡に極振りして山脈を登り逃げるが。

 森が途切れた中腹の岩場あたりで、ガキは完全に追い詰められた。


 けられずに攻撃を受け続ける。

 ボコボコにされながら何とか回復を繰り返して、耐える。


 多分どうにもならない。


 だったらもう助けに行けよって思われるかもしれないが、まだ諦めずにもがくあのガキの燃える目を見たら誰だって堪える。

 ここで、この場面で俺のようなおっさんが助けに入るのは野暮だ。


 ガキはない知恵絞って、体力と魔力の限り、卑怯に姑息に大胆に戦い続け。


 苛立つ討伐隊が投げた、魔法や連携や技量も何も関係のない投石がたまたま頭に当たってぶっ倒れた。


 討伐隊は半笑いで、横たわるガキに剣を振り上げる。


 さて。



 目視転移でぶっ倒れるガキの目の前に跳んで、振り下ろされる剣を砕いて止めながら姿を現して宣言する。


 正直、不可視の状態で上空から適当に魔法撃ちまくって殲滅しちまっても良かったし多分それが正解だったが。


 熱くなっちまった。

 直接ぶっくらかしたくなっちまったんだ。


「何者だ――っ⁉」


 何かお決まりの言葉が飛び出しそうになったので、目視転移で跳んで顎を砕いて腕をへし折り脚をひしゃげさす。


 崩れ落ちる奴に向けて手を向けた奴らがいたので、ヒーラーと判断。

 目視転移で跳んで顎を砕く。


 そこで『無効化』が発動して俺のスキルが無効化される。


 俺のスキルは『第三種管理者権限』だ。

 ビリーバーのみが有する管理者用のスキルである。


 仰々しい名前で如何にもチート感のある風だが。

 この世界の後付けした部分のシステムに干渉する権限を持つが、俺に出来るのは未完成の相互GIS装置領域への干渉のみだ。

 一応それなりに行動やステータスなどにも補正は入るが、基本的にそれだけのスキルである。


 つまり、俺に『無効化』はそれほど意味がない。

 別にこれで俺が弱くなることも、負け筋になることも特にないのだ。


 補正が切れて、少し身体が重くなるが同時に補正量と同じ身体強化をかける。

 再び俺は手当り次第に圧縮空気を放ったり、けっぱぐってぶっくらかして、畳んで回った。


 俺は人を殺さない。


 なんか優しげに聞こえるが、俺はGIS実験で死人を出しまくった狂人なので別に殺人に関して正しい倫理観を持ち合わせてはいない。


 ただ、この世界の人類に関して過干渉をけているだけだ。

 いまだに株式会社デイドリームでの暗黙の了解を守り続けているだけだ。


 だから回復魔法でどうにかなる程度に顎を砕いたり、転移魔法で西の果ての街に跳んでもらったり、そういう対応方法を取らせて貰っている。


 さて、そろそろ魔力残量が半分に差し掛かってきた頃。


「何をしているクリア! 貴様の『無効化』が効いていないではないかッ!」


 そんな怒声が聞こえる。


 そこにいんのか『無効化』持ち、そろそろ畳んどくか。

 と、目を向けた瞬間。


 俺は思わず目を疑ってしまう。


 そこに居たのは、無許可で詠唱が出来ないように口が塞がれ、手足を鎖でガチガチに固められ、首輪で引きられて殴られる。


 クロウよりもさらに幼い、だった。


 理解するのに数秒を要した。

 対魔物では何の意味がなく、対人戦では脅威過ぎるそのスキルを持った者を反抗されないように拘束して、徹底的に管理下へ置き。

 対人最強スキル『無効化』を放つ為だけの、生物兵器とされた子供が。


 どうして俺の動きが変わらないのかわからず、泣きそうな目で俺を見ていた。


 なるほど。


 この世界じゃ対魔物が強いスキルが優遇される。

 人の価値を決めるものとしてスキルが対魔物に適しているかで判断される節がある。

 そう思えば『無効化』は、そんなスキルを消し去る上に魔物相手には効果がないスキルだ。


 自分の価値が奪われるのを恐れて『無効化』持ちを反抗できないように拘束して、他国や国内の犯罪者に対する最強の兵器として使っているのだろう。


 理解は出来た。

 確かにこれは、この世界における正解なんだろう。

 そう落とし込めば俺がとやかく言うことじゃあない。


 だが、しかし。


 今の俺はこれ以上なく、熱く、燃えてしまっているのだ。


 クロウよろしく魔力で擬似的な『加速』を再現するように。

 超高速で『無効化』のガキを殴りつける奴を、けっぱぐって肋を砕きながら弾け飛ばす。


 ガキの拘束具をむしり取り、頭を鷲掴みにして完全治癒の魔法をかける。


 理解出来ないという様子で『無効化』のガキは俺を見る。


 奇遇だな、俺も理解出来てねえ――――。


 そんなことを思った瞬間。


 俺の脇腹から肋骨の隙間から心臓にかけて、剣が貫いた。


「ぐぅい…………っ! ぐがあああ――ッ‼」


 俺は痛みを口から漏らしながら回復魔法を全力で自分にかけて、刺さった剣を焼き切って刺してきた奴に蹴りを入れようとするがけられる。


 刺してきたのは、ガキの父親。クローバー侯爵だった。


 馬鹿が……、痛えだろうが糞野郎。

 魔力で無理やり血液を止めないように動かし、脇腹から剣を抜きながら回復魔法で傷口を塞ぐ。

 これでも医療系の工業系院生だったからな、医者ではないが同じだけの医学は学んできている。じゃなきゃGISなんてオカルト脳医学に傾倒できねえ。


 ――っあぶねえ、気を失いかけた。


 治せたが、かなり魔力を使っちまった。


「化け物か、こいつは……。しかし、もう一息だ! このまま押し殺――ッ⁉」


 ふらつく俺を見てクローバー侯爵がご機嫌に何か言ってたのが腹立って、目視転移で跳んで思いっきり金的を蹴り上げた。


 あっと、手加減を忘れてた。

 潰れた玉が治るかはしらねえが、子宝には恵まれたろ? もういらねえよなあ。


 そこから指揮を失った討伐隊は、明らかに動きが悪くなった。


 残り少ない魔力を駆使して、片っ端から畳んで回り。


「……はぁーっ、はぁーっ、はぁーあーあーあっと! …………終わったあぁ……」


 疲労困憊の俺は、おっさんらしく声を上げて大の字に寝そべった。


 少し休んだら討伐隊どもは適当な場所に飛ばして……。

 ガキ共は……………………、やっぱり俺が――――。


 なんて考えを巡らせたところで。


 


 そりゃそうか、確かにそんな性格の悪いプログラムだった。


 倒れた討伐隊や俺を狙って魔物がぞろぞろと集まってきた。

 魔物はなるだけ狡猾に学習したAIによって漁夫を狙うように出来ている。

 この状況はかなり美味しそうに見えているだろう。


 山脈は魔力が濃いので強めな魔物が生成される。

 まあそれでも別に転移魔法を使える俺が戦闘になることはまずない。


 だが……、流石に俺だけトンズラぶっこくわけにはいかねえか。


 魔物からの強襲を捌きながら、倒れる討伐隊を片っ端から公都に転移させていく。

 ギリギリだが魔力回復を考えれば――。


 と、ここで気づく。

 未だにスキル補正が乗ってないことに。


 俺は魔物の攻撃をけながら『無効化』のガキに目を向ける。

 討伐隊が全滅したにもかかわらず、どうしていいかわからない『無効化』のガキは。


 号泣しながら、俺のスキルを無効化し続けていた。


 そうだよな。

 おまえも討伐隊として来たんだもんな。

 仕方ねえさ、よく頑張った。


 俺は討伐隊どもをあらかた公都に飛ばし終え、最後に残ったガキ共に手を伸ばす。

 同時に背後から魔物の爪で切りつけられるが、まず『無効化』のガキをライト帝国に。

 次に、俺の馬鹿な生徒を回復させてトーンの町へと跳ばした。


 最後に俺がどっかに転移してしまえばおしまいなのだが。

 まったく、いやまったくだぜ馬鹿野郎。


 丁度、ガキを転移したところで俺の魔力は尽きた。

 まあらしくねえことをやり過ぎたから、仕方ねえか。


 少しだけ夢見ちまった。

 いやずっと夢は見てきたんだが。


 ガキ共二人、クロウと……クリアっつったか『無効化』のガキは。

 二人を連れて、この国から出て三人で旅をするなんてことを、考えちまったんだ。

 生き方を教えて、成長を見届けて。

 いずれ、酒でも注いでもらおうなんて、クソ寒い夢を見ちまったんだ。


 でもらしくねえよな。


 俺は世界で一番イカれた会社、デイドリームのエンジニアだ。

 ガキは嫌いで、優しくもなくて、性格の悪い男だなんだよ。


 俺は討伐隊が落としていった剣を一本拾って、魔物に向けて構える。


「……どうだぁ? 俺にしちゃあ上出来な死に様だろうよ!」


 俺は満面の笑みで、エネミーシステムに向かって叫ぶ。


 女房子供も幸せに出来なかった。

 自分の仕事も完成には至らなかった。

 人も沢山死なせた。

 死んでもおもちゃが手放せなかった糞野郎だ。


 それでも、子供を二人ほど救って見せたぜ馬鹿野郎。


 黒洲丈治の頃と併せて、世界をまたいで生きた九十余年。


 俺にしちゃあ悪くない。

 上出来すぎる終わり方だ。


 俺はそんな笑顔のまま、俺たちの罪であるエネミーシステムに生きたまま食い散らかされて。


 死んだ。

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