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04馬鹿なガキに微笑むのは勿体ない

 まあその寸前で、俺たちは異世界を悪用されないように研究所や研究データを物理破壊するべくC4、プラスチック爆弾で吹き飛ばした。

 重要なデータを持つ研究者やエンジニアも自ら命を絶った。


 俺もそうした。


 俺もみんなと同じく、もうこれしかなかったから。

 生きていられるだけの理由が俺たちにはなかったから。


 俺の締めくくりには未完成の相互GIS装置を使った。

 片道切符のビリーバーとして、異世界へ渡ることで終わることにした。


 こうして俺は異世界転生を果たした。


 俺たちのせいで、この世界は変わってしまった。

 魔物被害対策の為に、人々は少し愚かになった。


 俺たちが研究所を爆破するまで時間加速は続いていたはずなので、魔物が実装されてからかなりの年月が経っているはずなのにそこまで文明は発展していなかった。


 スキルやステータスウインドウなんてサポートシステムがあっても、攻撃的で学習AIも積んで無限湧きする魔物のせいで人類の発展は止まってしまったのだ。


 俺は最終世代のビリーバー、異世界転生者としてどうするか考えたが。

 相互GIS担当だった俺には、エネミーシステムやサポートシステムの詳しい仕組みはわかっていなかった。


 わかっていたとしても、これ以上この世界を引っ掻き回すのは嫌だった。

 申し訳なかった。


 そこから俺はなるべく定住しないように世界を渡り歩いた。

 この世界の法やモラルに則り、なるべく適当にダラダラと、のらりくらりと過ごした。


 デイドリーム時代に、魔力の特性に関する資料を読み漁っていたおかげで魔法に対する理解度も高かったしスキルやらの仕様も把握していたので日銭稼ぎに家庭教師を始めたのだった。


「――……っていう、まあ与太話だ。俺はガキが嫌いだからな、まともに答える気がねえんだよ」


 俺は真っ直ぐに視線をそらさず真摯に話を聞いていたガキにそう締めくくる。


 長く話しすぎた。

 最後ので誤魔化せたとは思わないが、まあ信じるわけもねえ。


 そこからはガキからしたら魔力も魔法も魔物もスキルもない異世界の文明や文化や歴史や人の話を、適当に覚えていることを正誤判定皆無に並べて話した。


 今まで何人か行きずりの女にも話したこともあるが、誰一人まともに信じた奴はいなかった。

 ガキから見て、こんな意地が悪くて性格も悪い俺を信用も信頼もするわけがない。


 本気でそう思っていた。


 だがこれは間違いだった。

 俺は気づいていなかった。


 このガキは想像以上に俺に恩を感じていて。

 想定外の尊敬を向けており。

 予想外になついてしまっていたことに。


 気づけていなかったんだ。


「…………か……? え、あのガ……クロウお坊ちゃまがですか……?」


 翌日、クローバー家に出勤すると使用人から告げられた事実に流石に驚きの言葉を返す。


 ああ? 昨日、別に変わったこともなかったよな? いつものように与太話吹きこんで終わりだったはずだ。


 何をしでかしたらそうなるんだ?

 あのガキはクローバー家では完全にいないものとして扱われていたはずだ。これ以上に失望されることってあんのか……?


 にもかくにも。


 俺はクローバー侯爵家の家庭教師をクビになった。

 まあこれは会社都合退職だ。

 この世界に失業保険があるならすぐ貰えるやつだ。


 どうすっかな、次はどの貴族から小銭を稼ごうか。

 その前に思わぬ暇が出来たし適当に女でも引っ掛けるか……、朝っぱらから飲んじまうか……。


「…………よし」


 俺は、少し考えて次の行動を決める。


 光学迷彩と気配遮断の魔法をかけ、吸着魔法で天井に貼り付きながら、思念盗聴の魔法でクローバー侯爵家の人間からあのガキが追い出された経緯を探ることにした。


 理由は気になったから、以上。


 宿も期間満了を想定して前払いをしてしまっているし、やることがない。

 俺はそもそもが、胡散臭いオカルトマッド研究所で好奇心の限り異世界をいじくり回していたイカれカルト一味の一人だ。


 二秒気になれば、二時間調べる生き物だ。

 別にガキのことを心配しているかどうかとかは関係がない。

 心配していたとしてもこうしているし、心配していなかったとしてもこうしている。


 閑話休題。


 忍者さながらの諜報活動により、おおよそのことは掴めた。


 どうにもあのガキは、父親や姉の前で。


「魔物を消し去りたいのです!」


 だとか。


「スキルやステータスウインドウも不自然で異物なので一緒に消し去ります!」


 だとか。


「それがこの世界を発展させるのです!」


 なんてことを、意気揚々と語ったらしい。


 この世界においてスキルやステータスウインドウは神から与えられたものとされているのでかなりヤバい思想ではあるし。

 馬鹿なやつらにとってはスキルやステータスはわかりやすく優劣をつけられる指標にできるしそれに依存して富や地位を得ているやつらも多い。

 もっというなら魔物も、全ての愚かさを魔物のせいにするために、その楽さを手放せないと考えている半端にさかしい馬鹿な奴らも多い。

 貴族に生まれた人間が、貴族の目の前で堂々とそんな危険思想を宣ったらそら追い出される、下手したらその場で首を落とされる。


 おいおい……。

 まさかあのガキ、俺が言ったことを丸々真に受けたっていうのか……?


 馬鹿すぎるだろ……、信じるか? 信じたとして何故におまえが背負うんだ? 早すぎねーか決断すんの。

 そうか……、あのガキ『加速』で決断に足るところまで高速で思考して精査したのか。


 なるほど、納得した。


 俺は転移の魔法でクローバー家の屋敷から、サクッと宿へと跳ぶ。

 よし、これで気になったことはわかった。これ以上、ここに時間を使う理由はない。


 いや?

 理由は…………、ねえか……?

 なんか一個くらい……。

 あ、あれはどうだ?

 いやねえか……。

 一個もねえよな……?


 あー……、そうだな一個もねえや。 


「…………はあーあ、畜生が……まったく馬鹿が、あーあー畜生」


 俺はそう呟きながら、範囲捜索の魔法を使い、ガキを見つけたので転移魔法で跳ぶ。


 理由は一個も見つけられねえが、動いちまった。


 それなら認めるしかない。

 俺はあのガキが心配だったのだろう。


 つまり俺はツンデレおじさんだったと言うことだ。知らなかった、まさか俺にそんな可愛らしい一面があったなんてな。またモテちまう。


 俺はガキが嫌いだ。


 じゃなかったら親権は俺が取れていたはずだろう? もっと成長を見守れたはずだろう?

 だから俺はガキが嫌いなはずなんだ。

 胡散臭い会社で怪しい仕事にのめり込んで家庭をかえりみなかった。ガキが嫌いだからな。

 じゃなきゃ説明がつかないんだろう。

 俺はガキが嫌いなんだ、そうじゃなくちゃいけないんだ。


「…………無事か」


 跳んだ先でぶっ倒れるガキを診察の魔法で見て、俺は呟く。


 ここは公都の外れ、スラムに位置する場所の廃教会の中か。

 どうにも追い出される前に、これまた手酷くフクロにされたらしいが俺が教えた回復の魔法で治したようだ。


 だが、この馬鹿は魔力の回復速度を上げんの忘れて魔力枯渇でぶっ倒れる前に、ここへ身を隠したと。


 魔力が枯渇するほどに回復を打たなきゃならねえ程度には畳まれたのか。

 俺は魔力を分け与えようと、ガキに手を伸ばす。


 が。


 途中で手を止める。


「……過干渉だな」


 そう思って、手を引っこめる。


 こいつがこうなったのは、この世界におけるモラルや法、価値観に則ってのことだ。

 どんなに理不尽に見えたとしても、外からきたこの世界とは違う価値観を持つ俺が手を差し伸べるのはただの過干渉だ。


 ただでさえ、俺たちはスキルやステータスや魔物でこの世界に凄まじい影響を与えてしまっている。

 さらにこいつは俺の与太話にかぶれて、ことを起こしてこうなった。


 こいつは馬鹿で雑魚なガキだが、一人でもどうにか出来る程度の馬鹿な雑魚だ。

 俺は何もせず、その場を立ち去る。


 だが、この廃教会にゴースト系の魔物の気配を感じる。


「…………まあこのくらいはついでだ」


 俺は一言、理由を述べて消滅魔法で魔物を消し去る。


 さてサービスは終わりだ。

 再び立ち去ろうとしたところで、今度は人の気配を感じる。


 スラムは治安が悪い。

 こんなとこに眠ったガキが居たら攫われるだろう。


「…………まあ……、いや、あー……もう」


 俺は一応、ガキに気配遮断と物理障壁の魔法を目覚めたら解けるようにかけておく。


 更にクローバー家で稼いだ金と、魚の燻製をガキの空間魔法の保管域にぶち込んでおく。


 よし、これでいい。

 これならギリギリ過干渉じゃねえだろう。


「もう二度と会うこともない」


 一言俺は眠るガキに告げて、転移の魔法で適当に跳んだ。


「……えー、魔法における系統というのはあくまでも目安であり、想像した結果を魔力によって実現させたものでしか――――」


 俺は誰もいない部屋で、一人教科書を読む。


 また変わらず俺は適当な貴族の元で、教育実績のアリバイ工作にきょうじている。


 あの後。

 俺は、別の馬鹿貴族の家庭教師となった。


 現在、生徒である馬鹿貴族の馬鹿ガキは絶賛授業放棄中である。

 まあこの家も騎士の家系とからしく、魔法より剣だと剣術の稽古を優先しているらしい。

 クローバー家のような気持ちの悪い意識の高さはないが、単純に頭が悪いようだ。


 つまり楽な仕事だ。

 なんて考えながら、時間を潰していると。


「……――聞いたか? の話――」


 なんて声が廊下からかすかに聞こえてくる。


 暇つぶしに聞き耳を立てる。

 したらば聞こえてきたのはどうにも面白そうな話だった。


 クローバー家は、落伍者である息子を廃嫡し追い出した。

 しかし息子は危険思想にかぶれており、このままだと国家にあだなす存在となりかねない。

 何か問題を起こす前に、クローバー侯爵が責任を取るべく指揮をとって狩りを行うとのこと。

 騎士団と軍から選抜したメンバーで討伐隊を組むという。


 なるほどね。

 あのガキ一匹に、大人が寄ってたかってどうこうって……、騎士団ってのはだいぶ暇らしい。


 まああのガキなら余程のマヌケを晒さない限り、大抵の危機は躱すことが出来るだろう。

 逆に騎士団は良い訓練になるんじゃねえか、『加速』を相手に追いかけっこなんてのは不毛過ぎて愉快だ。


『無効化』させるらしい、どこで見つけて来たんだか――」


 俺はそれが聞こえた瞬間に、壁を破壊して話していた男の頭を鷲掴みにし、思考盗聴の魔法で詳細を読み取る。

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