株式会社デイドリームのしがないエンジニアだった。
デイドリームは元々昭和中期くらいに表向き胡散臭い睡眠学習器具を作ってガキンチョや馬鹿な大人を騙くらかして売りつける会社だったが、裏ではもっと胡散臭い研究を行っていた。
サイエンスフィクション、いや最早オカルトの域にあるような話だが。
量子力学の領域にある確率を引き当て、オカルトに傾倒した変態が作り上げた装置がたまたま狙い通りに働き、それらを結びつけて実証まで持ち込める天才が複数人居た時。
そんな天文学的数字でも説明がつかない奇跡が起こり、パラレルワールドは観測されてしまったのだった。
そこからそのパラレルワールド、別次元宇宙というか、そんな異世界を
そしてその異世界は我々が住む世界の近似値であるパラレルワールドだと結論付けた。
かなり似たような惑星や、恒星の配置。
九割九分九厘、この世界と差異はなかった。
そうなれば探すに決まっている。
地球はあるのかどうか、人類は繁栄しているのかどうか。
確かめずにはいられない。
結論として、地球はあった。
大きさも質量も。
大気の窒素やら酸素の濃度も。
重量も気圧も。
時間の流れ方も。
ほぼほぼ同じ、そっくりそのままほぼ地球だった。
しかし人類はギリ繁栄してはいなかった。
なんというか人類足り得る知能指数は有していたけれど、コミュニティというか文明の発展はまだまだ未熟。
縄文時代ちょい手前、その割りには知能指数はちょい高め。
そんな人類がいた。
さらに、その星というかおそらく世界には我々の世界には存在しないエネルギーがあることが分かった。
観測したはいいがよくわからないその未知のエネルギーの使い方を教えてくれたのは、未熟な人類だった。
その人類はそのエネルギーを身体にめぐらせて身体能力を高めたり手から放出して狩りを行っていた。
これは単純にその時代の研究チーム内では8bitビデオゲームのRPGが流行っていたらしい。
そんな魅力的なものを見つけたら、食いつかずにはいられない変態研究者しかいないようなところだったので、早急になんとかして魔法の世界に行くことは出来ないのか、魔力や魔法をこちらの世界に持ち込めないか。
凄まじい勢いで研究が進んだ。
その結果、観測以上の直接的な干渉は不可能だと結論付けることになった。
が、しかし。
同時進行でデイドリームで行われていたオカルト研究が繋がってくる。
幽体離脱、人間の
具体的にいうのであれば意識の電波化だ。
これを使って意識のみを異世界へ飛ばすというこれまたオカルト的なやり口だ。
8bitのビデオゲームが旧型となり16bitのビデオゲームが遊び尽くされ、32bit次世代機の衝撃的な映像美に目を奪われていた頃。
人間の幽体化を成功させた。
完全に違法な人体実験で、何人か死人も出たらしいが当時のデイドリームは、いや当時もデイドリームはちゃんとイカレていたので強行された。
便宜上、幽体化した人間をゴーストインザ……まあGISと名付けた。公開翌日とかでチーム内に見てきたばかりのヤツが居て盛り上がったのだろう。
そして、ついに異世界へ意識を介入させることを成功させたのだった。
そこから32bitビデオゲーム機が覇権を握り、ついに64bitの次世代機が噂され始めた頃。
またも奇跡が起こる。
胎内の死産となるはずだった赤子に送り込んだGISが同化し、そのまま意識を保ったまま生まれた。
その後、そのGISはそのまま記憶と意識を保ったまま成長して行動するに至った。
しかし定着したGISはこちらの世界に戻ってくることは出来なかった。
それでも実験は続いた。理由はもちろん、イカれているからだ。
そして、ゲームハードが更なる次世代機を出して画面が上下で別れた携帯機で脳を鍛えるのが爆発的な大ヒットを起こしていた頃。
GISを
こうしてパラレルワールドで肉体を得た者を。
便宜上、ビリーバーと名付けた。これは社名からの流れで、そのまま付けられた。
そして実験は次の段階へ。
ビリーバーたちによる本格的な文明開化を行うことになった。
言語の普及、数字と算数の概念、農業、畜産、建築、立法、刑事罰、通貨の導入、医学、などなど。
我々が数千年かけて
同時に、魔力や魔法についての研究と解明も行った。
そちらはそちらで、文字通り異世界に魂を売った連中が取り
とんでもない技術発展が見込める域まで、魔力を使ってこちらの世界以上のものを作ることが出来てしまうようになった。
魔力は万物に流れており、それを様々なエネルギーや物質に変換できるという性質を持っていて研究者や技術者からしたら自由度の高い知育ブロックで好きなものを作るようなものだった。
そして出来上がったのが、
狂気以外の何物でもないのだが。
これはその世界自体の全ての時間を加速させる。シミュレーションゲームで経過を飛ばす時に使うようなものを完成させてしまった。
この装置の登場により文字通り加速度的に発展し続け。
こちらの世界が長く煩わされた感染症に特効薬が生まれて完全な終息を見た頃。
異世界は十五世紀くらいの文明を手にしていた。
どのくらいの加速が行われていたのかはその当時まだ俺はデイドリームには居なかったので定かではないが。
異世界の様子は様変わりしていた。
人口は爆発的に増え、さらに一部地域に新人類も誕生していた。
新人類は魔力との親和率が非常に高く魔法の扱いに非常に長けていた。
魔力の影響で見た目に変化が現れており、従来の人類とは対立するような状態で
この新人類に便宜上、魔法族と名付けた。
まあストレートに、魔法に長けていたからって理由らしい。この頃にはオタクノリで名前をつけるブームは去っていたようだ。
人類はいくつかの国家を作り上げており、国名はワン、ツー、スリー……や、アップ、ライト、レフト、ダウン、といった適当なところを見るにかなり黎明期にビリーバーが行った区画整理がそのまま引き継がれているようだった。
文明発展度としては中世くらい、ビリーバーの趣味が顕著に現れていたのかヨーロッパ風な建築が多く貴族のような階級制度や王政の国が多かった。
そこまで急激に発展させる為に、どれだけの人間がビリーバーとしてこちらの世界から消えていったのかは、想像したくもない。
さらにそこからようやく片道切符のビリーバーたちの帰還方法についての研究が本格始動した。
まあ異世界にある物質のみでGIS装置を開発し、ビリーバーとは違いこちらの世界にある生命維持装置に繋いだ自分の身体に意識を入れ直すというものだった。
俺はここから株式会社デイドリームのパラレル部門に参加をした。
半世紀以上オカルトに傾倒して、それを実現してきた変態揃いの秘密結社だ。金払いは良かったし、俺も若かったし、エンジニアとして未知のエネルギーを使ってデザインをした装置が異世界に造られるというのは夢があった。
異世界の文明発展度を上げるチームと、俺が所属する異世界人類にはバレないようにこちらの世界とのやり取りなどを行う為の設備やシステムを開発するチームに別れてひたすら異世界への干渉に注力した。
魔力という意思伝達で変化する未知のエネルギーを使って回路を組み、演算装置や通信設備を作るのは心が踊った。
と、いっても院生時代は脳医学や神経系伝達や脳波による干渉の機械再現分野……まあざっくりいうとオカルト医学みたいなことをやっていた為、基本的には相互GIS装置開発の担当だったので直接的に異世界に介入することはなかったけど。それでも異世界という未知を相手に研究や開発を行うのは楽しかった。
解明が進み更新され続ける魔力というエネルギーの特性を如何に活かすかをひたすら行い。
若かった俺に女房子供が出来て、離婚調停の末親権は取れずに子供に会えないまま成人式の写真だけ送られて来た頃。
まさかの表向きの活動で資金源だったねずみ講だかなんだかが問題になって検挙され、代表がパクられた。
何度も監査やら事情聴取やらをのらりくらりと躱して半世紀以上も胡散臭くてグレーと黒を反復横跳びしながらやってきて裏では黒なのかすらもよく分からない研究を、完全に違法な人体実験を繰り返して続けてきた株式会社デイドリームもこれにて終焉を迎えた。
かに思えたが。
ここで別の会社がこのパラレルワールド研究を引き継いだのだ。
それが、サプライズモア株式会社。
PCソフトやスマホ向けアプリやオンラインゲームなどを開発する、今乗り乗ってる新進気鋭のベンチャー企業だ。
そんなノリノリな明るい会社が、変態オカルト暗黒領域であるデイドリームの業務を請け負ったのかといえば。
異世界を使ったリアルMMORPGを作りたいという、これまたイカれた内容だった。
GISで異世界用の肉体とこちらの肉体を行き来し、実際の肉体を使った異世界で剣と魔法の冒険ファンタジーを作りたいらしい。
まあ、要は異世界を金儲けに使いたいということだ。
異世界の鉱物資源や魔力などをこちらに持ってくるのは不可能である。
だからデイドリームもパラレルワールド研究では金儲けは出来ていなかった。だから基本的にデイドリームは霊感商法、詐欺商品、ねずみ講を資金源としていた。
金儲けの為に異世界のエンタメ化ねえ……。
マッドで狂気と好奇心だけで、異世界人類の文明発展に介入してきたデイドリームも暗黙の了解というか一応線引きはあった。
異世界人類を滅ぼすようなことはやめよう。
悪戯に殺したり、虐げたりするのはやめよう。
出来れば感謝をされる隣人であり続けよう。
そんな風潮があった。
確かに俺たちは異世界をおもちゃ扱いしていた。
でも大切なおもちゃだったんだ。
代わりの利かない、絶対に壊しちゃいけない。
だから大事に、大事にしてきた。
こっちの世界じゃ出来ない危険な実験を行うみたいなことをやろうと思えば出来た。
実験場として解放して、様々な機関から金を巻き上げることも出来なくはなかった。
でも、やらなかった。
俺たちの青春だったんだ。
もちろん異世界へ行ったビリーバーたちの中にも、異世界で悪さをした奴もいたが例外なく容赦なくその世界の法やモラルに則り庇うことなく裁いた。
そんな世界を、ゲームにしろ?
旧デイドリームのエンジニアたち全員が、怒りを滲ませた。
だが、大事なおもちゃを手放すことも俺たちには出来なかった。
言われた通りに、異世界のファンタジーゲーム化が進んだ。
俺は相互でのGISを可能にする為の設備の開発を続けた。さらに向こうの肉体に過剰な負荷がかかった場合に自動的に戻ってこれるシステムも同時進行でアイデア出しをしていた。
さらにエネミーシステム、仮名称魔物をデザインし発生させるシステムを構築する担当や。
魔物と戦うための戦闘アシスト用のサポートシステム、仮名称スキルやRPGのように強さを数値化して現在の状況を確認できるステータスウインドウなどの作成と構築担当。
これらに別れて、異世界のゲーム化が進められた。
しかし。
当初ノリノリで浮かれ調子だったサプライズモアの奴らは、旧デイドリームのイカれっぷりに日々頭を悩ませることになる。
相互GIS構築や魔物のモーション確認の為に、当たり前のように社員が死に続けた。
俺たちからしたら当然、安全マージンなど最初からないのが当たり前。
脳が溶けようが意識が行方不明になろうが向こうで四肢が弾け飛ぼうが、当たり前のように死体を処理して偽装して、次の人体実験の為の被験者を募った。
サプライズモアの社員からも、どんどん死んだ。
これは命懸けの、そういう遊びなんだ。
やがてサプライズモアの代表者は疲弊し、もっと安全に出来ないかと俺たちに打診してきたが全員で一言。
おまえも同罪だぞ。
俺たちの狂気にサプライズモアの代表者は首を吊った。
それでも俺たちの狂気は止まらなかった。
俺たちは終わり方を知らなかった。
エネミーシステムのデザインと動作テストも終わり、世界に魔物が放たれた。
同時にサポートシステムも実装され、ビリーバーたちが研究開発した攻撃魔法を用いて異世界人類と魔物との戦いが始まった。
しかし、エネミーシステムとサポートシステムの稼働に近似値地球の魔力を使いすぎて、異世界人類の魔力との親和率は下がり発声を用いなくては魔法が使えなくなっていた。
魔法族、この頃にはもう魔族と呼ばれるようになっていた新人類もやや魔力との親和率が落ちて多種多様な魔法を使うことが困難になっていた。
後は相互GISと安全装置の完成を待つばかりというところで。
次は自分が実験に使われるんじゃないかという恐怖でサプライズモア社員から告発が起こり。
旧デイドリームの研究者やエンジニアたちによる過去類を見ないカルト的な大量殺人事件として検挙され。
約百年にも渡るパラレルワールド研究は幕を閉じた。