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02馬鹿なガキに微笑むのは勿体ない

 葉の熟成が足りてない大して美味くもない煙草を吹かして一服をしてから、俺がガキに命じたのは。


 部屋の掃除だった。


 この離れは不衛生極まりない。

 別に潔癖でもないし、そこまで綺麗好きでもないがここからしばらく通う場所が汚えのは流石に気が滅入る。

 貴族のガキにやらせることじゃねえが、俺がやることでもねえ。使えるもんは何でも使うのが俺のポリシーだ。


 しかし。


「……貴族の坊ちゃんが掃除に慣れてねえってのを差し引いてもノロ過ぎんだろおまえ。スキルは『加速』だろ、なんで使わねえんだ?」


 中々終わらない清掃作業にしびれを切らして口を出す。


「すみません……、僕のスキルじゃこのくらいしか筋力や俊敏性を向上出来ないんです」


 一心不乱に自分の血がへばりついた床をみがきながらガキは答える。


 俺はその答えに、仕方がないこととはいえ呆れてしまう。


「はあ……、いや、よく分かったよ。おまえが馬鹿で、今までおまえを教えていた奴らも馬鹿だってことがよ」


 煙草に火をつけながらガキへと感想を述べて。


「ひとつかしこくしてやる。おまえのスキル『加速』は能力値を向上させるものじゃあねえ。行動や現象そのものを加速させるスキルだ。良かったな、おまえはこれでひとつ馬鹿じゃあなくなった」


 大して美味くない煙草を吹かして家庭教師から最初の教えを伝える。


 まあ仕方ない。

 スキルのほとんどが自身に対して効力を発揮するものだ。


 例えば『剣士』だとか『狩人』のような職モノと呼ばれるスキルはステータスの成長率や特定の行動への補正がかかるし。

 他の『観察』だったり『再生』みたいな万能モノと呼ばれるスキルもステータスの向上だったり自分自身にその効力がおよぶものが多い。


 だからスキルというものは、自分自身の力というか強さを上げるものだという勘違いが横行している。


 でも『加速』だとか『未来予知』だとか『復元』だとかは少し違うというか……。

 これらは自分自身も対象に出来るが世界そのものに干渉するスキルなのだ。


 つーかそもそも、スキル自体が魔物と戦うために実装されたサポートシステムというかシステムアシストだ。

 個人に対して与えた力とかじゃなくて、世界そのものに組み込まれたものである。

 だからそもそも全てのスキルは世界に干渉しうる窓口足り得る。こんなものは理解度の問題でしかない。


 ガキは俺が言ったことをぶつぶつと呟いて、色々と試し始める。


 そしてどうやら、掃除をする自分の脚力とかではなく。

 掃除をする自分、さらには掃除という行為そのものを加速させるという、どんどん主語を大きくして行くというところまで落とし込んだようだ。


 でもまあ、余裕で落第点だ。


 まず、それを気づくまでの時間そのものを加速させりゃあいいし、掃除が完了するまでの時間を加速させるってとこには気づかなかった。


 掃除で汚れた服を着替えさせるついでに、魔法でお湯を出して身体を洗わせる。

 このままうろつかれるとせっかく綺麗になった部屋が汚れる。こんだけ待たされてまた部屋が汚れんのは腹立つだろ。なので仕方ない。


 そこからようやく普通の座学を行うことになった。


 とりあえず、どの位の学習進行度というかどのくらい履修してんのかを測る為に筆記テストを行った。

 内容としては貴族のガキが十二歳くらいまでで履修しているであろう歴史だとか算数だとか、まあそんな感じだ。


 結論から言うとこいつは他の貴族のガキとくらべ物にならないくらいに、教養があった。


 ちょっと意地悪気味に履修範囲から外れているであろうこととか公式を知らなきゃ解けねえ数学の問題を混ぜておいたが割とすんなり答えられたし、数学の問題も正解はしていなかったが何とか自分の知識で解けないものかと挑み続けた試算の形跡が見て取れた。


 なるほど、やっぱこいつ真面目だわ。

 真面目な奴は好きじゃねえけど、仕事としては都合がいい。


 しかしてどうするか……、こいつ座学で教えることあんまねえな。

 まあそりゃ顎砕かれる程度にはスパルタ教育を受けて来てるんだからこれくらいはわかるか。

 面倒だが、ここはこのガキに合わせてもうちょい進んだカリキュラムを練るか……。あーだりい。


 後は魔法を一通り、まあこの辺は『加速』あるんなら大抵は何とかなりそうだな。


「よし、大体わかった……。とりあえずこれから魔法の基礎ついて教えるから、おまえには今日中に出来るようになってもらうわ」


 俺の言葉に、ガキは垂れた目を丸くして驚く。


 いいね、悪くない。

 貴族の馬鹿なガキを驚かすのは、気分がいい。


 思わず笑みがこぼれそうになったが、女でもなけりゃあましてやガキに微笑んで見せるのは勿体ないので噛み殺した。


 そこから、俺は魔法の基礎を語った。


 そもそもこの世界で起こる魔法という現象に、詠唱なんてものは必要なかったこと。

 魔力というのは生物や植物、鉱物や地面、大気など万物に流れており意思伝達により形を変えるエネルギーであるということ。


 自身の体内で魔力を生成したり、万物から取り込むことにより魔力との親和率を高めることで人はより魔力を自由に現象へと昇華できること。

 現在は、とある理由から人類全体の魔力との親和率が下がり詠唱によって意思伝達をサポートしないと上手く現象へと変換されないこと。


 ステータスにある火だとか水だとかの魔法系統はシステムが使いやすいと判断したものが記載されているだけで書いてないものが使えないわけじゃないこと。

 つーか魔法適正とか魔力量だとかステータスに書いてある全ての数値はあくまでも目安程度のものでしかないこと。


 基本的に魔力との親和率が高い魔族やスキルでシステムアシストを受けていないと無詠唱は不可能とされているが、魔力との親和率を上げることが出来れば誰でも無詠唱で魔法を使えること。


 そんな魔法の基礎を、俺はガキに淡々と語る。


「………………は、はあ……」


 ガキは口を開けたまま、俺の話を驚愕しながら聞く。


 いいリアクションだが、そんなに驚くものでもない。

 まあ確かに一般的に広まっているものよりやや深い内容ではあるがこんなもんは魔法の基礎だ。


 この魔法っていうこの世界特有の現象は、もっと


 俺の授業を受けるガキ共にはみんな教える内容…………、いや? そういや準備はしてたけど貴族の馬鹿ガキで俺の授業を真面目に聞いていた奴は一人もいねえか。


「つまり、おまえも魔力との親和率を上げりゃあ何も唱えねえでも魔法を使えるってわけだ。俺もさっきから詠唱してねえだろ? 上げ方は色々とあるが、おまえの場合は『加速』を使うのが手っ取り早い。さあ、やれ」


 俺はある程度話したところで、ガキに向けて実践するよう促す。


 さっきの掃除で『加速』の使い方は教えたし、出来るだろ。

 親和率がなんなのかって曖昧な感覚を見つけるのに本当ならそこそこに時間がかかるが、こいつは答えを見つけるまでの時間そのものを加速出来る。


 またガキはぶつぶつと、俺が教えたことを呟きながら席から立ち上がり色々と試す。

 するとやがて呟きも加速され、答えが見つかるまでの所要時間そのものが加速される。


 鑑定魔法で確認すると、魔力との親和率は見事に上がりきっていた。やはり『加速』は便利だな、話が早くて煩わしくない。


「よし、いいだろう。適当に魔法を使ってみろ」


 俺はガキへと促すと。


 馬鹿な出力の水の塊を撃ち出した。


「――ッ! 馬鹿野郎!」


 俺はちょっと声を荒げながら、消滅魔法で水を消し飛ばす。


 あっぶねえ……、せっかく掃除したのに水浸しにする気かこのガキ……。

 まあ別に濡れなかったから怒ることじゃねえな。


「と、言うように。魔力との親和率が上がると魔法の出力も上がるので注意が必要だ。以上、魔法の基礎だ。質問はねえな。よし、次は――」


 俺は冷静に淡々と語り。


 こんな感じで俺はガキに色々と教えた。

 なんだかんだでガキも『加速』を使い慣れたのか理解すんのが早くなり。


「あ? 魔物を相手に個人が出来ることなんか限られてんだろ。戦いは連携なんだよ、個人がどれだけ鍛えても高い練度の連携の前には無力だ。覚えとけ馬鹿」


 だとか。


「使えるもんは何でも使うんだ馬鹿、人間相手なら言葉も使え、嘘をつけ、脅してもいい、笑ってもいい。全部使え、おまえみたいな雑魚はそのくらいでちょうどいいんだよ」


 だとか。


「ステータスの数値なんか目安でしかねえ、どんだけ細分化したところで、こんなんで人間が測れるわきゃねえだろ。人間はそんなに浅くねえんだ馬鹿」


 だとか。


「スキルは使いまくったり条件を達成すると上位スキルに覚醒する仕様だが『勇者』への覚醒以外はそんなに気にしなくていい。『勇者』が出てくる前は大規模な魔物の氾濫が起こるんだ。まあ、おまえみてえな雑魚には関係ねえ話だ」


 だとか。


「対人なら詠唱出来ないように顎を砕いて、武器を触れないように利き腕へし折って、逃げれねえように脚をひしゃげさせんだよ。あ? おまえなら後で治してやれんだろ馬鹿、気にせずにぶちのめせ」


 だとか。


「魔力との親和率を高めるってのは本来時間がかかる、だから大昔は偽無詠唱って方法で無詠唱が使えない期間をおぎなっていたらしい。これは賢い、お前みたいな馬鹿じゃ絶対思いつかねえ」


 だとか。


「仲間から死人を出すのは三流以下だ。逃げて二流、仲間の為に死ねて一流、誰も死なせねえのが超一流ってわけだ。あ? 俺は仲間なんかいねーよ。性格悪いからな」


 だとか。


「良い女は口説いておいて損はねえ、口説くんなら仕事をしっかりこなしておけ。生物の基礎として女はこいつの子を産むにあたいするかって価値観が言語化できない位置に漠然とあるんだよ。ガキ共の中だと足が速いやつとか、勉強出来るやつとかがモテんのはそういうことだ。大人は金持ちか仕事が出来る奴がモテる。この俺のようにな」


 だとか。


「勇気なんてものは言葉だ。別にそれ自体が力になることはねえ、だが人によってはそれがなきゃ動けねえ奴もいる。その方法は様々だ、色んな勇気がある。俺には無いがな」


 だとか。


「久しぶりに会った女が綺麗になってたら気をつけろ、間違いなく他に男が出来てる。そういう時はこっちも新しい女がいる風にしてろ。ダメージが少なくて済む」


 だとか。


 そんな感じで順調に授業は進んで、半年が経過した頃。


 一つ問題が発生した。


「もう、教えることがねえ」


 俺は授業の開始時に、机でノートを開くガキに端的に伝える。


 このガキの『加速』に合わせて俺も教える速さを上げた結果、想定していた学習進行度を遥かに超えてカリキュラムを終えてしまったのだ。


 いやはや、優秀過ぎるが故の失敗だな。

 もちろん優秀なのは俺であって、ガキの方じゃあない。

 このガキはただ多少真面目なだけの馬鹿だ。


「仕方ねえから、質問を受け付けてやる。何か教えて欲しいことはあるか?」


 俺はガキの自主性を試すという大義名分を得て、楽をするべく質問を促す。


「…………あの、クロス先生は何者なんでしょうか?」


 恐る恐る、ガキは手を挙げて俺に問う。


「いくら僕でも先生が常軌を逸していることはわかります。無詠唱だけじゃなくスキルやステータスへの理解度、僕も調べてみましたがそんなことに触れている書物はひとつもありませんでした」


 ガキは続けて語り出す。


「魔法……というか魔力の扱いにも長けていて当たり前のように無詠唱で空間魔法や消滅魔法を使いこなす。そんなクロス先生が騎士団どころか軍にも入らず、冒険者にもならない……。魔物を倒したりすることに興味はないのでしょうか」


 ガキは調子に乗ってさらに質問を重ねる。


 まあ、そうか。

 もっともな疑問ではある。


 あー…………、まあいいか。


「俺は異世界転生者だ。この世界のれいめいからこの世界のデザインに多少たずさわっていたから魔力や魔法、スキルやステータスウインドウだとかのサポートシステムやら、エネミーシステム……魔物についてはおまえらとは情報量のけたが違うんだ」


 俺は嘘偽りなく、ガキに対して答えた。


 何故わざわざ本当のことを言ったのか、正直俺にもわかっていない。

 昨日の酒がちょっと残っていたとか。

 嘘つくのが面倒だったとか。

 話を広げてここからの授業内容をかさ増ししたかったとか。


 まあ色々と、こじつけようとすりゃあなんだって出来るんだけど。


 ただ一つだけ言えるのなら、このガキに情が湧いて少しでも俺のことを知ってもらいたいからとか、そんな理由だけは有り得ないということだ。


 俺は馬鹿なガキが嫌いなんだから。

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