あ、やべぇ全然気づけなかった。
おいこの気配このまま引くだろコイツ引金。
避け、いやダメだお母さんに当たる。
無力化。
銃を、いや。
焦るな。
そうか拳銃持ってるやつまだ。
振り向いて、銃を。
ダメだ時間が。
今は即時回復不可。
コンマ二秒あれば。
考えている時間も。
嘘だろ?
焦るな。
ここで詰むのか?
時間も体力も集中力も。
技能使用不可。
焦るな。いやダメだろもう詰んだマジかよ。
ここなのか? ここで終わりなのか?
コンマ一五秒も使って、何も思いつかないのか?
終わ――――――。
「やめてえええええ――――っ‼」
「――⁉」
突然発せられた子供の大声に驚き反応し、振り向いたようで銃口が一瞬俺から離れる。
視線の先には、ヒーローなりきりフードを被って変身して立つアンがいた。
俺は小さなヒーローが作った隙に、回し蹴りで銃を弾き飛ばすと銃が空中分解して、パーツが宙に散らばる。
さらに回し蹴りで銃口突きつけていたやつの頭を優しく揺らす。
「ハ――――――――ッ………………」
状況が終了し、思わず大きく息を吐く。
ま、マジに危なかった……実は史上最大のピンチだった。
「お母さあぁあん!」
アンは大泣きしながら、お母さんに駆け寄る。
いーや、助けられちまった。
この小さなヒーローは、世界で誰にも出来ないことをしでかしたのだ。すげぇな。
そこで空中分解した銃の部品がリモコンに当たってテレビが点き、ニュース速報が流れる。
「ただいま速報が入りました! 地球崩壊戦線にヒーローが勝利した模様です!」
「気づくのおせーよ……」
ニュースキャスターの言葉にそう言いいつつ、テレビを視聴する。
「地球平和維持軍からの緊急会見です」
キャスターがそう言うと画面が切り替わり、馴染みの女科学者が会見を行っていた。
「えー単刀直入に言うとヒーローが勝ちました。完全勝利です。完全に脅威は去りました」
疲れた顔で女科学者が会見席で、端的に述べる。
髪ボッサボサだなこいつ、ちゃんと寝てねーな。
なんかちょっと申し訳なくなってきた。
「ヒーローの信号がロストした為消息は不明、しかし亜光速跳躍を観測し日本に着地した模様です」
淡々と女科学者は、情報を開示していく。
ああバレてんのかやっぱり、流石に優秀だ。
「もしヒーローがこの放送を見ているのなら警察などの公的機関に貴方の所属と姓名を周知してあるので帰還報告をお願いします」
女科学者はそのまま流暢に俺向けの周知を行う。
だからおせーって、さっきの通報ん時にしといてくれよ。
しかし帰還報告か、帰還したって言ったらヒーロー続けなきゃならなくなるよなぁ……もう辞めてえんだけど。マジに疲れたんだ。
「あとコレは個人的なメッセージになりますが――」
帰還報告をするか迷う俺に向けて、女科学者はそのま続けて。
「疲れてるのもわかるし貴方がこのまま姿を消そうと考える気持ちもわかるけど、ただ心配している私……たちの為に、お願い連絡をちょうだい。おかえりを言わせて」
寂しそうに、一週間に俺を見送った時と同じ顔でそう言った。
「………………」
俺は無言でそれを聞いた。
「では続きまして現時点で観測出来ている戦闘記録についてですが――」
「…………はぁ」
会見の視聴はそこそこに、ため息をひとつついて、お母さんの縄を解く。
「ちょっとだけ待ってくださいね」
アンを抱きしめるお母さんにそう伝え、部屋の電話で110番に架ける。
「はい警察です。事故ですか? 事件ですか?」
「あら偶然さっきのお姉さんか」
受話口の聞き覚えのある声に、俺はそう返す。
警察組織にはあまり詳しくないが、どのくらいの確率なんだろうか。
「世界平和維持特別連合軍特殊実戦部直属特秘S級戦闘隊所属対崩決戦用万能戦闘超人、織田牧九十九です。所属と姓名の周知は来ていますか?」
「えっ、あ! やっぱりさっきの本物だったんですか!」
驚きの声が返ってくる、覚えてくれていたようだ。
これなら話が早い。
「はい本物だったんです。んでさっきの新興宗教に拉致された少女の母の救出に成功、建物内の脅威については完全に無力化したので少女と少女の母の保護を要請します。住所は確認出来ていないのでこの電話の発番から調べて貰っていいですか?」
「は、はい! かしこまりました!」
つらつらと状況の報告を行うと、タイピング音と共にお姉さんの返事が聞こえる。
「あー、あと本部に伝言頼みます……えーっと」
続けて、俺はお姉さんにそう言って。
少し考えたが、こう答えることにした。
「俺は無事ですが死ぬほど疲れているので帰って寝ます。起きたらまた連絡するので心配せずに待っててください。ただいまは直接言います」
本部……というより彼女……女科学者に向けた返事だ。
あんな顔されちゃあ帰らなきゃな。
最後に会った夜も、必ず帰る的なこと言っちゃってたの思い出したし。
まあ、現役続行である。
正直女科学者ことを無視してもバチは当たらないくらいには活躍したんだろうけど。
そんなん無視できたらそもそもヒーローなんてやってないわけで。
「てな感じでお願いします」
電話口のお姉さんに伝えて、切電しようとした時に。
「かしこまりました……あのホントに世界をありがとうございました」
なんて、お礼を言われてしまう。
「最善を尽くしただけだよ。じゃ、こちらへの出動お願いします」
俺はそう返して電話を切った。
そこからすぐに、アンとお母さんをビルの入口まで連れていく。
「すぐに警察が来るのでもう大丈夫です」
外に二人を連れ出して、伝える。
「本当になんてお礼を言ったら……」
「いやむしろこちらこそ娘さんに、命を救われちゃったから」
お母さんの言葉にそう返してしゃがみ、アンの頭に手を置く。
「マジに助かったこれは誰にだって出来ることじゃないんだぞ。本当にありがとうな」
「こっちのセリフだしぃー! こっちの方がもっとありがとうだしぃー!」
「お、おう」
さっきまでべそかいてたくせに、えらいご機嫌でアンは俺の感謝に笑顔で返して。
「わたしもヒーローみたいになれたかな!」
アンの一言に目を丸くしてしまう。
なんだよ、そんなの決まってるじゃないか。
「もし万が一いや億が一またこの世界に脅威がやってきた時それをまたヒーローが救ったとしても、それは事実上、まゐが世界を救ったことになるってくらいにおまえはヒーローだよ」
「?」
いまいち俺の回答が刺さらなかったみたいで、アンの頭に疑問符が浮かんだのが見える。
「いやすまん全然頭が回ってねぇから上手く言えねぇや」
そう言ってちょっと笑ってから。
「じゃあもうすぐおまわりさんくるから、それまでお母さん守ってやれヒーロー」
「うん‼」
別れの言葉と共にわしゃわしゃとヒーローの頭を撫でて、去り際に。
「じゃあ、おやすみ」
そう言って後ろを振り向かず手を振って、俺は家路についた。
何でも来い、何からだって、何回でも救ってやるさ。
「フ――――ッ」
ヘトヘトになりながら階段を上り、アパートのドアを開けて。
布団に倒れ込む。
ああ、何回でも救ってやる。
ただ今は、ただただ今この時は。
兎に角眠りたい。
おしまい。