やっべぇ疲れてて全然頭回んねぇって、え? なにかくれんぼ中なの? 登場人物急激に増えたぞ? どゆこと?
「お母さんはヒーローが絶対せかいを守るっていってたけど、おばあさまのお友達は全然聞いてくれなくて…………」
そのままアンは語り。
「
この一言で、俺は
回らない頭をココアの糖分でフル回転させて、彼女の拙い証言を一つ一つ拾って状況の把握に務めた。
ざっくり
彼女の祖母はまあまあカルトなとある新興宗教団体の幹部らしく。
その新興宗教は今回の地球崩壊戦線との最終決戦で世界は滅びると踏んで信徒一同安らかにその時を迎えるための終活を始めたらしい、まったく失礼しちゃうぜホント。
そんな終活に物申したのが、彼女のお母さんである。
「ヒーローが負けるわけないから諦めずに待て、明日を捨てないで」
と、アンのお母さんは信徒達の説得に乗り出たのだ。嬉しいじゃないのホント。
というか少し納得した。
ずっと気づいてはいたのだがアンはヒーローなりきりパーカー、まあ俺の変身状態を模した子供用のパーカーを着ている。フードを被ると変身出来るやつ軍の売店でも買えたと思う。お母さんの趣味なのか納得した。
なるほど、つまりこういうことか。
わりと順調に説得を続けていた今日。
新興宗教の過激派に目をつけられた。
狂信なのか、打算なのか。
「貴方の行いは我々にとっての善ではない、残念です。今宵の異形の月の夜に見せしめにします」
と、銃を突きつけて彼らはお母さんを拉致した。
危険を感じたお母さんはあらかじめ彼女を隠し。
一部始終を隠れて見ていた彼女は恐怖で声も出せずただただ無力を痛感しながら隠れきった。
「――――それでずっと隠れてたらお外で大きな音がして、おうちを出て歩いてたらお兄さんが居たの」
俺と合流したところで、彼女の証言は以上となる。
アンの拙い証言を拾い集めて、おおよその状況は想像で補えた。ココアで糖分が巡って脳が動いて助かった。
亜光速跳躍の着地点からそんな離れてないのか……おうち、あの辺り人っ子一人いなかったから拉致しやすかったろうな犯人。
「おっけ、大体わかった」
俺はアンにそう言って、にかっと笑顔を見せる。
大した事は起こっていない。
それが素直な感想だ。
こんな問題普段なら秒で解決するというか、俺がこの話を聞いた時点で解決しているのと同義なのだが。
今はちょっと状況が違う。
迷子の親探しじゃねぇーのかよ……。
大した事じゃあないが、ちょっと面倒なことになってきたな。
あー……仕方ねぇか……。
「ちょっと待ってろ」
俺はそう言って、アンをベンチに残して立ち上がる。
とりあえず一番簡単に根本的な解決を見るのであればこの方法しかあるまい。
俺は自販機で崩した小銭を公衆電話にいれて本部直通の番号へと発信する。めちゃくちゃ珍しいし俺も使うのは初めてだけど、やっぱ有ると便利なんだな公衆電話って。
「――――この電話からはお繋ぎできません。この電話からはお繋ぎできません。この電話からはお」
繰り返される自動応答メッセージを聞いて受話器を下ろす。
これもダメか……そりゃそうよね。
俺が本部に連絡を取って、すぐに軍や政府から。
「ヒーローの大勝利で世界は滅びなくなりました」
と公表させれば、その新興宗教が終活をする目的を失いそもそもお母さんを拉致した意味も無くなると踏んだのだ。
このまましれっとフェードアウトして引退したい俺が無事なのも軍に知られた上に公表されてしまうのは大変不本意ではあるが、これが一番手っ取り早いし警戒態勢が無くなれば警察も動ける。
しかし覚えてる本部直通の番号は全滅か……。
そりゃ軍専用回線に一般回線から繋がるようにはなってねえわな。
くっそ完全地球崩壊爆弾なんかで壊れねぇ端末を作れよ軍の技術担当……、他に本部に繋いでくれそうなとこは……。
「はい警察です。事故ですか? 事件ですか?」
今度は小銭を入れずに110番で発信する、すると自動応答メッセージではない割と若めなお姉さんの声が聞こえる。
「世界平和維持特別連合軍特殊実戦部直属特秘S級戦闘隊所属対崩決戦用万能戦闘超人、織田牧九十九です。この意味のわかる方に取次ぎをお願いします」
女性に対して俺の所属から全てを伝える。
でも正体を隠しているヒーローの所属は一般的ではない。なので遠回りでもいいから確認のために軍の関係者に繋いでれるように頼む。
「……申し訳ございませんが特別警戒態勢中ですので緊急性の無い通報はお受けできません」
電話口のお姉さんは当然のように答える。
いたずらだと思われてしまうか。
そりゃそうだ、所属が長すぎると俺も思う。
だがそんな悠長なことはいってられない、緊急性はある。
「緊急です。新興宗教団体がアンという少女の母を拉致、実行犯は拳銃を所持している為、生死に関わる危機が予測されます。現在少女は私が保護しております。少女の母の捜索と少女の保護を要請します」
「……かしこまりました。それではもう一度お名前伺ってもよろしいですか?」
俺の通報内容に電話口のお姉さんも真剣な声色で少し話を聞いてくれそうな雰囲気を出す。
「はい。世界平和維持特別連合軍特殊実戦部直属特秘S級戦――」
「申し訳ございません特別警戒態勢中につき緊急性の無い通報はお受けできません」
馬鹿長い所属途中で、お姉さんは遮るようにぴしゃりと言い放ち。
そのまま切電されてしまう。
「そりゃそうだわな……緊急事態だしね……うん」
受話口から無常に流れるビジートーンを聴きながら、俺は呟いて受話器を置いた。
さて、状況整理。
まず本部への連絡も出来ず警察も動けない。
体力もカラ欠で技能云々以前に変身すら出来ねぇ、出来たとこで多分ぶっ倒れるし最悪マジに死ぬ。
割とマジに詰み気味だ。
「…………」
ベンチに座り不安そうにこちらを眺めるアンを見る。
じゃあどうするんだって話なわけだけど。
俺は今まで何回『詰み』を経験してきたと思ってんだ。
この程度の詰み、何度も覆してきたさ。
「待たせたな」
ベンチに戻り、アンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「一旦アンのおうちに戻る。そこから痕跡を辿って見つけ出して、お母さん助け出す。ああ余裕だったわこんなん」
ふてぶてしくおどけて、彼女の不安を取り払う。
心做しかアンの顔にも笑みが浮かぶ。
「よし! さあ、行こうか!」
そう言って俺はアンの手を握り、公園を後にした。
アンに手を引かれるかたちで、おうちへと向かった。
子供を見逃している時点で犯人グループは素人だ。
故に捕らえたお母さんをすぐにバラしても処理に困るだけだ。馬鹿の集まりじゃなきゃおそらく命は無事だ。
どうせ世界が滅ぶんなら何やってもいいだろって自暴自棄さはあるが、その思考だけなら家に押し入った時点でお母さんを殺しているだろう。
見せしめにしたいという意図がある、犯行にカルト的な思想の影響が見える。
目的は殺人ではなく見せしめ、まあ有り触れた犯罪者思考だ。何も特別なことはない。
「ここ」
「ここか」
歩くのもしんどくなってきた頃、
どうやら彼女は木香原
犯人たちの言う「異形の月の夜の見せしめ」とやらが何を指すのかは不明だが。とりあえず月には今、俺の巨大手形がガッツリ残ってるのでいくらでも好きなように異形の月にできちゃうわけだ。
でも一旦とりあえず夜までは平気ってことだ。現在時刻十六時四十八分……あれ? 案外時間なくね?
「中入るの?」
「いや入口だけで充分」
アンの問いかけにさらりと答えて入口を観察する。
普通に足跡も残っている。
三人……、いや車で来ている運転手合わせて四人か。
体重が百三十七……、いや八十六、六十五、六十六キログラム。
身長が百八十七、百七十、百七十三センチメートル。
全員右利きで男性、一番大きい奴は格闘経験がありお母さんを担いでいる。
一番小さいやつが銃を左脇のホルスターに入れている……よしまだ頭回る見えてる大丈夫。
「次、車ぁ……っと」
そう言って俺は立ち上がって、玄関から表の道路に視線を向ける。
三人とお母さんと車の匂いを追う、ちょっと頑張るぞ……いけるか集中……集中……。
「しゅぅぅ――――うっっちゅうッ‼」
声に出てしまうくらいに、無理やり技能を用いて匂いを可視化して道路に残った車の軌跡を見る。
「……よし、見える。いける。行こう…………」
脳や神経に負荷を感じながら、アンの方に振り向いてそう言う。
だが目が充血し、うさぎよろしく真っ赤になったのが分かる。
「あ……」
間抜けな声と共に、かくんと片膝が抜ける。
あ、やべぇこのまま歩けねぇ無理したら死ぬ。限界のボーダーのスレスレだぞこれどうしよやっべぇ。
ふらふらな俺を見かねてアンが。
「これ乗る!」
と、150ccスクータータイプオートバイの鍵を出し、指をさして言った。
「……うん乗る」
俺は疲れを隠すように笑みを浮かべてアンにそう返す。