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最終話 すべてが終わった後で見たかった

 借り物リレーを終えた後の体育祭は、一応滞ることなく閉会式までスムーズに行われた。


 ただ、それは競技の流れ的な意味でだ。


 借り物リレーの後、閉会式を迎えるまでに三つほど競技があったのが、その合間合間に俺は色んな奴に話しかけられた。


「すまん、暗田! 俺、なんかお前のこと誤解してたみたいだわ! まさかあんなことされてたなんて思いもしなくてよ!」


 こんな風に大勢の奴に謝られた。


 俺としては、別に頭を下げた謝罪とか、その報復をしてやる! みたいな考えはなかったから、なんとなく気恥ずかしい思いになる。


 真実を知ってくれたらそれでいい。


 ただ、真っ直ぐな青春を送りたいと思ってるだけの普通の高校生男子なのだから。


「それで、何? 暗田と亜月さんってなんか関わりとかあんの? 痴漢したって思われてた時から一緒に居たみたいだけど」

「もしかして、付き合ってるとか?」


 中にはこんなことを聞いてくる奴もいた。主に女子だ。


 俺はその質問に対して、付き合ってるわけではないことを強調した。


 が、あくまでも付き合ってないと言うだけだ。


 俺が亜月さんのことをどう思ってるかとか、これからどうなりたいかについては一切ノーコメント。


 追及されることもあったけど、そこに関しては誤魔化したりして切り抜けた。


 やっぱ女子って男子よりもこういうところ気にしがちだよな。


 借り物リレーの時も心臓バクバクだったのに、終わった後も質問対応やらに追われた俺は、文字通り本気で疲れていた。


 閉会式が終わり、教室に戻って着替えたら帰っていいという段階になったのだが、俺は直で教室へ向かわず、一人図書室へ行くことにした。


 もちろん、今から読書をしに行くわけじゃない。


 ふと、最初を思い出したくなったんだ。


 亜月さんと出会った場所は、図書室だったから。


「――とは言ったものの、三階にあるし、疲れた体で向かうような場所でもないな……」


 体を引きずるようにしながら階段を上り、独り言ちる。


 そして、図書室へ着くや否や、すぐさま休憩するために椅子へどっかりと座った。


「……ふぅ……。なんか……やっと落ち着けるな……」


 緊張と恐怖、それから不安。


 すべてに押しつぶされそうになってた今日の俺。


 本当に頑張った。よくやった。上手いことやれてよかった。


 自分自身を褒めてやり、机に突っ伏した。


 もう、ここで寝てもいいくらいだ。ちょっと仮眠してやろうか。今、夕方の四時くらいだけど。


「……ま、さすがに冗談だな。寝るのは帰ってゆっくりベッドでの方がいい。これじゃますます体が痛くなりそうだ」


 またしても独り言を呟き、俺は静かな図書室を楽しむように、本棚へおさめられてる本をなんとなく見て回る。


 ここで亜月さんと結託しなかったら、俺は未だに冤罪を冤罪だと言えないまま、ずっと苦しんでたんだろうな。


 言わせておけばいいなんて思っても、所詮はそんなの強がりだ。


 心の奥底で、俺は無実であることを皆に知って欲しかった。


 今はそれを正直に言うことができる。


「……はは。この本も……そういや手に取ろうとしてたんだっけな」


「そだね。結局暗田くんは私に呼び止められて読むことは無かったんだけど」


「そうそう。もしかしたらそこが運命の分岐点だったのかも――って、ちょっ!? うぇっ!? あ、亜月さんんんっ!?」


 本棚にあったとある本を取ろうとしてたのだが、驚きのあまり、体を思い切りビクつかせてしまった。


 声も結構なボリュームのものを出してしまう。


 亜月さんはそんな俺に対し、「しーっ」と口元に人差し指を突き立てて、静かにするよう促してきた。


 いや、今ここ誰もいないし……。


「亜月さん……何でここに……?」


「それはこっちのセリフだよ。暗田くん、なんで皆が教室の方へ向かってるのにこんなところへ足運んでるの? 疲れ切った体に三階はきついと思うんだけど?」


「そりゃまあ……」


 俺は苦笑し、頭を掻きながら返す。


 亜月さんもクスッと笑ってくれた。


「お疲れさまって声掛けようとしたのに、ズンズン先へ進んじゃうんだもんなー。私も結局ここまで付いて行くハメになったではないですかー」


「だったら別に道中で声掛けてくれてもよかったんだけどね。俺、全然立ち止まるし、何なら、亜月さんが声掛けてくれたら図書室まで行ってなかったと思うし」


「む……? その言い方だと、図書室へは私を求めるために向かってた、とも取れますが?」


「正解。誤魔化す気はないよ。亜月さんと結託した時の場所に行こうって思ってた。せっかく今日こうして思い描いてたことを成功させられたから」


 言うと、少しだけ頬を朱に染め、俺から目を逸らす亜月さん。


 そして、チラチラと挙動不審にこっちを見ながら返してきた。


「長いようで……実際には短かったよね」


「うん。なんだかんだ、ここ一か月くらいの話?」


「……短期間で頑張ってたんだね」


「だね。ただ、それも一人じゃ無理だった。亜月さんが居てくれたから、俺はこうして行動できたんだよ。本当にありがとう以外の言葉が見つからない。ありがとう」


 改まって感謝の気持ちを言葉にすると、なんか恥ずかしかった。


 でも、それは俺だけじゃない。


 亜月さんも恥ずかしそうにして、「こちらこそ」と言ってくれる。


「こっちこそ、暗田くんがいなかったらずっと里佳子たちのことについて悩んでたと思う。ありがとうだよ」


「そういや、真中たちはあの後どうなったんだろうな。確認とかは野暮だからしなかったけど」


「たぶん、もう帰っちゃったと思う。皆から白い目で見られてたし、歩くんも何人か同情の言葉とか女子に掛けられてたけど、男子からはなんか……これまた白い目で見られてたから」


「……あいつがやってたことは、100%悪だなんて言えないんだけどな」


「……うん」


「でも、結果的にそれが真中を苦しめ、亜月さんをさらに苦しめ、俺の冤罪へ繋がった。諸悪の根源と言えばそうだし……。何か複雑な心境だな」


「……だね」


 言って、一瞬の沈黙が訪れる。


 開けた窓からは風が吹き込み、亜月さんの髪の毛を揺らしていった。


「……まあ、今さらあいつらのことを考えても仕方ないな。いずれはこうなる運命だったんだし」


「同情も程々に、かな?」


「そうそう。俺なんて、本当に苦しめられたんだから」


「うん」


「何から何まで、亜月さんのおかげ。はい、これで話は終わり。お疲れさんだ」


「………………ほんと?」


「……え?」


「ほんとに……ここでお話は終わり、なのかな?」


 どういうことだ……?


 率直に頭上に疑問符を浮かべてしまう俺。


 ――だったが、三秒ほど何か言いたげに頬を朱に染める彼女を見て、察してしまった。


 ……これ、もしかして……例のタイミングってやつですか……?


「私は……全然自分から言ってもいいんですけど?」


「はっ……!?」


 上目遣いで言ってくる亜月さん。


 思わずドキッとするも、俺はうろたえながら、


「え、あ、いや、あのその、え、えーっと、な、何のことですかな!?」


 誤魔化す始末。悲しすぎる童貞の性、ここにあり。


「えぇ~? ここで誤魔化し~?」


「――っ!? ああぁ、ち、ちがっ、違いますね、うん! そういうのするべきじゃない!」


 自分自身を叱責して、彼女の求めてるであろう言葉を言う準備に取り掛かる俺。


 しかし、言葉を言う準備に取り掛かるってなんだ。お前はロボットか、と言いたくなる。言わなくちゃいけないことくらい、スッと言ってしまえよ。ロマンチックにさ。


「場所は最高だよ? 舞台は整ってる。あとは……どっちかが言うだけ」


「っ~……/// な、なんかもう……そこまで言っちゃったらロマンチックもクソも無い気が……」


「だーめ。ちゃんと言葉にしよ? 私が暗田くんのことが好きなのはもうバレちゃってるかもだけど、こういうのってちゃんと言葉にしなきゃいけないと思うし」


「……亜月さん、俺のこと今『好き』って……」


「……///」


 言うと、彼女はさっきよりも顔を真っ赤にさせ、うつむきながらこくんと頷いた。


 可愛い……。


 可愛いけど、亜月さんのことを愛おしく思えば思うほどにこの言葉を口から出すのに苦労してしまう。


 でも、言わないって選択肢はない。


 ちゃんと……、ちゃんと口にするんだ。俺から。


「あ、亜月さんっ……!」


「は……はい……」


 バクバクと跳ねまくる心臓。


 渇く唇に浮かぶ手汗。そして浅くなる呼吸。


 窓から、また一段と強い風がビュウと入り込む。


 俺は、遂に意を決して口を開いた。


「俺、暗田送助は、亜月陽菜さんのことが好きです! 恋愛的な意味で! 本気で!」


「……んっ」


「お願いだ! 恋人になってください!」


 頭を下げ、手を差し出す。


 客観的に見てみれば、それはどこぞのお見合いバラエティ番組みたいだなと思うかもだが、余裕のあることを考えられるはずもない俺は、彼女が差し出した手を握ってくれるのも待った。


 そして――


「――!」


 伝わる、柔らかく華奢な手の感触。


 亜月さんが、俺の手を握り返してくれた。


 俺はすぐさま顔を上げ、彼女の方を見やった。


「私も好き。暗田くん……ううん、送助くんのこと、大好きだよ」


 言って、にこりと微笑んでる亜月さん。


 それは、世界一可愛いと思える、好きな女の子の顔であり、ずっと俺が見たいと思ってた彼女の顔だった。


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