誰かを好きになって恋人になるってのは、他の親しい人たちを切り捨てるのと同義だと俺は思う。
ただ、あくまでもこれは個人的な意見だ。
恋人ができたからって、今まで通りの友人関係を続けていけばいいじゃん。
器用な人は皆そう言うんだろう。
あるいは、周囲の人間の思いをあまり気にしない、心の強い人だったりはそういう意見を持ちがちなのかもしれない。
俺はまったくもってそうじゃなかった。
小さい時から、集団の中に居れば周りの雰囲気を常に意識してたし、皆が等しく楽しめるにはどうするべきなのか、ずっと考えながら生きてた。
だから、裏を返せば、それは気の弱い人間だと言えるのかもしれない。
どっしりと構え、やりたいように生きていく、人の気持ちは二の次だっていう考えには、とにかく至ることができない人間なんだ。
苦労は多い。
自分でもたまに思うもんな。
もう少しわがままに生きてもいいんじゃないかって。
別に人の目なんて気にせず、自分が集団の平和を保つための役割を担わなくていいんじゃないか、と。
そういう意味では、俺にとって真中里佳子という存在は割と大きいものだった。
里佳子は俺たちの友人グループに属してる女の子で、たぶん俺のことが好き。
本当にありがたいし、嬉しいし、俺なんかのどこが? とは思う。
理由は聞いたことがない。どこが好きなの、だなんて聞けないし。
でも、とにかく俺へ好意を抱いてくれてるんだ。
喜びたい。喜ぶべき。喜ばなきゃいけない。……里佳子のことを思って。
里佳子のことを思って……?
思ってってどういうことだ?
そこに俺の本心はない……ような気がする。
いや、あるにはあるか。
だけど、それは義務的な感情であって、圧倒的な恋心から働く思いではなかった。
俺の一番は、どうしたって陽菜なんだ。亜月陽菜。
彼女を見てると、胸が締め付けられるような思いに駆られる。
絶対に口には出さないけど、里佳子とは決定的に何かが違った。
残酷に分けるなら、陽菜は恋人、里佳子は友達という感じだろう。
見た目とかじゃない。見た目は里佳子だって文句なしに可愛いし。
きっと、この差の正体は、陽菜の立ち位置にもあるんだと思った。
どちらかというと八方美人タイプな彼女は、男子ウケはいいものの、女子ウケが思いのほか良くなく、大抵男子と喋ったりすることで一人ぼっちになることを避けてる。
もちろん、教室内で女子と一切喋らないってわけじゃない。その割合が低いってだけの話で、俺たちのグループでも、里佳子たちと表面上仲良くしてる。
ただ、これは表面上だった。
里佳子が裏で陽菜の悪口を言ってるところは多く見たことがあるし、陽菜はよくわからないけど、とにかく表も裏も平和というわけじゃない。そこには闇があった。
そんな闇の漂った二人の間に俺が割って入るなど、できるはずのないことだった。
俺は俺で、漂ってる闇に対して知らないふりをしつつ、二人が決定的に仲違いしないよう見守り続け、仲のいい友人グループを保たせる。
それが、何よりも俺に求められてる責務だと思ったから。
けれど、そういうことを続けてれば、当然彼女らしい彼女もできない。
噂では里佳子と仲がいいって情報が出回ってたし、俺も真っ向から否定もしなかった。
そういう苦しい状況の中、あの男が陽菜と絡みだしたんだ。
――暗田送助。
どういった経緯かは知らない。
里佳子に電車内で痴漢し、そのくせにいつの間にか陽菜と仲良くしてた。
こっちからすれば、どの面を下げて、という感じだ。
見た目は典型的な気持ち悪い根暗人間のくせして、性犯罪者のくせして、陽菜と絡んでる。
正直に言って、許せるがはずが無かった。
なんであんなに落ちぶれてる奴が受け入れられて、俺が陽菜に容易に受け入れられないんだ。
自問自答の結果、簡単に答えは出た。
俺は暗田と違って、グループにも、細かい人間関係にも目を配らないといけないのだ。
あんな冴えないぼっち犯罪者には、そういう親しい人間がいない。
だから、好き勝手気ままに動ける。
俺とはそこが圧倒的に違った。
けれど、それを言い訳にはしたくない。
どんな状況であれ、俺は陽菜に想いを伝える。
想いを伝えて、恋人に……なりたい。
そのためには、どうやって里佳子を説得できるか。
確実に一筋縄じゃいかない。もしかすると、里佳子は自暴自棄になってしまうかもしれない。
想像できるトラブルは色々とあった。
俺は、そんなトラブルたちに立ち向かっていくメンタルがあるだろうか。
里佳子を乗り越え、陽菜へ想いを伝えられるだろうか。
わからない。本当に、わからない。
そうやってグルグルと分団テント内で考え続けていた時だった。
向こうの方から、里佳子が小走りに近寄って来る。
今は……借り物リレーの競技中だ。
俺に話しかける余裕なんて――
「歩、ごめん! 私と一緒にゴールまで走ってくれないかな?」
息を切らせ、不安そうな表情でそう話しかけてくる里佳子。
手に持たれていた札には、『好きな人』と書かれていた。