「……暑い……」
蚊の鳴くような小さな声で独り言を呟く。
だって仕方ない。本当に暑いんだもの……。
「――であるからして、今年も体育祭の練習をこうして始められたことが、私は嬉しく思います。生徒である皆さんも、一人一人がこの体育祭の主役であるのだ、という自覚をもって――」
場所は体育館だ。
体育館に扇咲高校の全生徒が集められ、体育祭の一斉練習開始前ということで、まずは校長のありがたいお言葉を頂戴しようという状況なのが今。
壇上に立つ校長は、体育祭の練習が今年も無事始まりそうだということで、嬉々として俺たちにその思いを語ってくれてるのだが、残念ながらそれは完全に一方通行だった。
話を真摯に聞いて欲しいのなら、もう少しエアコンの付けられた部屋だとか、面白おかしいトークを展開してくれるとか、そういった工夫がないといけないのは当然のことだ。
だというのに、梅雨入り前の蒸し暑い体育館内は、全校生徒が集まったことによってさらに熱気にあふれてるし、校長の話は長いうえにつまらない。こんなの、集中しろという方が無理だ。軽い拷問かとも思える。
「そういうわけでありますから、皆さん、精いっぱい青春の一ページに良い思い出として刻み込むことのできるような体育祭にしてください。私からは以上です」
ようやく終わったか……。
ほっ、と安堵の息を吐いたところで、各所から似たような息を吐く声や、体育座りして話を聞いていたところから、脚を崩してリラックスの姿勢を見せ出す者まで出始めた。みんなかなりのストレスを感じながら話を聞いてたようだ。無理もない。
「これで校長先生のお話を終わります。校長先生、ありがとうございましたっ!」
体育祭総合執行委員長である小柄なツインテの女の子がステージのちょうど真下でマイク越しに言ったところで、俺たち下々の一般生徒は一斉に拍手した。
校長はさぞ自分がいい話をしたと思い込んでるのか、堂々たる姿勢で歩き、降壇していく。こりゃ反省の色なんて見えない。この人はこれからも事あるごとにつまらなくて長い話を展開し続けるのだろう。いつか誰かに「話つまらんよ」とでも言われればいいのに、と強く思った。まあ、どうでもいいけどさ。
「では、これから各分団に分かれて、それぞれの集合場所にて決起集会を行ってもらいます。各自自由行動になり、そのまま放課後を迎えてもらいますので、下校時間まではしっかりと練習に励むようよろしくお願いします」
そういうことらしい。
小柄で可愛らしい執行委員長さんはお辞儀し、「解散してください」と続けた。
その合図を聞き入れ、俺を含む全校生徒たちはわらわらと立ち上がって動き始める。
野に放たれた獣のように、突如傍にいた奴らと「校長の話マジ長すぎ!」とか、「てか、やっぱ校長あれズラよな!?」とか好き勝手なこと言う奴らや、黙々と指定されてる場所へ移動する奴ら、友人たちと示し合わせて合流し、談笑しながら動いてる奴らなど、色々だった。
そんな中で、俺は一人幽鬼のようにゆらゆらと誰ともつるむことなく歩き出した。
全校生徒が集まりに集まってる状態だ。堂々と俺に後ろ指をさしてくる奴らもいるが、すべて無視。
それよりも、今の俺にはまずやることがあるのだ。
体育館を出てすぐのところにある渡り廊下を、他の生徒たち同様に歩く……のではなく、そこから外れて、体育館裏へと足早に向かった。
「……お」
「やぁやぁ」
向かった先にいたのは、若干はにかみながら手を振ってくれてる亜月さん。
今日はこれから体育祭の練習があるからということで、いつもと違った体操服姿にポニーテールの髪型をしてる。
俺は真顔で「早いね」と言いつつ、目の奥の方で焼き付くぐらい亜月さんの姿をコピーさせた。控えめに言って可愛すぎである。何この子、本当に天使なんじゃないかしら。
「そりゃもう、昨日のあんな計画の話聞いたら、早く集合場所につきたくなるもんですよ。むしろ、暗田くんが遅いまであるし」
「遅くはないと思うけどね……。今、全校集会が終わったばっかなんだし」
「それもそっか。まあいいや。んじゃ、んじゃ、行こ? お目当てのとこ」
「はいはい、了解」
言って、短くやり取りを済ませ、そそくさと俺たちはまた移動する。
次に向かう先は決まっていた。西教室棟にある会議室だ。
そこで、所属した体育祭イベント執行委員の集まりに出る。
俺と亜月さんは、このイベント執行委員に立候補したのだ。
表向き上、偶然を装って。