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最終話 『好き』

 彼女ができたら、きっと人生が劇的に変わる。


 見るものすべてが色鮮やかになって、それまでモノクロだった俺の人生も一気に華やかなものになるはず。


 そう思い続けていた。


 けれど、実際にそれは半分正解で半分は間違いだった。


 どういうことか。


 俺――宇井圭太は、このたび欅宮秋音さんと晴れてお付き合いすることになった。


 彼女は俺と恋人になる前から、自分の胸が周りの皆からいやらしい目で見られるってことについて悩んでて、俺もそれに対してどうしたらいいか、案を出したりしながら、傍に付いて協力してたわけだ。


 それが実際に恋人になったら――


「だ、ダメだぁ! 俺には耐えられない! 欅宮さんの胸を一瞬でも見る男がいるのを許せない! だからお願いします! 今日もこれを着ていてくださいぃぃ!」


 ……なんというか、独占欲なのか、彼女をエロい目で見られたくないと表現すべきなのか、よくわからない感情に押しつぶされそうになってた。


 目に見える景色は、いつもキラキラと光り輝く存在が居て、その周りはおぞましいオーラに満ちた謎絵画状態。


 キラキラ光り輝く存在ってのが欅宮さんのことで、おぞましいオーラは彼女の胸をジロジロ見てくる男たちのことを指す。


 許せない……! 許せないんだ……! 今まで以上に……! 欅宮さんの胸を見る男のことが……! くぁぁぁぁっ!(謎の咆哮)


「……とりあえず、まずは顔上げてね。圭太くん」


 胸をあまり目立たなくさせる厚手のコートを差し出して土下座する俺へ、欅宮さんは優しく語り掛けてくれる。


 俺は言われた通りおずおずと顔を上げ、なおも懇願してみせた。


「お、お願い、欅宮さん……。俺……欅宮さんの胸を他の男に見られたくないんだ……。彼女の胸をジロジロ見られてるってわかると、自分の胸がギュウギュウ苦しくなって耐えられない。……うぅぅ……」


 無様すぎるお願い内容。


 付き合う前、必死に胸を見られないための対策を考えようとしてた俺はどこに行ってしまったのか。


 自分で自分のことをこう表するのは心苦しいが、そこには恋人という立場を利用し、甘えてしまってばかりの情けない男の姿があった。


 そして、そんな情けない男のことを好きになってくれる女の子も女の子。


 欅宮さんは叱ることなく可愛く顔を赤面させ、俺の目線と少しでも距離を近くさせるためか、しゃがみ込んでくれた。


 優しい……。しゅき……。


「……心配しなくても……もう、私のおっぱいは……宇井くんだけのものだよ? だから、苦しい思いもしなくていいよ……?」


「で、でも……だとしても周りの男たちは……」


「え、えいっ」


「きゃふんっ!?」


 突然上げていた顔に抱き着かれ、俺は声を出してしまう。


 顔全体に「むにゅ」とした感触が伝わり、幸せが体全体へ行き渡っていった。


 俺……今、何のことで悩んでたんだっけ……? わかんなくなっちゃったぁ……


「わかる、圭太くん……? こういうことするのも……圭太くんだけだから……。特別……なんだよ?」


「うぅぅ……。うん……うん……///」


 顔を抱いてくれたまま、耳元で優しく、甘く囁いてくれる欅宮さん。


「これから……いっぱい……いーっぱい……特別なこと、してあげる」


「はぅぅぅ……///」


 俺はもう溶けそうだった。


 恐ろしい甘え声を出し、赤ちゃん退行。


 これが人生で初めて恋人のできた童貞の姿である。


「何なら……今日はうち、お父さんとお母さん帰って来るの遅いんだ……」


「……ふぇ……!?」


「家に来てもらって……ふ、二人きりになりたいな……とか思ったり……///」


「あぅあぅああぁぁ……///(訳:俺も二人きりになりたいよぉ///)」


「ほ……本当に……?」


「あぶあぶあぁぁ~……///(訳:何ならおっぱいもちゅっちゅしたいよぉ///)」


「へ、へ……!? お……おっぱいちゅっちゅは……ま、まだ恥ずかしいよ……/// だ、だめ……///」


「ふぇぇぇ……(泣)」


「あ……! な、泣かないで……! ご、ごめんね、圭太くん。ほ、他のこと……! 他のことなら……な、何でもしてあげるから……!」


「ふぁあぶ……? あぶぶあああぶぁ……(訳:ほんと? なら、頭ナデナデして欲しいな……)」


「うんっ。いいよ。ほらほら~、ナデナデ~」


「あぁぁぁぶ……。あぁぁぁ……(しゅきぃ……。ママぁ……///)」


「い、いい子……いい子……/// 圭太くんはいい子でちゅね~……///」




「おい。いい加減その地獄シチュ止めろ。見てられん」




「「――!?」」


 一瞬で歳が十六歳に戻った。


 凄まじい勢いで声のした方へ視線をやる。


 そこには見慣れた女の子の姿があった。


「ちゃ、茶谷さん……!? ど、どうしてここへ……!?」


「『どうしてここへ……!?』じゃないよ、ド級変態が。貴様、いつからケヤちゃんの赤ん坊になったんだ? 彼氏になったって聞いた噂は間違いだったのか? 間違いだったのなら、正確な情報をクラスメイトやその他の人間たちに知らせてやらないといけないが?」


「おおお、お願いですから知らせるのだけはやめてください! 何でもします! 何でもしますから、本当に!」


 この言葉に嘘偽りはまったくない。


 赤ちゃん退行のことがクラスメイトやその他大勢にバレるのなら、茶谷さんのために何かしてあげて死ぬ方がいくらかマシだった。


「まったく……。ケヤちゃん、あんたも大変だね。こんな変態と恋人になって。別れるのなら今の内じゃないか?」


「わ、別れないよっ。別れるわけないじゃん。私、圭太くんのこと……そ、その、すごく好きだし……」


 照れながら言う欅宮さんの言葉に苛立ったのか、俺をわざとらしく睨み、「ちっ」と舌打ちしてくる茶谷さん。


 率直に言って怖いです……。


「そ、それに……今みたいなの……わ、私は全然嫌じゃなかった……/// む、むしろ好き……かもだし///」


「――!?」


 茶谷さんはギョッとし、すぐさま欅宮さんの両肩を手で掴む。


「お、おい、ケヤちゃん! それは本当に本心か!? 操られて言わされてるんじゃ!? 正気に戻ってよ、ねぇ!?」


「わ、私は正気だよぉ! 誰にも操られてなんかないから!」


「なら、なおさら問題じゃないか! う、嘘だろ!? ケヤちゃん自身も変態だったってこと!? ちょっと待ってよ! 変態の変態菌に犯されたとか、そういうわけじゃないよね!?」


「違うよ! そんなのあり得ないから!」


「う、嘘だっ! こんなの、私のケヤちゃんじゃない! 私のケヤちゃんはもっと清純派の真面目系委員長だったのにぃ!」


 絶望し、パニックになって頭を抱え出す茶谷さんに対し、俺はここぞとばかりに立ち上がった。


 そして、「ふっ」と鼻で笑い、


「これが『彼氏色に染まる』っていうやつだよ、茶谷さん。NTR本の耐性が無い感じかい? だったら、この展開は脳が破壊され――」


「うっさいわバカッ!」


「ごふぁっっ!」


 調子に乗って最低な寝取り役彼氏を演じようとしたつもりが、強烈な腹パンを食らい、地面に突っ伏す俺。


 普通に暴力で解決されてしまった。


 今度から、NTRアンチの同人作家さんたちはこういう展開導入したらいいと思います。『ムカつく勢いで暴力解決☆』みたいな感じで。


「うぅぅ……最悪だ本当に。私のケヤちゃんがこんな変態男に盗られてしまった……」


「あ、あはは……。で、でも、茶谷さん。圭太くんは、なんだかんだ言ってかっこいいよ?」


「まるでそうは見えんがな……」


「う、うん。今は見えないかもだけど、私を助けてくれる時は、いつだってかっこよかった」


「……そうか……?」


「そうだよ。だから私、圭太くんと恋人になりたいって思ったんだもん。今、すごく幸せ」


 言って、にこりと笑う欅宮さん。


 俺は地面に突っ伏したまま、普通に泣きそうになってた。


 こんな俺にかっこいいだなんて……。い、いい子過ぎるよ……。


「……まあ、実際のところ、ケヤちゃんを危機から救い出したのは評価に値するな。あの総会の後、例の三人を含め、生徒会長も処分対象となった。これは間違いなく変態の功績だ」


「結果的に上手くいったってだけですけどね」


「そこは謙遜するんだな、変態のくせに」


「謙遜するのと変態なのは関係ないでしょうよ」


「関係ある。さっきまで強欲にケヤちゃんを貪ろうとしてたくせに。猫被るなと言いたい。正直になれば許してやるのだがな」


「じゃあ……欅宮さんにもう一回バブバブしたい」


「死ね。もう呼吸するな、地面に埋まっとけ変態」


「一秒で嘘ついてるじゃんか!」


 俺が変態なら、茶谷さんは嘘つきで確定だ。


 ち、ちくしょう……。


「……もういいけどさ。それで、茶谷さんは何しにここへ? 普通なら目的があって来る場所じゃない。物置部屋同然の空き教室だし。俺たちを探しに来たんだろ?」


「……ん。いや、まあ、なんだ……。お前に言いたいことがあって来たというか……」


「言いたいこと?」


 なんか強気な態度だったのが急にしおらしくなったな。


 どことなく赤面してる気もするし。あの茶谷さんが。


「……む、ムカつくんだけどな! 貴様にそうやって見透かすような言い方されるの! ……けど、恩は感じてると言うか、なんと言うか……」


「……?」


「と、とにかく、ありがとうってことだ! 願い通り、ケヤちゃんを助けてくれてありがとう! 彼女は私の唯一の友達だ! 身を挺して守ってくれてありがとう! 感謝しておく!」


「お、おぉ……」


 唐突に感謝されてしまった。


 俺はちょっと驚く。まさか茶谷さんからこんなことを言われるとは。


「私からも、本当にありがとうだよ、圭太くん」


「え?」


 隣から、欅宮さんもそう言ってくれる。


 恥ずかしくなり、自分の顔が熱くなるのを感じた。


「何から何まで、お願いを聞いてくれたり、守ってくれたり。本当に、本当にありがとう」


「そ、そんな……。急に二人して……」


 言いかけたところで、俺の声を遮るように茶谷さんが喋り出した。


「っと、まあな。とりあえず私の言いたいことは言えた。邪魔だろうし、ここでお暇させてもらうよ。元々長居をするつもりはなかったんだ。後は二人で仲良くやってくれ」


「あ、ちょ――」


「散々、変態変態言ったが……そうだな。そういうところだけはかっこよかった」


「え……」


「じゃあな。末永くケヤちゃんと仲良くしろよ」


 言葉を残し、ニッと笑いながら、部屋を出て行く茶谷さん。


 俺と欅宮さんは空き教室に取り残される形でになってしまう。


「……嵐のように言いたいことだけ言って去ってったな、あの人……」


「あはは。茶谷さん、恥ずかしがり屋なところもあるから」


「ツンデレってやつかな?」


「デレもあまりないけどね。ツンたまデレなのかな?」


「新ジャンルだ……」


「だね(笑)」


 適当なやり取りを繰り返し、俺たちは笑い合う。


 俺は思った。


 彼女と、ずっとこんな関係を続けていけたらって。


 きっと、守りたい思いはずっと変わらないんだ。


 それは見栄のためとかじゃなく、純粋に欅宮さんのことを好きだから。


 その思いさえあれば、何だってできる。


 この先も、どんなことがあろうと、ずっと……ずっと。






●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●






 その夜、スマホにLIMEの着信が来た。


『圭太くん、好きだよ』


『どうしたの、唐突に。俺も好き』


『何でもないよ。ただ、好きって言いたくなっただけ(笑)』


『そっかw』


『うん(笑) でも、なんか好きなのに、好きって言い続けてたら、言葉の価値が低くなっちゃいそうだね。困った(汗)』


『大丈夫だよ。欅宮さんからの「好き」はいつだって価値あるものとして捉えるので』


『……そういうことが言えるところだよね。かっこいい、圭太くん』


『いやいや、そんな。本心なので』


『本心だったらなおさら好きになる。好き』


『俺も好き(何度だって言う)』


『一つだけお願いしてもいいかな?』


『何ですかい?』


『私のこと、下の名前で呼んで欲しいな』


『……秋音ちゃんって?』


『うん(笑) その方が恋人らしい……気がする(笑)』


『それもそっかw では……秋音ちゃん』


『はい(笑)』


『好きです』


『私もです』


『さっきから好きしか言ってないw』


『だって好きなんだもん(笑)』




 ――ずっと、ずっと、大好きだから。


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