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第42話 欅宮さんの言いたいこと

 体育館に戻った俺たちは、案の定すぐさま先生たちに何があったのかと驚かれた。


 それもそうだ。


 俺と畑山は制服も汚れてて、所々傷も作ってしまってる。


 喧嘩をしたのは火を見るより明らかだった。


 嘘をつこうにもつけなかったので、素直に喧嘩報告をした。


 理由は、畑山たち三人が欅宮さんに乱暴をしようとしてたから。


 俺はそれを止めるために放送室へ乗り込み、欅宮さんの安全確保の手伝いをした。


 そう、何から何まで正直に話してやった。生徒会長が裏で手引きしてたことも。


 するとまあ――噂というのは簡単に広まるもので、俺は教師たちにしか話してなかったのに、翌日には生徒間で生徒会長率いる畑山たちの悪行が知れ渡ってた。


 男子たちの間では賛否両論で、「それは最低だわ」って意見もあれば、「男子ならそういうことしたくなるのもわかるわ」なんて意見もあったのだが、女子たちの反応は全員そろって「最低」の二言ばかりだった。


 そりゃ、同性からしたら気持ち悪いし、恐ろしいと感じてもおかしくない。


 直接的な言葉を俺は使わなかったけど、性的暴行にも値しうる行為だったから。


 ほんと、笑えないんだ。生徒会長たちがやろうとしてたことって。


 まあ、そういうわけで、どうあれ生徒会長は当然の解任&学校追放……とまではいかなかったが、一か月の謹慎処分。畑山たち三人は、二週間の謹慎処分ということで、表向き上のお咎めは終わった。


 奴らはこれから卒業まで、ずっと性犯罪者予備軍として、学校内で扱われるんだろう。


 同情しなくはないが、同情したくないという思いもある。


 なんとなく複雑な気分だった。


「――でも、そこで複雑な気分になれるのは、宇井くんの優しいところだと思うよ」


 生徒総会が終わって二週間経った放課後の空き教室にて。


 俺は欅宮さんと二人きりでダラダラと会話をしている。


 こうして落ち着いて会話をするっていうのも久しぶりだった。


 ずっと、事情聴取、事情聴取の連続だったのと、お互い総会係の残った仕事の処理などに追われてたから。


「そうかな? 別に優しいってことはないと思うけど」


 言っても、欅宮さんは首を横に振った。


「優しいよ。私が宇井くんの立場だったら、畑山くんたちのこと、もっと責めてた気がする」


「それ、暗にもっとあの三人が罰せられるよう言ってくれてもよかったのに、ってことじゃない?(笑)」


「ち、違う! それは違うけど、なんか、シンプルに自分なら徹底的にやるかもなって思っただけだよ! 宇井くんにもっと責めてとか言いたいわけじゃないからね? そこは勘違いしないで」


「了解、了解」


「ほんとだよ!? ほんとなんだから!」


「大丈夫、わかってますって」


「うー……ほんとにわかってるのかなぁ?」


 ジト目で不安そうにする欅宮さんを見て、俺はクスッと笑う。


 終わり良ければ何とやらってやつだ。


 この一件があって、欅宮さんの胸をいたずらに見つめたり、いじったりする奴は極端に減った。


 今は、なんとなく『欅宮さんのおっぱいについて触れたら、自分の身が滅ぶ』みたいな風潮が学年全体に流れてる。


 俺のやったことすべてが功を奏したとは言い難いけど、ともかく望んでたことをある程度は達成できたのかもしれない。


 欅宮さん自身も胸について視線を前より感じなくなったって言ってたしな。よかったよかった。


「まあでも、当初俺に言ってくれてたお願いもある程度叶ってよかったよ」


「お願い……?」


「ほら、胸のこととか」


「あー」


 言って、ポンと手を叩く欅宮さん。


「そうだね。ほんと、宇井くんのおかげだよ。ありがとう以外の言葉が見当たらない。ありがとう。これで少しは気楽に過ごせるかも」


「ははっ。よかったよかった。喧嘩したのは意図的じゃなかったけどね(笑)」


「うん。あれは……私も心配したもん。宇井くん、普段見せない顔してたし、傷も作ってたし……」


「ただ、アレのおかげで劇的に流れは俺たちの味方してくれたよ。事態の重大さを皆に知らしめることができた。結果オーライだ」


「んーーー……結果オーライ……。そこは私は素直に喜べないよー。宇井くんが怪我したんだからー」


「そこは喜んでよ。むしろ俺からお願い。の方がやってやったぞ感ある」


「えぇ~……」


 眉尻を下げて、困った表情の欅宮さん。


 そんなに心配してくれるなんて。


 優しいって言葉、今はそっくりそのまま彼女へお返ししたいくらいだ。もっと喜んでもいいのに。


「……でもね、宇井くん。私、今回のこと通して、すごく思ったことがあるの」


「思ったこと?」


「何が大事なのかって話」


 何が大事か、か。


 抽象的ではあるけど、それは何に対して思ったことなんだろう。気になる。


「私ね、今までずっと注意しなきゃいけないことは、注意するべきなんだって思い続けてたの。クラス委員長としてあるべき姿とか、ずっと考えてた」


「うん」


「けど、そんなのは結局自分が正しいと思い込んでたモノに過ぎなくて、みんなから受け入れられるモノじゃなかった。ほら、口うるさかった時の私とか、あれは言わなきゃいけないと思い込んでたから言ってたけど、結果的に反感を買ってしまってたわけだし」


「んー……」


 まあ、言えてはいるか。


 田中や畑山も、その反感を覚えたうちの人間だ。


 たまたま今回はこうして解決できたけど。


「だから、気付いた。それだけじゃダメなんだって」


 俺は頷く。


「そうじゃなくて、なるべくみんながいい思いをできるような環境作りに励めるような、そんな委員長にならなきゃなって思ったんだ」


「いい思いを……かぁ」


「うん。怒って嫌な思いをさせるじゃなくて、どっちかっていうと褒めてあげる、みたいな。あくまでも一例だけどね」


「うんうん」


「で、たぶん無意識だったと思うんだけど、これを実践できてたのは宇井くんだったんだよね」


「え、俺?」


 全然そんなことしてた自覚ない。褒められる覚えもないぞ?


「私と居る時、無理難題押し付けて、困らせちゃった時とか、絶対あったの。でも、それに対して宇井くんはいつも優しく接してくれてた。優しくて、私のいけないところとか、嫌な感じじゃなくて、視点を変えてくれながらアドバイスしてくれたり……。とにかく、心の中ですごいなって思ってたの。私もこうなりたいなって」


「……いや、でもそれは……」


 欅宮さんのことを好きになってたからだ。


 なんてこと、この状況で言えなかった。


 グッと言葉にして言いたい思いをこらえ、ただ微妙に「いやー」と呟くだけ。


 でも、そんな俺の思いは、早々に崩れ去ることになる。


「……宇井くん。私……私ね」


「え……?」


 突然、ゆっくりと欅宮さんが俺との距離を詰めてきた。


 顔も……どことなくさっきより赤くなってる気がする。


「総会が終わったら、言いたいことがあるって言ってたよね?」


「え、えっと……あぁー、うん。そういえば」


「あれ、今から言っても……いいかな?」


「ん…………う、うん。いいけど……突然だね」


「うん。突然。突然だけど……いい?」


「い、いい……よ?」


 生唾をゴクリと飲み込む。


 何かが起こりそうな予感がした。


 それは、嫌な予感とかじゃない。


 どちらかというと、いいことが起こりそうな、そんな予感だ。


「宇井くん……あのね」


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