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第41話 陰キャラの奮闘in放送室

「は、はぁ!? 宇井、お前委員長と付き合ってるのかよ!?」


 放送室内に響き渡る三人の声。


 密着し、俺のうしろに隠れる欅宮さん。


 こうなるとは思ってた。めちゃくちゃ驚かれるんだろうな、と。


 ただ、それが今のところは仮で、本当に付き合ってるわけじゃないから、ちょっとばかり罪悪感もあったりする。


 嘘はいつだって心の中をモヤつかせるもんだ。やっぱり良くない。


「なんでお前が!? どういう経緯でだよ!? いっつも教室の隅で気持ちワリー本読んでニヤけてるのに!」


「っ……(汗)」


 バレてたのか。案外隠し通せてると思ってたのにな。しかも、ニヤけてるところも知られてたとか。控えめに言って死にたい。


 言われた言葉が胸にグサリと刺さるが、「コホン」と咳払いすることで、その痛みを払拭する。


「……まあ、正直なところを言うと、俺もこんなことになるなんて一ミリも想像してなかったよ」


 本当に、一ミリも。


「最初、俺は欅宮さんから相談を受けたんだ。『自分の胸について悩んでる。クラスメイト達から、裏で胸について色々言われてるから』って」


「っ~……/// う、宇井くん……///」


 恥ずかしいのか、うしろにいた欅宮さんが弱々しい声で俺の名前を呼んできた。


 申し訳ない。


 でも、今なんだ。今これを奴らに言わないと、何も始まらない。


「田中くん、里井くん、畑山くん。三人とも自覚あるよね? 教室で欅宮さんの胸のこと色々言ってたの」


「――!」


 痛いところを突かれて、俺から目を逸らす里井。


 だけど、他の二人。田中と畑山は俺のことを睨みつつ、「言ってたよ。それの何が悪いってんだよ」と、開き直りながら返してきた。救いようがない。


「で、それでなんだ? お前は陰でデカパイ委員長さんの相談を受けてて、お悩み解決マンしてたってか?」

「それを今、俺たちに追及して委員長さん守ってんだ。っははw カッコつけてんじゃねえぞマジ! お前なんて速攻ワンパンなんだからよ!」


 言いながら、田中と畑山は恐ろしい目つきで歩み寄って来る。


 これ、一発殴られたりする展開なんだろうか……。高校生にもなって……嘘でしょうよ。


「宇井くん……、こんなのもう、先生呼んで来ないと……」


 うしろに居る欅宮さんが心配そうに言ってくるけど、俺は振り返り、首を小さく横に振る。


「いや、今はまだダメだ。ここは俺がどうにかしてみるから。もう少しだけ耐えてみる」


 そう彼女に返してた刹那だった。


 強引に胸ぐらを掴まれ、その場でよろめいてしまう。


 完全に不意を突かれる形となってしまった。


「おい、あんまカッコつけんなよ陰キャラ」

「っとにそれよな。めんどくせー。ちゃちゃっと委員長さんのおっぱい揉んで下着写真撮るつもりだったのによ。会長さんがイライラしちゃうだろうが」


「っ……! や、やっぱりあの生徒会長も……お前らと同類だったんだな……!」


「くはは! 今頃? おせーよ、ばーか」

「つか、田中さ、もうこの隙に委員長さん手出しちゃっていい? なんか宇井のせいで忘れてたけど、何のために放送室居るんだよって話じゃん」


「――!」


 ま、マズい……!


「おー、ええよええよ(笑) なら、その後お前が宇井抑えとけよ、畑山。俺も委員長さんのデカパイずっと揉みたかったし(笑)」

「ははは! わーってるわーってるって!」


 ゲスいやり取りをして、畑山は欅宮さんに近付いていく。


 クソッ! 早く欅宮さんを助けに行かないと!


「お前はジッとしてろっての、バカが!」


「ぐぁっ……!」


 思い切り腹にパンチを入れられた。


 強烈な痛みが腹部を襲うけど、俺は決死の思いで体を強引によじり、


「お前がジッとしてろよ!」


 田中の顔面を横からグーで殴りつけた。


 想定外だったんだろう。


 奴は声にならない呻き声を漏らし、俺の襟から手を放す。


 そして、その場で膝をつき、顔を抑えながら痛みに悶えていた。


「ってめぇ……!」


 田中の後は、欅宮さんに歩み寄っていた畑山だ。


 攻撃的な光を宿したその瞳を見開き、頬に冷や汗を浮かべながら俺を睨み付けてくる。


 もう、現場は完全に喧嘩ムードだ。


 暴力は嫌だとか、そんなことも言ってられない。


 胸ぐらを掴んできたのは向こうだったけど、俺の方から手を出してしまった。


 というより、そうするしかなかった、という表現が一番正しくはあるんだが、この際もうどっちでもいい。


 今は何よりも欅宮さんを守らないと。その思いでいっぱいだった。


「もう戻れねえぞ……! ガチ喧嘩だぞ、宇井ぃ……!」


「普通なら話し合いだろうけどな、この年齢だと。でも、お前らがそうやって吹っ掛けてきたんだろ。俺はあくまでも正当防衛だよ」


「っせえよ! ぜってぇぶっ殺してやるかんな!」


 橋●かーんな。


 とか言えるような、漫画キャラみたいな余裕が欲しい。


 俺も俺で、口では余裕っぽい感じを出してるが、手先は震えてた。


 まあ、そりゃそうだ。誰かを殴ったりする喧嘩なんて生まれてこの方ほとんどしたことがないんだから。


 てか、普通しない人の方が大半だよ。平和に生きたいんだし。


「オラァァァァ!」


 威嚇しながら畑山は拳を振り回してきた。


 俺はそれをなんとかボクシング選手さながらに避けようとするんだけど――


「ぅぐっ!」


 殴り合い素人なため、普通にグーが右肩へぶち当たった。


 痛い。痛いけど、そうも言ってられない。すぐさま反撃し、前進。


 欅宮さんから少しでも畑山を遠ざけたいがためにタックルした。


 奴は吹っ飛び、地面に尻もちをつく。


「くそがぁぁぁ! 宇井のくせに! 宇井のくせにぃ!」


 叫びながら立ち上がり、畑山も俺へタックルしてくる。


 予想できた攻撃ではあった。


 だから、俺は奴のタックルを受け止め、その場でジリジリとした押し合いみたいになった。


「おい! 里井! さっきからお前何突っ立ってんだ! 今だよ! こいつの横から蹴りぶち込んでやれ!」


「っ! ……で、でもよぉ……!」


「ここに来てビビってんじゃねぇよ! 何やってんだ! 時間もあるんだぞ! 早くしないと放送時間が来て――」


 と、畑山が叫んだ時だった。


 放送室内備え付きの電話が「プルル」と音を奏でる。


 誰かから電話だった。


「く、クソッ! ほら見ろよ! 来ちまったじゃねぇか!」


「あ、あわわわ……」


「ちぃっ!」


 ぶつかり合ってた畑山だが、俺との押し合いを強引に避け、電話の方へとダッシュしていく。


 そして、受話器を慌てて取った。


「も、もしもし、放送委員です」


 会話の相手の声は当然ながら聞こえない。


 先生か? それとも……。


「す、すいません会長。ちょっと今、手こずってまして……。余計な奴が紛れ込んできたんですよ……」


 生徒会長か。


 あいつ、コソコソと……。


「わ、わかってます。あと五分ですね。五分で……ど、どうにかやってみますんで。は、はい……はい……」


 ぺこぺこと頭を下げたりしながら、声のトーンを抑えて喋る畑山。


 今さっきの叫び声とはえらい違いだ。


 ちくしょう。


 少しは穏やかさの戻った場を利用し、俺は欅宮さんの方へと歩み寄る。


 彼女は怯え切って震えていた。


 俺が歩み寄ると、「ごめんね、私のせいで」と泣きながら謝ってくる。


 違う。悪いのは欅宮さんじゃない。訳の分からないことを企んでたこいつらが悪いんだ。


「はい……はい……。わかりました……切ります……」


 言って、畑山は受話器を元の位置へ戻した。


 歯ぎしりして俺を睨み付け、里井の方へと視線をやる。


「おい、里井! わかってんな! そろそろ時間だ! タイムリミットが来ちまったんだよ!」


「ま、マジかよ……」


「お前のせいだからな! お前がビビるから……! っ~……! た、田中! お前もいつまでも痛がってんじゃねぇ! 失敗しただろうが! 今回の作戦!」


「……で、でもよ……右頬が腫れて……!」


「うるせぇよ! めそめそすんなそんくらいで! クソがよぉ!」


 威勢よく叫び、チャイムが鳴る。


 それを聞き、畑山は急いで放送マイクのある席へと座り、放送委員の本来の役割を果たし始めた。


 意見集計のされたものを読み上げていくものだ。


 これを聞き、体育館内にいる生徒たちが盛り上がったり、盛り下がったりする、いわばMCみたいな仕事。


 本来、欅宮さんのやりたがってたことだったけど……俺が申し訳ない思いで彼女へ視線を送ると、首を横に振って「気にしないで」の意思表示。


 俺は内心安堵しつつ、けれども消えない罪悪感を抱きながら、小さくため息をついた。


 穏やかで終わるはずがないと思ってた。


 一波乱あって、殴り合いにもなるかもしれない、と。


 不安も的中したが、とにかくいったんは安心だ。


 このまま畑山が放送し終えたら、放送委員も全員で体育館内へ戻る。


 その際、怪我してるところとかをどうやって先生たちに言い訳しようかと思ったが、ここはもう素直に話すつもりだ。


 最終的には教師頼り。


 それが俺のダサいところでもあり、カッコいいヒーローみたいに欅宮さんを助けられないどんくさいところでもある。


 だけど、結果的に彼女を危機から守ることはできたんだ。


 茶谷さんの願いもなんとか果たされた。


 本当、心残りなのは、欅宮さんに放送委員の仕事をさせてあげられなかったところではあるんだけどな。


 俺がお助け役なら、それも仕方ないのかな。……はは。


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