「欅宮さん、まずは俺の恋人になってくれないかな」
「ふぇ……!?」
欅宮さんの顔が一気に朱に染まる。
いや、わかってた。こういう反応されるってことは。
こっちもこっちで恥ずか死にそうになってるけど、「違うんだ」と強引に訂正。
「その、こ、これはあくまでも仮にってこと。恋人って設定にすれば、欅宮さんをいかがわしい目で見る奴も減るかなって思ったり」
「そ、そう……なのかな?」
「たぶん……」
ずっと考えていたことではあった。
欅宮さんをいかがわしい目で見たり、いかがわしいことをしようとする奴には、予防線となる存在がいれば、それを少しは回避できるんじゃないかって。
だけど、そんな存在に俺がなれるだなんて思えないし、なりたいと思っても、欅宮さん自身に拒絶されればそれこそ終わりだ。
欅宮さんを守れる人になりたい。つまるところ、ずっと傍に置かせて欲しい。
言えるはずのない願いが今口に出せたのは、切羽詰まってる状況だからこそだ。
放送委員の役目がそろそろ始まる。
放送室には既に里井たちも居るし、欅宮さんも急がなきゃいけない。
色々とチンタラしてる場合じゃなかった。
「い、いい……かな? い、一応設定。とは言っても……周りの人たちには知れ渡る可能性が高いのは高いんだけど……」
「っ……」
即答してくれず、考えるように黙り込む欅宮さん。
無言になりながら、ちらちらと俺の顔を見てきて、目が合えばすぐに視線を逸らす。
挙動不審になってた。
その挙動不審になる理由が、俺のことを気持ち悪いと思ってるのか、状況が気まずすぎてすぐにでも立ち去りたいけどそれができずに困ってるだけなのか、それともいい意味で迷ってくれてるのか、わからないところではあったけども。
「……い……よ……」
「え?」
「いい……よ。恋人に……なっても」
「ほ、本当に!?」
俺が再確認すると、彼女は恥ずかしそうにコクリと頷いた。
自分の中で嬉しさが爆発するのがわかった。設定上恋人になるだけだけど、なんか嬉しかったんだ。
「大丈夫、安心して! あくまでもこれは設定上仮の恋人になるだけだし、俺みたいな奴と正式に欅宮さんが付き合う必要もないから! 俺が恋人っぽいことを自分の意思で強要したり、お願いしたりすることもない! と、当然エッチなことも! もちろん、はい!」
「………………///」
「だからその、軽い気持ちで……居てくれても……オーケーというか……うん」
言いながら、自分の顔が赤くなってるのがわかった。
未だかつてないほどに心臓がバクバク言ってる。
仮恋人だから安心して、とまずは自分に言い聞かせたいくらいだ。冷静になり切れてないのは紛れもなく俺の方だった。
「わ、私は……これが…………本当の恋人契約でも……全然構わないんだけど……」
「へ? い、今何か……言った?」
「う、ううん! な、何でもないっ!」
本当だろうか。
今、確かに欅宮さんは何か言ったはずだけど。
「私もこの総会が終わったら、宇井君に伝えたいことがあったし、先取りされた感じはあったなって思っただけだよ。今この状況だったら、仮ってことにしておいた方がいいもんね!」
「……?」
ちょっと言ってることの意味がわからなかった。
でも、欅宮さんは自分に言い聞かせるみたいではあったものの、うんうんと頷いて納得してくれてるみたいだったし、とりあえずはもうオーケーなんだろう。俺も、これでいいってことにしとこう。追及はしない。
「じゃあ、仮恋人契約成立ということで……いいかな?」
「う、うん。なんかすごく恥ずかしいけど……ご、ごめんね」
「いや、欅宮さんが謝る必要なんてないよ。こんなことけしかけたの、俺の方だし」
「ううん、そうじゃなくて、こんな面倒な状況を作ったのは私なのに、宇井君はいつも私を助けてくれる気がするから」
「そ、そんな」
むしろ、助かってるのは俺の方。可愛い欅宮さんが近くに居てくれて癒しになってるから!
なんてこと、今は絶対に言える雰囲気じゃなかった。本心ではそう思ってるんだけど。
「だからね、私今決めた」
「へ?」
何をだ?
「この総会が終わったら、宇井君に言いたいことがあったんだけど、もう一つ。宇井君のお願い、何でも聞いてあげることにする」
「な、何でも……?」
広がる男子高校生の夢。妄想。
それらが一気に脳内で広がった。
何でもって……本当に言ってるんでしょうか?
「な、何でもって……本当に何でも……?」
「うん。……あ、え、えと、その…………も、もちろん……エッチなお願いでも……宇井君なら……いいよ?」
「――っっっ!?」
頭の中で火山噴火が起こった。
なにこれ。現実? これ今本当に現実なんですよね? 夢じゃないよね? 夢だったら俺、寿命十年くらい縮まるほど落ち込むけど、いいの? 信じてもいいの?
「わ……わかった……」
「う、うん」
「絶対に絶対に、この総会を無事に終わらせよう! 今から放送室には俺も入るから! 行こう!」
言って、俺は欅宮さんの手を握り、歩き出した。
見てろ、放送室にいるゲス男共。
今の俺は最強だからな。
欅宮さんに脅威を招こうとしてるお前らは、一匹残らず蹴散らしてくれるわ。
そんな強固な意志と共に、俺は放送室の扉を開けるのだった。