そんなこんなで色々ありつつも、俺たちは当初の約束通り、遊園地へやって来た。
遊園地へ着くまでは、移動の電車内でも『友達の少ない私が遊園地なんて行っていいのかな?』なんて風にして、自虐の色に染まり切ってた欅宮さんだったけど、
「う、宇井君っ! 最初、どのアトラクションに乗ろうか? 希望ないかな? 希望ないなら、私最初は【夢のメリーゴーランド】から乗りたいんだけどっ!」
こんな感じで、すっかり目を輝かせて元気になられた。
一番最初がメリーゴーランドなんですか、とツッコむのはやめておくとして、何にせよ、元気を取り戻してくれたみたいで一安心。
「いいよ。なら、最初はその夢のメリーゴーランド? ってやつに乗ろうか」
「ありがとうっ。その次は宇井君が乗りたいアトラクション決めてもいいからねっ」
そう言ったものの、
「あっ、でもちょっと待って」
進めようとしていた歩を止め、俺に手のひらを向けてストップのポーズをしてくる欅宮さん。
「何でもって言っても、絶叫だけは……や、止めて欲しいかなーと言いますか……」
「もしかして、苦手?」
泣きそうな顔で頷く彼女。
表情がすぐにコロコロ変わる人である。
「わかった。大丈夫。そういうのは避けます。なるべく平和そうなの選ぼう」
「す、すみません。ご慈悲をくださり、ありがとうございます」
「い、いや、ご慈悲ってほどでもないよ。そこまで深々頭下げないで。なんか、周りの人に見られたら勘違いされそう」
何なら、俺も絶叫系どっちかって言うと苦手だし。
「とにかく、今日は安全に平和に遊園地を楽しもう。絶叫系は無し。オーケー?」
「オーケーですっ」
よし。なら行こう。
やっぱり遊ぶメンバーが複数人いたら、その全員が楽しめるよう努めるべきだ。
俺、こういうところへ複数人で行った経験、無いんだけどね!
「……ふっ」
「? 宇井君、どうかした?」
「あ、いや、何でもない。ちょっと思い出し笑いしただけで」
「……?」
小首を傾げる欅宮さんと並び、俺はメリーゴーランドを目指すのだった。
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「はぁ~……。楽しかったねぇ~、さっきのアトラクション」
「うん。良かった。なんというか、久しぶりに厨二心をくすぐられた」
「あはは。厨二心っていうのはちょっとわからないんだけど、とにかくシューティングゲームっぽいジェットコースターって初めてだったし、すごかったよ~。新感覚」
欅宮さんのセリフに、俺はうんうんと頷いて同意。
メリーゴーランドに乗ってから、かれこれ三時間ほどが経って、現在の時刻は夕方の五時。
辺りはすっかり夕陽の朱に染められていて、チラホラと帰っていく人たちも見受けられる。
俺たちはそんな中、まったりと人気のない場所でベンチに座り、二人話し込んでいた。
「……ねえ、宇井君?」
「ん、どうかした?」
反応しながら、真正面の空へ向けていた視線を、横にいる欅宮さんの方へ持って行く。
彼女は、自分の足元を見つめながら、ぽつりぽつりと続けてくれた。
「今日のことなんだけど、その、ごめんね」
「え?」
「本当は私の家で遊ぶ約束してたのに、外出することになっちゃって」
なんだ。びっくりした。そのことか。
てっきり何かあったのかと心配してしまった。
「そんなの、気にしないで。予定とかは誰だって急遽変わったりするし、そもそも俺なんかが欅宮さんの家の中へ一歩入れるだけでもすごいことなんだから」
「なんですごいことなの。全然すごくないよ。たかだか私のお家なのに。どんどん来て欲しいくらい」
「いやいやいや。それは無理。本当、俺からしたらすごいことなんで」
クラスの女の子の部屋とか、一生に一度入れるか入れないかの話だ。
今日、一歩でも欅宮さんの部屋の中へ入れた俺は、たぶん一生分の運を使い果たした。この喜びを胸に、これからの人生を頑張って生きていこうと思う。
「……そんなこと……ないんだけどなぁ……」
「ううん。そんなことある。だから、物足りないなとか、部屋でもっと遊びたかったなぁとか、俺は欲求不満になってることないから。そこは安心して欲しい」
「………………」
「……? 欅宮さん?」
黙り込んでしまう欅宮さんの顔を、俺は軽く覗き込むようにして見る。
「……たしは……っきゅうふまん……なんだけどなぁ……」
「え?」
全然聞こえなかった。
近くに並んで座ってるけど、それでもちゃんと聞き取れないレベルの声の大きさ。
今、彼女はなんて言ったんだろう。
問うために、「今、なんて――」と言いかけたところ、俺の言葉を遮るようにして、欅宮さんは言葉を挟んできた。
「ごめん、宇井君。最後に一つだけ、乗りたいものがあるんだ」
「乗りたい、もの?」
「うん。今日、最後はこれに乗ろうってずっと決めてたアトラクションなんだけど」
「……了解。そのアトラクションっていうのは?」
聞くと、彼女は少しだけ身をよじって、向こうの方を指差した。
「……観覧車。すごくベタだけど」
俺の顔色を伺うみたいに、はにかんで言う欅宮さん。
当然こっちも、戸惑いが無かったわけじゃないし、動揺が無かったわけじゃない。
だけど、俺自身もどこか思ってたんだ。
今日の終盤、俺は観覧車に乗って、欅宮さんと二人きりになるべきなんじゃないか、と。
理由は曖昧でわからない。
今は、ごちゃごちゃと色んな感情が渦巻いてるんだ。俺自身、余裕がない。
だから、わからない。本当は、非常にシンプルで、すぐにわかることなんだろうけど。
「……わかった。じゃあ、次の観覧車で最後だね」
「うん」
欅宮さんが頷き、俺たちはベンチから立ち上がる。
俺は、自分の心臓の鼓動が、さっきよりも早くなってることに気付かないまま、歩くのだった。