「セクハラされそうになっているんだよケヤちゃん。生徒総会当日、大勢の薄汚いゲス男子共から」
「え……?」
なんだそれ。どういうことだよ。
「気付かなかったか? 君は今、私たちと同じ二年生だろう? 生徒総会を執り行う運営メンバー、今年は非常に多いんだ」
「そ、そうだったんですか……?」
「そうだよ」
言って、「はぁ」とため息をつく茶谷さん。
全然知らなかった。頭の中は今週末に控えてる欅宮さんのお家訪問でいっぱいだったから。
任されてた設営係も、適当に参加して、適当に動いて、適当に終わらせるつもりだったくらいだ。すべてが適当。欅宮さんのことしか考えてない。
「そういうところからも、君が鈍感なところが伺える。察しが良ければ、ケヤちゃんに降りかかろうとしてる悲劇も、君は私より早く察することができただろう。ずっと一緒にいたんだから」
「……え。ちょっと待ってください。今、なんと?」
俺が言うと、彼女はウザそうに冷たい視線を頂戴してくれ、
「君は最近ケヤちゃんの近くによくいるんだから、君の察しが良ければケヤちゃんに降りかかろうとしてることにも素早く対処できたんじゃないかって言ってるんだ。私がいなくとも」
「さ、最近欅宮さんの近くに俺がいるって、なんで知って……?」
ハッとして、俺は傘を持っていない方の手で自分の口元を覆う。
バカか。そう言ったら本当に近くにいつもいるって言ってるようなものじゃないか。隠してたってのに。
茶谷さんは「ふん」とそっぽを向き、
「知ってるさ。私は、その……自分で言うのもなんだが、こういう性格だし、学内でケヤちゃんしか心を許せる存在がいないからな。たった一人の友達をよく見ていないわけがないだろう。それこそ、彼女のことなら何でも知ってるし、何なら、ケヤちゃんの家に行った時、盗聴器だって取り付けて――」
言いかけたところで、今度は茶谷さんが口元を自分の手で覆う。
二人で相合傘をした状態だが、歩きながら、その場に気まずい空気が流れた。
この人、思ってたよりだいぶヤバい人かもしれない。
欅宮さんちに行く前に知れてよかったけど、前ビデオ通話した時のこととか、もしかしたら全部筒抜け状態なのかも……。マジですか……。
「ま、まあ、とにかくそれはいいとして、運営メンバーの話をしよう。君といると、余計な方ばかりに話が進んでしまうな。良くないよ、本当に」
知らんがな、そんなの。俺のせいじゃない。
「運営メンバーって、つまりは各クラス委員長たちを含めた組織のことですよね? 生徒会、クラス委員長グループ、そんで有志の人たち」
「そうだな」
「その人数が今年は多かったんですか」
「そういうことになる。もちろん人数制限はあって、有志で立候補してくれたとしても、くじなどを利用してメンバーを選ぶことになるんだ」
「それなら、人数が運営メンバーの人数が増えるってことも起こらないのでは?」
俺の問いかけに、茶谷さんは頷く。
「例年通りならな。けれど、今年は違った。教師陣の提案で、運営メンバーを増やすことになったんだ」
「また、なんで?」
「去年の反省を活かして、ということらしい。準備、意見まとめ、諸々の作業をするのにあたって、人数不足が否めなかったんだと」
なるほど。そんなことが。
「でも、メンバー増やすぞってことになって、人が集まるもんなんですね。運営に立候補なんて、やることいっぱいだし、明らかに面倒くさそうじゃないですか。俺なら絶対にやろうと思いませんけど」
「ああ。その通りだ。普通はやろうと思わない。普通はな」
「……なんか、その言い方だと、普通じゃないことがあるから、みたいですね」
茶谷さんは「ふぅ」と一息つき、少し間を空け、
「どいつもこいつも、変態ばかりなんだよ。男なんて」
意味ありげにつぶやいた。
……まあ、否定はできないけど、なんで今そんなことを言うんだろう?
「男子がな、ケヤちゃんの胸を触ろうとしてるんだと」
「……え?」
な、なん……だと……?
「生徒総会の放送担当って知ってるか?」
「それは……知ってますけど」
茶谷さんは頷いた。
「全校生徒や全教師が一同体育館に集まって執り行われる会だが、その中でも運営係の放送担当ってやつは、唯一体育館内にいなくてもいい少数の存在なんだ。おおよそ、五人ほどが配属される」
「は、はい」
「今年の総会、ケヤちゃんは前々からその担当に就きたいと言っていた。そして、運営メンバーの長である生徒会長もその意思を汲み取っていてね。彼女は放送担当に早いうちから内定してたんだよ」
「なる……ほど。でも、それがどうして――」
「学校内の人員はすべて体育館内に密集している。そして、会の最中はそこから逃れることが原則できない。つまり、放送室は完全に隔離された場所となり、何か起こっても誰の助けも来ない密室になるんだ」
「……!」
ハッとした。
茶谷さんが何を言おうとしてるのか、勘付けた。
「……もしかして、欅宮さんはそこで……」
「そう。残りの放送担当は男子四人。奴らは結託し、放送室に誰も来ないのを見越したうえで、ケヤちゃんの胸を揉みしだこうとしている。無論、それだけで済めばいいのだがな」
「は、はぁ!? ちょまっ、そ、そんなの、もう強姦とかと同じじゃないですか! 何考えてんだそいつらは!」
つい、立ち止まってしまう。
茶谷さんもそんな俺をジッと見つめ、
「怒りの感情が湧いてくるか?」
「当たり前です! 誰ですか、そんなことしようとしてる奴は!」
「私たちと同じ、二年の男子だ」
「他に、情報は? 茶谷さんも運営メンバーなんだ。知ってるんでしょ?」
言うも、彼女は首を横に振り、
「知らない。というか、知らされてないんだ。ケヤちゃん以外の放送担当」
「ど、どうして?」
「私にもわからない。生徒会長にも聞いたんだが、なぜか会長も『わからない』の一点張りで」
「じゃあもう、その会長自体怪しいじゃないですか! 明日、殴り込みに行きます! 生徒会室まで!」
「明日は土曜日だろう。学校は休みだ」
「っ……!」
そうか。そうだった。
つい、舌打ちしてしまう。
ちくしょう。なんてことだ。まさかこんなことになってるとは。
「とりあえずだが、君には一つ頼みがある」
「頼み、ですか?」
「ケヤちゃんを助けてあげて欲しい、と言えば大雑把だが、私に手を貸して欲しいんだ」
「それもまた大雑把なお願いですけど」
「具体的なことは……そうだな、日曜とかは君、空いてるか?」
「え、日曜ですか?」
「ああ。そこで色々と話したいことがある。どうだ?」
「どうだ、って……。今ここでじゃダメなんですか?」
提案するも、茶谷さんは「それが無理なんだ」と一言。
「面倒なことに、私の親は厳格でな。そろそろ門限も近くなってきてる。家自体はもうすぐそこなんだが、具体的なことを話せる時間もない。日曜しかないんだ」
「なるほど」
「土曜は土曜で、君、ケヤちゃんの家に行くらしいからな。これは配慮もしてる。安心しろ」
知ってるんですか……。
「ただ、また一つだけ伝えておく」
「?」
「このこと、絶対にケヤちゃんには喋るな」
「え」
「あの子に余計な心配は掛けさせたくない。その理由は……君もわかるだろう。最近傍にいるんだし、そもそも、君へケヤちゃんが近付いた理由も理由なんだし」
…………まあ、そうか。
「とにかく、そういうことだ。君は何も考えず、明日は明日で何事もない風を装えばいい。また明後日だ。LIMEも交換しておこう」
言われ、俺はスマホを取り出し、連絡先の交換をした。
茶谷さんのLIMEアイコンは……欅宮さんとのツーショットか。
本当に欅宮さんのことが好きなんだな。
「では、私はここまででいい。また詳しい集合時間はLIMEで伝える。頼むぞ」
「はい、わかりました……って言いたいところですけど、いいです。家の目の前まで送ります」
「む、そうか? なら、助かるな」
言って、俺は再び茶谷さんを傘の中に入れ、歩き出した。
絶対に欅宮さんを助けなければ。その思いを胸の中で確かなものにして。