「しかし、まさか変態と相合傘しながら帰るハメになるとはな。驚きだ」
「……それは俺もですよ。女子と相合傘とか、もうしばらくしてなかったんで」
「しばらくしてなかったと言うと、一度はしたことあるみたいな言い方だな。私はてっきり、君が生まれて初めて女の子と相合傘をしたものかとばかり思ってたぞ」
「そ、そんなこと。俺だって――」
「あ、もちろん、姉や妹、母親などはノーカウントだからな。血のつながりがない異性に限った話だ」
「っぐ……!」
「その反応、やはり無いのだろう? それはそうだ。君は見るからに根暗だし、変態だからな。女の子が近寄ってこないのも自然の摂理だ。私の推測に狂いはなかった」
すぐ傍で、納得したようにうんうん頷く茶谷さん。
まったく。誰のおかげで濡れずに帰れてると思ってるんだ。
今、俺たちは相合傘をしながら二人でくっついて帰ってるんだけど、そもそも彼女が傘を忘れてなければ、別々に離れて歩くことができてた。
というのも、歩き出した最初の方、茶谷さんはその時点では傘を差さず、自分のカバンの中から折り畳み傘を探していた。
「少し折り畳み傘を探す。私が濡れないよう傘を掛けててくれないか?」
そう言われ、仕方なく、恥ずかしかったけど短時間ならってことで了承し、俺は彼女の頭の上に自分の傘を掛けてあげていたんだ。
でも、蓋を開けてみれば、茶谷さんのカバンの中に折り畳み傘は入っておらず、俺はやむを得ず、そのまま相合傘した状態で帰ることになった。
てか、こうなるなら学校を出る前に確認しとけよ、とは思う。
自分が本当に傘を持ってるのか、持ってないのかを確認して、それで無かったら、俺と同じく貸し出し傘を使えたのに。
まあ、もう嘆いたって無駄だ。
幸い、辺りも暗くなってて、雨も降ってるし、そのおかげで傘も差せてる。
周囲から、俺と茶谷さんが相合傘しながら帰ってるとは思われないだろう。……たぶん。
「……まあ、何でもいいですけど、話ってのは何なんですか? 変態の俺に何か聞きたいことでもあるんですかね?」
「ああ、そうなんだ。非常に不服ではあるんだけどな。残念ながら、私は君に質問をしなければならないことがある。残念ながら」
残念って二回も言わなくていいじゃないですか……。
「この質問には正直に答えて欲しい。母親から見つけられないために、エグイ性癖の詰まったエロ本を隠そうとするような精神は、心の外へ捨て去って欲しいんだ。可能か?」
「エグイ性癖は決して詰まらせてないですけど、可能です」
そういったブツを隠してるってことは否定しきれないですけど。
「そうか。なら大丈夫だ。まず一つ目の質問からさせてもらう」
「はい」
「心して聞いてくれ」
「わかりました」
なんかえらく緊張感があるな。
思わず生唾を飲み込んでしまう。
少し間を空けて、茶谷さんは再び口を開いた。
「君は、女の子の胸がやはり好きか?」
「ブッッッ!」
吹いた。
唐突にこの人何言ってんだ。こんなの、吹かざるを得ない。
「ちょ、ちょまっ! え、な、何ですかその質問?」
「何ですか、と言われても困る。その通りの意味だ。早く素直に答えろ。女の子のおっぱいは好きか?」
「はっ、え、えぇぇっ!?」
暗くてハッキリは見えないけど、偽りのない真っ直ぐな瞳で問うてくる茶谷さん。
そんな目しながら、とんでもない質問してこないで欲しい。これ俺、本当に素直に答えていいのかよ。
「そ、そりゃまあ……うぅっ……す、すす、好き……ですけど……」
こんな状況でも、嫌いだとは言えなかった。
嘘もつくなって言われたし……。
「ふむ。大きいものと小さいものとでは、どちらが好きだ?」
「えぇぇー……」
答えづらい質問を次々と……。
しかし、黙ってるわけにもいかない。
回答に躊躇してると、茶谷さんが「早く」と急かしてくる。
「お、大きいもの……ですかね?」
「なるほどな」
「あ、で、でも、だからって小さいのがダメだとか、そういうことは思ってないですよ!? 世の男子は大きいのが好きな奴から、小さいのが好きな奴まで、十人十色なんです!」
「……? ああ、そうか。でも、それがどうした? 今、私は君の趣味趣向を聞いてるのだが?」
「い、いえ、その……誰かが希望を見失って絶望することがあってはならないな、と思いまして」
「は? 何のことだ?」
「あ、な、何でもないですっ! すいません!」
俺がそう言うと、茶谷さんは「訳が分からん」とでも言いたげに首を傾げた。
本人が何も思ってらっしゃらないのなら、それはそれでもういいか。うん。
「けど、いきなりなんでそんな質問を? 正直、意図が見えないというか……」
「それはまあ、君はそうだろうな。鈍感そうでもある」
「鈍感ではないと思いますよ、自分」
「ほう。どこか自信ありげに言うな」
「そりゃそうです。いつも鈍感主人公ばかり出てくるラノベとか漫画とか読んでますし、その辺のことについては敏感だと思ってます」
「そうか。……なんというか、アレだな。キモいな」
「は、はい!? な、なぜ!」
「君の鼻息が急に荒くなった気がする。実に変態味を感じるな。そこはかとなく」
「ひ、ひどすぎでしょ!」
もう俺、そろそろ泣くぞ。
さっきからこの人、俺のことディスりすぎじゃない?
色々思われることもあるだろうなってのは俺もわかってるけど、だからって陰キャラもキモキャラも変態キャラも、みんなちゃんと心がある人間なのに。
「まあ、そんなことはどうでもいい。私が言いたいのはそこじゃない」
「は、はぁ……」
そんなこと、ですか。俺からしたら全然『そんなこと』で済む話じゃないんですけどもね。
「問題は、ここから絡んでくるケヤちゃんなんだよ。あの子、非常に今面倒なことになっていてね」
「え?」
頓狂な俺の声が、地面に叩きつけられてる雨粒の音に混じる。
欅宮さんがいったいどうしたのか。
俺はそれが気になって仕方なかった。