欅宮さんの家へお邪魔する土曜日。……の前日、金曜日。
その日は、五限目の授業の時間を使って、一週間後にある生徒総会の準備をしていた。
委員長主導のもと、各クラス、総会で発表する意見の話し合いを教室でするんだけど、残念ながら俺は違う。
不運にもたまたまじゃんけんで負けて、総会会場の設営係に任命されてしまったのだ。
振り返ってみれば、なぜ俺は係決めの話し合いをしてるタイミングで居眠りしてしまったのかと、軽く後悔してる。
起きてて、話し合いの流れさえ読めていれば、唐突に「宇井くんもまだ何の係にも属してないよね? 設営係決めるじゃんけんに参加してもらってもいいかな?」とか言ってきたクラスメイトの提案も、事前にマシな係へ逃げ込むことで回避できてたはずだ。
つくづくツイてない。……いや、これは俺がドジなだけか。自分の運の悪さを呪うのは違う。
とまあそんなことがあって、今現在俺がいるのは、教室棟から離れたところにある会議室。
集まってるメンバーを見れば、周囲は野球部だったり、柔道部だったりと、明らかに肉体派の方々が勢ぞろいしてらっしゃる。
……どう考えても場違いだろ、俺……。
会場の設営だから、その分力作業とかが多いってのは想像できてたけど、メンバー的にもまさかここまでとは。
どうにか迷惑にならないよう頑張らなければ。
「じゃあ、ここには一年A組が当日入るから、三十程椅子の用意をして――」
設営係のリーダーである三年生が黒板に色々板書し、丁寧に俺たちへ説明していく。
唯一の救いは、自分がまだ二年生だってこと。
これがもしも三年生っていう立場だったら、引っ張っていかないと、とか考えて大変だったはず。
不幸中の幸い、ということろだろうか。にしても、苦労はするの確定なんですけど。
ボーっと、先輩たちの話を聞く傍ら、窓の方へ視線をやる。
梅雨入りにはまだ早いが、外は雨が降っていた。
そういえば、今日は傘を持ってきてない。
ってのも、朝天気予報を見た時、キャスターのお姉さんが『今日は一日通して曇り空ですが、決して雨は降らないでしょう。私が誓います!』なんてドヤ顔で言いながら、自分の胸をポンと叩いていたから、それを信じた結果だ。
まったく。嘘つきもいいところじゃないか。
ここだけの話、あのお天気お姉さんのお胸は割と大きいんだけど、こうなれば、それもパッド入りなんじゃないかと疑ってしまう。
でも、そう考えるとこの世は不条理だなぁ、と同時に考えもするわけだ。
欅宮さんは自分のお胸の大きさに悩んでる。
片や、あのお天気お姉さんはパッドを入れるほど、自分のお胸に自身が無く、背伸びをしようと試みてる。
なんか、人それぞれ求めてるボディが手に入る世の中ならいいのにね、って思っちゃうよ。
そうすれば、俺ももう少し身長があって、ここにいる人たちくらいマッチョな体が手に入るかもしれないってのに。
……まあ、けどそれも隣の芝は青いってやつなのかな。
別のタイプのボディを手に入れたら入れたで、今度は元の体が恋しくなったりとか、ありそうだもんな。
うん、そうだそうだ。考えるだけ無駄だよこんなこと。
「――なら、今から実際に体育館の方へ移動していきたいと思います」
……え?
「そこで、今計画してみた並びを軽く並べてみて、どんなもんか確認してみましょう」
つらつらと余計なことを考えてると、話がまた予想してないなかった方向へ進んでた。
ちゃんと話は聞いといたほうがいいって、さっき後悔してたはずなのに……。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
そういうわけで、体育館へ移動してきた俺たち設営係一行。
今は学校全体で生徒総会の準備を進める時間だ。
当然館内には誰もいないだろう。
そう思っていたのだが、実際に入ってみると、俺たち以外に当日を意識した準備を進めようとしてる団体がいたのか、チラホラと生徒が集まってた。
あれは……生徒会の人たちか?
「あ」
思わず、軽く声を漏らす。
遠くの方に見慣れた女子の姿があった。
欅宮さんだ。
誰か、仲のいい女子と会話してる。楽しそう。
「よーし! そんじゃ、椅子並べてくよ! 向こうの倉庫に収納されてるから、数かぞえて出していこう!」
リーダーのマッチョ先輩が大きな声で号令。
俺たちは戦場に駆り出されたソルジャーのごとく「おーっす!」と返し、倉庫へ向かっていく。
一斉に、館内にいた人たちがこちらへ視線をやった。
欅宮さんもこっちの方を見て、どうやら俺に気付いたようだ。
軽く手を振ってくれる。
俺はそれに対し、なるべく周りに気付かれないよう手を振り返した。
恥ずかしいのはもちろんだったけど、なんかすごい青春を感じる。元気百倍だ。凄まじいエネルギーが体中にみなぎってきた。
「おっ! いいねぇ、君! いい働きっぷり! えーと、名前は確かフギくん、だったかな?」
ガシガシ動いてると、リーダーマッチョ先輩が俺に声を掛けてきた。
「宇井です。ありがとうございます」
俺は中国・清朝最後の皇帝じゃないです。
「うんうん、結構結構! 最初は力仕事任せて大丈夫かなって思ってたけど、杞憂だったみたいだよ! ナハハ!」
言いながら、バンバン俺の背中を叩いてこられる。痛い。
「あはは……。ありがとうございます」
「うむ! その調子で頼むよ! ウニくん!」
だから、海産物でもないっつの。
清々しそうに高笑いし去っていくマッチョ先輩を尻目に、俺は持っていたパイプ椅子を決められた場所で下ろす。
ふぅ。次、持ってくるか。
そうやって額の汗を軽く拭っていた時だ。
「お疲れ様、宇井くん」
ふと、背から声を掛けられる。
振り返ると、そこには、
「……!」
女神の姿があった。
聖女・欅宮さん。
それと、隣にいらっしゃるのは……さっきまで欅宮さんと一緒に会話してた女子だ。この人も結構な美少女。
だけど、残念ながら名前がわからない。
見た感じ、俺の愛読書である【ちっぱいでも愛してくれますか?】のメインヒロイン、
顔も…………お胸の方も。
いや、いかん。変なことを考えるのはよそう。
普通に対応しなければ。
「あ、お疲れ様」
「うん。ちょっと見てたけど、設営係大変そう。宇井くん、付いていけてるのすごいよ」
「あ、あはは、ありがとう。どうにかこうにかって感じだけど」
ほんと、あなたのおかげです。
「ところで、欅宮さんは何の仕事を? てっきり教室でみんなのまとめ役してるのかと思ってた」
「ううん、違うよ。今日はクラス委員長同士で集まって会議だったの。だから、この子もそう。同じ二年で、D組の
「ハァ……。どうも」
え……!? なぜにため息を……!?
しかも、めちゃくちゃ俺のこと睨みながら挨拶してくるんだが……!? ほぼ初対面なのに嫌われてるのか、俺!?
「あ、あれ……? 茶谷さん……? どうしてため息なんて……」
「別に。ていうかケヤちゃん、私たち仕事まだ残ってるし、向こう戻らない? ここにいると、割と不快な気分になるんだよね、私」
「ぅえぇっ!?」
初めて聞いたような声で動揺する欅宮さん。
俺も普通に泣きそうだった。
なんか俺、なぜか茶谷さんに嫌われてるみたい。
で、泣きそうな顔をしてると、茶谷さんは面倒くさそうにもう一度こっちを見やり、
「ちっ」
トドメと言わんばかりの舌打ち。
俺のメンタルライフは一瞬でゼロになった。
その場で崩れ去りそうだ。
「行こ、ケヤちゃん」
「あ、ちょっ、待ってよ茶谷さん! っ~……! ご、ごめんね、宇井くんっ!」
「あっ、あはっ、あはは……。い、いえいえ……」
灰になったような状態で、二人の後ろ姿を見つめる。
ちょくちょく欅宮さんがこっちを心配そうに振り返ってくれてたから、それで生命維持はできたけど、やっぱり女子からの冷たい視線は一撃必殺級なのだと、つくづく身をもって体感する俺だった。
ほんと、いったい俺は何をしたってんだ……。