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第6話 教室内での欅宮さん

「ちょっと、そこのあなた! スマホの使用は昼休みに限ると校則で決まってるでしょ! 今すぐやめなさい!」


 教室に入るや否や、俺よりも早めに教室入りしていた欅宮さんの声が聞こえてきた。


 というのも、俺と欅宮さんは一緒に登校したものの、校門前の人目に付かなさそうな場所で別れ、そこから別々のタイミングで教室へと向かったのだ。


 理由は単純で、欅宮さんが俺と一緒にいるところを誰かに見られないようにするため。


 あの厳格なクラス委員長が、教室の隅っこにいるような奴と一緒に登校してるなんて噂が流れたら、それこそ欅宮さんの活動に支障が出ると判断。


 俺の意向で教室だけは別々のタイミングで入ろうと提案したのだ。


 欅宮さんはそれに対して不服そうにしてたけど、そこはさすがに言うことを聞いてもらった。


 だから、俺は先に下駄箱で上履きに履き替え、図書室へと向かったわけだ。


 図書室で軽く読書し、十五分ほど経ってから、教室へ移動した。


 すると……まあ、こんな感じで欅宮さんのいつもの注意ボイスが耳に入って来たという感じ。


 スマホを触っていたところを怒られた男子三人は忌々し気に欅宮さんを見やり、渋々とそれをポケットへ直した。


「ポケットじゃなくて、カバンに直すの! そんなところに直して、また使用するつもりでしょ!?」


「……うるせぇな。今日の英語の授業の予習してたところなんだよ。わからん単語があったらその意味を調べるのは当然だろ。それに使ってただけじゃん」


 背丈の低い男子の一人が反論してみせる。


 が、欅宮さんはそれでも止まらなかった。


「だったら英語辞書を使いなさいよ! みんなそれを使ってるの! スマホじゃなきゃいけない理由なんてないでしょ!」


「……チッ」


 わかりやすく舌打ちするもう一人の男子。腹を立ててるのが目に見えてわかる。


 これは……どことなく良くない雰囲気だ。


 それを周囲の連中も感じ取ったのだろう。複数人で会話してた男子たちや女子たちなど、関係のない人まで自分たちの会話を止めて、欅宮さんらの方を見つめ出した。


 したがって、ざわついていた教室内も次第に静かになっていく。


「あのさぁ、委員長さん。自分、いっつも他人の注意してるけど、そんなに完璧な学校生活送れてんの? 人にモノ言える立場?」


 注意された三人グループの一人、どっかりと椅子に座り、悪い目つきのまま欅宮さんを睨み付けていた男子が文句をぶつける。


 口調もいかにもというか、喧嘩腰っぽい感じで、同じ男が相手なら殴りかかってたんじゃないかと思えるほどに柄が悪い。


 大丈夫なのか、欅宮さんは……。


「校則は守りながら生活してるつもりです! あと、そんなことは今関係ないじゃない! スマホをあなたたちがカバンにしまえばいいだけの話! 早く直して!」


「っせぇな……!」


 最後まで不服そうにしてたが、男子三人は欅宮さんを睨むのを止めることなく、ずっと彼女の方を見たまま、ロッカーの方へスマホを直しに行った。


 周囲の人たちはそんな一部始終を見ると、自分たちの会話へ戻っていくのだが、所々から、「委員長もあの言い方無いよね……」とか、「苛立つ気持ちもわかるわ……」なんて声がチラホラ聞こえてくる。


 俺が聞こえてるってことは、当然欅宮さんにも聞こえてるわけだ。


 それでも彼女は凛とした表情を崩すことなく、一仕事終えたかのように自分の席へと戻っていった。そして、それまでしていた昨日の授業の復習を再開させた。


「………………っ」


 いつもの光景ではあった。いつもの光景ではあるものの、昨日、今日で、俺と欅宮さんの関係は劇的に変わったのだ。


 だから、なんていうか、こういう場面を見ると、どうにも俺自身胸が痛くなってくる。


 欅宮さんに向けられた文句だって、まるで自分に降りかかってるみたいな感覚だ。


 ただ、それは彼女が俺なんかよりも一番感じてることであって、何も感じないというわけはないはず。きっと澄ました表情の裏で、傷付いてる部分もあるはずなんだ。


 そこもどうにかしてあげたいのだけど……これはお節介に入るのだろうか……? というか、それ以前に俺にできることって何なのだ、とは思うのだけれども。


 ――なんて、一人でそう考えてる時だった。


「おっぱいだけが取り柄だよな。あんなの、おっぱい以外誰も見ねぇし、好かねぇって。クソムカつくじゃん、あいつ」


 どこかしらか、こんな陰口が聴こえてくる。


 うわぁ、と瞬間的に思ったのだが、これにはさすがの欅宮さんもピクリとし、走らせていたペンの動きを止めてしまっていた。


 そんなひどいことがよく言える。どいつだよ。


「………………」


 俺は辺りをササッと見回してみるが、結局誰が言ったのかわからず、自分の席へと着くことにした。


 ほんと、好き勝手だ。欅宮さんが反抗しないからって。




〇●〇●〇●〇●〇●〇●




 そうして時間は過ぎ、昼休み。


 朝、欅宮さんが言ってた通り、この学校には昼休みになるとスマホを使ってもいいという謎ルールがあるため、俺は一人ぼっち飯をかましながら、ネットサーフィンしていた。


 すると、だ。


 ――♪


 電話機能付属のSMS通知音がふと鳴った。


 誰だ……? と怪訝に思いながら受信欄を見る。



【欅宮さん】:『昼休みごめんね。一つだけ聞いてもいいかな?』



 欅宮さんだった。


 な、なんだ? どうした、どうした?



【宇井圭太】:『どうかした? 大丈夫ですよ』


【欅宮さん】:『朝、私が喜多くんたちに言われたことで一つ引っかかったことがあって……』


【宇井圭太】:『喜多くんたち……。あ、スマホの件のことですか?』


【欅宮さん】:『うんうん。それだよ』


 スマホの件なら、欅宮さんがスマホを昼休み以外に取り出してるところは見たことが無い。そもそも校則絶対遵守の人だし、無問題だとは思うんだけど……。


【宇井圭太】:『欅宮さんなら大丈夫ですよ。スマホなんて無問題だと思います』


【欅宮さん】:『違うの(>_<) そうじゃないの(>_<)』


 なんか可愛い顔文字付きだ。


 違う? 何が違うってんだろ?


【欅宮さん】:『私が本当に校則とか、完璧に守れてるのか不安になって……。喜多くんたちの手前では勢いで守ってるみたいに言っちゃったんだけど……』


【宇井圭太】:『なんだ、そんなことですか。それなら大丈夫ですよ。確実に守れてます。普段教室の隅っこから全体を眺めてる俺が言うんだから、間違いないです』


【欅宮さん】:『でも……私、今日の放課後に宇井くんをお洋服屋さんとか、カフェに誘っちゃった……。それに関してはどうなのかなって思って……』


【宇井圭太】:『え?』


【欅宮さん】:『これって校則違反にあたらないかな? 大丈夫だと思う? 校則手帳、今日忘れちゃって……』



「………………(笑)」


 思わずクスッと笑みがこぼれてしまった。


 すかさず不安を解いてあげるべく、返信を打ち込み、送信した。



【宇井圭太】:『大丈夫ですよ。校則違反じゃないです。今時、高校生が帰りに店に寄っちゃいけないなんて校則作ってるとこなんてありません。安心してください』


【欅宮さん】:『本当に……?』


【宇井圭太】:『本当です』


【欅宮さん】:『よかった……( ;∀;) 不安だったんだ。約束したけど行けなくなっちゃうかと思った……(>_<)』


【宇井圭太】:『心配ナッシングですよ。放課後、楽しみです』



 以降は安堵のチャットがこれでもかというほど届いた。


 楽しみにしてる感が並々ならないほど伝わってくるのだが、同時に今日の朝のことでついでに思い出すと、色々言われて欅宮さんが傷付いていないかも気になった。


「……でも……」


 それは詮索すべきことなのかどうかわからない。


 チャットでも彼女は明るい感じだし、変に嫌な話題を掘り返すのも違う気がした。


「……やめとくか……」


 結局こういう結論になり、その話題を出すことはなかったのだが、欅宮さんは昼休みの終わりまで、今日みたい服がこういった種類だとか、カフェの新商品のこととかを俺に語ってくれ続けた。


 その中で、「もしかして、欅宮さんもぼっち飯してんのかな……?」なんて思ったりした。


 だって、ずっとチャット送れるってことは、誰も周りに話せる人がいないってことだ。


 そう考えると……うん。俺たちって似た者同士でもあるのかな、とか思ったり。


 喜ぶべきじゃないのはわかってるけど、俺はなぜか不思議とそれが嬉しかった。


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