「時は金なり。」
それが俺の座右の銘だ。無駄を徹底的に排除し、効率こそが全てだと信じて疑わなかった。毎朝6時に目を覚まし、ルーティンは一分の狂いもなく進行する。歯を磨きながらニュースをチェックし、コーヒーを片手に、その日のタスクを頭の中で組み立てる。タイムマネジメントは完璧だ。無駄な雑談や突発的な予定変更など、俺の世界には存在しない。仕事では常に一歩先を見据え、最速のルートでタスクを片付け、成果を出し続けた。それが俺の誇りであり、何よりの喜びだった。
しかし、その「効率的」な生活が、ある日突然崩壊することになった。
その日は何も変わらない、いつも通りの朝だった。取引先との会議中だったか、帰りの電車に揺られていたのか、そのあたりの記憶は曖昧だ。だが、次に目を開けた時、俺は全く見知らぬ場所に立っていた。
「…ここは?」
青空の下、目の前に広がるのは果てしない大草原。風が草を揺らし、空には雲ひとつない。これが夢か現実か、区別がつかなかった。頭は混乱し、体が軽く震えるのを感じた。だが、俺は慌てるわけにはいかない。こういう時こそ冷静でいなければならないと、自分に言い聞かせた。
――異世界転移? そんなバカな。
一瞬そんな考えがよぎったが、非現実的すぎると打ち消した。しかし、目の前の光景は、どう見ても現実ではあり得なかった。広がる大地、清澄な空気。都会の喧騒とは対極にある、静謐な自然。そんな俺の混乱をさらに深めるように、突然、脳内に声が響いた。
「時を操る力を授ける――。」
頭の中に飛び込んできた言葉と共に、膨大な知識が押し寄せてきた。時間を操る魔法、その使い方、そしてそれが禁忌であるという理由。まるで自分の体が知識そのものに変わってしまうかのように、時間の概念がすべて頭に流れ込んでくる。その情報量は圧倒的で、思わず片膝をついた。
「なんだ、これは…?」
呟く俺の声は、震えていた。時間を操る? 馬鹿げた話だ。しかし、この知識が偽りではないことを本能的に悟っていた。この異常な状況、そして得た力。現実の枠を超えた、新たなルールが俺の前に展開されているのだ。
俺はその膨大な力の一端を垣間見て、興奮を抑えきれなかった。過去を見返し、未来を変えることができる…そんな力を手に入れたのだ。俺は自分の手を見つめ、自然とほくそ笑んでいた。
「これが…時魔法か。」
だが、禁忌という言葉が引っかかった。なぜ、この力は禁忌とされるのか? その問いが一瞬浮かんだが、すぐに気にするのをやめた。危険だろうが禁忌だろうが、俺にとってはどうでもいい。大事なのは、この力をどう活かすか、ただそれだけだ。
その時、俺は急激な空腹感に襲われた。目の前の大地には、食料があるようには見えない。水もなければ、人影もない。異世界転移において、食料や水を確保することが最優先事項だと、すぐに理解した。
ふと、目に入ったのは一本の木。枝にはいくつかの小さな果実がぶら下がっている。これしかない。
俺は無意識のうちに、手をかざし、頭の中に浮かんだ魔法の言葉を口にしていた。
「時よ、進め――。」
すると、手のひらから淡い光が木に向かって広がり、果実に浸透していくのが見えた。瞬く間に果実は膨らみ、赤く熟していく。その成長は信じられないほど早く、数秒で完熟の状態に達した。
「本当に…成長した。」
驚きの声を上げる暇もなく、俺はその果実をもぎ取り、勢いよくかぶりついた。甘く、濃厚な果汁が口いっぱいに広がり、今まで味わったことのない美味さだった。こんなに簡単に食料を手に入れられるなんて…これこそ、俺が求めていた効率だ。
「時は金なり、か。」
俺は新たに得た力を見つめ、笑みを浮かべた。時間を操り、食料を無限に手に入れる。それができれば、この異世界でも俺は生き延びられる。いや、それ以上に…もっと効率よく、もっと大きなことを成し遂げられるはずだ。
「さて、次は何を成長させようか。」
この新たな世界で、俺は新たな目標を掲げる。食料問題など、俺にとってはもはや障害ではない。この時魔法の力を使い、異世界での食料革命を成し遂げる。それこそ、俺に与えられた最大の効率的行動だ。
俺の異世界での生活は、こうして静かに、そして力強く始まった。