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魂の宿るところ
谷樹理
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年08月17日
公開日
66,874文字
完結
主に反帝国の分子が闊歩するエクゥル市のはずれ。
ガス灯がまばらに闇を照らす中だ。倒れている男のそばに、少女がしゃがんでいた。
男はゆったりとして、幾何学系の模様の入った民族衣装を着ている。黒く染まったあたりにあるのは、血だろう。
黒髪の後ろを刈り上げ、前に行くほどにアンシンメトリーに伸ばし、大き目のパーカーを着て、ショートパンツ二つのヒップバック、スニーカーという姿。
十六歳の少女だが、身じろぎもしないでいる。
ただ、その幼げで端正な容姿には、喜びを押しつぶしたような表情が浮かんでいた。
「よー、ロミゥ。こんなところで死体漁りか? 相変わらず趣味が悪いな」
ロミゥはゆっくりと振り向いた。
あまり素早い動きをできる状態ではないのだ。
男は、白と青のインバネスコートに、黒いニッカポッカをはいて、太いベルトを二本、垂らしていた。二十代前半。髪を後ろになでつけ、手にはサブマシンガンをだらりと下げていた。
イクルミという治安組織のエクゥル市支部副隊長、ウィセートだ。
彼がいるということは、近くに部下たちが配置されているはずだ。
ロミゥはあからさまに舌打ちした。
「そいつ、おまえに殺されるとは、想定外だったな。エクゥル市に入ったとは聞いていたが、これが目的か。エクゥル浪人たちをいくら殺しても、無駄だったわけだ」
「・・・・・・殺した?」
ロミゥはその言葉に反応した。
「ああ、殺った。何しろ、おまえ、堂々とグリスカ殺害を叫んでいたんだから、黙ってるわけにいかねぇだろう。やつらが潜伏してたと思われる四か所で皆殺しにしてやったよ」
ロミゥは急に目の前が暗くなり、身体が重くなる衝撃を受けた。
エクゥル浪人たちは、彼女に一時的な安息の場を与えてくれた恩人たちだった。
奥歯を噛みしめて、歯ぎしりを鳴らす。
鼻で笑う、ウィセート。
「グリスカを殺したとなると、いろいろ漏れてるもんがあるみたいだなぁ。まぁ、しょうがねぇけどな」
ロミゥのそばで倒れている男、グリスカは中央から市に出向してきた政府高官である。
帝国の皇帝、フェーシンが自らの聖化のために悪を取り払う作業について、重要な役割を果たした男だ。それがこの市に送り込まれたと聞き、反帝国の浪人たちは激高したのである。
自らを囮にして、彼らはグリスカ暗殺をロミゥに託した。
結果、彼らは見事に散ったことになる

第1話

第一章

 主に反帝国の分子が闊歩するエクゥル市のはずれ。

 ガス灯がまばらに闇を照らす中だ。倒れている男のそばに、少女がしゃがんでいた。

 男はゆったりとして、幾何学系の模様の入った民族衣装を着ている。黒く染まったあたりにあるのは、血だろう。

 黒髪の後ろを刈り上げ、前に行くほどにアンシンメトリーに伸ばし、大き目のパーカーを着て、ショートパンツ二つのヒップバック、スニーカーという姿。

 十六歳の少女だが、身じろぎもしないでいる。

 ただ、その幼げで端正な容姿には、喜びを押しつぶしたような表情が浮かんでいた。

「よー、ロミゥ。こんなところで死体漁りか? 相変わらず趣味が悪いな」

 ロミゥはゆっくりと振り向いた。

 あまり素早い動きをできる状態ではないのだ。

 男は、白と青のインバネスコートに、黒いニッカポッカをはいて、太いベルトを二本、垂らしていた。二十代前半。髪を後ろになでつけ、手にはサブマシンガンをだらりと下げていた。

 イクルミという治安組織のエクゥル市支部副隊長、ウィセートだ。

 彼がいるということは、近くに部下たちが配置されているはずだ。

 ロミゥはあからさまに舌打ちした。

「そいつ、おまえに殺されるとは、想定外だったな。エクゥル市に入ったとは聞いていたが、これが目的か。エクゥル浪人たちをいくら殺しても、無駄だったわけだ」

「・・・・・・殺した?」

 ロミゥはその言葉に反応した。

「ああ、殺った。何しろ、おまえ、堂々とグリスカ殺害を叫んでいたんだから、黙ってるわけにいかねぇだろう。やつらが潜伏してたと思われる四か所で皆殺しにしてやったよ」

 ロミゥは急に目の前が暗くなり、身体が重くなる衝撃を受けた。

 エクゥル浪人たちは、彼女に一時的な安息の場を与えてくれた恩人たちだった。

 奥歯を噛みしめて、歯ぎしりを鳴らす。

 鼻で笑う、ウィセート。

「グリスカを殺したとなると、いろいろ漏れてるもんがあるみたいだなぁ。まぁ、しょうがねぇけどな」

 ロミゥのそばで倒れている男、グリスカは中央から市に出向してきた政府高官である。

 帝国の皇帝、フェーシンが自らの聖化のために悪を取り払う作業について、重要な役割を果たした男だ。それがこの市に送り込まれたと聞き、反帝国の浪人たちは激高したのである。

 自らを囮にして、彼らはグリスカ暗殺をロミゥに託した。

 結果、彼らは見事に散ったことになる。

 ウィセートがダラダラとしているところを見ると、ロミゥの殺害は第一目的ではないらしい。

 グリスカの体に電記端子をいくつも刺してデータを自分の電脳に記録中のロミゥは、なんとか逃れるすべはないかと頭の中をを高速で回転させた。

「確か、あんたのところの隊長、具合が悪くて入院してるよね? それも面会謝絶ってくらいの」

「おかげで俺が自ら出張ってきてるんだよ。面倒かけんじゃねえ」

 ウィセートはタバコを口に咥えた。

旧種ローテツクは大変だよねぇ。あたしら新種ニユーオーダーなら、あれぐらいどうってこともないのに」

 彼はにやりと笑い、紫煙を吐く。

「わかってんならよぉ、その電記端子、全部よこしてもらおうか?」

 あっさりと本音が出た。

 ロミゥはこの時、やっと気づいた。

 計画は最初からバレていて、ウィセートは聖化技術を奪いたく、グリスカが殺されるのを待っていたのだ。ついでにそれを理由に、エクゥル市の不逞浪人をあらかた始末して。

 不快さで、彼女は足元に唾を吐く。

「渡したところで、あたしを放っておく気なんてないでしょ?」

「ねぇよ」

 鼻で笑っての即答が返ってきた。

 旧種はただの人間だ。比べて、新種は電脳を装備して身体を改造した人間である。

 旧種にデータを記録中の電記端子を読めるどころか、ほかの何かと区別をつける方法があるとは思えなかった。

 多分、ウィセートは本部に戻って新種の雇人に処理を任せるのだろう。

 ならば、偽のものを渡せばよいか。

「あー、ロミゥ。俺が欲しいのはそれ。へんなマガイもん渡して来たら、面倒だがおまえを殺して、身体ごと回収しなけりゃならなくなる。気をつけろよ?」

 心を読んだかのような、ウィセートの言葉だった。

 どっちにしろ、ウィセートはロミゥを黙って帰す気はないだろう。

 今言ったように、ついでに回収するつもりの可能性が大だ。

 有線での記録中で下手に動けないロミゥは、深く息を吐いた。

 仕方がない。

 グリスカのデータは諦めるか。

 今、端子の無線接続を切り、逃げ出せば、万が一があるかもしれない。

「ここら一帯はイクルミが封鎖している。逃げようとしても無駄だ。おとなしく、データよこせ。ちゃんと助けてやるからよ」

 後半が、まったく信用のできない。

 ロミィを逃してイクルミに利益などないだろう。

 これは、もう覚悟を決めての中央突破しかないだろうが、ウィセートはもちろんにして、多数のイクルミを相手して助かるとは思えなかった。

 だが、相手を数名でも殺せるのなら、本望ともいえる。

 ロミィが覚悟を決めかけたとき、のんびりとした足音が近づいてきた。

 ウィセートとともに目をやると、眠そうな表情に皮肉な笑みを浮かべた男の姿だった。

 長身で細身。鍔広で、ところどころに切れ目が入った高山帽をかぶり、強化繊維のジャケットに、義足の両足に革のズボンで、無精ひげを生やしている。三十一歳だ。

 垂らしたガンベルトに拳銃と大小の刀を履いている。

 火のついていないたばこを咥えて、片手にスキットルを持っていた。

「どこで何やっているかと思えば。こんなところにいたのかね。集団で女の子を襲おうとは、イクルミも地に落ちたねぇ」

「・・・・・・ほう。ディクショか」

 ウィセートが軽く笑う。

 ディクショの名は、ロミィも聞いたことがある。

 元イオミカ・コミュニティの構成員でだ。

 イオミカ・コミュニティは、西部にあるイオミカ市の反帝国コミュニティで、過激派として有名だった。

 ディクショはそこで帝国派浄化計画を実行して成功し、事実上の帝国から独立を果たす役割をしたが、いつの間にか彼はコミュニティから姿を消していた。

「おまえも探してたんだぜ? エクゥル浪人殺しのついでに殺やろうと思ってたんだ。わざわざそっちから来てくれるとは嬉しいね」

「奇遇だなぁ。俺もおまえらをぶっ潰そうとしていたところなんだ。知り合いの志士をずいぶんとむごい目にあわせてくれたからなぁ」 

「おまえ一人に何ができるよ?」

「一人じゃ何もできない奴らのセリフと取って良いかな?」

 ウィセートの目に殺気が光った。

 それをあざ笑うかのように、ディクショはスキットルに口をつけて、喉を鳴らした。

 中身はウィスキーだ。

「お望みなら、その数とやらを見せてやるよ」

 路地のわきから、ぬっと数名の人影が現れる。

 白と青のインバネスコートを着ているのが、ウィセートと同じだった。

 いきなり、ディクショは義足のバネを使って跳んだ。

 イクルミの男の目の前まで一気に距離をつけると、相手が銃の引き金を引くより早く、抜刀して袈裟斬りにする。

 素早く絶命した死体を盾にして、あたりからの銃弾を防ぐと、隙を見て二人目に間合いまで一瞬で移動する。

 横薙ぎの一閃で腹部を斬り割き、とどめに小刀で喉を突く。

 ウィセートは舌打ちして、軽く手を挙げる。

 他のイクルミ隊員たちはすぐに姿を消した。

 自身のピースメーカーで、ディクショに狙いを定めて引き金を引く。

 ディクショは射線を読みつつ軽くよけて、彼に接近した。

 上段からの刀は、ピースメーカーの本体で受け止められる。

 もう片方の手が小刀で腹部を狙うも、その腕を膝蹴りで弾かれる。

 タバコを吹くように捨てたウィセートは刀とかみ合ったピースメーカーの向きをそのまま変えて、至近距離でディクショの顔面に銃口を突き付ける。

 身体を横に折ると同時に、ディクショはウィセートの肘の裏を上に払いのけた。

 そのまま、下から刀をすくい上げるように振るも、ウィセートは直前で後ろに跳んで避けた。

「・・・・・・まったくキリがねぇ。こういうのは主義じゃねぇんだよ」

 ウィセートは、二本目のタバコを抜いて、ジッポライターで火をつける。

 息をついたディクショは、刀をだらりと垂らして、鼻を鳴らした。

「今日のところは撤収する。痛み分けにしておく」

 言った彼はすぐに近くの路地に姿を消した。

「・・・・・・ああん? 逃げだだけじゃねぇかよ、カッコつけやがってアホが」

 ロミィは、刀を鞘にしまうディクショを見つめて、何か言おうと口を開いた。

 だが、上手い言葉が見つからない。

 代わりに、腰のリヴォルバーを抜く。

 本当は礼がしたいのだが、勝手に動いた身体は真反対の行動にでた。

「おいおい、何のつもりだ? 話は聞いてる、ロミィだろう。おまえに俺も用がある。準備ができたら、近くの店に入ろうや」

 山高帽をかぶり直し、落ち着いてディクショは言う。

 壁に寄りかかりつつ、スキットルの中身を口にしながら。

 ロミィはしばらく彼を見つめるが、ふと気付いたかのようにグリスカからのデータ移行するため集中した。   




「本気なの!?」

 驚くパニソーに、ヒデリトは無表情でうなづいた。

 機械的な雰囲気に、決意の強さを感じる。

 だが、パニソーは止めようとしている。

 いくら何でもやりすぎだ。

 巨大な水槽の上に張った足場に立つ二人は、水面の奥を除き見ていた。

「準備はできました。もう方法はこれしかないです」

「やめなさいよ! もうミーケレは死んだんだよ!?」

「だからこそ、ここまで造り上げたんです」

 ミーケレはヒデリトの恋人であり最良の反帝国分子の仲間であった。

 そんな二人を、パニソーは自分の感情を押し殺しながら応援してきた。 

「残念ですが、これ以上邪魔するなら、こちらにも手段がありますよ?」

 殺意すら垣間見える声だった。

 パニソーはひたすら、自分の無力さを痛感した。

「・・・・・・わかった。もう何も言わない。好きにしなよ」

 代わりに激しい怒りが湧き上がってきた。

 パニソーは水槽の上から部屋の外に出る通路を、二度と振り返りもせずに進んでいった。

 ドアが閉められてヒデリト一人になったとき、水槽の水面が膨らんで急に波になり、ヒデリトの下半身を削ぎ落していった。




「うっめーなぁ、酒は!」

 ディクショはジョッキのビールを半分ほど一気に飲み、息を吐くと同じくしていった。

 嬉しそうに、もう次のアルコール・メニューを選んでいる。 

「あいつを殺れなかったのは、やっぱり酒が足りなかったせいだな。もっと飲んで相手すれば良かったわー」

 ただの酒カスか。

 ロミィは醒めた目で、黙ったまま彼を眺めていた。

 多少期待はしたのだが。    

 ディクショに連れられて入ったのは、反帝国分子が集まる広い居酒屋だった。

「・・・・・・今度のことはありがとう」

 ぼそりと、ロミィは視線を外しつつ言った。

「お、やっと喋ったなぁ。気にするな。大体、せっかく俺が出張ったってのに、ウィセートを逃してるんだからよ」

「あとは、自分でやる・・・・・・」

 ロミィは席を立とうとした。

 突然、店の雰囲気が変わる。

 喧噪が水を打ったように静まり、空気が張り付いた。

「そこは気にしろ。実は、事態を呑み込めてねぇな?」

 何のことだと、彼に視線を戻す。

「結果、一人勝ちじゃねぇか、今回のおまえ。怪しまれないほうがおかしい。ってか、ヤバいんじゃないのかなぁ」

 すでにジョッキはカラだ。

 皮肉にニヤけづらをみせてくるディクショにではないが、ロミィは舌打ちした。

 おとなしく席に座り直す。

 エクゥル市内には、すでにグリスカ殺しの報が走り回っていた。

 ここにたむろする連中も、生粋のエクゥル人ではないロミィを半信半疑の目で様子をみているようだった。

「おとなしく、おまえの身の上をここの連中に知らせるのが得策だと思うがね」

 ロミィは不満げだった。

 余計な者に余計なことを話して、余計な面倒を負いたくない。

「いやだね・・・・・・」

 考えるというよりも自身を落ち着かせて、ロミィは一言で済まそうとした。

「へぇ。まぁ、それならそれで良いけどね」

 ディクショはテーブルに硬貨を数枚置いて、テーブルを離れた。

 怪訝にその背を目で追っていると、他の数人がいるテーブルについて、改めて酒を注文した。

 そして、わきから振り返り、まだテーブルから見つめている彼女を追い払うように手を振った。        

「・・・・・・え、ちょっと・・・・・・」

 ロミィは戸惑った。

 だが、ディクショはもう彼女に背を向けて、一顧だにしない。

 不機嫌を丸出しにしたロミィは、勢いよく席を立つと、スニーカーの足音も派手に出口へと向かった。

 彼女の前に、いきなり近くの客がさえぎるように立ちふさがる。

「どこに行くんだ?」

 多少酔っている男は、へらへらと笑いながら背の低いロミィを見下ろした。

「どけ・・・・・・」

 小さな声だ。一応、腹からはでているのだが。

「ああ? ならおまえが持ってる、アレ、アレだ。アレをよこしてからにしな」

 電記端子のことを言っているのだろう。

 おとなしく差し出すわけがない。

 ロミィは男を見上げて睨んだ。

「あたしの邪魔する以上、ヒデリトの意思に反抗することになるよ?」

 今度ははっきりと聞こえた。

 エクゥルの反帝国コミュニティのリーダーだったヒデリトは、イクルミのウィセートが殺していた。

「ヒデリトは死んだ。誰が殺したのかわからないがね」

 鼻で笑う男。

「・・・・・・わかった」

 ロミィは低い声をだした。

「あんた、死にたいみたいね・・・・・・」 

 静けさの中に彼女の小さな声が響いた。

 直後、ロミィは後悔した。

 居酒屋中の客たちが席を蹴って立ち上がり、彼女に向かって来たのだ。

 後悔したのは、そのことについてではない。

 このエクゥル市の浪人たちを敵に回しては、今後自分の立場が無くなるのだ。

 影響力は帝国内で一、二を争う反帝国の巣窟である。

 ディクショの言った通りだった。

 国中を地下組織から反帝国の民衆まですべてに追い回されることになる。

 場を収める手段は二つ。

 その中には、彼女の過去をさらすという件は含まれていなかった。

「ディクショ!」

 今までのおとなしさが嘘のような大声だった。

「あんたに、グリスカのデータをくれてやる!」

 一斉に、長身で斜に構えた男に視線が集まる。

 ディクショは、ジョッキを煽ってから、横目を向けて鼻で笑った。

「いらねぇよ、バーカ」

「え・・・・・・」

 店内の彼を除いた全員が、驚きに動きを止める。

 ディクショは遠慮なくげっぷをして、不愉快そうな顔をロミィに向けた。

「大体、おまえよぉ、何をいまさらってやつだろう、それ。都合良すぎるんだよ。こっちはイクルミの連中を相手におまえを助けてやったんだぜ? まだ礼のひとつもきいてねぇけどな」

 再び、彼はジョッキに顔を戻して、たばこを咥える。

「ちょっと、ディクショ・・・・・・?」

 再び、ぼそぼそとした声になったロミィを、彼は無視した。

 目の前の男が笑った。

「残念だったなぁ、お嬢ちゃん」

 居酒屋中が、嘲笑に包まれる。

「さぁて、ここで死ぬか、データを渡すか、どっちにする?」

 目の前の男が、パーカーの襟元を掴んで引き寄せた。

 醒めた顔のまま、ロミィは諦めた。

 もうどうだっていい。

「おまえら・・・・・・全員どうなっても知らないからね」

 静かな店内の中にロミィの低い声が響く。

「おい、ロミィ。殺すなよ?」

 一人、陽気とも無責任とも思える調子で、ディクショが言った。

 殺すな?

 ああ、まぁいいか。

 ロミィは、電脳のスペースを解放した。

 居酒屋にいる、ディクショを除いた全員の脳に侵入し、軽い電流を流す。正確には、脳のパルスを増幅させた。

 人々は、身体が弾かれたようにビクリと反応して、そのまま硬直したかのような倒れ方をする。

「おー、見事だねぇ」

 笑いつつ、ディクショはタバコの煙を吐いて、ジョッキを口に傾ける。

「笑いごとじゃない・・・・・・」

「お見事でした」

 突然、入口に現れた女性が、声をかけてきた。

 両脇に笑顔で袖のない直垂のような服をきた、小さな子供を男女一人ずつ、連れている。

 本人も細い身体に同じ服で、七分丈のタイトなズボンをはいていた。

 眼鏡をかけて髪は下がり気味のツインテール。多分二十歳前後と見られる。    

「よぉ、パ二ソー。ちょうど良いところを見てたな」

 ディクショが馴れ馴れしく声をかける。

 ロミィはその名前に驚いた。

 パニソーといえば、ヒデリトと並ぶエクゥル市の大物である。

「ええ、素晴らしいクラッキング能力です」

 彼女はにっこりと、ロミィにやさしげな笑みを見せた。

「これなら、バージー殺害も満更、噂だけではないようですね」

 バージーは、フルミヤ市で親帝国在野学者の代表として有名だった男だ。

 ちょうど三か月前、とある少女に暗殺されたというので、親帝国派にも反帝国派にも衝撃を与えたのだった。

 ロミィは渋い顔をした。

「ところでどうでしょうか、ロミィ嬢。そこのディクショと一緒にウチの下で働きませんか? もちろん下手な拘束もしませんし、幹部クラスを用意しています。ついでに、グリスカ・データも提供していただければ幸いなのですが」

「グリスカのデータは、ウィセートの奴が持って行ったよ。こいつは手にしてない。それでいいなら、喜んで雇われてやるよ」

 まるで自分のことのように、ディクショが答えた。

「ウィセートが? 本当ですか?」

 パニソーがロミィに聞く。

 少女は無表情で、黙ってうなづいた。

 じっと見つめていたパニソーだが、一旦息を吐いた。

「・・・・・・まぁ、そういうことなら仕方がないですね。大丈夫です。あなた方だけでもウチの下に入るというなら大歓迎ですよ」

「じゃあ、問題はない。よろしく、パニソー」

 ディクショは同じテーブルの別の人が飲んでいたジョッキをとって掲げた。

 振り返って、彼に目をやったロミィは、小さくため息を吐いた。

 初めからこの男の手の上で踊っていたのだ。

 口惜しさなどは通り越して、ただただ彼女は呆れた。





第二章

「ああ、グリスカが殺られたな」

 同じころ、エクゥル市長キキミリは小柄な体を面倒くさげに傾けた。

 そのまま、机に突っ伏す。

 大き目のTシャツを着て、旧式のジャックインフォンを首にかけ、ハーフパンツにサンダルという恰好で市長室にいる、十三歳の少女だった。

 父親が元市長だったが、反帝国分子に暗殺された。稀有な軍人だった彼の人望は帝国派に強い結束を作っていたが、急な事態に部下たちは慌てた。

 ここに妙な者が市長になっては、彼の意思も何もかも吹き飛ぶ。

 そこで、彼らは急遽、一人娘だったキキミリを強引にその座に据えたのだ。

 本人にとっては大迷惑である。

 政務は部下がすべて取り仕切っていた。とはいえ、生活が窮屈なうえに、歌手になりたかったという夢も奪われた。

 元々、口うるさい父親の下で、やる気の皆無な性格に育てられたのだが、今やそのままに役職の態度に丸々と隠されもせずに出ていたのだった。

 目の前に立つイクルミの副隊長、ウィセートが折り目正しく立っていた。

 報告を行ったのは、彼である。

「さすが、市長。すでにお知りになっておりましたか」

 彼はキキミリの後ろに立つ男に皮肉げな視線をちらりとやった。

 細い長身に涼しげな生地でゆったりとした裾と袖の長い上衣と、バギーパンツをはいている。

 顔色は悪いが、決して悪い容貌ではない。やや長めの髪を片方に集めて垂らしていた。

 イマジロタという、キキミリの代になってから私設秘書に任命された二十二歳の男だ。

 情報を入れたのは、この男だとウィセートにはわかっていた。

「申し訳ありません。阻止することができませんでした」

「あ、謝ってきた」

 ウィセートに、キキミリはくすくすと笑った。

「別に、しょうがないんじゃね? あんたらイクルミには引き続き、反帝国分子を狩ってもらえれば結構」

 激怒や叱責などとは無縁なキキミリだ。だが、こうも物分かりが良いと、逆に怪しく思えてくる。

「グリスカの件は、大丈夫なのでしょうか?」

 ウィセートは一歩踏み込んでみた。

「ああ、心配はないよ。聖化の手順についてのデータでしょう?」

 さらりと、キキミリは言う。

 ウィセートはうなづいた。

 キキミリはグリスカに命じて、皇帝が聖化したというその手段を探らせていたのだ。

 聖化とは、新種ニユーオーダーの人物から不純物を取り除き、純電脳となることを言った。

 皇帝がこれを成功させ、不老不死となったという話はすでに一年前からあった。

 結果、反帝国分子が増え、事件が続発する契機となったのだが。

「なにも心配はない」

 キキミリは断言した。

 机に突っ伏しながら。

「・・・・・・なら良いのですが・・・・・・・」

 ウィセートは少々疑問を感じながらも、それ以上に追及するのをやめた。

「まぁ、この件のすべてはイクルミに一任する。おまえらがどうにかしろ」

 放り投げるように命じたキキミリに、ウィセートは内心の笑みを隠して、敬礼した。

 そのまま彼が市長室を出ていった。

「あんまり信じてないんだな」

 イマジロタはキキミリと二人っきりになると言った。

「聖化の件? 信じてないってか、どうでもいいんだよ」

 口調もどうでも良さげだ。

 本当に関心がないのだ。

 イマジロタは、やれやれと内心思った。

「そんなことより、依頼は入ってないのか?」

 キキミリは未だに市長になる前のイマジロタの生業にかかわろうとしている。

 イマジロタも、拒絶できないまま、だらだらとここまで来ていた。

「来てるよ。まだ話も聞いてないけどね」

「ならここでいいから呼べよ」

「ここはまずい」

 イマジロタは息を吐きながら言った。

 キキミリがただの普通の少女なら、無理に首を突っ込ませることはなかったのだが。

 自分の甘さに嫌悪感を抱きつつ、キキミリを連れて建物から出た。

 四輪に乗り、イマジロタは無言で運転を始める。

 助手席では、キキミリがあっという間に寝息を立てていた。

 市の外れまで来ると、エクゥル内でもスラム感が漂ってくる。

 元々、エクゥル市は帝国から観れば、異界の区域だった。

 だからこそ、ある契機によって反帝国主義が燃え広がったのだが。

 四輪が止まったのは、小さな喫茶店の前だった。

 炭燈楼たんとうろうという名前の店のオーナーは、イマジロタだった。

 ここを事務所兼用につかっているのだ。

 いつの間にか起きていたキキミリが先に四輪を降りる。

 張り切ってるなぁ、とイマジロタは内心で苦笑した。

「おい、誰もいないぞ?」

 店内に入ったキキミリが、肩透かしをくらったような声を上げる。

「依頼者には、依頼内容をすでに受け取っているので、質問だけを送ってその解答を待ってるところだったんだよ。もちろん、本人は来ない」

「なんだよそれ」

 不満そうだ。

「情報収集は大事だけど、それは後でもいい。とにかく足掛かりとなるものが得られれば、いつでもどうにかなるもんだよ」

 イマジロタには妙な趣味がある。         

 好奇心が強いと言えば良い意味になるが、彼の場合、それ以上にとにかく情報を集めたがるのだ。

 それは、妄執に近く、一種変態じみている域まで達している。

 個人で探偵業をしているのも、人や物事、時世への興味からだった。最も多い浮気調査などには関心はなく、もっぱら、珍しいほうへ珍しいほうへと仕事は選ぶのだが。

 彼は奥にある専用の席に座り、小さなデッキの電源をつけた。その真上に、文字やアイコンが浮かびあがる。浮遊ディスプレイだ。

 横に座ったキキミリが、顔を寄せてのぞいてくる。

 メールが大量にたまっているのが気になる。

 仕事用のフォルダーとは別のものだ。

 キキミリは険のある目でイマジロタを見つめた。

「なんだ?」

「・・・・・・また女追っかけてるだろう、あんた?」

「・・・・・・なんのこと?」

 イマジロタの目が泳ぐ。

 彼は自他ともに認める、無類の女好きだった。

「別に。あたしの知ったことじゃない」

 いう前に舌打ちをしていた。

 イマジロタはすぐに依頼用の文章を浮かべて、指を差し、キキミリに読ませる。

「これは、ただ家族の失踪事件じゃないのか?」

 軽く依頼書の内容を途中まで読んだ彼女は、奇異に感じてつい言っていた。

「そんなことなら、つまらないので相手しない」

 傲慢ともいえる言葉を吐くイマジロタだった。 

 依頼者は一家の父親で、仕事から帰ってくると、子供の兄妹と妻の姿が見えなくなったという。名前はカーロヴ。二十九歳。

 イマジロタに促されて文章に続けて目を這わせてゆく。

 高級マンションの室内では、確かに家族の気配と物音がする。近所の住人も怪しい様子はなく、むしろ父親を不思議に眺めるときが時折あったという。

 それから二週間もたつと、彼はマンションの住民すべてが消えていた。

 ただ、人の気配とささやき声は家族と同じく存在している。

 会社を休むわけにはいかず、だが、事実を呑み込めない彼は、家には帰らずにホテル暮らしをしつつ、イマジロタの事務所に依頼してきたのだった。

「周りから人が消えてゆく?」

 キキミリが読み終えて、眉を寄せた。

「ふむ・・・・・・」

 何か考えている様子のイマジロタを、キキミリは横目でみた。

「またどうせ、現場にはいかないんだろう?」

「必要ないからね」

 あっさりと同意する。

「まず、このマンションから調べようか」

 新種ニユーオーダーの二人だが、わざわざイマジロタがデッキを使うのは、保安上のためだ。

 この仕事と趣味を電脳スペースに放り投げておくなど、論外だからだ。どんな鍵や防壁を造っても。

 いつどこの誰が、拾ったり特定したりハッキングを行うとも限らないのだ。

 マンションの管理会社からオーナーの情報を探す。

 隠されているわけではないので、すぐに出てくる。

 次に、オーナーの身の上を調べる。

 イリィマ゚という三十九歳の男で、独身。新種ニユーオーダーだ。

 職業、投資家。

 イマジロタが面倒だとおもいながらも、思わず笑みを浮かべる。

 投資家という業種の人間は面白いことが多いのだ。

 だた、足跡を追うには、厄介だが。

 銀行口座から主な取引先の店舗を割り出す。           

 証券会社のデータベースに侵入すると、投資先の一覧を画面に映した。

 見ると、どうやら投資をするだけではなく、投資もされていた。

 投資先はエクゥル市よりも、隣のバーヤム市の電子機器の製造業が多い。

 逆に彼に投資しているのは、エクゥル市最大の電子会社であるルネスカ株式会社である。

 ルネスカ社は、反帝国主義的な社風で有名だった。

 だがつい数日前、イリィマは失踪している。

 ニュースを漁ると、親帝国過激派分子に目をつけられたらしい。

 通常の逃亡なら、イマジロタも簡単に足跡を追えるが、まったく痕跡のない消滅といっていいものだった。

「なんか、マンションの住人みたいだな」

 キキミリが感想を述べる。

 イマジロタはしばらく画面をぼんやりと見つめ、考えているようだった。

 急に思考でデータを入力して、再びデッキを操作する。

 今度出してきたのはグリスカのデータだった。

 この間、キキミリの部下として中央から派遣されてきた男だ。

 市の仕事はすべて部下が行っているので、キキミリも出向してきたとしか知らない。

 グリスカは反帝国分子に殺されるほど、重要な何かを持っていたらしいと、イマジロタは聞いていた。

 だが、その内容まではわからない。

 同時にだした反帝国分子たちのデータベースもかたっぱしから覗く。

 すると、グリスカについてはすべてが書かれていた。

 彼は帝国を再編する目的をもって中央から各地に送られた技師の一人であり、持っているデータは、皇帝が聖化したシステムと同じものだという。

 ルネスカ社がそれを知らないわけはないだろう。

 イリィマは反帝国分子に目を付けられ、カーロヴはその犠牲になった。

「・・・・・・というのが、結論だな」

 イマジロタは簡単にキキミリに説明した。

「黙ってたら、ウチの役所はどうなってた?」

「市内の人々を電脳スペースに純化して、新帝国の一部になっていたんじゃないか?」

 キキミリはムスリと不機嫌になった。

「・・・・・・あたしは別に現皇帝に反対するわけじゃないが、この再編といっていい状況は納得いかないよ」

「聖化というのが、どこまでのものか、調べてみる価値はありそうだ」

「そだね。それで、カーロヴはどうやったら身の回りの事態を解決されたと受け入れられるんだ?」

「カーロヴも、そのうち電脳スペースに消えるはずだ。今は聖化、純化かな? どっちでもいいが、そのプロセスがわからないんじゃ、助けることもできない」

「放置か」

「それしかない」

 キキミリは怒りを押し殺しているかのようだった。

 まがいなりにも、彼女はエクゥル市の市長である。

 その住民が困り、助けることができないというのでは、無力すぎる。

 大体、彼女がいる必要すらない。存在意義というものがないのだ。

「グリスカを殺った奴を、ウィセートは逃したって言っていたな」

「ああ」

「会いたいと、伝えてくれ」

「どっちと?」

「暗殺者だよ」

「やめておいたほうが良いんじゃないか?」

「いや、やめない」

 駄々っ子のように拒否すると、席から立ち上がった。

 イマジロタは一仕事終えたといった風に、伸びをした。

「宿舎に送るよ」

「どこかに行くつもりか?」

 彼は答えをはぐらかすように、笑んだ。

「・・・・・・また女か」

 蔑むような目を向ける。

「まぁ、勝手にしなよ。知ったことじゃないし」

 プイと顔をそらして、先に店を出て行った。

 イマジロタはひとつ息を吐くと、彼女の後で四輪に向かった。




 パニソーが手配してくれた宿で一晩を明かすと、パジャマから着替えたロミィは食堂に降りてきた。     

 まだ眠そうな様子を隠しもしないで、ふらふらと席に着く。

 そこにはすでにベーコンに目玉焼きとトマトを乗せたパンに、野菜ジュースが置かれていた。

「シケた飯だなぁ」

 気が付くと、正面にディクショがスキットルをテーブルに置いて、タバコを咥えるところだった。

 雑用係がロミィのそばまで来て、手紙を渡してくる。

 一度、窓の外の光で透かして見てから、ロミィは中身を見た。

『あなたに用がある。できるなら、会いたい』

 短い一文に、担当楼という喫茶店の地図。そして、キキミリというサイン。

 ロミィは眉を寄せて、野菜ジュースに一口つける。

 キキミリといえば、このエクゥル市の市長だ。

 一瞬、意味が分からなかった。が、多分グリスカ・データの件だろうと思い、手の中でくしゃくしゃにすると、灰皿の上に置いた。

「・・・・・・ディクショ、それに火をつけて」

 ちょうどジッポライターを取り出したところだった彼は、片眉だけを上げて紙屑のようになった塊に目をやった。

「なんだこれ?」

 何の遠慮もなく灰皿から手にして、紙を広げる。

 彼の表情は、ゆっくりと怪しい笑みを浮かべた。

「招待状とは良いもんもらったもんだなぁ、ロミィ。これはチャンスだぜ?」

「いかないよ」

「あー、そうかい。なら俺が行くわ」

 ロミィは渋い顔になる。

 これはまがいなりにもキキミリとロミィ個人でのやり取りである。

 敵の総本山とはいえ、信頼の上に成り立った、お互いを尊重したものだ。

 脇から余計なモノが割り込んできては、それが汚される。

 ロミィには、こういう潔癖なところがあった。

「勝手に行くんじゃない! へんなことしたら、殺すぞ!?」

 ロミィは手紙を奪い取って、ポケットにしまった。

「うわ、こっわ!」

 ディクショは震えるふりをして、茶化してきた。 

 無視するロミィ。

「おはようございます。きちんと朝は起きれるようですね」

 パニソーが少年少女を引き連れて、彼女らの元にやってきた。

「あれ? あんたもここにいたんだ?」

 ディクショは普通に驚いたようである。

「いえ。様子を見に来ただけです」

 にっこりと微笑む。

「・・・・・・ああ、なるほどね。逃げ出してないか、確認に来たわけだ?」

「一応、夜に逃げられる場合も考えて、周りも警備させてましたけどね」

 悪びれもせず、日常会話のようにパニソーは言う。

 ロミィは、彼女に底知れない恐ろしさを感じてしまった。

 急に彼女の真意が知りたくなる。   

 言ったことが本当なら、軟禁といっても良い状況かもしれないのだ。

「嘘です。あなた方の護衛ですよ」

 ロミィの心を読んだかのように、また笑顔を見せる。。

 モノは言いようだ。両方だろうと、ロミィは内心で鼻を鳴らした。

「あなた方も、せっかく我々、コーミル・コミュニティに入っていただいたので、良い計画を思い浮かんだのですよ」

 宿の食堂には他に人はいない。

 パニソーも遠慮はいらないと思ったのだろう。

「なんだよ、おもしろそうじゃねぇか。言ってみろよ」

 ディクショが促す。

 うなづいたパニソーはそのままの位置で口を開いた。

「ソカル・コミュニティをこの際、徹底的に叩き、事実上エクゥル市を我々のものにする」

 ソカル・コミュニティとはウィセートに殺されたヒデリトをリーダーにする、ロミィとディクショがこの市に来た時にいたコミュニティである。

 同士討ちする気か、とロミィは半ば呆れて聞いていた。

 両コミュニティは対立も争いも表面上なかったが、方針の違いで冷戦状態にあり、並立し続けていたという。

 ソカル・コミュニティは帝国に対して支配を覆そうというアグレッシブな組織だが、コーミル・コミュニティーは土着の勢力で独自の地域を造ろうという保守的なものだ。

 この二つの組織の微妙な関係は、ヒデリトとパニソーの関係と直接関係あると言われていた。

 だた、だれも詳細はわからないので、憶測にすぎないが。

「食べたら、ちょっと歩きませんか?」

 パニソーの誘いに、二人は同意した。

 繁華街を行くと、店の人々や往来の人物たちが、次々とパニソーに挨拶してくる。

 彼女は鷹揚にいちいち相手に答え、時には話かけたりもする。

 人望の高さが良くわかった。

 一方で、同士打ちをためらわないという面もあるんだ。

「・・・・・・理由はあります」

 やや静かになったところで、パニソーは言った。

「ソールカルトの残党が、イクルミに身を売ったのですよ」

「ほう。早いなぁ」

 ディクショは正直な感想を述べた。

「ええ。そこはウィセートの力でしょうね」

 このエクゥル市で真向から反帝国分子と争っていた男だ。

 無能であるわけはなく、武力はもちろん、政治力にも長けているのだろう。

「なら、ウィセートかエクゥル市になにかアクションは取らないの?」

 ロミィは素朴な疑問を吐いた。

 パニソーはいつもの笑みを浮かべる。

「関係ありません。裏切ったのは、ソールカルトの面々ですから」

 かすかに怒りが混ざった口調なのを、ロミィは感じとった。

「まぁ、選択として間違ってないんじゃねぇの?」

 気楽そうに、ディクショは同意する。

 パニソーは前を向いたまま、うなづいた。

「で、手はどうするの?」

 ロミィが聞く。

「こちらから、イクルミに敵を討つために共闘しようという提案を出します。目標はエクゥルにあるテレビ会社兼報道会社のホロムTVです。そこで、彼らを一網打尽にします」

「そりゃ、イクルミも出てくるだろう?」

 ディクショが危惧の念を伝えるが、パニソーは軽く鼻で笑った。

「そこはどうにかします。まぁ、逃げるとか」

 危なっかしい計画だと、ロミィは思ったが黙っていた。

「いつ決行するの?」

 代わりに違う質問をする。

「二三日中には」

 なるほどと、二人はうなづいた。




 カーロヴは、ウィスキーの瓶を片手に暗い部屋のなかをうろうろとしていた。

 荒れた彼のマンションには、誰の影も存在しない。

 鏡の前に立つ。

 口元は切れて、目元が腫れている上半身裸の自分が映る。身体にも痣が数か所ついていた。

 街中をぼんやりと歩いているときに、若い男たちに絡まれたのだ。

 最近、過激派分子の真似事をしている者たちに、良く目を付けられる。

 瓶の口から直接、ウィスキーを喉に流し込む。

 会社は彼を解雇した。

 理由は新種ニユーオーダーとしての、適正といわれた。

 適正とは?

 尋ねたが、上司からの返答はなかった。

 彼は会社で、様々な新種ニユーオーダー用の被検体となってはデータを収めていた。

 少々無理がたたり、最近はまともな反応がおこらず、少なからず混乱したものになっていた。

 使い捨てか。

 彼は腹いせに会社から今までの自分が受けた実験のデータと、数億をいくつものルートをつぎ足しながら自分の口座に移動させておいた。

 だが、そんなものでは心は晴れず、鬱積するばかりの日々が続いていた。

 カーロヴは新種ニユーオーダーとはいえ、生まれからの純正ではなく、医者による改造によってのものだった。    

 時代は旧種ローテツクのものではないと、さんざん差別されてきた結果の処置だったが、彼のような半端な電脳処理者は、会社でもろくな役割を与えられるわけではない。

 それでも家族を作り、なんとか中の上流まで昇りつめてはいた。

 依頼した、失踪事件への調査結果が送られてきて、彼は一読していた。

 上手くいかなくなると、何もかもダメになるものだ。

 もっとも、今まで上手くいかせようと、必死の努力を重ねてきたのだが。

 昨日まではひどい疲れで、動けなかった。

 鏡に映る自分の手に細かい傷がある。

 今日、絡んできた者の一人を袋叩きにして、もう一人をナイフで刺したのだ。

 いままで味わったことのない高揚感が沸いた。

 異様なほどの、解放感でもあった。

 カーロヴは再びウィスキーをあおると、自室に戻る。

 酩酊した彼は、部屋に何かの気配があるのが分かった。

 だが、新種ニユーオーダーの解析能力を使っても、姿すらつかめない。

「どこの誰だよ? 出てこい」

 どすの効いた声をだす。

 とたん、彼の右腕から激しい電流が流れて、一瞬、身体が硬直した。

『哀れな男よ。わたしを侮辱することはゆるさない』 

 脳内に、むしろ気持ち良くその声は響いた。

『我はリカドレの使い。選ばれし人よ。我の声を聴け』

 カーロヴは軽く混乱して様子を窺うようにおとなしくなった。

 どこかのハッカーの悪戯か? 

 だが、彼の防壁は国家機密並みの硬さを持っている。早々に破られるはずがない。

 それ以前にリロドレとは、帝国皇帝が祭っている神の名前だ。

 一般に邪神といわれている。

 それが、一介のサラリーマンに接触してくるなど、わけがわからなかった。

『今、貴様に啓示を与えた。エクゥル市を神を信じぬ者たちから守るのだ』

 気配は突然、消えた。

 代わりに、部屋に人の十人分はあろうかという巨大な龍がとぐろを巻いていた。

『主よ、ご命令ください』

『貴様はこれより、アルーマと名乗るが良い。名前を与えた以上、貴様は私のものだ』

 カーロブは思わず笑った。

 ヒステリックな響きだ。

 傑作だ。自分は神に選ばれた。

 発作のような笑いが収まると、苦しそうに息を整えた。

 面白いじゃないか。

 彼は椅子に座って電脳スペースの、反帝国分子と親帝国分子のフォーラムを同時に覗く。

 声や文字をしばらく眺めていて、鼻で笑う。

 どっちもどっちだ。

 部屋の隅に、東洋の龍をかたどった小さな置物があった。

 しばらく眺めて、椅子から立ち上がらる。

 息子の部屋に入ると、大人でもかぶれる龍の頭部があった。

「へぇ・・・・・・」

 彼はニヤける。

 カーロヴの頭の中で、さまざまな考えが浮かんだ。

 思考はまるで龍が泳ぐごとく、様々な場面を彼に見せた。















第三章

「まぁ、変にこそこそするより、日常やってたほうが自然だろう」

 ディクショが言うので、これと言ってやることもなかったロミィは街をふらつくことにした。

 何故か、ディクショも一緒だ。

 彼の義足は滑らかに動き、ぶらっきぼうな歩き方に合わせた、足音を鳴らしていた。

「まぁ、気をつけないとな。イクルミの諜報は意外と細かく根を張ってるからな」

 この男は、いつの間にかロミィのお守りのような立場にいた。

「それぐらい、わかってる」

 ロミィは不満である。

 今更、お守りも何もない。

 大体、自分の身ぐらい、自分で守れる。

 今までそうだったし、これからもだ。

「わかってるの?」

 以上の内容な言葉を並べて、最後に横の男を見上げて言う。

「あー、実力は認めるがな」

「なによ?」

「ちんちくりんすぎんだろう、おまえ」

「ち・・・・・・!?」

 ロミィは絶句した後に顔を赤くした。

「まてやコラ! なに人の外見馬鹿にしてんだよ!?」

「いや、別にそういうつもりじゃねぇけどなぁ」

 頬をふくらまして激怒するロミィに対して、あまり興味もなさそうなディクショは眠そうな目でスキットルをあおる。

「なめられるって話だよ。おまえがバージーやグリスカを殺った本人だってわかったら、馬鹿が湧くぞ」

 確かに、ロミィは年の割に幼く見える。身長も低く体つきも華奢だった。

「だが、二度というな・・・・・・」

 地を這うような低い声と鋭い目で、ディクショに言う。

「あー、はいはい」

 やはり、相手にもしていない。

 どうでもいいことと、取るべきか。なら問題はないのだろうか。

 ロミィは少し考えた。

「ああ、あの店良いんだよ」」

 ロミィが顔を向けると、店先に鳥の形をしたバルーンが幾つも浮かんでいるのが見えた。 途端に目が輝く。

 店に近づくと、ディクショは窓口で注文する。

 ロミィは配られているバルーンを受け取り、満面の笑みを浮かべる。

 そのまま通り過ぎようとするのを、ディクショが声をかけて止める。

「それの話じゃねぇよ」

「え・・・・・・?」       

「ここの唐揚げが美味いんだ」

 言って、改めてという風に、バルーンを持ったろみぃを眺める。

「・・・・・・似合うなぁ、その恰好」

「なっ!? おまっ!? これはちがっ・・・・・・!」

 顔を真っ赤にして、ロミィは慌ててバルーンを持った手を後ろに隠すが、頭の上で鳥の部分がゆらゆら揺れている。

「あー、はいはい。気に入ったなら持って帰ればいいじゃねぇか」

 関心なさそうに、注文した唐揚げの入った袋を受け取る。

「どっか適当なところで食うか。酒に合うんだ、これがよ?」

 上機嫌に言うディクショだが、ロミィは不機嫌丸出しだった。

 そのくせ、バルーンを手放そうともしない。

「気づいてるか?」

「・・・・・・ん?」

 急にぼそりと聞かれ、ロミィは軽く首を曲げた。

「何人か、こっちに敵意丸出しな態度をしてるやつらがいた。親帝国というわけでもなさそうだしなぁ」

「ああ、それなら視線を感じた」

 のんきそうに歩いている彼女らだが、街の状況把握も兼ねているつもりだった。

「なんだろうな」

「さぁ。とりあえず、襲われる心配はないみたいだけどね。後で何かわかるでしょ」

 ロミィは緊張感もなく感想を述べた。

 ディクショは黙ってタバコを咥えると、火をつけて煙を吐いた。

「おや旦那、お疲れさまです。可愛いお嬢ちゃんをお連れですね」

 路上に出ていた飴屋の店員が、ディクショに声をかけてきた。

「ほら、嬢ちゃん、いっぱい飴あるけど、どれでも好きなの持っていっていいよー?」

 半眼になったロミィは黙って小さな猫の飴細工を一本取り、しばらく歩いてから、無言でディクショの脇腹に拳を叩きつけた。




 ウィセートは一人で市街の外れにある集合アパート群まで四輪を走らせてきた。

 ここらの地域には、番地がない。

 空地に勝手にアパートが建ち並び、いつの間にか整理されて人々が住みだした場所だった。

 複雑に入り組んだ道の入り口に、若者が所在無げに数人座っている。

 スピードを落とし、人の足と同じ速さになった四輪を見ると、彼らは軽く頭を下げた。

「ヒデリトは?」

 若者の一人が嗤うように、いつものところだと答えた。

 うなづいたウィセートは四輪のスピードを上げた。

 ここは一部の新種ニユーオーダーなら壮麗な建物の外観に見えるようにされている。

 ソカル城塞と呼ばれているものだ。

 だがウィセートはうっとうしいので、電子装飾を遮断して通常のレンガ作りで薄汚れた巣の建物が見えるようにしていた。

 乱雑に建てられて迷路じみた路地を進むと、一棟のアパートの前で四輪を止めて中にはいる。

 内部はぶち抜きで半分が水槽になっていた。

 どの建物もそうだ。

「おや、いらっしゃい、ウィセートさん」

 間接照明の中に、車椅子に座った男がいた。

 二十代前後、髪を細いドレッドにして、大き目なデニム地の上下を着ている。

「まだそンなものに乗ってたのかよ、ヒデリト」

 若者は鼻を鳴らした。

「誰っすかね、こんなにしたのは?」

 陰性のものは含んではいなかったが、口調には明らかに当てつけがあった。

「しょうがないだろう。上には死んだって報告してるんだ。少しはそれらしい跡にしておかなきゃならなかったろう?」

「そのまま返したいですね。僕も、少しはそれらしい恰好してるんです」

 ウィセートは言われて苦笑した。

「それより、言う通りになっただろう? 準備はできてるか?」

「ああ、コーミルの連中のことですね。言う通り・・・・・・ね」

 ヒデリトは小さく嗤う。

 彼らにもスパイはいるのだ。

 ウィセートは、水槽を眺めた。

 特殊炭素性物質を溶かした、透き通った液体が満ちているだけだった。 

 だが、これが巨大な情報演算装置になるのだ。

「・・・・・・あと数個で完成ですよ」

 ウェット・ブレイン。彼らはそう呼んだ。

 水槽ひとつでも、十分な能力はあるが、ヒデリトは帝国内全土をモデルとした巨大な演算装置を望んでいた。

 ここに、小さな帝国の電脳スペースの縮図があるようなものだ。相互に関係を持った。

 ヒデリトはとんでもないものを考えて造っているのだ。

「で、コーミルはここを襲いに来るだろう」

「わかってます。で、イクルミはどうするんです? 助けていただけるのですか?」

「ああ、全力でな。ここに来たら、コーミルの奴らを皆殺しにする」

「頼もしいですね」

 半ば皮肉のような声音をウィセートは無視した。

「決行日はつかんでいるか?」

「二日後ですよ」

「なら、良い」

 その質問はただの確認でしかなかった。

 イクルミにもコーミルにスパイをもっているのだ。

「おまえらは我々に恭順してきたんだ。護るのも、協力するのも当然だろう?」

 ウィセートの言葉に、ヒデリトはうなづいた。

 だが、それ以上には言葉を吐かなかった。




 二日後の早朝だった。

 大型四輪に十二人ずつ乗り込が乗り込んでいた。

 パニソー率いるコーミル・コミュニティの戦闘部隊だ。

 十台で市街の外れにあるソカル・コミュニティの本拠に向かう。

 途中何度か通行止めがあり、予定の道からずれていった。

「なんだ、まっすぐ向かうんじゃねぇのか」

 荷台でスキットルをあおりながら、ディクショはつぶやいた。

 横で、ロミィは船を漕いでいる。

 普通にずれていったならいい。

 だが、一台通るごとに、次の大型四輪の前に通行止めが現れる。

 パニソーとロミィたちが乗る先頭から十台は、いつの間にか、ばらばらになっていった。

「ヤバい。全車、急いで集結してください!」

 パニソーが携帯通信機で各車の指揮官に連絡を入れる。

「レーザーにロック確認! 対戦車ロケットです!」」

「緊急停止。全員、すぐに四輪から出てください!!」

 パニソーは運転手の言葉にすぐに後ろに声を上げる。

 わらわらと、スピードを落とすところから降りて行ったコーミル・メンバーは、四輪から離れて、塀などの物陰に隠れようとする。

 大型四輪が爆発を起こして軽く跳ね上がると、炎の塊となる。

 彼らは散会して相手を探した。

 新種ニユーテツクのメンバーが、相手を走査サーチする。

「・・・・・・ユーテル・コミュニティ、キタラ・コミュニティ、ホォノミ・コミュニティ・・・・・・」

 そばにいたパニソーは眉を寄せる。

 どれも、弱小の犯罪組織の名前だった。

「ソカルの連中じゃない?」

 突然、メンバーの一人の体が宙に吹き上がった。

 だらりとあおむけで空中にとまる。

 その背後の街灯の上に、男が立っているのがわかった。

 龍のマスクをかぶり、帝国の民族衣装の上下を着ている。

「はじめまして、コーミルの皆さん。わたしはアルーマ。今日は皆さんに疑問を一つ投げかけたい」

 メンバーは呻きながら体をかすかに動かしている。

 アルーマと名乗った男は、性格にパニソーをマスクの下から見つめていた。

「何故、同じ反帝国の志をもったソカル・コミュニティとは手を組まずに、延々と争っているかについて、お答え願いたい」

 ぼんやりと彼の前に長い胴と髭を生やした龍の姿が浮き上がってきた。

 メンバーはそれの巨大な口に咥えられているのだ。

「方針の違いに過ぎません。奴らはやりすぎる上、我々に喧嘩を売ってきました」

「ああ、ああ。まったくもって、嘘はいけない」

 龍の顎に軽く力が入り、メンバーの男は悲鳴も上げられずに身体を一瞬、くの字にした。

「誰が嘘を・・・・・・!」

 メンバーの様子に、パニソーは焦りが出る。 

「嘘でしょうに。あなたとヒデリトのことだよ。方針といったが、個人的な理由があるのでしょう?」

 コーミルのメンバーたちの視線が、パニソーに集中するのがわかった。

「別に何も・・・・・・」

「あったでしょう?」

 アルーマは楽し気にもう一度、同じくして聞いた。

 ちらりと、龍が咥えるメンバーに目をやる。

 舌打ちが響く。

「おまえら何してる! 仲間が殺られそうなんだぞ!」

 立ち上がったディクショが怒鳴った。

 義足が最大出力で、彼を跳ばす。

 一瞬で龍のとぐろを巻いた道路まで来ると、鞘から抜きざまの一刀を喰らわせた。

 だが、鱗が数枚砕けただけで、龍の体にダメージは与えられない。

「・・・・・・化け物め!」

 振るわれるかぎ爪から距離を取ってよけたディクショは、悪態をつく。

 一斉に各方向から自動小銃が龍を狙って発砲した。

 少年少女も、龍に向かって飛んでくる。

 ディクショはすでに目標を変えた。

 塀から電柱の半ばまで飛んで、アルーマに刀を振るう。

 アルーマは袖から短めな両刃剣を逆手に抜いた。

 肘の力で脇に受け流すと、街灯の上から身を躍らせて地面に着地する。同時に横に跳んだ。

 追ったディクショの上段斬りが影をかすめた。

 アスファルトを義足が割る。

 すぐにアルーマの動きにディクショはついてゆく。

 高速で移動しながらの素早い刀と両刃剣の打ち合いが路上で繰り広げられた。

 龍は銃弾をことごとく弾き、少年と少女を尻尾の一振りで吹き飛ばすと、上空に身体をうねらせて泳ぎだした。

 コーミル・メンバーと、アルーマ側の各コミュニティの銃撃戦が始まる。

 相手は圧倒的数で、コーミル・メンバーは一人、また一人と倒れてゆく。

「なんなんだ!? こんなところですか、我々の死に場所は!?」

 パニソーが悔し気に押し殺した声を漏らした。

 ロミィはヒップバックに手をやって、塀の影から立ち上がった。

「ここじゃないよ、パニソー。あたしたちの死に場所はもっと派手で盛大なところでだ」

 路上を歩きだし彼女は両手に自動拳銃を握った。

 目で狙うことなく、腕を伸ばすと、一度引き金を引くだけで弾丸は相手の眉間を貫通した。

 無駄のない最小限の動きで素早く銃声を連続させて、次々と相手を一発で撃ち殺していった。

新種ニユーオーダーか!?」

「探査能力はハンパじゃねぇ!」

「くそが! あいつをねら・・・・・・」

 最後に叫ぼうとした男は首に銃弾を受けて絶命した。

「あいつ、新種ニユーテツクだが・・・・・・凄まじいな」

 パニソーの隣にいる電子戦要員が、感嘆と驚きの声を上げた。

 ロミィは相変わらず、最小限の脚運びで、素早く腕をあちらこちらに向けては次の標的に銃弾を見舞っていた。

「なんだ、あいつ・・・・・・」

 ちらりとアルーマはロミィを見た。

「よそ見してんじゃねぇ」

 顔面を横薙ぎにしてきたディクショに、身をかがめてよけると、刀を持った腕を脇の下に巻き込み、あらわになった脇腹に剣を突き刺そうとする。

 ディクショはとっさに側転したついでに、アルーマの剣を持った手を蹴った。

 後方に退きつつ、アルーマは舌打ちした。

「パニソー、これは私への宣戦布告と受け取る」

 とたん、空中の龍がメンバーの胴を噛み砕いた。

 脚と、胸から上だけの部分が地上に落ちてくる。

 パニソーは衝撃を受けた。

「皆殺しにしてください!」

 激昂した命令を下すが、アルーマとその部下たちはその場から離脱を始めた。

 銃撃もなくなり、一気に静かになった住宅街で、彼らは虚脱し茫然としていた。

 何者なのだ、今のは。

 そして、パニソーとヒデリトは一体どんな関係なのか。

 皆頭の片隅に残ったが、誰一人、すぐには口を開く者がいなかった。




 エクゥル市の市長室にキキミリとイマジロタが入ると、執務机に異様な男が勝手に着いていた。

「葉巻、あると期待してたんだけどなぁ。やっぱり、ないんだねぇ・・・・・・」

 のんきな口調で、脚を交差させて椅子にもたれている。

「・・・・・・誰だ、あんた?」

 キキミリは入口のドアを閉めてしまったのを後悔した。

 イマジロタの頭は高速回転している。

 執務室の前は秘書室になっており、まっすぐ入っては来れない形になっているのだが、この男は何の警戒もなく、ここにいる。

 新種ニユーオーダーか。ならば敵か、味方か?

 制圧できるか?

 生き残る可能性は?

「まぁ、座りなよ。わたしは平和の使者だよ、市長?」

 龍のマスクをかぶったアルーマは意味ありげに言った。

 キキミリとイマジロタは相手を刺激しないようにするため、黙って、机の前にある二つのソファに腰を下ろした。

 本物の頭のねじが行ったやつやつか。

 キキミリがそう思うと、イマジロタが口を開いた。

「はじめまして、アルーマさん。お会いできて光栄ですよ」

 穏やかに挨拶をする。

「・・・・・・おや、わたしを知っているのかね?」

「もちろん」

 イマジロタはうなづいた。

「それなら、話が早い。わたしの要求は、あなたに反帝国として行動してもらいたいというものなのだよ」

「・・・・・・考えておく」

 キキミリはそう答えるしかなかった。

「そんな曖昧なものじゃ困るんだ。何か勘違いしているようだが・・・・・・」

 アルーマはペンをとって、先端を机の上でトントンと叩いた。

「わたしはこれでも、神の名のもとにやってきている。わたしの言葉は、神のものと思ってもらわねばならない」

 本物のイカレ野郎だ。

 イマジロタが知っているらしいが。

 キキミリはため息をつきたくなった。

「アルーマさん。お話は分かりました。しかし、我々の微妙な立場もわかってほしい」

「微妙?」

「このエクゥル市が帝国から直接討伐軍を派遣されないのは、どうしてだと思いますか? 我々が、親帝国の立場として市民の反帝国から盾になっているからです。市長までが反帝国を標ぼうしてしまうと、取り返しのつかないことになる」

 イマジロタの言葉に、アルーマはしばらく黙った。

 ペンが机を叩く音だけが響く。

 黙っている間、執務室の空気がやや変わり始めた。

 それは、かつて感じたこともない、巨大で、圧倒的な何かの気配だった。

 だが、攻撃的ではなく、どちらかといえば老いを思わせる、妄執と憎しみが混ざったものだ。

 キキミリもイマジロタも感じた。

 新種ニユーオーダーの二人だが、その何かを認識で掴むことはできなかった。

「わかったかね?」

 存在の気配が消えた部屋は、急に寒くなった気がした。

 危険だ。

 イマジロタは最小限の指の動きで指輪に仕込んであるボタンを押した。

 途端に秘書室から、完全武装の警備隊がなだれ込んできた。

「おやおや。今の話はまた今度ということだな」

 アルーマの背後のガラスが外側に吹き飛んだ。

 彼は、ためらうことなく、四階から外に身を躍らせる。

「ここの警備はどうなっているのかね?」

 秘書室の隣にある警備室の室長に、イマジロタは冷静に問う。

「申し訳ありません・・・・・・。カメラもセンサーも、異常がなかったもので」

「・・・・・・なるほど・・・・・・くそっ」

 また厄介なものが増えた。

 しかも、相手はとんでもないものを背後にもっている。

 イマジロタは、今後のことを考えねばならないと思った。





第四章

 何週間前から何度、命令したかわからない。

 だが、ようやくイクルミの隊長ルイムがウィセートを伴いながら、キキミリの執務室にやってきた。

 白と青の大き目なパジャマ姿で、枕を脇に抱えている。

 セミロングの猫背のまま髪はぼさぼさで、眠そうな表情を隠そうともしていない。

 華奢な体つきをした、十七歳の娘である。

 キキミリは態度はどうあれ、恰好などに一切興味がないために何も言わない。

 だいたい、自分も人のことを言えた立場ではないだろう。 

 まったくやる気がない見た目の人物が、二人。

 ウィセートは頭痛がしそうだった。

 ただ、ようやくルイムの居場所を見つけて連れてきたのだ。

「・・・・・・おひさしぶりでー」

 あくびをしつつ、彼女は言った。

「どこにいたんだ、こいつは。ウィセート?」

「あー、訓練場・・・・・・です。帝都の」

「相変わらず、意外性のある奴だな」

 ルイムは、これで帝国のアマチュアサッカー選手会で、毎年МVPを獲得している体育会系の面もあるのだ。

 確かに試合中の髪を後ろに縛った彼女は、アグレッシブなプレイでありながらも、動きは滑らかで恰好良い。

 ただ、普段とギャップが大きすぎるのだ。

「なんのようっすか?」

 何とか目覚めたようで、ようやくはっきりとした口調になる。

 恰好からは考えられない、快活としたものだった。

 キキミリの代わりに、イマジロタが口を開く。

「ソカル、コーミルの二つのコミュニティに加え、斬奸対象が増えました。アルーマという男です。データはこれ」

 机に置いてあった、チップを軽く上げた腕の先の指で示す。

「この男は、不逞にも市長をここで襲おうとした奴です」

「あらま。そりゃあ、すごいもんっすねぇ」

 素直に、ルイムは驚いた。

 チップを手にしてまじまじと見つめる。

「あなた方にはオーバーワークかもしれませんが、他に頼るものがないのです」

 イマジロタに、ルイムはにやりと笑う。

「あー、そー。そうなんっすねー。そりゃ大変だあ」

「適当すぎないか、その返事」

 黙っていたキキミリが思わずツッコむ。  

「ああ、気にしないでくださいね。ついですよ、つい」

 ルイムはニコニコと笑んだままだ。

 二人が退出すると、イマジロタはやれやれと息を吐いた。

「暗黙の事実ってやつかな?」

「まぁ、バレるんじゃない? 組織使って何かしようとすれば、いくらでも漏れる」

 聞いたキキミリは苦笑いした。

「で、アルーマの調査結果は?」

「身元は簡単に割れた。あのカローヴだね。背後関係については、まだ調査していないけども」

「奴か・・・・・・世間に逆恨みでもしたかな」

 キキミリはうんざりと面倒くさそうに、いつものように机に突っ伏した。

「あー、落ち着く」

「イリィマやルネスカ社が関係しているかどうかは、まだわからない」

「あの、正体不明の化け物もだろう?」

「ああ」

「てか、大丈夫か? カローブのデータをルイムに渡して。あいつ、あほのくせに異様に勘が働くぞ?」

「多少、話が通じたほうが楽な時もある。種は撒いといて損はない。あとで伐採するのもでてくるが」

「なるほどね・・・・・・警戒しておけよ。帝都にいたんだぞ、アレ・・・・・・」

 眠気半分で聞いていたキキミリは、いつの間にかそのままよだれをたらして寝息を立てていた。




「ずいぶんとやる気出してるねぇ」

 ルイムがイクルミの隊長室でウィセートに話かけた。

 すでに髪はヘアアイロンで整えられ、緑のワンピースに編み上げ靴という恰好だ。

 ウィセートはその場で浮遊ディスプレイの文字列を浮かべていた。

 中身はイマジロタから渡されたデータ・チップだ。

 ルイムが機械はちょっとというので、代わりに処理に掛かっているのだった。

「それは、ソカルつかったコーミル撃滅失敗で焦ってる?」

 単刀直入に聞いてくる。

「まぁ、そんなところです」

 あけっぴろげなルイム相手に含んだ言い方をしても仕方がない。

 ウィセートはとっくにこの隊長のペースに降伏していたのだ。

「で、帝都はどうでした?」

 作業の合間に、聞く。

「大人気だったよ。プロのスカウトが四人ほど来たなぁ」

 ルイムはあくまでサッカーの話しかしない。

「隊長は、就職先を間違えましたね」

 ウィセートの言葉に、ルイムは笑うしかない。

「ただねぇ、ウィセートが聞きたいと思ってることなら。新種ニユーオーダー旧種ローテツクに嫌われてるよ。てか、お互い嫌いあってる。皇帝が新種ニユーオーダーとして聖化したのが猶更だね。そして反帝国は両種にかかわらず、新しい神を求めている、かな?」

 見ているところは見ていると、ウィセートはうなづいた。 

「皇帝はどうして聖化なんてしたんでしょうね?」

「簡単じゃん。神になりたかったんだよ」

「神、ねぇ・・・・・・」

 ウィセートは納得しきれないといった風だ。

「考えてもみな。旧帝国の支配力を執行するのに、経済でも軍事でもなんでも国内に影響を与えられないとなると、自身が神になるしかないじゃん」

「・・・・・・突飛すぎです」

「それぐらい追い詰められてたってことじゃないのかな?」

 話しつつデータを読んでいたウィセートは、ひとつ唸った。         

 投資家やら証券会社が売り買いした会社名が並べてズラリと出てきていた。

 頭痛がしそうだ。

 この複雑さはイマジロタの嫌がらせにしか思えない。

 沸々と、あの君側の奸に怒りが湧いてくる。

 どうせ、今頃は新しい女のところだろう。

 一瞬、キキミリに聞いて怒鳴りこみに行ってやろうかとさえ思う。

 このデータを処理しなければ、イクルミは動けない。

 わざとそうしたのではないかという考えが浮かんできた。

 ・・・・・・そういえば、イマジロタの女好きは有名で今に始まったことではないが、本当に女のところだけウロウロしているのだろうか?

 もし、彼が何か別なことを計画しているとしたなら?

 アルーマという人物を使った時間の間で、何かことを起こそうとしているのでは?

「隊長、ちょっと思うところがあるので、先にあがります」

「おや、そうか。おつかれさん」

 ルイムはあっさりと納得して、彼を開放した。

 代わりに、ディスプレイについて、データ処理を引き継ぐ。

 それに背を向けて、ウィセートは部屋を出て行った。




 バージーを殺した時、ロミィはこれで復讐を果たし、世界が解放されたと信じた。

 だが、事実は反帝国分子の割拠であり、一時期は大規模反乱まで巻き起こした。

 ロミィは祀り上げられようとするのを、必死に身を隠して逃れた。

 どんな有力な権力者でも暗殺をすれば、どこかのタガが外れ、収集がつかなくなると学んだ一件だった。

 ちなみに、大規模反乱は見事に一瞬で鎮圧されて、今やロミィの名は逆賊の代名詞である。

 根なし草になった彼女は各地を放浪して、親帝国分子を処理しつつ、エクゥル市に到着した。

 心も何もかもが乾きだしていた。

 そこに、皇帝の聖化とグリスカ・データの話を耳にする。

 聖化とは、電子の海に意識を飛ばし、広大な世界を自己のものにすることだ。

 皇帝もか。

 妙な共感を得たロミィは、グリスカを襲い、データを手に入れた。

 だが、難解で解読はできなかった。

 ロミィの心の渇きは増していった。

 パニソーのコーミル・コミュニティに入ったが、何か満たされない。

 彼女から欠落したものは何なのかわからないので、埋めようがない。

「ほれ、100点」

 酒場で、ディクショがダーツの矢をど真ん中に当てる。

「・・・・・・ほい、あたしも100点」

 すぐわきに、ロミィの矢が刺さる。

「なんだよこれ。さっきから同じ場所ばかりに当てやがって。勝負つかねぇじゃねぇか」

 文句を垂れるディクショの脇から、ロミィがもう一本のダーツを投げると、真ん中に当たると同時に、他の矢をすべて衝撃で落としていた。

「ふふん。勝負がつかないって? どうみても、あたしの勝ちだけど?」

 胸を張って、ロミィは宣言する。

「反則じゃねえかよ?」

「そう思うなら、先にやっておくんだったね。はい、今日はあんたの奢り」

 味気ない酒も、適当な現実逃避になる。 

 ロミィは浴びるように飲んで、気分を紛らわせた。




 コーミルのメンバーが集まる酒場では、ロミィが一躍有名人になっていた。

 朝からディクショとともに入り浸っていたが、陽気に挨拶する者たちや、尊敬のまなざしを送ってくる者、そして、反対に殺気にも似た雰囲気をまとった者と色々だが、中心がロミィという点で変わらない。

 居心地が悪すぎる。

 ロミィは店を変えようとするが、そのたびに大勢に絡まれる。

 結局、テーブルに頬肘を立て、不満そのものの表情で、唐揚げをつまんでいた。

「何なんだよ、もう」

 何度目かのため息だった。

 こんな目立ちかたは彼女の性に合わないのだ。

 ディクショはかまわずに、ウィスキーのロックをちびちびとやっている。

 その態度は、「大変だな。俺には関係ないけど」という言葉がありありと張り付いていた。

 次の日もほかの酒場で同じような状態になった。

 ロミィの不機嫌は限界に近かった。

 ディクショは、つかずはなれずの距離で、少女を見守っていた。

「おい、ヤバいぞ!」

 突然、昼をまじかにした酒場に男が飛び込んできた。

「パニソーのガキがおかしくなりやがった! いろんな酒場で暴れて、もうすぐこっちにも来る!」

 パニソーがいつも連れている少年少女はそれぞれ、ジュロ、リリグという。

 人間ではない。パニソーが使役する護法精霊の一種だ。

 それがコーミルの支配地域で荒れているという。

 ロミィは真っ先にパニソーが無事なのか確認したかった。

 召喚されたまま主を失った精霊が狂暴化するという話は、良く聞くからだ。

「どうしたもんやらな」

 ディクショはまるで他人事のようにつぶやく。

 携帯通信機で、ロミィはパニソーを呼び出してみる。

 だが、反応はない。

「どうしたんだろう・・・・・・」

 ロミィは心配げだった。

「お節介焼いてる場合じゃねえぞ?」

 ディクショが、酒場の入り口に目をやった。

 そこには少年の姿をとったジュロと、少女の姿のリリグが地面から十数センチのところに浮かんでいた。

 不気味な微笑みを浮かべながら。

 先に報告に来た男は奥のほうに逃れていた。

「パニソーからは討伐の命令が出てる! 遠慮はいらんぞ!」

 酒場は騒然となった。

 それぞれが、一斉にそれぞれの武器を抜く。

 身体より大きな服を着たジュロとリリグはそのまま、頭から酒場に飛び込んでくる。

 コーミルのメンバーたちは同士打ちを恐れて、拳銃で狙うのが精いっぱいだった。

 中には、椅子やグラスを投げつける者もいたが、あっさりとかわされていた。

「まっすぐこっちに!?」

 ロミィは、慌てて席を立った。

 彼女を見た二人は、暗い嬉しそうな顔をした。

 二人の袖から、細い線が大量にロミィめがけて伸びていった。

「有線・・・・・・!?」

 刺さるかのように、ロミィの体中に巻き付く。

 強引に電脳スペースが開かれた。

 侵入者に、超分厚い防壁を張る。

 同時に解析して、逆侵攻を準備する。

 外から見ると、三人は時折電気の光を弾くようにあたりに走らせて、ただ、立っていた。

 あらゆる方向からの侵入は、防壁数枚割られ、メインまでが削られながらもなんとか阻止していた。

 意外とやる。

 ロミィの防壁を破るだけでも、一流以上の電脳使いと言っていい。

 さすが、パニソー子飼い精霊である。

 ロミィは攻撃を受けるなかで相手のロジックを把握した。

 即、逆侵攻の一波を打ち込むと、瞬間に有線が外される。

 あまりに強力な電子攻撃だったのだ。

 ぎりぎりで二人は回避したが、まともに受ければ、その一撃で神経が焼かれて死ぬところだ。

「はい、そこまでー」

 宙をくねっていた有線の束を、ディクショが刀でまとめて切断した。

 ジュロとリリグは、引きつった笑いのまま、後退する。

 刀を肩にしょったディクショは、二人を睨みつけながら頬を引きつらせた。

「・・・・・・おまえら、死にたいか?」  

「ちょっとまてまて!」

 ロミィがディクショを制する。

「君たち、やるねえ。どうかな、おねぇさんのところに来ないかい?」

 ジュロとリリグは顔を見合わせる。

「怒ってないし、危害も加えないよ。そして、三食昼寝付きでどうだ!」

 ジュロが無言で何度もうなづく。

 隣で冷たい目を彼に向けていたリリグも、やや考えて頭を下げた。

「よしよし、良い子たちだねぇ。これからは、あたしのところで遊ぶんだよー?」

 ジュロもリリグも明るい笑顔になって、ふわふわとロミィの周りを飛び回った。

「・・・・・・なんだ、これは?」

 さすがにディクショは呆れた。   

「なんだろうねぇ」

 ロミィも苦笑する。

 静かだった酒場は、一斉にあらゆる声が上がった。

 あれを手なずけたのか!?

 ガキが。調子に乗りやがって。

 俺が殺ろうとおもってたのに。

 マジかよ。信じられねぇ。

 様々な言葉が混ざって、酒場はにぎやかになる。

「へっ、おまえらは、今日は俺たちに奢りな。文句ある奴?」

 ディクショの言葉に、誰も反対意見はなかった。

 賛成意の反応もなかったが。




 別の酒場で、パニソーは不機嫌丸出しで、グラスにウィスキーを注いで、一気にあおった。

 画策は失敗したようだった。

 あの龍を操った男を。彼女はやりすぎた。

 目立ち過ぎたのだ。

 とにかく、脅威なのだ。

 しかも、彼女はパニソーに忠誠を誓っているわけでもない。

 ただの協力しているにすぎない。

 どうにかしなければならない。

 すべての原因の彼女を。

 パニソーは、黙ってグラスを明けながら考えていた。

 次の手は・・・・・・。

 最終的には考えたくはないが、ヒデリトの力が必要かもしれない。

 怒りが沸く。

 よりによってヒデリトなどと。

 パニソーは、勢いよくカラになったグラスをテーブルに叩きつけるように置いて、己の運命を呪った。
















第五章

 薄く照らされたテーブルの上には、様々な薬物が置かれていた。

 脇にはウェット・ブレインを横に、ヒデリトが車椅子をとめている。

 手に持ったワイングラスに、指先から血の雫を一滴垂らした。

 グラスの液体は自然に小さな潮流を作る。

 やがて、水面から羽化するかのように、蝶のようなものが形作られていく。

「・・・・・・ミケレ」

 だが、羽ばたこうとした瞬間に、羽根は崩れて、元の液体に戻った。

「やはり失敗か・・・・・・」

 深い息を吐き、ヒデリトはテーブルに乗った薬物の瓶たちに目をやった。

 車椅子の周りには、異形の小人が数人、うごめいている。

 こいつらのようなのならば、簡単にできるというのに、属性が聖なるものと言われる純化作業は上手くいかない。

 ウェット・ブレイン内で舞い踊る蝶の群れを眺める。

 この中から出すことはできないのか。

 やはり、グリスカ・データがないとダメか。

 帝国を覆すには、聖化した皇帝をどうにかしなければならない。

 今、帝国には皇帝に続き、主要な貴族や上級臣民などが聖化するという。

 電子の海に存在を移した彼らに手を出そうとするには、同じ作業による世界を手にしなければならない。

『ヒデリト様、お客様がいらっしゃいました』

 携帯通信機から声がした。

 ヒデリトは、今行くと返事した。

 ワイングラスを放り投げて、ゆっくりと車椅子を移動させる。

 応接間には、高級なスーツを着て、髪を後ろになでつけた、やや大柄な男が座っていた。

 ゆったりとコーヒーを飲のみつつ、気付いたように、ヒデリトのほうを向く。

「いやぁ、さすが。このコーヒーは豆も淹れ方も一流ですね。やはり、あなた方の世代は、我々とは違う」

 にこやかに笑う容貌には愛嬌があった。

 目は笑っていないと、ヒデリトは思ったが。

「わざわざお尋ねくださって恐縮です、イリィマさん」

「いえ。ソーカルさんには、こちらからいつかお近づきになりたいと思っていたところなので、お招きは望外の喜びですよ」

「噂はかねがね伺ってます」

 ヒデリトはテーブルを挟んで彼の正面で車椅子を停める。

「お互い、色々とお話したいことがあるようですな」

「ええ。帝国の臨時顧問団に選ばれたそうで。おめでとうございます」

「いやあ、反帝国のあなた方から見たら、許せないのでは?」

 ヒデリトは軽く微笑んだ。

「いえ。目指すところが一緒なら、そんなことには拘りませんよ」

「やはり、あなたも探究者なのですね」

 イリィマは納得したようにうなづいた。

「わたしの目的は、いわゆる聖化とは若干違いますが、似たようなものです」

「それをうかがいに来たのですよ。噂に聞く、ウェット・フレインをぜひ一度拝見したいものです」

「あれはまだ完成品ではないのですが・・・・・・・よろしいでしょう」

 ヒデリトは車椅子で先導するように部屋を出た。

 斜め後ろにイリィマがゆっくりとついてくる。

 だだっ広い薄暗いなか、厚い水槽のガラスが眼前に広がる。

 中には、水のようなもので満たされ、何もしていないのに、いたるところで流れや渦ができていた。

 一見したイリィマが眉をしかめたのが分かった。

 ヒデリトは疑問に思うと同時に不満だった。

 もっと驚くかとおもった。相手の反応は真逆で、呆れているというものに近い。

「なるほど・・・・・・わかりました」

 力の入れていない声のイリィマだった。

「どうしました?」

 ヒデリトは思い切って尋ねてみる。

「いえ。ところでお伺いしたいのですが、あなた方の反帝国は本気ですか?」

 唐突に指摘されて、ヒデリトは軽く混乱する。

「もちろん」

「では、これを使ってどうしようと?」

 イリィマの言いたいことがわからない。

「皇帝が聖化し、電子の海に移動したなら、そこと同じ空間を作ってしまおうかとおもいまして」

「なるほど。独自に造ったとお聞きしましたが?」

 ヒデリトは何も言わず無表情でうなづいた。

 イリィマは、ふむとひとつ間を置いた。

 そして改めてヒデリトに顔をやった。

「実は、ルネスカ社に人間の純化を一般化しようという計画がありましてね」

 聖化ではなく純化という言葉を使ったことに、ヒデリトは気付いた。

 しかし、気が付かないふりをする。      

「ルネスカ社といえば、バージーが顧問でいた会社ですね」

「そうです。今の反帝国の運動は、バージーが殺されたのがことの発端といっていいでしょう。まぁ、その話は置いておいて」

 イリィマは語りだしそうになるのをやめて、元の話に戻す。

「このウェット・ブレインでは、皇帝の純化と同一のシステムを作るのは不可能でしょう」

 ヒデリトは致命的な指摘に、言葉を失ったがなんとか冷静に受け止めた。

「ただ、ひとつ。改良を加えればできることがありますね。それが、我々の役に立つ」

「ほう、それは?」

「このウェット・ブレインで魂を生成するんですよ」

 ヒデリトは我が意を得たりという気分で、思わず口角が吊り上がった。

「それは。いままでの聖化とは違うのですか?」

 実はヒデリトはその辺をあまりよくわかっていなかった。

 鷹揚にうなづいたイリィマは説明する。

「聖化、いわゆる純化ですが、これは帝国が昔に発明した、人間を電脳スペースに移すことを言います。そこで、無制限に電脳スペースを利用できるようになる。バージーが殺されて、身の危険を感じた皇帝が新たな統治スタイルとして採用したものです。一方、魂を作るというのは、本来人間には存在しない魂というものを造り上げることですね」

 そこでイリィマは思いついたような顔をした。

「ルネスカ社と、このウェット・ブレインは双方合わせて利用価値があるかもしれません」

「どのような?」

「それは、極秘事項です。投資を受けたいのですよね、ヒデリトさん?」

「ええ、まぁ」

「水槽の中身は特殊炭素溶液ですね。巨大な脳といってもいい。これなら使えます。技術者も呼びましょう。もちろん、投資はさせていただきます。ご安心を」

「ありがとうございます。ところで、ルスカ社はグルスカ・データがなくても大丈夫なのですか?」

「意外な存在が懐にはいってきましてね。可能ですが、あれを拡散されると困ります。処理をお願いできますか?」

「その点ならお任せを」

 改良の余地ありか。

 グリスカはウェット・ブレインをちらりと見た。

 渦巻く水槽の中身は見つめれば見つめるほど、思考が奪われていくような感覚を引き起こすのだった。




 ロミィはエクゥル市の郊外にある広い森林公園にいた。

 深夜なので、あたりの人々も不気味がって中に入ってこようとしない場所だ。

 夜風が時折、木々の葉を揺らして不気味な音を鳴らせる。

 ジュロとリリグが楽しそうに彼女の周りを駆け巡っている。

 本人は無表情で枝葉の合間に見える空を見上げていた。

 見つめているうちに、ロミィの視線の先に積雲が浮かび上がってきた。

 所々にたててある街灯が、薄暗くあたりを照らしていた。

 積雲は雷でも落とすかの勢いで、放電している。

 楽し気なジュロとリリグが、薄暗い闇の中、不気味に嬌声を上げている。

 積雲が唸りはじめた。

 そして、一瞬の輝き。

 人がいきなり頭上に飛び込んできた。

 瞬間、落雷を刀で斬り弾いた。

 彼は、受け身も取らずに地面に転がった。

「ディクショ!?」

 我に返ったロミィは男に気づき、思わず駆け寄る。

「・・・・・・いまの本物の雷じゃないな・・・・・・どっちにしろ、酷でぇ」 

 それでも凄まじい電圧を喰らったので、しばらく身体が痙攣して動かなかった。

「こんなところでなにしてるの!?」

「こっちのセリフだ」

 回らない舌で、必死に答える。

 ロミィはヒップバックから圧縮注射器を取り出すと、彼の首筋に打った。

 とたん、ディクショの体は軽くなり、ようやく、上体を上げる。

「きっついわー。 雷斬るとか、初めてだわー」

 呑気に文句を垂れる。

「どうしてここにいるの?」

 ロミィは改めて聞いた。

「さっきまでいた酒場でおまえの様子がおかしかったからな。何か吹っ切れたみたいで、こればヤバいやつだと思ってね。で、何しようとしてた?」

「・・・・・・電脳スペースに接触しようとしてただけだよ」

「あんな雷喰らわなくても、おまえ、新種ニユーオーダーだろう?」

「雷になって入ったら、面白そうじゃない?」

 ディクショは、呆れた様子だった。

 そして、ふと自分の左手を見る。

 電流の火花が時折走って光り弾けている。

「余計なことはするな。おまえは地上でやることがあるだろうが。電脳スペースになんて行かなくていい」

 ロミィは軽くうなだれた。

 少しの間をおいてから、小さくうなづく。

「・・・・・・ねぇ、ディクショ。初めて会ったときから、守ってくれてるけど、どうして?」

「あー? 性分だよ性分。おまえみたいなガキが、反帝国ごっこしてるのなんか、危なくてしょうがないだろうが」

「ガキじゃねぇ」

「ガキはそう言うんだよ」

 ロミィは諦めたようだった。

「動ける? 帰ろ?」

「あー、なんとかな。脚もなんともない。一杯飲み直したいな」




 ウィセートは気が付いた。

 意識がもどると、白い天井が視界に広がる。

 薄い独特の服に、ベットの上。

「ああ、お気づきですね」

 声のほうに顔をやると、部下の一人が嬉しそうにしていた。

「今、先生と隊長を呼んできますので」

 彼は病室からすぐに出て行った。

 時計は、午後の十時四十九分だった。

 ああ、生体改造を受けたのだ。

 やっとまともに記憶が戻る。

 ベットの上に座る恰好になって、自分の右腕を握ってみる。

 感触は以前と何も変わらない。

 そこに、主治医と呑気な表情のルイムが部屋に現れた。

「気が付きましたか。何か違和感のようなものはありますか?」

 主治医は落ち着いた初老の男だった。

「上手くいったん?」

 ルイムは棒付きの飴を舐めている。

「あー、変化に自覚はないですね」

 ウィセートは自ら望んで、攻撃特化方の電脳に改造したのだった。

 ロミィを襲った時、一瞬で部下の多くを失ったのが、彼から旧種ローテツクであることの誇りを捨てさせたのだ。

 イクルミで手術を受けたのは、彼を含めて自ら志願した二十名だった。

 ウィセートはすぐに退院を希望した。

 医者は苦い顔をしたが、文句は言わなかった。

 イクルミの本部までルイムの四輪でそのまま戻る間、彼は無言だった。

 本部ではちらほら隊員の姿を見かけた。

 副隊長室の自分の席に着くと、さっそくデッキを操作し始める。

 珍しそうにルイムが覗き込んできた。

「どうしました?」

 無理するなとか、そういった類の言葉をかけてくるのかと、軽く面倒に思ったのだ。

「いや、楽しそうで何よりだとね」

「・・・・・・あ、はい。そうですね」

 意外な方向からきた。しかし、ルイムという人間を考えれば、いつも通りだった。

 手術の入院中に、把握忘れたか。

 ウィセートは苦笑する。

「で、さっそく事件の調査なん?」

「ですね。あと、手術以前に面白い連絡が入ったもので」

 当時は馬鹿らしくて、相手する気もなかった。

 だが、今にしてみれば興味がでてきている。

「こんにちは」 

 突然の聞きなれない声。

 反射的にルイムはホルスターに、ウィセートは机の引き出しの拳銃に手をやった。

 相手は、スーツを着た清潔感のある細身の男だった。

 髪を後ろになでつけて、歳は四十に近いだろう。

 彼は軽い笑みを浮かべていた。    

「どちら様?」

 ルイムは拳銃を突きつけながら聞いた。

「アルーマ、といえばわかりますか?」

 男はルイムを無視して、ウィセートに言っていた。

「へぇ、おまえが・・・・・・。直接来るとは思わなかったが」

「最近、調べさせてもらってるよ。主にウィセートが」

 ルイムは拳銃を収めて、あくびをした。

「ああ、あなたがイクルミ隊長のルイムですね。以後、お見知りおきを」

「あー、うん」

 彼女は適当に相槌を打った。

「アルーマよ、すげー勢いでエクゥルの不動産買いあさってるじゃねぇかよ。どういう魂胆だ?」

「おーや、お気づきで。ここの親帝国派と反帝国派から護られた区域を作りたくてやってるだけですよ」

「それはありがたいが、その区域での暴動が目立つ」

「わたしが治安を管理しているわけじゃありません」

 ウィセートは鼻を鳴らした。

「別に非難しているわけじゃない。むしろそのことで話たいぐらいだ」

「なんでしょうか?」

「暴徒をまとめて、ウチに協力してもらえねぇもんかなと。あと、部隊の前哨基地にも利用したい」

「なるほど。それは面白いかもしれませんねぇ」

「もし、良ければ、買ってもらいたい土地や建物が結構ある」

「大丈夫です、お任せを。偽装も十分にしておきますよ」

 快活にアルーマは請け負った。




「冗談にしては、毒が強すぎるな」

 イマジロタは、キキミリのオフィスで、浮遊ディスプレイを数枚展開させていた。

 キキミリが興味本位で脇から覗いてくる。

 ディスプレイには、建物や区域に独特のマークがつけられた地図が映っていた。

 それも、一個や二個ではなく、エクゥル市全土を圧倒するかのような量だった。

 地上げをしたのは、リロドレ教会という名前のコミュニティだ。

「なんだこれ?」

 さすがに、キキミリも驚く。

「ルイムから報告が入ってたんだよ。ちなみにウチの畑、荒らされた」

「畑? 民間の情報提供者な?」

 イマジロタはうなづく。

 地図を見てもよくわかっていないキキミリは、イマジロタに説明を促した。

「ウチの市の人々は、親皇帝派、反皇帝派の争いに疲れてきているようだな。このリロドレ教会というところは中立で、そんな人々を集めている。といったところか」

「下手に弄れないところだな、そうなると」

「いや、ひとつ手がある」

 イマジロタは、皮肉な笑みを浮かべる。

「教会の上層部にあたって、工作してみるぞ」

「んー、なんか知らんが、任せる」

 キキミリは執務室にもどって、ソファに身体を倒した。

「それより、こいつらに対して、イクルミはどうしてる?」

「あー、何も聞いてない」

「確かめてくれ」

 ソファのうえから、面倒くさそうに、執務机に戻る。

 彼女は、イクルミのルイムを呼び出した。

 不機嫌そうに、イクルミ隊長が現れる。

「なにかあったっすか?」

「面倒だから前置きとかしないよ。いきなりだけど、リロドレ教会をどう思ってる?」

 本当にいきなりだったので、ルイムは答えるまで少しの間があった。

「あー、ウザったい奴らっすねぇ、あいつら」

 ウィセートが結んだ密約を知りつつも、ルイムは素直な感想を口にした。

「けどまぁ、利用価値はあるっすよ」

 一応のフォローはしておく。

「へぇ、利用価値?」

「リロドレ教会が力持つとなると、自動的に反帝国分子の勢力が弱くなるっす。これで裏からウチに協力してもらえば、反帝国分子壊滅は、ずいぶん楽にできるのっす」

「なるほど・・・・・・」

 代わりに応じたのは、イマジロタだった。

「どうやらすでに手をまわしているようですね」

「まぁ、仕事っすしねぇ」

「じゃあ、ついでにもっと良い手段を教えましょう」

 次の言葉にルイムは一瞬、唖然とした。

「しかしそれば・・・・・・」

「いつまでも、リカルド教会に頼るわけにはいかないでしょう?」

「ええ・・・・・・まあ、そうっすね」

 ルイムは無理やり納得しようとした。

「では、そういう流れでお願いします」

 イマジロタは言うだけ言うと、再びキキミリの後ろで超然と立っているだけになった。

 情報提供者がいなくなっても、策はでてくるらしい。

 いや、新しい者を獲得し始めたのか。

 キキミリには判断がつかなかった。




 ロミィは難しい顔をして、ディクショを手招きしていた。

 いつもの酒場で、数人の男がロミィのテーブルの前に立っている。

 ディクショは、ビアジョッキを持ったまま、タバコを咥えて近づいた。

「どうか、許可をください!」

 男の一人が、テーブルに両手を着く。

「どーしたー?」

 ディクショが彼らをかき分けながら、最も訴えかたが強い男の横に来る。

「聞いて。この人たち、ヒデリト暗殺したいそうだよ。で、あたしに許可を求めてる」

「そりゃ君たちなぁ、お門違いってやつじゃないか? パニソーに訴えろよ」

 だが、若い連中の勢いは削がれなかった。

「バージーを暗殺したんですよね、ロミィさんは! いわば、反帝国運動の先駆といっていい。あなたの功績をみるなら、ウチのパニソーなんって小者のうちに入りますよ!」

 ロミィが険のある目をディクショに向けた。

「おい、そんな目でみるなよ。俺じゃないぞ、おまえの話を流したのは」

「じゃー、誰だよ」

 殺意がこもる声は、冷ややかだった。

「元はといえば、パニソーが怪しい」

「は? 何のために? 今のコレ、明らかに失敗してるじゃん」

 コレとは、テーブルに張り付く数人の男たちとその主張のことだ。

「昨日なんて、ソカルの本拠に乗り込むから、一緒に来てくれとかいう奴らもいたぞ?」

 聞いて、ディクショは軽く考えた風だった。

「いや、ひょっとしたら、思惑通りかもしれないねぇ」

「どんな!? むしろパニソーが困るだろう?」

「まぁ、困るわなぁ。ただな、バージー殺しがおまえだって話を流したのは、パニソーだろうな」

「どういう理由で!?」

 ディクショは煙を吐きながら、これを見ろと言わんばかりに、酒場の中を顎で示した。

 軽く電脳で探ると、ほぼ客がコーミルか関係者の店の中は、無関心を装いつつ、ロミィに意識を集中していた。

 ロミィですら、やっと気付かされた。

 畏怖と尊敬が混ざったものを彼らから感じる。

 同時に憎悪も。

「そういうことか・・・・・・」

 ロミィは嗤った。

 改めて、ヒデリトを暗殺したいと訴えてきた男たちに向き直る。

 頬肘をつき、グラスを上からつまむようにして、中の氷を鳴らす。

「ああ、おまえらの話ね。許可するから、好きにしておいで」

「・・・・・・良いんですね? はっきり許可してくれるって聞きましたよ?」

「うん。言った」

「よし!」

 男たちは、溜まっていた者を吐き出すように叫ぶと、計画を建てようと別のテーブルに移動していった。

「あーあ。サービス過剰じゃないのか?」

 ディクショは彼らの背を見送る。

「良いんだよ」

 ロミィはテーブルに硬貨を数枚置くと、テーブルから立ち上がった。

 ディクショを連れて、酒場から出る。

 もう夕刻に近い。

 強い太陽の光のもと、涼し気な風が吹いていた。  


 第六章

 また、見つかった。

 午前の深夜、ロミィとディクショは路地を走っていた。

 銃声が背後から鳴り、彼女らのそばの塀に幾つも穴をあける。

「・・・・・・なんで四輪持ってないの!?」

「俺の脚があれば、四輪どころの出力じゃないからだよ! おまえこそ、電脳で索敵とかできないのかよ!!」

「そんな自分はここにいると絶叫するようなことできるか!」

 二人は叫びあいながらも、脚を止めない。

 ジュロとリリグもついてきていたが、こちらは呑気に嬌声を上げながら、空中で二人を中心に周っていた。

 ヒデリトの暗殺計画がパニソーの耳に入ったとき、彼女は激怒したという。

「我々は、自主性を重んじている。だが、今、コーミルは誰かの許可なくして行えないよう、変化しつつある。とんでもない勘違いをした人物のためだ。ロミィは過去の偉業を自らの利益に還元しようとしている。挙句に同胞殺しまでそそのかして!」

 そんな声明を出した直後、ロミィの処分をコミュニティに命じたのだ。

 それが意外と早く出されたところに、ディクショは引っかかった。

 ヒデリト暗殺計画は、ロミィというコミュニティに現れたライバルを蹴落とすための餌だったのではないか?

 どっちにしろ二人は現在、どこのあたりにいても狙われるという、最悪の事態にあっていた。

 コーミル・コミュニティの支配地域から出ていないので、仕方がない。

 だが、ソカルのコミュニティ領土に逃げ込むことも無理だ。

 当然、両勢力のメンバーを傷つけるなど論外の状態である。

 ロミィとディクショは息を切らしながら、必死に中立地域に向かっていた。

 リロドレ教会区。

 突如、エクゥル市に現れた新興宗教の側面を持つ集団だ。

 市の勢力は現在、三分割されているといっていい。

 逃げ込むなら、リロドレ教会区しか選択肢はない。




 空気すら違って感じるのは、安心したせいだろうか。

 リロドレ教会区に入った二人は疲れ切り、とぼとぼとした足取りでとりあえず、近場の関係する建物をさがす。

 市民ホールがどうやらそれらしいと雰囲気を感じた。

 ジュロとリリグを連れた二人は、ホールが早朝近い時間だというのに開放されていたので入っていった。

 だだっ広い内部は、まるで非難所だった。

 段ボールで隔壁を造ったスペースで列ができている。

 老若男女が生活しており、得に二人を気に留めるものはいなかった。

「あー、なんか似てるなぁ・・・・・・」

 ディクショがぽつりと口にした。

 ロミィはとりあえず、一晩ここで過ごすつもりで、場所の確保をしようとしていたところだ。

「なにが?」

「反帝国運動の初期の頃の雰囲気にさ」

 ロミィは、あっそうと言うだけで、作業を進めた。

 今は、反帝国とか親帝国とか考えたくはなかった。

 雰囲気といえば、このホールの人々は大人しく静かだが、どこか血の匂いがした。

 ディクショが言っているのは、それと似た意味なのかもしれない。

「おや? 新しいお客様ですね」

 二人にいつの間にか男が一人近づいてきていた。

 ニット棒をかぶり、まるでコートのような黒い服を細く背の高い身体に着ている。

「・・・・・・ああ。一晩、よろしいでしょうか?」

 ロミィは申し訳なさそうに、彼に訴える。

「私はクフィッヂ。この管区の責任者です。どうか一晩と言わず、気が済むまでご滞在していてください。お二人はずいぶんとお疲れのご様子です。お子様連れには辛いでしょう」

 爽やかな態度だ。

 ジュロとリリグはホース隅に敷いた布団の上で、すでに寝息を立てていた。

「そういや、ここってアルーマが造ってトップに立ってるってホントかい?」

 ディクショはスキットルを軽くあおる。

「ああ、アルーマ様ですか。もちろんその通りです」

 クフィッヂがアルーマの名を口にした時、軽く夢見るかのようだった。

 二人を相手にしていないかのように、ロミィは自分たちのスペースを作っていた。

「しかし、ちょうど良いときにここを訪れましたね。もしお疲れじゃなければ、日の出の時間に約束が果たされるので、その時にいれば幸運があるかもしれません」

「約束?」

「ええ」

 にっこりと笑顔になり、クフィッヂは離れて行った。

「なんだよ、今度はどういうことだ?」

「あたしに聞かれてもなぁ」

 ロミィは布団の上にゴロリと横たわって、思い切り伸びをした。

 ジュロとリリグの隣だが、完全にそこだけで敷居を作っていた。

 ディクショと同じ空間になるのを拒絶している風だ。

「あー、なんか寂しいねぇ」

「おっさんが何言ってるのさ。さっさと自分ところの作ったら?」

 気だるそうな小さい声だった。

 ディクショはスキットルにもう一度口をつけ、あたりを見渡す。

 彼らに注意を向けてくる者はいない。

「まぁ、一休みするか」

 敷居で囲みもせずに、床に布団のマットを広げると、枕だけ持ってきてそのまま横になった。刀は脇に置いておく。鞘には鎖が腰のベルトに繋げてある。

 日の出までまだ一時間近くある。

 何が起こるのか知らないが、ひと眠りすることにする。




 時間十分前に、ディクショは目を覚ました。

 上体を起こすと、ロミィらはすでに起きていたようだった。

 もちろん、ホールにいる人々もだ。

「なんだよ、結局興味あったんじゃねぇかよ?」

「ここはまだ完全に安心できるところじゃないからね」

 ふふんと鼻を鳴らし、ロミィはどこか得意げだった。

 ホールの個人スペースを作っていた段ボールの敷居は、すべて取り払われていた。

 人々は、期待に目を輝かせる者、必死に祈る者、不安でしょうがないといった者などさまざまだ。

 そこに、クフィッヂが高い足音をたててホールの一番奥までくると、止まった。

「・・・・・・それではみなさん、我らが天使が降臨なさいます。みなさんは、審判を受けるでしょう。しかし、それもまた救いのひとつなのです。早いか遅いか、ただそれだけのちがいしかありません。ご安心を」

 ロミィもディクショも、彼が何を言っているのかわからなかった。

 次の瞬間、ロミィは見たのだ。

 ホールの天井から降りてくる、長髪で幾つもの羽根を持った、女性の姿を。

 まさか、天使!?

 しかも、見えたというのは、正確ではない。同時に電脳の内部に侵入してきた映像だからだ。

 ヤバい!!

 ロミィはとっさに造れるだけの分厚い防壁を張った。ついでに、ホールの電脳保持者にも同じく壁を造る。  

「すげーな。マジだ、コレ・・・・・・皇帝は神になるわ、アルーマのところは天使呼ぶわ、どうなってるんだよ・・・・・・」

 呑気に口にしたディクショは、振り返ったときに人々の異常に気付いた。

「あいつ、電脳を焼くよ!」

 ロミィの叫びに、ディクショは即、跳んでいた。

 天使の前にではなく、クフィッヂにである。

 抜きざまの一刀が、とっさによけたつもりの彼の左腕を綺麗に斬り飛ばす。

「ぐぁあああぁぁぁぁああぁぁぁ・・・・・・」

 クフィッヂが肘から先がなくなった腕をかばいながら走りだす。

 同時に、見えていた天使の姿が薄れてゆく。

 だが、電脳に侵入した天使の本体は弱まったとはいえ防壁を刻々と防壁を崩して言っていた。

「ジュロ、リリグ!」

 ロミィに呼ばれた二人の精霊は、舞うようにホールの上に浮かびあがり、袖から大量のコードを出して、電脳を持つ人々の身体に物理的なジャックインをした。

 二人は、天使の背後から脱構築構造を打ち込んだ。

 天使が奇声を上げる。

 完全な奇襲だったようだ。

 クフィッヂがいたから力を発揮できたのであろう天使は、有線の硬い干渉に耐えきれなかった。

 鬼のような顔になった天使は、全員の電脳から脱出して姿を消した。

 クフィッヂを追いかけて行ったディクショは、のんびりといった風で戻ってきた。

 顔は悔し気である。

「何が、起こったんだ?」

 ホールに集まった誰かひとりが、つぶやく声が鮮明に聞こえた。

 電脳を持った人々は、皆、疲労で床に転がっていた。

 ジュロとリリグが有線を外し、ロミィのところにもどってくる。

「いまの侵入者、電脳を持った人だけを殺す気だったんだ」

 珍しく、ジュロがしゃべった。

「なんだって・・・・・・?!」

 ホールの旧種ローテツクたちは、信じられないといった風に倒れている仲間たちに目をやった。

「一体、何のために!?」

 彼らは戸惑った。

 ロミィはヒップバックから拳銃を抜いた。

旧種ローテツク全員、奥に集まれ!!」

 いきなりの怒声に、いや何よりも二丁構えられた拳銃をみて、彼らはゆっくりとしたがった。

 倒れていた人々も、ようやく気が付いて、一人また一人と、身体を起こし始めた。

「待って、あなたたち何なの!?」

 皆が見えていた天使のいた場所にかたまった人々の中から、年配の女性が声を上げた。

「クフィッヂ師に酷いことしたり、天使様を追い払ったり、悪魔じゃないの、あなたたち!?」

「そのクフィッヂと天使が、あんたらの仲間を殺そうとしたんだよ」

 ディクショの態度は、呆れているものだった。

「きっと何かお考えがあってのことに決まってるわ! だって天使様よ!?」

 舌打ちしたディクショは、冷たい目を女性に向けただけだった。

 彼女らは、間一髪、ロミィが新種ニユーオーダーの人々を助けたのを知らない。

 いや、理解できない。

「なにかお考えがあれば、人を殺していいってのかい? りっぱなもんだなぁ」

 ディクショはせせら笑う。

「・・・・・・私は、いえ、私たちはクフィッヂ師と天使様を信じます」

 女性はそれ以上聞き耳を持たないとでも言いたげに宣言した。

 起き上がり、事態に戸惑っていた新種ニユーオーダーの人々は、めくらばせをしつつ、ゆっくりと後ろに退いていた。

「とにかく、我々はここから出てゆく。動かないでよ? この子らが見てるからね」

 彼らから少し離れたところには、ジュロとリリグが獲物を見る目で床から少し上に浮いていた。

 ロミィは新種ニユーオーダーの人々を連れて、ホールを出た。

「さて、どうするかねぇ」

 ディクショが市民ホールを一瞥する。

「あの・・・・・・今の出来事を、他の仲間たちに知らせたいんですが」

 一緒に出てきた者たちの一人が許可を取るかのように、ロミィに向いた。

「うん、そうしてくれたら、助かるね」

「あとよー、新しい俺たちのねぐらなー」

 ディクショはタバコに火をつける。

「それなら良いところがあります」       

「ああ、じゃあ任す」

 適当なのか鷹揚なのか、ディクショはうなづいた。

 しばらく大所帯で移動して行っていると、ジュロとリリグが戻ってきた。

「おつかれさま」

 ロミィが労わると、二人は満面の笑みを浮かべた。

「朝だけど、今日も暑いな」

 ディクショは鬱陶しそうに太陽をみあげて、スキットルの蓋をあけた。

 ふと見ると、大地からの熱気のせいか、ロミィの姿が一瞬、薄くなっていた。

「どした?」

 振り返ったロミィはすでに元の姿に戻っていて、ディクショに不思議そうな顔をする。

「いや、別に」

 見間違いか。 

 ディクショはスキットルに口をつけた。




 キキミリは朝からゲームに忙しかったが、やけにイマジロタが静かなのが気になった。

 市長室は広いので、彼用の机がある。

 ほぼ、キキミリの仕事を処理するためにあるが、同時に自分の仕事もこなす。

 たまにこの男は化け物かと思うほどの仕事量だ。

 それでも黙々と作業をこなす。

 特にその日は仕事に没頭して、いつも出るキキミリへの皮肉もまったくない。

「・・・・・・あー、暇だ。暇だなぁ」

 キキミリがわざと声を大きくするが、反応もなかった。

 しかたないので、席からはなれてスリッパの足音を立てると、彼の机の脇に来る。

「今日も頑張ってるねぇ。いやぁ、助かるわー」        

呑気で無責任な上司といった風そのままだが、普段の態度と変わりない。ただ、ちょっとそばに来て言葉にしただけである。

 ようやくにして、イマジロタは気難し気な息を吐いて、唸った。

 あらゆるニュースの中で、ちょうどコーミル・コミュニティの件を調べようとしたところだった。

「キキミリ、これどう思います?」

 空中に浮かぶ文字列の一部を、彼女の目の前に移動させる。

 そこには、パニソーの署名で、グリスカ・データが信憑性に欠け、現在保持しているロミィという少女は詐欺師だと主張していた。

「ロミィ? あー、バージーとグリスカを暗殺した奴か」

「ええ。まぁ、おかげで中央からの圧が掛からなくなって助かったのですが。今、パニソーのコーミルは後ろ盾をソカルやリロドレ教会に奪われて、弱体化しているんですよね」

「おまえの諜報網は復活したみたいだな」

「ボケたくはありませんでしたしね」

「で、パニソーの言ってることはどれぐらい本当なんだ?」

「そこまではさすがに。ただ、中央からわざわざ聖化の手段を持ってきた割に、グリスカ暗殺について中央は無言です。また同じデータを持ってこさせようともしません」

「確かに、そこは変だと思っていた」

「どっちにしろ、今の弱体化したコーミル・コミュニティを潰すか救うかの判断が必要です、キキミリ」

 キキミリは少し考えた風になった。

「今まで、反帝国派が二分しているから、御しやすかったんだよねぇ。もうちょっと、様子みない?」

「そういうことでしたら、かまいませんが。ただ、イクルミを抑える必要があります」

「ああ、ルイムに命令しておくよ」

 ほぼ、阿吽の呼吸で話を終える。

 時間稼ぎの間、イクルミには新しい任務を与えておけばいいのだ。




 今日も天気は良い。

 有志たちに射撃を教える朝が終わる。

 ひざしに腕を掲げてみると、薄ぼんやりぼんやりとしていた。

 ロミィは独り、苦笑いする。

 二人が連れていかれたのは、エクゥル市の郊外にある安いくて古いホテルだった。

「以前まで我々が時折、身を隠すのに利用していた場所です」

 新種ニユーオーダーの元リロドレ信者がいう。

 今はロミィらを連れてきた者たちだけではない。各、リロドレ教会から逃れてきた者たちは意外に多く、ホテルとその周辺は一気ににぎわっていた。

 質素な昼食を食べて部屋に戻ると、ディクショが訪ねてきた。

 まるで自分の部屋のように堂々と椅子に座って、タバコに火をつける。

「まったく、面倒だよ。ここに来る奴のウチ、何人かは必ず、おまえに伝えてくれって炭で来るんだよ。リロドレの教会で殺された人の仇を取るように言ってくれってさ」

「気持ちはわからなくもないけどねぇ」

「バージー、グリスカ、次はアルーマと行ってみるかい?」

 ロミィは適当に軽く首を傾げた。

「暗殺はもうこりごりだねぇ。何も変わらないどころか、事態をさらに混乱させるだけだって、よくわかったし」

「おやおや、慧眼だなぁ。でも、そう思ってない奴らもいるらしいがけどな」

「へぇ、どういうこと?」

「ここに流入してきてるやつらが、リロドレの連中だけじゃないってことさ」

「なるほどね。で、先生、どこの人たちですか?」

「イクルミだ」

「・・・・・・うちら相手にするよりも、やることあるだろうに」

「そこなんだよなぁ。裏に何かあるぜ?」

「まぁ、裏に何があろうが、今、うちらは狙われていると」

「そういうこった。それと、代表団を自称する連中がおまえに会いたがってる」

「代表団?」

 ディクショはうなづいた。

「いつの間にそんなもんができたんだ?」

「しらね」

「あー、まぁ会ってみるか」

「会うのか。無視してもいいとおもうがねぇ」

「いやぁ、ダメだね」

 ロミィははっきりと断言した。

 午後に、代表団を自称する三人の男女が、ロミィの部屋に現れた。

 一様に、感情を表に出さないで、席を進めても拒否して立ったままだ。

 ロミィは椅子に、ディクショはソファに腰かけている。

「で、話というのはなんです?」

 ロミィが三人を促した。

 年配のリーダー格らしい男が口を開く。

「申し上げたいのは、三つのことです。まず、昨日の夜、我々はこのホテル周辺に潜む五人を始末しました」

 淡々とした口調である。

 ロミィもディクショも、眉ひとつ動かさないで話を聞いている。

「彼らはイクルミからの潜入者でした。まだ、いるでしょう。彼らに対して、我々は容赦する気はありません」

「で、次は?」

「・・・・・・リロドル教会です。あそこでは、我々の仲間が一斉に殺されました。あなたがたは、立ち会った区域で仲間を助けてくれたとか。我々は復讐したい。黙って、今まで通りに陰に潜んで暮らすのはまっぴらなのです」

「それは、ここの人々の総意ですか?」

 男は口だけで軽く笑った。

「もちろん、違います。しかし、同志の数は増えて行っています」

「最後は?」

 三人は表情を引き締める。

 そして半ば詰め寄るような態度で声を出した。

「あなたに、我々のリーダーになってもらいたいのです」

 ディクショが冷やかすように口笛を吹く。誰もが無視したが。

「あたしが・・・・・・? それはつまり、あたしにリロドレへの復讐の指揮をとれということですか?」

 三人はうなづいた。

「イクルミに狙われているというのに?」

「それも含めてです」

 ロミィは不機嫌そうな様子になった。

 実際、憤慨する寸前だった。

 自分は、独りでやってきた。

 必ずしも成功したとは言えないが、誰かを頼るということはしていないつもりだった。

 だというのに、この連中は恥も外聞もなく、自分を頼り、自分の望みをかなえようとしている。

 都合が良すぎるのではないか。  

 だが、彼女は自分が起こした事件がこの国に大乱をもたらせた点を痛感している。

 責任という点では、彼らよりも自分が負うべきではないのだろうか。

「わかりましたよ。その代わり、あたしの命令は絶対ですので」

 代表の三人はうなづいた。














第七章

 集団に浸透してきたイクルミに対し、ロミィは班分けしてリーダーを決めるだけにとどめた。

 様子を見ることなどせずに、次にはもう行動に移っていた。

 リロドレ教団の南部各施設への襲撃である。

 教団の内部は統制を強めているせいで、情報がほとんど漏れてはいない。

 それでも、脱走してくる人々からの話は得られる。

 南部は中小企業などが取り込まれていることが多く、北部の大企業などよりも御しやすい。

「本当にノるとはねぇ」

 ディクショが意味ありげな笑みを浮かべている。

「・・・・・・気になるんだよ、アルーマのところ。天使がいたし。皇帝が聖化して、神になったという話だけど、じゃあどうしてアルーマのところになんか出現したんだってさ」

「ああ、あれか」

 昼間からスキットルの中身を飲みつつ、ディクショは鼻を鳴らす。

「南部はクフィッヂがまだ担当してるそうだな」

「へぇ、そうなのか」

「あいつなんか、おかしくなったらしいよ?」

「知らないよ、そんなこと」

 口では言ったが、気になることのひとつだ。

 クフィッヂのところに天使が降臨したのだ。

 彼に変化があるというなら、どうなっているのか。

 ディクショは、乾いた笑いのような声を出す。

「まぁ、やってみるか。気付いてるか、ロミィ?」

「何に?」

「おまえ、やっと足場ができたんだぜ? それを崩すようなことはするなよ?」

 言われ、ロミィは意外な表情になる。

 そういえば、という感じだった。

 急に暗い気分が襲ってくる。

 バージーを殺した時、帝国を混乱の極みに陥れた。

 そんな自分が表に出るわけにはいかないと思っていたのだ。

「どうしたんだよ、もっと喜んでもいいだろう?」

「あー、いやー、まぁちょっとねー。目立つの慣れてないしなぁ」

 ロミィは苦笑いする。

「おまえ、目立つことしかしてないだろう?」

 ディクショは呆れる。

 ロミィはクフィッヂのいる中央、そして、別動隊二体に、その上下の施設を襲わせることにした。

 ディクショに文句はなかった。

「久々に暴れるとするかぁ」

 陽気に言って、スキットルをあおる。

「どんどんやっちゃってくださいな、旦那」

 ロミィはクスリと笑った。       




 ロミィの襲撃部隊のなかで、ウィセートが部下と潜入している集団は、最も南の教団をあてがわれた。

 まるで奇跡のように、イクルミ集団が集まり、期待した北と南からの挟撃は不可能になる。

「まぁしかたねぇ」

 深夜である。

 独白したウィセートは、集まった要員に身体を向けた。

「全員、俺のいうことを聞いてもらう。ここでは指揮は俺がとる」

 有無を言わせない態度に、半数以下の一般要員たちはしたがった。

 彼らは四台のトラックにわかれて移動する。

 本気でリロドレ教団を潰す気はない。

 ルイムから教団を無力化しろという命令が来ているが、とにかく、ロミィを叩ければよいのだ。

 無力化など、どうとでもなると彼は考えていた。

 ウィセートは南部のリロドル支配地域に入ると、一台に水道局、一台に発電中継所を占拠するよう命じた。あくまで占拠だけで、それ以上は何もするなと厳命してある。

 一方、ほぼイクルミで固めた残りで、教会地区本部に向かった。

 同時に、ロミィ・コミュニティによる、制裁を地域に宣言した。

 そんなコミュニティはまだできていないが。

 教会本部は、どこの地域も同じだが、市民ホールを改造したところにあった。

 ウィセートら、三十人は、平時ゆえに管理警備員を射殺し、そのままホールに籠った。

 続々と、武装したリロドレ信者が集まって来るのがわかった。

「ようし、全員、命令があるまで待機。一発も撃つんじゃねぇぞ。もし撃ったら、おれが殺すからな」

 ウィセートが叫ぶと、無言の返事がくる。。

 明らかにリロルドの戦闘部隊が道の向こうに陣取り始める。

 ウィセートは嗤った。

「天使よ、いるなら我が呼びかけに答えよ・・・・・・」

 改造した脳から発した言葉が、電子の海に響き渡った。

 突然に、薄暗いホールの天井から光が差し込む。

 空気が清々しく澄んだ。

 ウィセートが見上げるのにつられて、部下たちも見た。

 長い髪をなびかせ、白く滑らかなワンピース。はだしの足。微笑みをたたえた女性の容貌はウィセートを見つめ、幾枚もの羽根を広げていた。

「リロドレの諸君、我々は敵ではない。同じ天使を奉じる同志だ」

 ウィセートは、ホールの周りに潜むリロドレ教団の戦闘員に声を上げた。

「我々が殲滅すべき相手は、今、ここから二十五キロ北にある地域を占拠するために動いている。共に行こうではないか、天使の保護の元で!」

 しばらくはあたりは静かだった。

 だが、やがて、武器を下げた人々が、次々と無防備にホールに近づいてきた。

 ウィセートは、天使を背後に会心の笑みを浮かべた。




「おやまぁ。珍しいお客さんだ」

 ヒデリトは珍しく敬語ではない言葉になった。

 彼が車椅子でいつもの水槽の前でワインを飲んでいた時、急に女性が現れたのだ。

ジャケットにタイトパンツをはいた、セミロングの女性だった。

「相変わらずね。何も変わってない」

 パニソーは、蔑んだ目を向けていう。

 勝手に部屋を歩き、自分用にワインを一杯グラスに次ぐと、一口飲んでテーブルに置いた。

「ミーケレは元気?」

「ああその話なら聞いてくれよ、パニソー」

 ヒデリトの雰囲気に、数年ぶりに会ったという時間の隔たりはなかった。

 まるで、つい昨日も話した相手のような感じである。

 パニソーにはそれが不快だった。

「さすがに再生は難しい。ちょっと人の手を借りたんだけど、ミーケレまったく望まない姿になってしまった」

 空虚なまでの口調だった。

「元々、無理があるのよ。死んだ人間を復活させようなんて」

「あとちょっとのところまで来てるんだけどね」

「成功しなきゃ、あとちょっとも、もうちょっともないよ」

 ヒデリトは苦笑した。

「相変わらず手厳しい」

「当たり前でしょう。あんたがこんなことに没頭してないで、もっと反帝国に力をいれているなら、今頃どうなっていたか」

 パニソーは必死に怒りを抑えていた。

「ああ、まだそこを怒ってるのか、パニソー」

 飽き飽きだとでもいいたそうな、ヒデリトだった。

 目を水槽に移し、続ける。

「おれの研究は、間接的に反帝国な行動になっているよ。不本意な結果ね。そっちはそっちで都合がいい連中がいるようだから、共同研究ということで売り渡している」

 ヒデリトはパニソーに視線を戻した。

 彼女が思ったよりも、しっかりした雰囲気になっていた。

「君のコミュニティはボロボロになったようだね、パニソー」

 だからここに来たんだろう、とヒデリトは付け加えた。

 パニソーは口を閉じる。

 見透かされて当然なのだが、こうして口に出されると、燃えるように口惜しさが湧く。

 コーミル・コミュニティは、一応、パニソーの命令を聞くことは聞くが、人心が離れて行ってしまっている。

 原因は、ロミィに関わったゆえだ。

 ロミィを利用しようとしたパニソーの目論見は見事に失敗し、逆にコミュニティ崩壊の危機に陥っているのだ。

「まぁ、うちも利用されている。ままらないものだね、世の中」

 クスクスと笑いつつ、ワインに口をつける。

 自嘲癖も昔のままだ。

「手を結ばないか、ヒデリト?」

 パニソーは変に飾らず、簡潔に提案した。

 ヒデリトは水槽を見る。

「君に従う気はないけども、それでいいなら問題はない」

「あたしも、あんたの指揮下には入りたくない」

「つまり、協力ってことだね。連合ほどではないけども、共同の作戦などをする」

「それぐらいが丁度いい」

「文句はないよ。あと、今ロミィたちとリロルドの連中が争ってるけど、介入しないでね」

「どうしたの?」

「ミーケレがさ。リロルドのところに行っちゃったんだ。天使の恰好でね」

 微笑みをうかべているが、口調は乾いていた。




 リロドレ支配地中央にロミィらが入った途端、一台目のトラックが対戦車ミサイルを喰らい、爆発、炎上した。

 乗員たちは寸前に気付いて退避し、後続車も地面に降りて、遮蔽物に隠れる。

 ロミィは、両手に拳銃を握りながら、塀の影に隠れていた。

 ディクショも隣にいる。

「いきなりかよ。早くね?」

 彼はつい口にだしてた。

「情報が漏れてたんだろうね。多分、イクルミ隊員からだろうけども」

 ロミィは冷静だった。

 頭の中に周辺地図を浮かべ、メンバーと襲撃者の位置を一瞬で把握する。

「遠慮なく撃て」

 メンバー全員が電脳を持っているので、ロミィの思考命令は即座に伝わった。

 同時に、相手の場所も確認する。

 ロミィらは、恐ろしく正確にリロドレ信者と思われる相手に弾丸を放っていた。

 最初の襲撃部隊をあっという間に駆逐すると、彼らは徒歩で目的地の市民用多目的ホールに近づくように伝える。

 前進の命令に、ディクショは呆れた。

「退路がないぞ、逃げ道が」

「相手を潰せばいいだけじゃん」

 ロミィが苦し気に主張する。

 察したディクショは鼻を鳴らし、黙ってついていった。

 彼らはすぐに次の迎撃隊を補足する。

 脇道を使った、三方からの包囲を意図した移動を察知する。

 相手には電脳がないというのが、ロミィたちにとっての絶対的な強味だった。

 リロドレの電脳追放の理由はわからないが、電脳を敵にして、旧種ローテツクが勝てるわけがない。

 ジュロとリリグも上機嫌に空を舞っている。

 いきなり、頭がしびれるような一撃が、ディクショを除いたロミィたちを襲った。

「いやぁ、意外と早い再会でしたねぇ」

 足音を立てて、黒い服を着た長身の男が、彼女らの目の前に現れる。

 袖で腕はみえないが、手は完全に合金にようる義手だ。

 酷く暗い表情を嬉しそうに歪めたクフィッヂだった。

 ロミィは鼻を鳴らした。

「別にあんたなんかに興味はない。まぁ出てきたなら出てきたで、死んでもらわないとこまるけどね」

 クフィッヂから一気に殺気が噴き出した。

「面白い。面白いですねぇ。わたしも、あなた方には死んでもらわないとと思ってましたよ」

「思うのは勝手だけど、そんな我儘が通じる世の中じゃないよ?」

「だまれクソガキ!!」

 怒りの形相で、クフィッヂは怒鳴った。

「全員、ここから出て。あとはあたしに任せてくれればいい」

 ロミィはメンバーに振り向きもせずに言った。

 困惑する彼らをディクショが押すように、ホールから出していき、戻ってくる。

 高い天井の上空にはジュロとリリグが舞っていた。

 クフィッヂの背後から包むように、髪の長い女性が現れる。

 彼は左腕を突き出すと、有線の鎖が幾本も膨らむように、二人に向かって広がった、

 ジュロとリリグが、それぞれ自分の有線を伸ばし、それに絡ませる。

 ディクショも跳びだし、彼の左側までくる。鞘から抜いた刀を一閃させる。

 ギリギリのところで彼の振りをよけたクフィッヂは、右手の拳銃を向ける。

 ディクショは彼の視界の死角に入っていた。。

 身体をねじったクフィッヂは無理やりその頭に拳銃が突きつける。

 引き金が絞られる寸前、ディクショは身を反らす。

 銃声が響き、ホールの床を弾丸が砕く。

 軽くロミィの電脳に接触があり、反射的に全力で防壁を造った。

 と、いきなりロミィのそばにジュロとリリグが、どさりと床に落ちてきた。

 二人とも驚きの顔をしたまま、口からよだれを垂らして、ピクリともしない。

 ロミィの電脳に囮を送り、その隙に天使が二人を攻撃したのだ。

 天から光が差し込んだ。

 それは、まるで槍のように、ロミィに集中する。

 光はすべてから彼女の電脳に侵入を始める。

 あらゆる方向のあらゆる種類での攻撃に、ロミィは対応で手一杯になった。

 防壁が間に合わなかった個所から神経系を狙われ、破壊寸前になる。

 ディクショがクフィッヂの肩を足で蹴り、天使に迫った。

 横薙ぎの一刀は、髪を少し切断しただけでよけられ、着地と同時の袈裟斬りもかわされる。

 ディクショは続けざまに刀を振りつづけ、天使をどんどん圧迫して後退させていった。

 一瞬だけ、ロミィに対する電脳攻撃が鈍る。

 だが、ディクショの背に向かって、クフィッヂが拳銃を数発放った。

 ディクショは、左肩口に弾丸を受けて、前のめりになる。

 天使がディクショを幾枚もの翼で包んだ。

 羽根が硬質化して、全身に突き刺さる。

 白い翼は、血を吸い取るようにして赤く染まっていった。

 同時にロミィへの攻撃も鋭さが増した。

 とてもロミィの処理速度では対応できないほどの、データが侵入してくる。

 必死に防壁展開と迂回攻撃を図るが、とても手が回らない。

 圧倒的な侵入にロミィは舌打ちしたがどうにもならない。

 神経系をやられるまで、時間の問題だった。

「これで、腕の仇が討てるってものですね」

 クフィッヂがゆっくりとロミィに近づいてくる。

 拳銃で顔面を狙いつつ、暗い笑みを張り付かせて。

 その時、ロミィの電脳に通信とデータが送られてきた。

『ミーケレを自壊させるウィルスだ。使え』

 送り主はすぐに分かった。

 それよりも、ロミィはすぐに接触できる侵入中の天使の電子に、ウィルスをぶち込む。

 悲鳴が上がった。

 天使は翼を大きく広げてディクショをかなぐり捨てると、天井を見上げて、ゆっくり浮上していった。

 クフィッヂもなにごとかと、注目する。

 天使の体に、いたるところからひびが走り、小さな皮膚の破片が雨のように彼女から床に落ちてゆく。

「なんですか、どういうことです!?」

 クフィッヂは訳が分からずに声を上げた。

 ロミィに侵入していた電子はすべて消えていた。

 彼女はとっさに拳銃を両手に構えると、クフィッヂを狙って撃ちまくった。  

 全弾喰らったクフィッヂは、身体を舞わせるようにして、床に崩れ落ちた。

 天使も破片の山を作り、姿を崩壊させている。

「ディクショ!?」

 ロミィは叫んで、傍にまで駆け寄った。    

「あー・・・・・・クッソ」

 彼は何とか上体を起こして、細かく震える手で山高帽を拾い頭にかぶった。

 コートはずたずたに裂けていて、黒い滲みが滲んでいる。

「動ける?」

「当たり前だ。これぐらい何でもない」

 いうものの、動く気配がない。

 ロミィは有線をヒップバックから引き出してきて、ディクショの腕に刺した。

 とたん、ディンクショは何かに目覚めたかのように、身体が軽くなり、気分が高揚した。

「何打った?」

 思わず、聞く。

「活性化電子」

 一瞬、呆れかけたが、すぐに考えを変える。

「まぁ何でもいい。外の連中を中に入れて、北の部隊が任務を終了したなら、ここに合流させよう」

 ロミィはうなづいた。

 北に行った部隊の合流は最初から決めていた。

 ジュロとリリグはいつの間にか空中を舞っていた。

 気絶していただけのようだ。

 メンバーたちをホールに迎えて、ロミィは一息ついた。

「クフィッヂは殺ったぜ?」

 ディクショは自慢げに、彼らに言った。




 ウィセートはスパイの報告を改造した電脳で受けていた。

 ロミィは中部を制圧し、最北の部隊を招集したようだ。

 アルーマに連絡をつけて、彼らを挟撃しようと提案する。

 彼は乗ってきた。

 終わるとルイムに現状を報告する。

 空になったロミィとルイムの本拠に、イクルミによる襲撃占拠を提案した。

「欲張りなことだ」

 ルイムは苦笑したが、承諾する。 

 これであとの主な標的は、ソカル・コミュニティだけと言っていい。

 コーミル・コミュニティは弱体化し、事実上崩壊しているのだ。

 ウィセートはトラックの中で会心の笑みを浮かべた。

 もうすぐ、全てが終わる。

 そうなれば、現市長のキキミリもその脇にいる正体不明のイマジロタも用済みである。

 イクルミの天下が来るのだ。





第八章

「ほう、これがウェット・ブレインか」

 突然、ソカルの本部に現れたのは、龍の仮面をかぶった男だった。

 丁度、いつものようにヒデリトが己の血をワイングラスに一滴、垂らした時だった。

「いまさら、あなたが来る理由がわからないですね」

 ワイングラスを光に掲げつつ、ヒデリトはその水面を見つめる。

「我々の主張を知らないわけではないだろう?」  

「まさかトップのあなたまで信じての行動じゃないでしょうね?」

「だとしたらどうなんだ?」

「相当な低能ですね」

 アルーマは大声で笑った。

「残念だったな。俺はその低能なんだよ」

「それは困りますねぇ。会話が成立するのなら良いのですが」

「がんばれや、インテリさん」

「そんな義務、ありませんよ」 

グラスの水面から、ゆっくりと透明な蝶の翼が生えはじめる。

 ヒデリトがそっと息を吹きかけると、蝶は羽ばたき、水槽の前にある薄暗い空間を舞いだした。

 彼らの頭上高くまで来たとき、銃声がして、蝶は破裂した。

 アルーマが片手に拳銃を持ち、蝶がいたところを眺めた。

「効くんだな、銃弾」

 つまらなそうな声である。

「そりゃ、蝶だって生きてますからねぇ」

 ヒデリトのほうは、相変わらず醒めたままだ。

 いや、夢うつつか。

 アルーマの観るヒデリトは、正体がつかめない曖昧な雰囲気を持っていた。

「何事だ!」

 突然、拳銃を持ったパニソーが入口に現れた。

「・・・・・・アルーマ」

 彼女は、すぐに彼に狙いをつける。 

「まぁ、待てよ。今日は話をしに来たんだ。物騒なもんはしまってくれ」

 アルーマは椅子を見つけると、適当な場所まで持ってきて腰を下ろした。

 パニソーは、警戒しつつ、ヒデリトとの間に立った。

「話ね。ミーケレを引き入れただけじゃ、不満なの?」

「ああ、あの天使か。やはり、おまえらのところのか」

 ヒデリトはうなづく。

「どうして、ウチにきたんだ、アレ? 俺はもっと巨大なものを信じている。そいつからの使者を待ってるんだが」

「あたしが送ったのよ」

 パニソーは皮肉げな笑みを浮かべた。

「ここにしかいない、ミーケレなんていらないからね」

「やっぱり、あなただったのですね」

 ヒデリトは無表情でパニソーに目をやった。

 だからどうかしたかという、パニソーの態度である。

「おっと、痴話げんかはやめてもらおうか」

 察したアルーマが、嗤いながら釘をさす。

「まぁ、ミーケレを送り込んだのは良いとして、あなたの元に居続けるというのには、理由があるんでしょうね」

 ヒデリトはあくまで冷静だ。

「正直、本人に確かめてみないと、理由がわかりませんね」   

「おまえらのお情けじゃなくて安心したよ」

「で、何の用できたんだよ、おまえ」

 パニソーは敵意丸出しだった。

「いよいよ、イリィマとの約束を果たす時期に来てな。ひとつ働いてもらおうと思ったんだよ」

 ヒデリトはワイングラスを脇のテーブルに置いた。

「そちらの準備ができたってことですね」

「そういうことだ」

「あんたら、なに企んでるの? 電脳信者の大量殺戮は聞いてるぞ?」

 パニソーは明らかに不信そうな態度だ。

 アルーマは、軽く首を傾げる。

「魂と電脳は相成れない存在なんだよ」

「魂?」

 パニソーには初めて聞く話だ。

「パニソー、僕はイリィマたちと組んで、魂を造ろうとしているんだよ」

 ヒデリトが説明する。

「魂、ねぇ」

 怪しげだと言わんばかりの口調だ。

「皇帝は、電脳の純化で電子の海を泳いでいる。だが、魂のゆく世界は、そことは違う。別の空間だ」

「つまりは?」

 龍の仮面の裏で、アルーマがニヤけているのが、不思議とわかる。

「つまり? つまりはなぁ、皇帝や純化した貴族どもを孤立させるんだよ。そして文字通りに世界から追放する」

「・・・・・・へぇ」

 パニソーには実感が無いようだった。

「とにかく、こちらは作業をはじめましょう。できた魂は、リロドレ教会に送ります」

「そうしてもらうと嬉しいね」




 教会本部に戻ると、予想もしてなかった場面に遭遇した。

 ホールに山と死体が積まれていたのだ。

 文字通りに。

 老若男女問わないその光景に、アルーマの身体は一瞬硬直した。

「・・・・・・どういうことだ?」

 小さい声は地の底から響くかのように低い。

 ロミィらは撤収したはずだ。

 一体、どこのどいつどもが。

「生きてる者は!?」

 アルーマは叫んだ。

 だが、反応がない。

 ざっと、五十人は超えているだろう。

「このままにしておきなさい。救いはあります」

 急に背後から声がした。

 ミーケレという天使だった。

「・・・・・・こいつらを、このままにしとけだと!?」

 激高寸前のアルーマに、天使はうなづいた。

 有無を言わせない、力強いものだった。  

 アルーマはしばらく沈黙して悔し気に舌打ちすると、乱暴な足取りで奥の部屋に向かった。




 執務室にもどったアルーマは仮面をとって投げ捨て、椅子に座った。

 天使の名前はミーケレというらしい。

 今も彼のそばに少女はたたずんでいた。

 アルーマはビール缶を取ってきて、プルをあけると、一口喉を鳴らして飲む。

「で、おまえはどうして俺のところにいるんだ?」

 唐突に、ミーケレに聞いてみた。

 今までは当然と思っていた。

 なぜなら、自分は選ばれたのだ。

 その点に疑問すら覚えていなかった。

「・・・・・・主よりのご命令です」

 やがて、高い声をミーケレが発した。

「主? 皇帝か?」

 ミーケレは首を振った。

「・・・・・・なら、やはりいるのか、大神は?」

 語尾が軽く震えた。

「いままで電脳を使った人々から忘れられていた、太古の存在です。神は常に一柱で、今も一柱です」

「何故、俺は選ばれた?」

「気付いてませんでしたが?」

 ミーケレに言われたとたん、正体不明の恐怖に襲われた。

 脂汗が吹き出て、一気に心臓が爆発するかのように激しく鳴る。    

「あのマンションで住民が消えて行ったとあなたは思ってますよね?」

「・・・・・・あ、ああ」

「それは勘違いです。本当に消えたのは、あなたのほうです」

 驚きにめまいがしてきた。

 どうして自分が?

 その疑問は口にだせなかった。

 上手く舌が回らないのだ。

「つまりは・・・・・・死んだ?」

 ミーケレはうなづいた。

「たまたま何億分下の一で、あなたは魂を持てた。理由はそれです」

 ミーケレは、椅子に座る身体から力が抜けていくのを感じた。

 同時に、理由がわからないが笑えて来る。        

 なんという人生だろうか。

 みじめにも程がある。

 だんだんと、笑いは怒りに変わっていった。

 この世の中はくそだ!

 そう思えば思うほどに、神の世界への憧れが増した。

「・・・・・・ヒデリトよ、早くしてくれよなぁ」

 暗い目で、彼は独りつぶやいた。

 それはそれとしてだ。

 アルーマは頭を切り替えた。

 意外と簡単だった。

「それはそれとしてだ。ホールでのことはどういうことだ?」

「犯人はイクルミです」

「奴らか・・・・・・」

 静かに考えたアルーマは、今度の事件を全てロミィの仕業とすることにした。

 イクルミの情報は伏せておくのだ。

 龍の仮面を拾うと、かぶり直す。

 アルーマは、それだけにとどまらなかった。

 暗号化されていない公共通信機を使って、イクルミの本部に連絡を入れる。

『この回線はまずいんだけどね?』

 ルイムが苦い顔をして出た。

「ロミィが我々を狙って虐殺を働いている。どうにかしてくれないだろうか? 本部には死体の山がある」

 構わずに、アルーマはいきなり要件を切り出した。

 ルイムはしばらく、無言だった。

『わかった。考えておこう。我々はエクゥル市の治安を守るのが仕事だからね』

 こんなところで良いか。

 アルーマはうなづいた。

「協力してくれることを感謝する」

 返事が来る前に通信を切った。




 本部に使っているアパートがある地区にロミィたちが戻ると、派手に燃える一帯が目に入った。

「これは・・・・・・」

 ロミィは絶句する。

 逃げ惑う者に消火活動に必死な者と、あたりは騒然として混乱に満ちていた。

「ダメだな、一時、撤収場所を決めて、余計なやつを集めたほうがいい。うちらの場所の確保もだ」

 ディクショが提案した。

 ロミィはうなづいて、さっそく手配させる。

 トラックの襲撃部隊を、逃げまどって混乱する住人の誘導に狩りだす。

 同時に何があったかの話も聞き出してまとめさせる。

 どうやら、イクルミが襲ってきたらしい。

 挙句に火までつけて。

 とはいえ、さすが彼らである。火は適切で計画的につけられて、地区を業火の元に叩きこんでいた。

 聞いたディクショは舌打ちする。

 避難所の建物をいくつか用意し、住民たちを誘導させる。

 ロミィら指導層が一時使う場所は、まだ燃えていない、一般民家だった。

 彼女がやってくると、まだ小さい男の子は逃げるように階段を駆け上っていった。

 母親は嫌悪を隠しもしないで事務的に挨拶すると、奥の部屋に引っ込み二度と顔を見せない。

「まったく。迷惑な話だ! よりによってあんたみたいなのが来るとはな!」

 父親は、はっきりとロミィに言葉を出して妻と同じ部屋に籠った。   

 ロミィはぽつりと独り、立ったまま軽くうなだれる。

「・・・・・・どうした? 早く入れよ。問題は山積みだぞ」

 ディクショが先にリビングに行って声をかけてくる。

「・・・・・・うん」  

普通にリビングのソファに腰かけたロミィに、ディクショは片頬だけ釣り上げた。

「どーしたよ。これから忙しんだぜ?」

「わかってる」

 見透かされたのが悔しくて、ぶらっきぼうな返事になった。

「酒くれ」

 言ったロミィにディクショはスキットルを投げてよこす。

 中の液体は苦く、喉を焼き、ロミィはせき込んだ。

「まずい」

 ディクショは軽く笑った。」

 その時、家に数人の男たちが現れて、ロミィに向かった。

「ロミィさまにお話があってきました」

 ロミィはディンクショに一瞬目をやるが、知らん顔をしている。

「なんだろう?」

「こんな時でふさわしくない時期かもしれませんが、我らロミィ・コミュニティは、ロミィ様にエクゥル市の護民官になっていただくよう、要請します」

 ロミィの目が丸くなった。

 突然の話過ぎた。

 護民官といえば民衆の代表で、市長にもモノ申せる力を持っている。

 自分はバージーを殺したのだ。

 帝国の混乱はそこから始まった。

 一時の正義感もあっただろう。だが、感情にあったのは、家族を殺された当てつけのようなものだ。

 おかげで国は乱れ、何人もの人間が死んだ。

 なのに今更、自分が護民官?

 ロミィは呆れて、ものも言えなかった。

 彼女の様子をみて、男たちの代表は優しく微笑んで口を開いた。

「あなたこそがふさわしいのですよ。あなたが我々を皇帝から救い出してくれたのですから」

「・・・・・・そんな」

「皆、感謝しています。あなたのおかげだと。あなたがいなければ、我々はとっくに皇帝に呑み込まれていたでしょう。それを救ったのは、あなたなのです。どうか、護民官の位に就いてください」

「救われた・・・・・・?」

「はい」

 満面の笑みで男はうなづいた。

 ロミィは涙を流すところだった。

「一杯飲めよ?」

 ディクショが背後から声を投げる。

 ロミィは震える小さな手で、スキットルの中身を一口呑み込んだ。

 熱い息を吐く。

「・・・・・・わかりました」

 答えたロミィよりも、男たちのほうが喜んでいた。




 消火活動には一日中かかった。

 ロミィらが本拠とした場所は、文字通りに廃塵と化していた。

 それでも彼女の護民官就任の報に、人々は沸き立った。

 人々はここにだけ住んでいるわけではない。

 本拠とされていなかった地域に全員が移り、ロミィ・コミュニティは機能した。

 護民官就任には、コーサル・コミュニティ、ソカル・コミュニティ、リロドレ教団、そしてルネスカ社に、市長のキキミリから祝電が届いた。

 皆、通り一辺倒の祝福の文章で、あくまで表面上だとでも言わんばかりなモノばかりだった。

『これを機に、グリスカ・データを公開しませんか?』

 ルネスカ社からのものには、はっきりとそう書かれていた。

 「で、いい加減どうにかしたいね、グリスカ・データ」

 ディクショは民家のリビングでペーパーヴィジョンのつまらないニュースを眺めていた。

「どうにかって、これがあるからあたしたちが優位になれるんじゃないか」

 ロミィはソファにうつ伏せになって雑誌を読んでいた。

「だれが放棄を宣言しろって言ったよ? おまえのそれ、グリスカ・データの影響だろう?」

 ディクショが、薄くなったロミィの右足指を顎で示した。

 ロミィは一瞬、隠そうとしたが、やめた。    

 逆に右足を左右に振って見せる。

「あー、これねぇ」

 どうでもよさそうな態度だ。

「本物だったのか、データは?」

「・・・・・・偽物だった。というか、聖化する技術としてのものじゃなかった」

「じゃあ、何だったんだ」

 ロミィが悪い笑みを浮かべる。

「人間のデリート・システムだよ、これ」

「・・・・・・呆れたな」

 さすがにディクショは二の句が継げずに黙った。

「皇帝は、本当に一人になりたかったんだろうね。境界線もない電子の海に身を投げこんだんだし。みんなは聖化とかいって神になったと言ってるけども」

「家臣や貴族共も一緒だぞ?」

「全員じゃないじゃん」

「そして、余計なやつらは、グリスカ・データで皆ごろしか」

「そうだね。これは一種の自殺だよ。まぁ宗教的になんていうかはわからないけど、はたからみたら、そう見える」

「絶対権力を持つ奴がねぇ」

 ディクショは意味ありげにロミィに横目をやる。

「部下一人殺して、ここまで皇帝を追い詰めるとか、おまえ天才じゃん?」

「もう、その話はやめようよ?」

 ロミィは苦笑いしていた。




 ウィセートは報を受けて、机についたまま黙り込んだ。    

 やがて、ゆっくりと口を開く。

「相手は?」

 隊員は、彼が静かにはなっている怒気に怯え、つい生唾を飲んだ。

「・・・・・・逃しました。いえ、我々がことごとくやられ、逃亡を図りました。相手は、龍です。巨大な・・・・・・」

「龍、だと?」

「はい」

 アルーマが飼っている奴か。 

「で、おまえは逃げてきたわけか?」

「その・・・・・・ルイム隊長から撤収の命令がでましたので・・・・・・」

「我々に撤収などという、敵前からの逃亡する言葉はない!!」

 ウィセートは爆発したかのように怒鳴った。

 隊員は肩を震わせてる。

 アルーマの教団本部を襲った時、イクルミ隊長のルイムが戦死したのだ。

 ウィセートの怒りは何よりも深い。

「ルイムにしたがって撤収してきた連中を中庭に集めろ」

 ウィセートは打って変わって静かな声を出す。

「はっ!!」

 隊員は逃げるかのように副隊長室から出て行った。

 ウィセートの心情は複雑だった。

 隊規にあろうがなかろうが、彼自身も敵前撤収などいくらでもしている。

 だが、今回はルイムが死んでいるのだ。

 ウィセートはルイムとは必ずしも、個人的に仲が良かったわけではない。

 彼は職務上の責任感を感じていたのだ。

 イクルミ副隊長としての矜持が酷く傷つけられていた。

 彼女が死んでイクルミの実権を手にでいるという考えも頭の片隅にちらりと見える。

 だが、それらは怒りでひとつにまとめ抑えられていた。

 彼はロミィ本部襲撃部隊と、リロドレ領下部を襲った隊員たちに全員再び武装させた。

 中庭に集まった部隊の前方に、彼らを配置する。

 ウィセートは、全員が集まって隊形を整える頃合いを見計らって、中庭に出た。

 両部隊の開いた空間に彼はゆっくりと横切るように歩く。

 顔はルイム直属部隊に向けられていた。

「・・・・・・貴様らはルイム直属の部隊でありながら、見事散った隊長を見捨て良き恥を晒している者たちである!!」

 彼の第一声は強烈なものだった。

「隊規には敵前逃亡は死刑となっている。しかも貴様らは主を見捨てた。これは裏切りの項にも価するといって良い!!」

 裏切りとまで言われた直属の部隊員は、必死にそれはないとそれぞれに抗弁した。

「黙れ、敗残者!! ここに集めたのは貴様らの名誉のためである!」

 ウィセートの怒号に、彼らは思わず口を閉じる。

 彼らに向かって立ち止まると、一人一人を見渡した。

 睨むように。

「イクルミとして最後の命令を隊長に変わり、貴様らに下す。死ね!!」

 彼の背後の部隊が一斉に銃を構える。

「ふざけるなぁ!!」

 ルイムの部下の一人が叫んだ。

 だが、彼は額を撃ち抜かれて倒れる。

 彼らは武器を持たされていない。

 そこからは数分間の地獄絵図だった。

 一方的な虐殺が銃声の怒涛とともに行われた。

 中庭に、百人近い隊員たちの死体が折り重なった。

 ウィセートは部下に死体の処理を命じた。

 彼らはきちんとイクルミ隊員として葬られた。

 最後まで微動だにせずにせず見届けたウィセートは、ゆっくりと隊長室に入った。

「これから私、ウィセートが市長の承認が降りるまで臨時にイクルミを指揮する」

 本部内にマイクで通達を送り、彼は革の椅子に身を沈めた。

 椅子の座り心地は思ったよりもはるかによかった。









第九章

 リロドレ教団の一室に祈祷所という場所がある。

 一般はもとより、幹部も出入り禁止で、アルーマのみの専用部屋である。

 ランプがひとつあるだけで、あとは何もない、空間である。

 火を灯し仮面を首に垂らしたアルーマは中央に立った。

「主よ・・・・・・お呼びですか?」   

 呼びかけに天井から光が幾条も差し込む。

 翼をもった五人の少女が、ゆっくりと降りてきて、素足が床に触れるかどうかのところで止まる。

「言ったとおり、電脳者を全て排除したみたいですね」

 アルーマはうなづく。

 天使はつづけた。

「主があなたの勢力を全て電脳ネットで覆いました。彼はその分、自由になるでしょう」

「この程度の広さで満足ですか?」

 天使は首を振った。

「もっと広く、広大な領域を」

「わかりました」

「あと、ヒデリトとあったようですが、ここに呼んでください」

「なんのご用向きで?」

「それは知らなくてよいことです」

「はい」

 アルーマは素直に返事をした。

「では行きなさい」

 アルーマはランプの炎を吹き消すと、部屋からでた。

 一人の天使は微笑んでいたが、残りの天使たちは彼がいなくなったとたん、醜悪な顔つきをして、半ば腐食した身体と翼をもつ姿になった。

 彼女らは声に出さずにいやらしく嗤っていた。




 イリィマが訪問してくる予定になっている。

 アルーマは普通の民族衣装を着て、広い執務室で彼を待った。

 予定の時刻十分前に受付案内から連絡が入る。

 彼をを自室に案内させるように言うと、タバコを咥え煙を吐いた。

「人間、変われば変わるものですね、カーロヴさん」

 挨拶もなく、スーツ姿でカバンを手に持ったイリィマは部屋に入ると、感想じみたことを述べた。

「ああ、変わり果てたよ」

 アルーマは自嘲して、タバコを灰皿でもみ消した。

「ご自身の不動産関係で独自ネットを構築されたのは、こちらとして都合が良い。しかも電脳者を粛清するとは、驚きですよ」

「そうかね?」

 イリィマは大神の件を知らない。

 教えてやる義理もない。

 アルーマはアルーマとしての存在を残すために、ネット構築をしたのだ。

「実験は成功しました。我々、ルネスカ社はさらに不動産を買い占めて、あなたのネットの環境を大きくするつもりです」

「成功したのか」

 驚きではある。

 興味はあまりないが。

 イリィマはうなづいた。

「そこで、ある程度土地を買い占めたあとの提案があるのです」

「ああ、ビジネスだな」

「その通り」

 イリィマが今日初めて笑顔を見せる。

「今度は何をするんだ?」

「独立です」

「・・・・・・なにの?」

「リロドレ教団の持つ区域を帝国から独立させるのです」

 さすがにアルーマは一瞬、言葉がなかった。

「親帝国と反帝国の勢力は互いに衰えてきています。新しく市場を開拓するには、新しい入れ物が必要なのですよ」

「なるほど」

 アルーマは嗤った。

 ビジネス。

 言葉はいいが、ゲームのような軽さがどこかにある。

 社会に還元しないマネー・ゲームだ。 

 実行力と資本があるだけに、イリィマらの感覚は手に負えない。  

 利用するつもりなら、問題なく利用させてもらう。

 アルーマにあるルネスカ社に対する考えはそれだけだった。

「実験の結果が見てみたいね」

 手に持ったままだったカバンを遠慮なくアルーマの執務机に置く。

 中からアンプルと封をした試験管を取り出した。

 試験管には、液体が半分ほど入っていた。

 つまんで封をとる。

 アンプルを手にしたイリィマは、試験管を軽く振った。

「ヒデリトのところにあった、ウェット・ブレインです。人間は死ぬとき大量の脳内物質を放出しますが、この水はそれが濃縮されたものと言って良いでしょう」

「・・・・・・ふむ」

「そこに、我々で調合した刺激剤の一種を入れるのです」

 アンプルを割り、試験管で中の液体を混ぜ合わせる。

 色も匂いもなかった。

 数秒経つと、液体はどんどん蒸発するかのように減ってゆく。

 同時に、試験管の入口からうっすらとした煙のような小さな塊が宙に舞い上がった。

 執務室の中を、ゆらりゆらりと漂い始める。

「確認のために食べてみますか?」

「面白くない冗談だな」

「それは失礼でしたね。これが、魂と呼ばれるものの前段階です」

 イリィマは煙の塊のような魂とアルーマとに目をやる。

「食べはしないが、実験させてもらう」

「どうぞ?」

 アルーマは電脳で魂にアクセスを試みた。

 とたん、怨嗟と歓喜が混ぜ合わさった混乱したものが圧倒的質量でアルーマに返って来た。

 耐えきれずに思わずリンクを切る。

 脂汗が吹き出ていた。

 軽く震える手で、タバコを箱から抜いてジッポライターで火をつけた。

「・・・・・・なんてもん造ってんだよ、おまえら」

 恨むような目で、イリィマを見た。

「まぁ、今のは『芯』がないので、混乱した情報になりますけどね」

 楽しそうにイリィマが笑う。

 そして、パケットに入った錠剤のようなものをテーブルに出した。

「これが、あの渦のような混乱をまとめるものです。これも加えると、一個の人の魂として落ち着きます」

「わかってて触らせるとはな。ウチの信者にもそんな悪趣味な奴はいないよ」

「前段階と言ったでしょう?」

 悪びれる様子もない。

「本物をみせてくれ」

「いえ、これはまだです。回収の方法が未だにわからないので」

「しけてんなぁ」

「実験上で死者が出ましたからね。それでも良いなら」

「冗談。あんたも死にたくないんだろう?」

 アルーマは皮肉にニヤついた。

 もう落ち着きを取り戻していた。 

「もちろんですけどね」

 肯定するイリィマに、アルーマは鼻で笑った。




 リビングのソファーにあおむけに横たわって、ロミィはぼんやりペーパー・ヴィジョンを眺めていた。

 ディクショは椅子に座り、スキットルを傾けている。

 護民官といっても、今のところやることがなかった。

 インターフォンが鳴った。

 ロミィが動こうとしないので、ディクショがのんびりとドアの前まで来た。

「どちらさん?」

「ウィセートだ。個人的におまえらと話したい。ちなみに一人だ。他は知らねぇが」

 向こうから、覚えのある声がした。

 ディクショはロミィを振り返える。

 彼女が電脳ネットであたりを探ると、確かに尾行の影がちらほらとあった。

 だが、襲撃されるような感覚は伝わってこなかった。

 ここまで来たのなら別の店を選ぶのは逆にリスクが高い。ロミィらの行動範囲が知られるからだ。

 一気に電脳から神経を焼き切る手もあるが、藪蛇になりかねない。

 尾行するなら尾行で終わってもらうのが最も安全である。

 彼女は、ぼんやりしつつ片手をあげて入れろと合図した。

 ディクショが彼をリビングに通す。

 椅子をもってきて、ソファの前に置くと、ディクショは端っこに腰かけた。

 ロミィも身体を上げて、座り直す。

「バージーとグリスカ殺してここまでエクゥル市から皇帝まで巻き込んで混乱を造っておきながら、護民官とか随分な皮肉じゃねぇか」

 いきなりウィセートは挑発的だ。

「面倒だから絡まないでよ。酔っ払いなら一匹、もういるんだしさぁ」

「要件を話せよ」

 ロミィの語尾にあえてディクショは被せた。

「仲のいいことだな。知らねぇのかよ、ロミィ?」

「なにが?」

 見当もつかないところからの言葉に、ロミィはつい、尋ねていた。

「要件を話せといってるんだけどねぇ。外の奴らに売っても良いんだぞ?」

 ディクショから殺気が漏れる。

 本気のようだ。 

 ウィセートは嗤った。

「あー、まぁお互い仲良くしようじゃねぇかってことで来たんだよ」

「何を今更。どうせ困ってあたしたちに泣きつきに来たんでしょ?」

「言ってくれるじゃねぇかよ、ロミィ」

 ウィセートは、首を軽く回してロミィを真向から見つめた。

「当たりだ。市長の脇にイマジロタって男がくっついてるんだが、このざまだよ。くわえりゃな、ルイムが死んだってのにイクルミの組織に命令が下されない状態で、宙に浮いてる。俺たちは反皇帝派を容赦なくぶっ殺しまくってきたんで、世間からの恨みが洒落にならん。俺は良いが、残った部下たちがヤバい」

「で?」

 ディクショが促す。

「俺たちが護民官直轄だという看板がほしい」

「乗り換えるわけかい」

 ソファでスキットルを仰ぐディクショが嗤う。 

「そういうことだ」

「給料は出ないぜ?」

「そこは何とかしよう」

「それだけの当てはあるのか」

「親皇帝派の企業が危機感を持っててな。言えば金ぐらい出してくれる」

「あのさあ、あたしが話の中心になるべきじゃないの、コレ?」

 むくれたようなロミィはすっかり二人で話込むなかに入っていった。

「ガキはすっこんでろ」

 ディクショがぴしゃりと放り出すように言う。 

「は? なに? なんなの?」

 訳が分からないという風なロミィを無視して、ディクショはスキットルにまた口をつけた。

 ロミィはその手からスキットルを奪い取り、二人の視線が向けられるなか、床に立って一気飲みした。

「・・・・・・おら、どうだ? あたしも話に混ぜろよ?」

「あー、はいはい」

 ディクショが苦笑いする。

「ウチの下に入るなら、歓迎するけどね。以前の恨みはなしってことで。あと、今度は親皇帝派一辺倒じゃなくて、ちゃんとウチらの命令を聞いてもらう」

 ここまで言った時、ロミィはふらりと身体を揺らし、ソファに倒れこんだ。

 そのまま嘔吐してしまう。

「まぁ、そういうことだ、ウィセート。あと聞きたいことがある」

「問題ねぇよ。何でも聞いてくれ」

 唸っているロミィの自爆を無視して、二人はまた話出す。

「おまえらを切ったキキミリの考えを知りたい」

「あんなお飾りはどうでもいい。全ての元凶はイマジロタってやつだ」

「どっちでもいいよ、そんなの。続けてくれ」

「簡単だ。無力なフリして自分らだけは助かろうって魂胆だよ。今父親の人脈がキキミリを支えているが、そいつらがリロルド教団にビビりだした。というか、入信したやつらがいる。分裂状態だ。今、キキミリは担いでくれる奴らを探してる」

「おまえらじゃダメだったのか」

「言った通り、反皇帝派どころか一般市民にも恨まれてるからな。もちろん、リロルド教団にもだ。ルイムが消えた時に一緒にイクルミは解散させるべきだったんだろうがな。時代に乗り遅れたよ、ホントに」

「キキミリは親皇帝派じゃなく反皇帝派に媚びだしたってことか?」

「両天秤にかけてる状態だな」

 ここまで話すと、ウィセートはロミィを見た。

 完全に潰れている。

「こいつ、このままでいいのか?」

「あー? 良いんだよ。電子戦でしか役に立たないハイスペック蛮族だからな。あとで白湯でも飲ませとく」

「そうか。んじゃまぁ、頼んだわ」

「わかった。住むところは?」

「セーフハウスならいくらでもある。あいつらがまだ見つけてないところがね」

「なら良い」

 ウィセートは立ち上がってぶらっきぼうな挨拶をすると、あっさり家から出て行った。




「あー、ずっと目が回っててどうにもならなかったわー」

 深夜まで潰れ続けていたロミィは、やっと意識をはっきりさせた。

「どうだい、大人の味は?」

 ディクショはニヤニヤしていた。

「おかしくならないと、やってられないみたいだねぇ。老いると適応力がさがるのかな?」

「そこまで言えるなら、もう大丈夫だろうな」

「当たり前」

「じゃあ、自分のゲロ片づけろ」

 ロミィは肩を落とし、露骨に面倒くさそうな様子を見せた。

「ジュロ、リリグ、頼むよ」

 護法の子供たちが、楽しそうにソファとその周りの汚れを雑巾で取ってゆく。

「で、ウィセートが言ってたことは何なんなの?」

 のんびりとソファにもたれかかる。

「護民官がイクルミを手に入れたってことだ」

 ディンクショは刀を立てかけた藤の椅子に座って、ウィスキーをグラスに注いだまま飲んでいた。

「それじゃない。全部聞いてたよ。アレはあたしがディクショのことを知らないのかとかなんとか言ってたでしょ?」

「あー、それかー」

 ディクショは熱い息を吐いた。

「あんたもゲロれよ。気分がすっきりするよ?」

「別にどうでもいいじゃないか」

「そもそも、どうしてあたしを助けてくれてる?」

 少し迷った風だが、ディクショは意を決したように、口につけたグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。

「勘違いされたら困るからな、言っておくが。じゃあ、本当のことをバラす。俺は、バージーの息子だ」

 ロミィがヒップバックから拳銃を抜く。

 ディクショは素早く鞘に刃を収めたままで、下からすくうように振るとロミィの手を撃ち、拳銃を遠くまで飛ばした。

「話を聞けよ、脳筋」

「これで乙女だ! 脳筋言うな!」

 真っ赤になった手をさすりながら、ロミィは不服そうに声を上げる。

「俺は親父のところから離れてきたんだよ。大体、皇帝の聖化して神にしようなんて、頭おかしくないと思いつかん。本当なら俺が斬ってるところだ。ところが、俺が殺ろうとして隙をうかがってると、どっかの小娘にあっさり殺されやがった」

 ディクショはあくまで落ち着いて続ける。

「俺の役目だったんだよ、今おまえが背負ってる全ては。すまんな。俺にできるのは、おまえを守ることだけだ」

「・・・・・・自分の親を殺す気だったの?」

 ディクショはうなづいた。

「馬鹿!!」

「あー?」

「そんなことしたら、人生ずっと苦しむしかないでしょ! あたしが殺って正解だったわ。背負ってるといっても、大したことじゃないし」

「大したことだよ。帝国を一気に崩壊寸前まで追い詰めたんだから。何人のどこかの誰かに影響させたと思ってるんだよ。国中だぞ、国中!?」

「国のことなんて知ったこちゃない。個人の人生のほうが大事だ!」

「おまえ・・・・・・」

「ごめんよ。あの時はバージーの家族のことすら考えてなかった。本当にガキだったよ」「謝ることじゃない。むしろ感謝してるぐらいだ」

「でも・・・・・・」

「気にするな。俺はとっくにあんなところの家族じゃない」

 ウィスキーの残りを一気に飲み干すと、ディクショは寝室にむかって歩きだした。

「好きに判断してくれて良い。これからはおまえの自由だ」

 言うと、リビングから姿を消した。

 ロミィはまだ小さなジュロとリリグを見る。

 もう、掃除は終わり、空中で追いかけっこをしていた。

「馬鹿野郎。何が好きにして良いだ」

 吐き捨てると、テーブルに残っているウィスキーの瓶を再びラッパ飲みした。

 今度は量を喉に入らないよう調節して。

 息を吐くと、彼女も自分の寝室に行って、ベットに入った。













第十章

 リロドレ教団の独立が宣言された。

 翌日、ロミィは何事もなかったかのように、またソファにうつ伏せになってペーパービジョンを眺めていた。

 ディクショも余計な言葉を一切発しない。

 ウィスキーの瓶とグラスをテーブルに置き、朝から飲み始める。

「なー、ディクショ?」

「なんだ?」

「護民官って何すればいいの?」

 意外なところから来た質問だったが、ディクショは冷静だった。

「困ってるやつを助けりゃ良いんだよ。ただそれだけだ」

「へぇー」

 その時、ロミィの携帯通信機がなった。

 誰だろうかと発信番号に目をやるが、初めて見る番号だった。

『何している?』

 通話に出ると、不機嫌そうな少女の声がスピーカー越しに聞こえた。

「どちらさん?」

『あたしはキキミリだよ、護民官どの。任命されてから一度も顔を見せないとか、やる気あるのか?』

 意外過ぎる相手に、ロミィはぽかんとした表情になった。

 聞いていたディクショは、グラスに残った中身を飲み干し、椅子から立ち上がる。

 一時間後、二人は市長室にいた。

 キキミリは椅子に胡坐をかいて頬杖をついている。

 半眼でぼんやりとして、最もやる気がなさそうである。

「あー、だっるいわー」

 二人を迎えた第一声が、これだった。

 背後に、顔色の悪いが整った容姿をした長身の男が立っている。 

 まるで自分だけはそこにいないかのような超然とした雰囲気を持っていた。

 イマジロタである。

 呼び出しておいていきなりのだるい発言に、ロミィもディクショも軽く困惑した。

「ああ、楽にしていいよ。適当なところに座ってくれ」

 やっとまともなことを言う。

 ディクショはソファに腰を落としたが、ロミィは執務机に向かったまま動かなかった。

「何か御用でしょうか、市長」

 ロミィはできるだけ丁寧な態度をとった。

「あー、問題が山積みでね。か弱い私の胃に穴が開きそう」

 ため息のようなものを吐き、机に突っ伏すと、指だけでイマジロタに指示を出す。

 彼はそのままの位置で、ロミィとディクショに目をやった。

「今、市が最も問題視しているのは、リロドレ教団の独立宣言です。仮にも帝国を支える役職についておられるキキミリは、市内で独立など認めるわけにはいきません」

 ここで言葉を切ったが、いつまで待っても続きがなかった。

 静寂が訪れた市長室に、誰かの寝息が聞こえてくる。

「・・・・・・で、どうしたのですか?」

 やっとロミィが聞いた。

「それだけです。護民官どのは、どう思われますか?」

「え・・・・・・? いや・・・・・・」

 ロミィは口ごもる。

 正直、どうでもいいのだ。

「市長としては、独立を認めるわけにはいきませんが、そこまでです。戦力を持っているわけでもありませんしね。この手の仕事は護民官どのなら手慣れてるとお見受けしますが?」

 要するに、リロドレ教団を潰せということかと、ロミィはやっと納得した。

「関心がありません」

 ロミィは本心を隠さなかった。

 ウィセートの話では、イマジロタという男はかなりの策士らしい。

 こういう場合は真向から相手にしないのが正解なのだ。

 イマジロタはにっこりと楽しそうに笑んだ。

「護民官どのが手に入れたグリスカ・データですが、本物は教団の後ろ盾になっているルネスカ社が持っています。つまり、グリスカを殺したのは無駄でした。もしまだ同じ考えならば、教団の聖化を止めていただきたい」

 グリスカ・データが偽物なのは、ロミィが身をもって知っていた。

 だが、本物があるとは。    

 しかも独立宣言をした組織のバックが持っている。

 ロミィは今更、帝国をかき乱すようなことはしたくなかった。

 逡巡するロミィに、イマジロタが強い視線で刺す。

「あなたには、その義務があるはずです。もちろん、護民官としてではなく、バージーとグリスカを殺してこの国を乱したのは、あなたが原因なのですから」

 ロミィは痛いところを突かれた。

「・・・・・・わかりました」

 彼女はそうとしか答えようがなかった。




「さすがに鋭かったな、あいつ」

 帰り道、ディクショは忌々し気にイマジロタの感想を述べた。

「しかもだ、おまえがこの調子であいつらの言うことを聞いてると、護民官があいつらの後ろ盾になる形になる。まったくもって、忌々しい」

「もう良いよ。リロドレ潰したら、護民官も降りる。違う街に行く」

 ロミィは疲れているのを隠しもしなかった。

「ありゃあ、ちょっと手に負えないタイプだしなぁ」

 ディクショにも疲労の色が見える。

 退出際、データの入ったチップを受け取っていた。

 イマジロタがまとめた、リロドレ教団の内部情報である。

 飲み物を買って自室にもどると、さっそくペーパービジョンでデータの中身を見る。

「・・・・・・なんだこれ?」

「すげぇ・・・・・・」

 ディクショとロミィは、それぞれに違った印象を受けたようだった。

 まとめられていたデータには、魂の創造や大神などの単語が並んでいた。

 二人とも、初めて知らされた話だ。

 おかげでリロドレ教団を襲った時に天使が現れた辻褄は合った。

「こうなると、リロドレを潰さないわけにはいかないなぁ」

 ディクショは、独立国家となり領土内に張り巡らせたネットワークに唯一の存在とし て存在するアルーマを、明確に敵と認識した。

 ただ、大神の存在が謎なのだ。

 ネットワーク内に消えた聖化された皇帝とはまた別に存在するという。    

「良いじゃん良いじゃん。起点はアルーマだよ。あいつを殺れば、全部リセットでしょ?」

 ロミィは気楽そうだった。

「ルネスカ社という会社も潰さなきゃならんよ? 黒幕らしいから」

 ディクショが単純化しようとするロミィの言葉に、注意を促す。

「ウィセートを使えばいい。あたしたちはあたしたちで、護民官の力をイマジロタに見せつけてやるんだよ」

「まぁ、確かにリロドレを潰せば、今の市長が何を言おうが拒否れるぐらいの効果はあるかもしれない」

 言ってからディクショはこのデータがイマジロタから与えられたことを思い出した。

 あの男がただでなにかアクションを起こすとは思えない。。

 ロミィら護民官がリロドレを潰すと市長側に得るものがあるという証拠が、このデータだ。    

 ただ今回は、ロミィのけじめとして行動を起こす。

 後のことなどしったことではないのだ。

「いつやる?」

「いつでも」

 ディクショの問いに、ロミィは即答した。




 ヒデリトはアルーマに呼ばれて、リロドレ教団の本拠にいた。

 いや、正確にはヒデリトが情報を得て、打診してきたのだ。

 アルーマには断る理由などなかった。

 むしろ歓迎だ。

 彼が来た時、数分遅れて何故か、パニソーも現れた。

 ホールで三人は会った。

「魂ができたということは、当然人の復活もできるということですね?」

 ヒデリトは、軽い興奮気味だった。

 パニソーは機嫌が悪そうだ。

 アルーマは仮面をつけて二人を迎えていた。

「容器が必要だがね」

「容器?」

「例えば、ウチの電脳化されていない信者たちとかね」

「何故、電脳化されていたら、ダメなのです?」

「魂がかち合うからな」

 嘘だった。

 本当は、大神の求める魂が電脳者ではない方が良いという望みからだった。

 理由はわからない。 

「そういや、あんたら二人は旧種ローテツクだったな」

「一応、反帝国だからですよ」

「古いぜ、その考え」

「そうですかね?」

 ヒデリトは反対するわけでもなく言っていた。

「お揃いだなぁ」

 少女の声が、入口から響いた。

 三人が目を向けると、パーカーにハーフパンツをはいた小柄な少女と、山高帽にコートを着た大柄な男の二人組だ。

 ロミィとディクショだった。   

「おや、護民官どのらがやってきたか」

 アルーマは驚くこともなく、冷静だった。

「おまえらか・・・・・・」

 パニソーは含んだ口調だった。

「なんか、丁度いいなあ。殺したい奴がこうも集まってくれてるとなぁ」

 ディクショはスキットルを片手にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

「残念だけどなぁ、こっちゃ今忙しいんだよ。用があるなら後にしてくれないか」

「すっとぼけたこと言って笑わせたいの?」

 ロミィはヒップバックから拳銃を両手に抜いていた。

「真剣なんだがな」

 アルーマは鬱陶しそうだった。

 片腕を力なく彼女らに伸ばすと、タトゥーで入っていた龍が実態を持って浮き上がり、膨張して巨大化するとともに向かって来た。

 ロミィは電脳スペースから龍を破壊しようと接触する。

 ディクショは片手にもった日本刀の柄にもう一方の手を添えた。

 スペースで構築物をひとつひとつ分解してゆくと、龍の表面の鱗が砕けるように落ちて行った。

 牙が並んだ巨大な顎が、ロミィを狙って開かれる。

 ディクショが義足で跳んだ。

 刀を横薙ぎにしたところを龍は刃に噛みつき、宙を進んでいた身体をねじって止めた。

 胴体がディクショに振りかかるところを、ためらわず刀から手を離したディクショは、その背に飛び乗る。

 龍が刀を吐き捨てると素早く広い、身体を回転させてロミィの正面で構えた。

 ロミィは無表情だったが、わずかに眉間に力が入っていた。

 龍を形作る構築物をいくら破壊しても、次から次へと新しいものが出てきて、キリがないのだ。

 これは、アルーマが常に龍を造りながら動かしているという証拠だ。

 龍は二人の前までくると、鎌首を上げて咆哮した。

 ロミィは常に龍を破壊する作業をつづけながら、拳銃をもってアルーマに駆け出した。

 射線に入った瞬間に連続で引き金を絞る。

 だが、弾丸は即座に反応した龍の尻尾で防がれた。

 ロミィはそこも脇から通り抜ける。

 龍の顎を狙ってディクショが刀で突きを繰り出す。

 舌打ちしたのは、アルーマだった。

 刀は龍の下あごを貫いた。

 ひと吠えすると、龍は首を振るいながら高い天井まで浮かび上がる。

 二人相手に龍を使うのは、アルーマの処理能力では集中しなければ対処不能なのだ。

 この二人を相手にするよりも、魂を造るのが先決なのだが。

 鬱陶しいにもほどがある。

「天使よ!」

 アルーマは呼びかけた。

 だが、反応した感覚がない。

 どうした!?

 アルーマは一瞬混乱する。

 懐にロミィが入ってきて、拳銃を首に突きつけた。

「さあ、望みの天国とやらに行きなよ」

 引き金を絞ると、龍の仮面の後ろが爆発した。

 アルーマはそのまま床に倒れた。




 次の瞬間、アルーマの体から幾多の煙のような塊が泡が沸くかのように現れた。

「これは・・・・・・魂?」

 ヒデリトがロミィたちを無視して、声を上げた。

 ホールの天井から光が幾条も差してきた。

 現れたのは、長い髪で白いワンピースドレスのような服で、翼を持った存在だった。

「天使・・・・・・!」

 ロミィが驚く。

「天使、ですと?」

 茫然としかけたのは、ヒデリトだった。

 パニソーも驚愕の表情を浮かべている。

「天使!? どうしたんですか、ミーケレ! その姿は一体!?」

 ヒデリトは叫んだ。

 ミーケレと呼ばれた天使の恰好をした女性は、ヒデリトに優し気に微笑んだ。

「主よ。よくぞ来られました・・・・・・」

「主?」

「あなたを迎える準備はすでにできています。さあ、一緒に参りましょう」

 ミーケレは、ヒデリトに片手を差し伸べてくる。

 銃声がした。

 全員の視線が集まった先に、パニソーがいた。

「なにが天使だ、ミーケレじゃないか! またヒデリトを襲うつもりか!?」

「・・・・・・この方は我らが主です。気付かないのですか?」

 ミーケレは、羽根で弾丸を弾き、落ち着いた声を出した。

「アルーマが言っていた大神というのは・・・・・・?」

 ヒデリトが恐る恐る疑問を口にする。

「どうしたのですか、主よ」 

 ミーケレは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 ロミィはことの展開についていけずに、拳銃を向けたまま様子をうかがっていた。

 密かにヒデリトとパニソーの脳に侵入して、事情を探りつつ。

 ディクショは、中央付近で龍を警戒している。

「大神なんか、すべてミーケレの妄想だ! これを作ったのは、ヒデリトなんだよ! ヒデリト、目を覚ませ!」

 パニソーが叫ぶ。

「ミーケレ・・・・・・」

 だが、聞こえてないかのように、ヒデリトは目に涙を浮かべていた。

「行こう、ミーケレ。一緒に。俺と一緒に・・・・・・」

 車椅子の男は彼女に両手を伸ばす。

「ロミィ!」

 叫んだのは、ディクショだった。

 察したパニソーの銃口がロミィに向けられる。

「ヒデリトは殺させないぞ、殺人鬼の小娘め!」

 憎々し気にパニソーが叫ぶ。

「事情はわかったよ、パニソー。疲れたでしょ。あとは任せてよ」

 瞬間、ロミィはパニソーとヒデリトの脳を焼いた。

 二人が倒れると、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

 ミーケレだった。

 その形相が醜悪で恐ろし気な別人に変わっていた。

「残念だったね、堕天使。あんたみたいな悪魔が、アルーマを生み出して、自分の世界を造ろうとしたんだろう。リロドレ教団の電子世界を使ってね」

 辺りには煙の塊状の魂たちがクラゲのように舞っていた。

 堕天使と呼ばれた化け物は、ロミィに向き直って襲い掛かってきた。

 その翼が近づけば近づくほどに砕けてゆく。

「なにごと・・・・・・!?」

 堕天使は崩れてゆく自分の体に、驚く。

「グリスカ・データだよ。電子構造のデリート機能だ。これは強力だよ?」

 ロミィはニヤりとした。

 半ば身体を崩壊させた堕天使に、ロミィは拳銃を向けた。

「おつかれさん」

 弾丸は額を撃ちぬき、堕天使は粉々に散った。




「これどうするんだよ?」

 ディクショが天井の龍と、魂の群れを見渡した。

 ロミィはうなづき、龍に介入する。

 もはや抵抗もなくなり、あっさりと電子構造物が乗っ取れる。

 ロミィは龍が辺りの魂を集めるかのように、ホールを渦巻く形で漂わせた。

 一か所にまとめると、龍を魂とともに天にめがけて昇らせる。

 魂たちは引っ張られるようにして、ホールの天井から空に抜けて行った。

「ジュロ、リリグ」

 ロミィが呼ぶと、男女の子供が現れる。

 倒れているヒデリトと、パニソーの頭の上には、龍と一緒ではなかった煙状の塊があった。

 ロミィは電脳スペースから魂を誘導し、それぞれ、ヒデリトのをジュロに、パニソーのをリリグの身体に入れた。

 二人に目立った変化はなかったが、宙を飛ぶことをやめて、床に足をついていた。

「二人とも、好きなところに行きなさい」

 ロミィが言うと、彼らは手をつないで喜んでホールから駆けて出て行った。




 ウィセートからの報告では、ルネスカ社の本社を襲い、役員会議中だった一同を殺し、会社のデータもすべて破壊したという。

 さっそく次の作業にも移ってもらった。

 二人は、疲れていたがまっすぐキキミリのところに来ていた。

「全て終わったよ」

 ロミィは簡潔に事の顛末を説明した。

 話の途中で寝てしまったキキミリはしょうがないとして、イマジロタは興味深々で聞いていた。

「ウェット・ブレインというものに興味がありますね」

「残念だけど、もうウィセートが破壊したよ」

「・・・・・・それは残念。ソカル・コミュニティの技師は?」

「それも悪いがウィセートに始末してもらった」

 イマジロタは表面変わらなかったが、明らかに気分を害した様子だった。

「・・・・・・ああ、話終わった?」

 口元のよだれを拭いて、キキミリが机から頭を上げた。  

「終わったよ。てか、まだ話はあるけど」

「はやくして」

 面倒くさそうな態度を隠しもしない。

「うん。ルネスカ社とリロドレ教団の資産を即刻、市で買い上げてほしい。放っておいたら、また誰かが利用するでしょ?」

 ロミィはまっすぐイマジロタを見つめた。     

「どうだかわかりませんが、賛成です」

「良かった」

 ロミィはやっとソファに腰かけた。

 隣では、ディクショがスキットルを傾けている。

「はあ、疲れた」

「で、グリスカ・データですが・・・・・・」

「渡さないよ?」

 イマジロタが言いかけたところで、ロミィはぴしゃりと反応した。

「・・・・・・そうですか。まぁ、今となってはアレはどうでもいいかもしれませんね」

「頼みがあるんだけど?」

「なんでしょう?」

 急だなと思ったが、イマジロタは聞いた。

「ウィセートたちを、元の市直轄の特殊部隊に復帰させてほしい」

「ほう。彼らはあなた方のところに行ったのではないのですか?」

「そうだけど、ほら。あたし護民官、辞めるし」

「辞める?」

 さすがに、イマジロタも驚きを隠さなかった。

「辞める」

 短く、彼女は繰り返す。

「・・・・・・そうですか。まぁ、ご本人が言うなら、もったいないと思いますが、仕方がないでしょうね」

「給料でないしね、護民官」

 ロミィは軽く笑った。

「では、うちで働きませんか? 席ならお好きなところを用意しますよ?」

「いや、遠慮しとくよ。じゃあね」

 ロミィはソファから立ち上がり、ディクショをつれて部屋から出て行った。




「さあ、自由だぜ!!!」

 ロミィは夏が始まったばかりの路上で、叫んだ。

「うっせぇなぁ」

 ディクショは耳に手を当てて、文句を言う。

「どこ行こうか、ディクショ?」

「んー、どこでも良いんじゃね?」

「適当だなぁ」

「そう、適当にぶらぶらとな」

「そうだね。気の向くままで行くか」  

「ああ、それが良い」

「では出発です!!」

「あいよ」

 二人はそのまま、少なくともエクゥル市から出る方向に進んでいった。

                             了 

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