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第9話

 浮遊ディスプレイにサーモグラフィー機能を起ち上げ、衛星からの映像と重ね合わせる。

 契約者と思われる、サイロイドは今のところ見つからない。

 フォロイは歓楽街としても発展させようとした街並みの中、すでに充満している光球のをよけながら歩いていた。

 彼の能力は二つ、暴走する車が交通事故をおこした圧力の衝撃。移動にも攻撃にも使えるものだ。

 これを持っていたのは、スピード狂の人間でサイロイドで遊んでいた時に何度もやらかしたという。

 だが、契約してしまえば、相手は二度と同じことが出来なくなる。

 サイロイド協会では、そういう事故を起こした人間から契約という形で、地上での再発を防止する契約を奨励していた。

 いわば、協会は事故・犯罪者の巣窟ともいえる。

 彼らは、ひそかにリズリーの件も奪おうとしていた。

 丁度良くフォロイが関わることになり、めでたしめでたしだと彼は自嘲する。

 バラバラ殺人犯のプロファイルはすでにできていたが、役に立ちそうもなかった。

 周りに隠すように捨てるのではなく、犯行現場に無造作に投げ捨てられているこの形の意味合いは、ルサンチマンそのものだ。

 社会への、あるいは何かへの怒り。

 そして、性的意味合いも薄い。

 年齢は十代から五十代まで。身長・体重も特定ではない。仕事はブルーカラー・ホワイト・カラーの両方の可能性がある。無職は除外してよいが。

 これでは、どこの誰でもいいことになってしまう。

 ただ、誰からも警戒心などは抱かせない存在とだけ、特別な注意事項が出ていた。

 フォロイはサーモグラフィーを目の隅に置きながら、町中をぶらぶらしていた。

「いたわ、契約者よ!」

 突然の声に、フォロイは視線をやる。

 そこには、明らかに警戒したサイロイドたちがあっという間に集まり、こちらを睨みつけていた。 

「なんだ……?」

「ここは貴様らのような奴らが、来るところじゃねぇんだよ!」

 男が一人、フォロイに叫んだ。

「そうだ、帰れ!」

「帰れ!」

 声が連続する。  

 帰ることが出来るなら、とっくにやっている。フォロイは嗤わざるを得なかった。

 彼らの後ろから、角材やバットを持った男たちが割って前に出て来る。

「おいおい、ちょっと待てよ。俺はおまえらなんて相手にしてないぜ?」

 フォロイの言葉は、サイロイド達を逆に激高させたようだった。

「ふざけるな! これを見てもまだそんなことを言えるか!?」

 男が浮遊ディスプレイを大きく開き、映像を見せた。

 そこは、路地裏らしき場所で、例によって例のごとく、身体をバラバラに切断され、行儀よく積み上げられた少女の姿が映っていた。

 リズリーの新しい絵の一つだ。

「……それは……いつのだ?」

 フォロイは訊いた。

「ついさっきだよ! 貴様か、貴様の仲間に違いないだろう!?」

「そんなことはどうでもいい! 場所は!?」

 フォロイが大音声を上げて、騒いでいる者たちを黙らせた。

「案内しろ!」

 四人ほどの男が、彼を囲むようにして、道を開けさせた。

「実際に見てみるんだな」

 嫌味たっぷりな言い方だったが、フォロイには関係がなかった。

 サーモグラフィーで辺りの人間を探りつつ、十分も通りを行き、細く暗い建物の間の道に入ると、サイロイドの少女が作る塚のような姿があった。

 同時にサーモグラフィーに反応があった。

「……これは……」

 熱探知機は、バラバラになった少女の頭部を赤く染めていた。

「リズリー……?」

「その通りだ」

 男の声が、路地の奥から発せられた。

 フォロイは咄嗟にグラス・ショットを口にする。

「誰だね。出てきたまえ」

 影が伸び、そこに現れたのは、タンクトップとオーバーオールスカートを来て、ニーハイを穿いた、ショートカットの少女だった。

「ミツキ!?」

 彼女はゆっくりと首を振った。

「違うな。今はミツキは寝ている」

 確かに、彼女の雰囲気は全く違っていた。

 まるで周りの人間を魅了するかのような、物腰と表情。

 ついてきた人々は、元々の優れた容姿もあり、一瞬にして夢中にさせてしまった。

 この、存在感。どのような者でもまるで自分の旧知の友人のようにしてしまう、能力。

 一介の契約者が持つ引き寄せの力など遠く及ばない本物の魔力的魅力。

 フォロイはミツキについて聞いたことはあった。

 史上最悪の連続殺人鬼と契約していることを。

「……貴様、まさかホロミーか!?」

 フォロイは思わず、一歩後ずさった。

「ほら、そこの子。まだ死んでないんだぜ? これこそ、芸術だよなぁ」

「こんなところで、また殺人か……」

「おっと、待て待て。勘違いされちゃ困る。これは俺じゃないぜ?」

 ホロミーの意識を持ったミツキは、少女を指さした。

「よく見ろよ。こいつを」

 言われて、フォロイは少女を見直した。

 そこにいたのは、何度も映像で見た、リズリー・ミートンその子の姿だった。

「これは……」

「リズリーの怨霊といわれていたらしいが、面白いな。本当はリズリーの呪いといったほうが、ピッタリというものだがな」

「リズリーの呪い……?」

 ショートカットの少女は頷いた。

「この子はなぁ、絵を一枚描くたびに、その姿で地上に現れることになっているんだよ」

「訳が分からない。どういうことだ?」

 フォロイはついつい、ホロミーの意識に訊いていた。

「それはな、小屋を追い出され、ロータ・システムに自ら飛び込んで、サイロイドと契約した挙句の始末さ」

「リズリーが、契約をしただと? サイロイドにそんなことが出来るのか!?」

「現にやったじゃないか。契約は人間相手からではないとできないことになっている。サイロイドはあくまで受け手として、それを受け取る。だが、サイロイドが契約をしたとしたら、どうなる?」

「サイロイド自身がその契約の姿を取る、ということか?」

「その通り」

「だが、契約者がいるんだろう、そいつはどうなる? いや、契約者はおまえじゃないのか、ホロミー!?」

「違うな。契約者は、画廊のオーナーだ。ごく普通のサイロイドだよ。絵を欲しがったんだ。ただ、それだけだな」

 フォロイは絶句した。

 誰もいない小屋で、いつも一人絵を描いていた少女。

 その居場所を失くした彼女が、ロータ・システムに入り込んだ途端に起こった事件。

 あまりにも救いがなかった。 

「いや、俺もこの子の絵の才能は認めているんだぜ? 現に契約が発動した時は自ら見に行っている」             

「……だからどうしたよ?」

 フォロイは内心の怒りを抑えて、普段通りの声をだした。

「おやおや、お気に召さなかったかな? どこがどうなのかはわからないが……」

 フォロイは彼の言葉が終わる寸前に、グラス・ショットを噛み砕いていた。

 だが一瞬早く、ミツキの身体は路地の横に走る道に姿を隠していた。

 280キロの衝撃は空を切った。

 フォロイは舌打ちする。

 もう一錠、手で投げ込むように口に含み、後を追う。

 だが、急に上から影が降ってきた。

 素早く拳銃を抜いて頭上で横に向けると、ダストカバーにすさまじい圧力がかかり火花が散った。

 イロイによる刀の一撃だった。

「小僧……このままでいいのか!?」

 フォロイは思わず叫んでいた。

 二撃目は、胴を狙った横薙ぎのものだった。

 これも、銃身で真っ向から受け止める。

「お前の相棒は、連続殺人鬼に乗っ取られてるんだぞ!?」

 必死に、フォロイは声を上げる。

「構わない。ホロミーが満足すれば、すぐにミツキと代わる」

 刀を構え、イロイは平坦な口調で言い放つ。

「おれは、ミツキさえ守れればそれでいい」

 フォロイは舌打ちした。

 こういう頑固なのが最近多すぎる。

 サティーブといい、このガキといい。

 タイミングを計って、フォロイは後ろに跳びのきつつ、拳銃をイロイに向けた。

 三発連続で撃つが、射線上を完全に見切っていたイロイには、一発も当たらなかった。それどころか一気に間合いを詰められて、袈裟懸けに刀を振り下ろしてくる。

 フォロイの着崩したスーツの一部が、切っ先で切断される。

 避けたはいいが、着地に失敗して足元がよろけた。

 逃すイロイではない。

 そのまま、フォロイの左腕を斬り下ろした。

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」

 激痛に思わず叫ぶ。  

 イロイは間髪を置かずにそのまま、反動を利用して止めの一撃を喰らそうとしたが、いきなり真横の路地に飛び込んだ。

 銃声が二発。

 フォロイのものではない。

 出口付近に立っていたのは、サティーブだった。

「全て聴いたぞ!」

 彼は怒りに震えているようだった。

「おや……サティーブ君。ずいぶん遅い現れ方じゃないか」

 脂汗を浮かべながら、フォロイは無理やりにやけてみせた。

「くそ! ミツキの奴はどこ行った!?」

「さてな……近くにいることは、確かだ」

「グラス・ショットで先制なんてことになったら、シャレにならんぞ、兄ぃさんよ」

「それも、そうだ……」

 フォロイは、真っ青な顔で頷いた。

 何とか、自分で袖をちぎり、肩口に巻いて腕の止血する。

「ミツキが殺されたのではなく、ただ画商と契約してだなんて……」

「それだがな……本当に画商か? ミツキを乗っ取っていない状態の、ホロミーという可能性はないか?」

 フォロイの推測に、サティーブは考えた。

 ありうる。

「ファンランドに画廊は?」

「おいおい……こっちゃ、片腕しかないんだぜ?」

 フォロイは、二の腕の途中からなくなった腕を振ってみせようとして、激痛に顔をゆがめた。

 サティーブは自分で浮遊ディスプレイを開き、ファンランドの地図を映し出す。

 そこから、画廊の検索を行った。

 あった。一軒。

 場所は、通り向こうで、二十分ほど歩いて行ったところである。

 報告すると、フォロイは納得したように頷いた。

「リズリー……」

 彼は、バラバラ死体の肉でできた塚を見て、悲しげに呟いた。

「そこにいるのは、抜け殻だ……多分ホロミーも、画廊に行けば現れるだろう」

 フォロイは、グラス・ショットを含みながら、残った方の腕をサティーブの腰に回した。

「なんだ?」

 いきなりで、驚くサティーブを無視して、フォロイはグラス・ショットのカプセルを噛み砕いた。

 一瞬にして、路地裏から、人通りのある表通りの歩道に到着した。

 サティーブを放すと、フォロイはあたりを見回す。

 石畳の道に、同じく岩盤やタイルを使った建物が多い、落ち着いた通りだった。

 人々の姿もまばらで、光球の数もそんなに多くない。

 画廊は、小さな鉄板打ちの看板を軒先の高いところに吊るし、ドアはアーチ状になっていた。

 すでに夜も遅いというのに、中は光が煌々と照っている。

 サティーブは、グラス・ショットを含みながらゆっくりと、中に入った。

 絨毯敷きの中で飾られている絵に目をやる。

 それは、どれも鉛筆画で、残虐と嗜虐を一つの形として完成させたものばかリだった。

 冷え冷えする画廊内で眺めていた彼に、一瞬震えが来た。

 リズリー・ミートンは、一人でこのような絵ばかり描いていたのだ。

 学校にも行かず家にも帰らず、こうして公開されることなど考えもせず、ただひたすら。

「ここには、リズリー・ミートンの醜悪な面などでなく、その孤独を集めていると分かってもらえるかな?」

 急に少女の声がした。

 奥の螺旋階段から、一歩づつミツキがこちらを見ながら降りてきていた。

「ホロミー!」

 サティーブは叫んだ。

 だが、グラス・ショットを使うのを躊躇った。

 相手の身体は、ミツキなのだ。

 遠慮がなかった男がいた。フォロイだ。

 彼はカプセルを奥歯で噛み砕いた。

 が、次の瞬間、絨毯に足を付けた彼女の前にイロイが表れ、気合とともに刀を縦に振った。

 すさまじい風が彼ら二人を通り抜けたかと思うと、奥の壁二か所に大穴が開いた。

「まさか、斬った!?」

 フォロイは驚いて声を上げた。

 イロイはゆっくりと刀を鞘に納めて、腰を低くし、居合抜きの構えを見せる。

「……イロイよ、そいつはミツキじゃない、ホロミーだ。それでもおまえはそっちに味方するのか?」

 フォロイが呼び掛けても、少年の様子は変わらなかった。    

「ミツキはミツキだ」

ホロミーが笑い声をあげる。

「聞いたかね? イロイは本質を突いているよ。私はただの契約相手でしかないということにね」

「なら、出て来るな!」

 サティーブが、カプセルを砕いた。

 イロイの陰になっているミツキの右肩が後方に押されて、腕が舞った。

 銃弾が、命中したのだ。

 ホロミーは不思議そうな顔で、肩の傷を見たが正体不明の笑みを浮かべただけだった。

「殺るぞ?」

 イロイが言ったが、その首元に細いしなやかなミツキの手が撫でて、待てと耳元でささやく

「君たちには、ここでゆっくりとリズリー・ミートンの絵を鑑賞してほしいな」

 ゆっくりと前に出てきたホロミーは、血を滴らせながら、一枚の絵の前で足を止めた。

「例えば、これなんかどうかね?」

 二人が見ると、そこには頭が左右に割れ、髑髏から伸びた眼球が結ばれて垂れていた。

「これなど、なかなか示唆に富むものではないか」

 絵を見て、サティーブは気付いた。

 ここはホロミーとリズリーの空間だと。      

 ホロミーは、ここに掛かっている絵を全て再現することができるのだ。

 だが多分、五十枚以上ある絵が存在している間だけだ。

 サティーブは、思いついたことをフォロイに呟いた。

 彼は一瞬、驚くが納得したらしく、同意した。

 店の奥、穴の開いた壁にある窓には、サテンのカーテンが閉められていた。

 フォロイは、すぐそばまで、グラス・ショットで移動した。

 瞬時に位置を変えた、彼はポケットから禁煙中のため、普段使わないジッポライターを取り出す。

 カバーを開けて、カーテンに火をつける。

 それはすぐに燃え広がり、煙が室内に立ち込めだした。

「何をしている!?」

 初めてホロミーが動揺した。フォロイは意味ありげにニヤける。

「おっと……」

 瞬間に少女の身体が、ドア口を破って吹き飛んだ。

 グラス・ショットだった。

 できるだけ力を加減したつもりだが、意外なほどに威力はあった。

 炎は画廊の壁に燃え移り、ゆっくりと、リズリー・ミートンの絵を飲み込んでゆく。

 フォロイはサティーブと、煙に巻かれるまえに店を出た。

 遅れて、イロイが跳び出してくる。

「惜しいことを……」

 見ると、すでに立ち上がっていた少女が、炎に見入っていた。       

「……さて、ホロミー。そろそろミツキを返して貰おうか?」

 フォロイは、少女の背後から声を掛けた。

 ショートカットの頭が、肩越しまで回って、彼を見る。

「……貴様ら、これだけのことをやっておきながら、何を都合のいいことを言っているんだ?」

 声には怒りが充満していた。

 向きを変えようとするが、彼女は無表情で傷の痛みに片膝をついた。

 舌打ちが聞こえる。

「覚えていろ。私がロータ・システムに存在する限り、リズリー・ミートンの呪いは続く」

 いうと、少女はそのまま、道路に倒れた。

 フォロイとサティーブが駆け寄ろうとすると、イロイが切っ先を当てて阻止した。

 代わりに、彼がミツキに近づく。

「おい、大丈夫か?」

 覆いかぶさるようにして訊くと、少女は薄く目を開けた。

「ああ、イロイ……」

 手を彼の頬に当てる。

「傷はどの程度だ? 立てるか?」

「大丈夫よ。ちょっと血が抜け過ぎただけ」

 イロイは、彼女の髪を結んでいるリボンを片方取り、肩の止血をした。

「ほら、もう大丈夫だ」

「ありがとう」

 ミツキは微笑んだ。

 何とか、イロイの力を借りて、立ち上がる。

 目の前には、殺気を隠しもしないフォロイとサティーブがいた。

「あんたたちにも、迷惑かけたね」

「迷惑なんてもんじゃねぇ」

 フォロイが、痛そうに切断された腕を振る。

「ミツキ、今すぐロータ・システム内のホロミーを殺せ」

「無理よ。サイロイドは、人間に危害を加えることが出来ない仕様になっているから」

「なら、ホロミーは野放しか!?」

「そうね。でも、意図を挫くことはできるよ」

「是非、そうしてもらいたいものだ」

「リズリーはどうなる?」

 一番重要だとばかりに、サティーブが口を挟む。

「リズリーは……」

 言いずらそうに、ミツキが言葉を途中で止める。

「くそ!」

 サティーブは、道路を思い切り蹴るように、踏んだ。

「でも、手がないこともない。せめてもの希望だけども」

「それでもいい、なんでもいいんだ! リズリーさえ無事なら」

「それとこれとは、ちょっと違うかもしれないわね」

 苦い様子でミツキは言った。

「とにかく、コープラザ研究所に戻りましょ」

 ミツキが言うと、イロイに肩を抱えられながら先導した。



 研究所に着く頃には、憔悴したミツキとフォロイが、倒れこむように、ラボに設置されたベッドに体を載せた。

 それぞれに急いで、看護師があらわれて、傷口を診る。

 ミツキの傷は鎖骨を砕き、貫通弾創になっていた。

 血管を縫合し、骨の破片を抜くと、活性細胞を銃孔に流し込んでゆく。

 フォロイは、切断された部分の腕をすぐに用意されて、結合手術が行われた。

 その間に、残ったイロイとサティーブには、同じ空間の部屋で食事が出された。

 といっても、シチューのお椀が一つだけだが。

「おまえ……どこまで本気だった? もし俺がもっと攻めていたら、殺しに来てたか?」

 暫く無言でスプーンを口に運んでいたサティーブが、ふと思いついたかのようにイロイに訊いていた。

「……ああ、遠慮なく」

「やっぱりなぁ……」

 サティーブは改めて納得したような顔になった。

「俺も、リズリーに何かあったら、遠慮なんてしないからな」

「そうか。好きにすればいい」

 まるで相手にしてないかのような、簡単な返事だった。

 それでもサティーブは追及するのはやめた。

 この少年は、正直すぎるのだ。

 今までの態度を見てきてわかった。

 殺すといえば殺すし、殺さないといえば殺さない。

 そんな単純な世界で生きているらしいと、サティーブは感じた。

 手術も終わり、局部麻酔の掛かったミツキとフォロイが、二人の机に来た。

 同じくシチューがふるまわれる。

「……ところで、閉鎖したというこの町を、解放してほしいんだがなぁ」

 フォロイは左手で不器用にスプーンを使っていた。

 視線が集まったミツキは顔も上げずに、シチューを啜っている。

「……リズリー・ミートンを解放しろって言うの?」

「そもそも俺には関係がない話だ」

「なら黙ってろ」

「小娘……」

 怒りは瞬いたが、すぐに消えた。

 無駄なのはわかっていた。

「リズリー、だけじゃない。ホロミーもどうにかしなければならない」

 彼の大人の意見は、ちらりとしたミツキの目を誘った。

「……ホロミーごと、あたしも閉じ込められているんだから、万々歳じゃない?」

「いや、存在を消してしまいたい」

「サイロイドが、ロータ・システムの人間に危害を加えられると思っているの?」

 ミツキは、それこそ鼻で嗤った。

「では、どうすればいいという?」

「だから、この閉鎖空間に閉じ込めておくのが一番なんだよ。奴らはファンランドから出れなくなっている。被害はここでしか起こらない」

「そんなところに俺たちは住むのか」

「そういうことになるねぇ」

「冗談じゃねぇな」

 言うわりに、感情が伴ってないフォロイだった。

「来るのは自由、でも出れない。それが今のファンランドだよ」

「最低の町だな」

「同感」

「グラス・ショットの供給源は?」

「ああ、それならこの研究所がやってくれる」

「なるほど」

「ある意味至れり尽くせりではある」

「おまえほど、適応力がある方じゃないんでね」

「歳だな」

「うるせぇよ」

 食事も終わり、彼らは再検査のために、研究所内に散らばった。



 トリューユは最近、リロンゾ・ファミリーからイーハル・ファミリーにファンランドが売られたことを人づてに聞いた。

 理由はわからない。

 あれほど、リロンゾ・ファミリーが力を入れていたというのに、あっさりと手放しているのだ。

 そして、連続殺人のニュースも、ぱたりと見なくなった。

 事件が二つのファミリーの抗争にあったことが、明らかだ。

 彼はラクサをともなって、ネザーリュ・モーデフのところに行った。

 あっさりと面会を許可してくれたかと思ったが、本人はいたって不機嫌だった。

「あー、ファンランドの話か?」

 正確に先手を打って来る。     

「ええ。そうです」

 トリューユは頷いた。

「あれは、失敗だ。せっかく地上の天国でも作ろうとしたんだが、できてみりゃ地獄だったよ。それで、欲しがってたイーハルの旦那に売った」

「地獄?」

「いってみれば、わかるぞ?」

 ネザーリュは意味ありげに笑んだ。

 リロンゾ・ファミリーを辞してから、トリューユは車でファンランドへ向かった。

 その間、浮遊ディスプレイで調べていたラクサは、重い表情を隠さなかった。

 バックミラーでそれを確認したトリューユが訊く。

「どうしたよ?」

「……例のリズリー・ミートンの事件が起こっているんだよ、それも一昨日」

「なんだと? そんな報告は来てないぞ?」

「だから、変だなぁと思って……」

 ファンランドには、何かある。

 トリューユは確信した。

 二時間も車を走らせると、新興住宅地兼繁華街に入った。

 ファンランドだ。

 そこは、予想していたよりも異様な空間だった。

 地上だというのに、ロータ・システムまがいの光球がそこら中に浮かんでいる。

 新しい情報特化都市を作ろうとしていたのは聞いていたが、これは様子が少し違う気がした。

 まず、事件があった路地のバラバラ死体跡を二人は訪れた。

 死体はそこにまだあった。

 トリューユは驚いた。

 そのもっとも上に添えられた頭部は、リズリー・ミートンそのものだからだ。

 ラクサが近くに浮遊する光球と接触を持ち、何があったか尋ねていた。

「なにか、激しい争いが起こってたようですね」

 彼女は、訊き終わって言った。

「争い? 誰と誰だ?」

「ミツキとかいう少女とフォロイ、サティーブだそうです」

 オールキャストではないか。

 トリューユは遅れた悔しさに唇を噛んだ。

「あいつらは、まだ、ここにいるんだろう?」

「ええ、どうやらコープラザ研究所というところにいるらしいです」

「行くぞ」

「はいな」

 二人は改めて車に乗ると、ナビで研究所まで案内されて、石畳の道路を走った。

 建物は、四階建ての四角おそっけない外観だった。

 トリューユはラクサにグラス・ショットを口に含ませ、中に入った。

「ミツキに会いたい。私は警察局のトリューユだ」

 受付嬢に言うと、彼女は少々お待ちをと内線で連絡を取った。

「お会いになるそうです。二階にどうぞ」

 エレベータに掌を上に示され、二人はそちらに向かう。

 二階は、雑多なラボだった。

 キャスター付きの敷居しかなく、それぞれがそれぞれ好きなところで作業をしている。

 ただ、全体が白で統一されているので、それっぽい雰囲気はあった。

「ミツキはどこだ?」

 近くにいた研究員に尋ねる。

「ああ、それなら……」

 指示された先に、少女の姿があった。

 椅子に座って、黙々と本を読んでいる。

 トリューユは迷わず歩を進めて、彼女の正面まで来た。

「はじめまして、お嬢さん」

 ミツキは顔を上げて、怪訝な表情を浮かべた。

「……あんたが、警察局の……」

「そう。トリューユだ」

「一足おそかったね。事件はもう解決したよ」

「解決? ホロミーをどうにかしたのか?」

「リズリー・ミートンをどうにかした」

「おいおい、リズリーは被害者だろう?」

「加害者でもあったのよ」

「どういうことだ?」

 ミツキは面倒くさそうに、事件の経緯を話した。

 少し長い話だったが、トリューユは黙って聞いていた。

「だがそれでは、ホロミーが野放しということは変わらない」

「サイロイドが人間に手を出せると思っているの? これ以上は無理よ」

 それとトリューユは空間を閉じたという点が気になった。

「俺たちは、もう戻れないってことか?」

「そうね。残念ながら」

 苦虫を潰したような表情になって、トリューユは参ったと呟いた。

「まあ、それは仕方ないとして、一つ、ホロミーを無力化する方法があるぞ」

 それは、数年前から考えていた思い付きだった。

 だが、試す価値はあると、トリューユは確信していた。

「……へぇ。それは、是非に訊きたいね」

 ミツキは本気にしていないようだった。

 だが、彼の説明を聞くと、真面目な顔で考え出した。

「……ふむ。可能性はなくはないな」

「試してみる価値もあるだろう?」

「うん。やってみるか」

 ミツキはラクサが差し出してきたグラス・ショットを受け取った。

 その場で浮遊ディスプレイを開き、ミツキはロータ・システムにアクセスする。

 いつも通りに、人を寄せ付けない壁を作っているホロミーは、封鎖したこともあり、すぐに見つかった。

 ミツキの光球はゆっくりと近づいて、軸索を接触させる。

「なんだ、おまえか。……俺はいま機嫌が悪い。また今度にしてもらえるか?」

 攻撃的だが、静かな口調で、ホロミーは言った。

「リズリーとの契約がなくしたのが、そんなに悲しい?」

「当たり前だ。あの子の才能を世に広めたい。こんな気分になったのは初めてだからな」

「あたしが死にかけた時、あなたと契約したけど、どんな気まぐれだったの?」

 ホロミーは少し間を開けて答える。

「おまえは、とんでもなく世を憎んでいたんだよ。普段表に出ないが、無意識がそれを現している。今回、ファンランドを封鎖してその中にのうのうといられるのも、その表れの一端だ」

「なるほどね……」

「俺は、世の中の偽善というものをはぎ取りたいんだ。特にサイロイドは、大人しくしているが、人間に対する恨みと妬みがある。それが、契約者に向かってもいる。なら、鬱積した負の感情を吐き出させるために、契約を履行してもらってもいいだろう」

「完全にサイコの考え方ね」

 ホロミーは嗤った。

「で、今回はどんな用だね?」

 ミツキは新しい軸索を密かに伸ばしていた。それをホロミーの光球に接触させる。

 先の部分から、通常の十倍のグラス・ショットを一気に注入した。

 光球の色が様々な色に濁る。

「……なんだ?」

 ホロミーが珍しく動揺しているのがわかる。

 やがて光球は、あっけなく消えた。

 うまくいったのだ。

 人間にグラス・ショットを打てば、契約者側になる。

 それは、天上から墜とすと同等の意味があった。

 ミツキは身体を戻し、研究所に意識を戻した。

「上手くいった」

 彼女の短い報告を聞くと、トリューユはニヤリと笑った。

「これで、あいつも地に足を付けるただの人間になった。後は簡単だ。足跡をたどればいい」



 サティーブは、ネットワーク・ステーションで意識をリズリー・ミートンと接触させていた。

「俺にはもう、どうすることもできない。リズリー……」

「ああ、悲しまないでサティーブ。こうして会えるだけでも、まだマシだわ」

「ああ。幸いドロップスもいないし、ファンランドが封鎖されている限り、君は安全だ」「……そうね。これで好きなようにできるわ」

「絵は描き続けるのかい?」

「ええ。そのつもりよ」

「俺は君の契約者になろうと思う。だから、絵は全て俺にくれよ」

「いいわよ。溜まったら契約しましょう」

「ありがとう。じゃあ、今日はこれで」

 店から出た、サティーブは道に髪を後ろで短く縛った長身の男が近づいてきているのに、気が付かなかった。

 男は、サティーブにぶつかると、ナイフを胸に差し、捩じってきた。

「な……!?」

 口から血を流したサティーブは男を真正面からみた。

 一発でわかった。

「ホロミー……」

「よう小僧。色々世話になったな。せめてものプレゼントだ、受け取れ」

 サティーブの意識は、その言葉の最後を聞くと途切れて、道路にうつ伏せに倒れた。

 次に目を覚ましたのは、自身が光球となっている姿でだった。

「これは……」 

 何が起きたかわからない。

 だが、彼はロータ・システム内の存在になったようだった。

 サティーブは早速、リズリーに会いに彼女を探した。

 これで二人はいつも一緒にいられることになる。



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